第5話 一匹狼

 先に走り出したアイズだったが、足が遅い…

 抜いては可哀想なので、エルスは並走していた。


「ハァハァ…」

 街を抜けて、

 森の手前まで走ると、

 完全にアイズの足が止まってしまった。

 見た目も体力もまだまだ女の子なのだ。


「まだスキルで追えてるなら、少し休もう」

 エルスが切り出すと、

 汗だくで下を向いたままのアイズが小さく頷いた。


 アイズは草原に座り込むと、

 肩から下げていた鞄から水筒を取り出して、

 ゴクゴクと喉をならした。


「ぷはぁー!」

 喉の乾きを潤したアイズが久しぶりに声を発した。


「アイズ、街の外では魔物が出るのか?」

 先程の黒い影も"ヒト"ではなかった、

 エルスは魔物への警戒心で周囲をキョロキョロと見渡している。


「出ることもあるけど、この辺は街の警備隊が常に巡回してる区域だから、たぶん安全」


「街を離れたら?」

 さらに質問するエルス。


「出るよ、世界中で魔物が活発化してるしね…」

 アイズは少し苦しそうな顔をした。

 水を飲み過ぎたわけではない、

 平和主義のアイズには、

 今の世界情勢が心苦しいのだろう。


 すると、アイズがゆっくりと立ち上がった。


「もう行けるよ、

 でも森に入ったら危ないから、

 早足程度で進も」

「わかった」

 エルスはなるべくアイズの言葉に従う。

 それは信頼であり、

 何も解らないエルスにとって、

 アイズの言葉だけが現実だからだった。


 ガサガサバキバキ…

 森の道は折れた枝や、

 生い茂った草で歩きにくい。


 元より走ろうとしても、

 走れるような道ではなかった。


 人が通った後や、獣道さえもない森。


 辺りは昼間にも関わらず、

 暗く湿った空気が漂っていた…


「まるで物語の"迷いの森"ね…」

 アイズが呟いた。


「迷いの森?」

 もちろんエルスは意味が解らず問いかける。


「子供の頃に読んだ絵本に出てくる、王女様を迷わす森の事で…」

 と、説明しようとしたアイズの左目がひきつった!


「アイズ?!」

 急変したアイズを心配するエルス。


「近い…!」

 声が漏れないように、

 指で口を押さえながら静かに呟くアイズ。

 同時に姿勢を低くするようにと、

 手を上下に動かして合図をする。


 エルスはしゃがみこむと同時に剣を抜き、

 低い姿勢で身構えた。


 静まり返った森…


 だが、

 耳を澄ますと少し遠いが、

 草や枝を踏みつける音が聞こえてきた。


『…っ!!』

 遠くてうまく聞き取れないが、

 恐らく一匹狼が何かに向かって叫んでいる。

 戦闘中なのだろうか?


「一匹狼が魔物と交戦中なら、近づけるかも?」

 アイズが再び小さく呟く。


「そうだな、ゆっくり音を立てないように進もう」

 エルスは頷いて低い姿勢を保ったまま前進していく。


 後ろからエルスの姿を見ていたアイズは感じていた、

 明らかに戦闘に対して、

 熟知している動きをしている、と。


 腰を落とし、

 剣を構え、

 摺り足で移動するなんて、

 そこら辺の女性に出来ることではない。


 木々の隙間から、何かが光ったのが見えた!


「誰かが戦ってる」

 アイズはそれが、

 何かしらのスキルによる光であると確信した。

 そして、それは一匹狼が何者かと交戦中だということも。


「子供を拐ってどうしよってんだ!その子を放せ!!」

 ようやく話し声が聞こえるまで近づくことができた。


 どうやら一匹狼は誘拐事件の犯人と交戦中らしい。

 が、どうやら相手は複数、

 気絶させられ抱えられた子供は、

 連れ去られようとしている!


 子供は女の子のようだ、

 確か一匹狼が追っていた事件の被害者は男の子だったはず、

 まさか?!という不安がアイズによぎった。


 アイズの不安そうな表情を即座に読み取ったエルスは、

「加勢しよう」

 と、生い茂った草から顔を出し、

 背を伸ばして身構えた!


 数匹いる魔物の、

 戦闘要員と思われる一体と交戦中の一匹狼の横に、

 一気に走り込んで躍り出たエルス!


「?!なんだぁテメェ!」

 一匹狼が叫ぶ。


 魔物も驚いて、もう1体の助っ人が駆けつけてきた!


「加勢する」

 と、鋭い目付きで魔物を睨むエルス。

「同じ事件を追ってたの!助太刀するわ」

 アイズが続いて口を開いた。


「女が出しゃばんな!ひっこんでろ!」

 さらに早口で怒鳴る一匹狼。


 噂通り、狂暴な男だ。


千里眼せんりがん!"どく"!』

 そんな事はお構いなしにアイズは魔物をサーチし始めた。

 アイズはアイズなりに、

 優先すべきは子供の命なのだと解っているのだ。


「このままでは拐われて逃げられてしまう」

 エルスはいつものように、

 冷静に局面をみて、

 一匹狼にそう答えた。


「チィ!勝手にしろ!!」

 一匹狼はいきり立って、魔物を追撃する!


 

 素手の拳に、スキルで生み出した爪で攻撃している。

 これが一匹狼のスキル!


 エルスは剣を持っているとはいえ、

 自分の戦闘スタイルが思い出せない。

 体が動くように戦ってみるしかないと、

 剣を突きだして魔物に突進した!


 ガキィン!

 魔物はフードを深くかぶり、

 その姿がハッキリと見えていなかったが、

 どうやらナイフを持っている!


 エルスの剣は凪ぎ払われた!


 その衝撃で魔物のフードがはだけて、

 顔が剥き出しになった!


「ゴブリン!」

 アイズは魔物の姿を見て叫んだ!


「そうだ、こいつら低脳ていのうのくせしやがって誘拐なんぞ!」

 いちいち口の悪い一匹狼が、

 アイズの言葉に答えた。


「エルス!

 ゴブリンのナイフに気をつけて!

 毒や罠が得意なの!」

 アイズが一歩下がった所からアドバイスを送る!


「わかった」

 キィン!

 と、剣を横凪ぎしてナイフを払いながら答えるエルス!


 戦い方が解らないのか、

 エルスはぎこちない動きをしているが、

 明らかに剣技けんぎではゴブリンを圧倒あっとうしていた!


『ギギィ!』

 怖じ気づいたゴブリンが何やら声をあげた!


 すると、突然抱えた女の子を、

 こちらへ身代わりとばかりに投げ飛ばした!


 間一髪!

 地面に叩きつけられる前にエルスが受け止める!


 一匹狼、アイズもそちらに気を取られている内に、

 ゴブリン達は散り散りになり、

 森の奥へ消えてしまった…


「クソ!逃げんな!!」

 一匹狼が叫ぶも虚しく、

 森には静けさが戻っていた。


 エルスは女の子を抱えて座り込んでいる、

 そこへアイズが駆け寄り、

「匿名だったけど、

 多分、

 手紙の女の子だと思う…」

 と、息をしていることを確認して安心するアイズ。


「オイ!テメェらなんなんだ!!」

 興奮冷めやらぬ一匹狼が叫ぶ。


「だから、同じ事件を…」

 と、再び説明しようとするアイズ

「それは聞いた!何者なにもんだって聞いてんだ!」

 交戦中の話もしっかり聞いていた一匹狼。


「私はエルス、こっちはアイズ」

 と、冷静に答えるエルス。


「アイズ…?

 あぁ、戦闘できねぇクセに冒険者登録してパートナーがみつからねぇガキか!」

 早口で捲し立てる一匹狼。

 だが、意外と情報通のようだ。


「う…」

 言葉を無くすアイズ。

 戦闘が終わったことで、

 いつものように前髪が下がり、

 余計に暗い表情に見える。


 一匹狼の言葉の意味はハッキリとは解らないが、カチンときたエルス。

「アイズ、この子を…」

 と、アイズに女の子を預けた。


「アイズはこの子を救おうと独りで必死にやって来た」

 エルスは一匹狼に噛み付いた。


「ハン!相手は魔物だ!戦えなきゃ解決もねぇだろ!」

 一匹狼も負けてはいない。


「戦闘は私がする。私が護る」

 エルスの目付きが変わった。


「だったらこの事件、

 どっちがやるか、今決めようぜ!!」

 獣のような構えをして、一匹狼が戦闘体制になった!


「エルス!」

 アイズが心配して声をあげた!


「いいだろう、

 だが私が勝ったら、

 言うことを聞いてもらう」

 片手剣を構え、エルスもやる気になっている。


「なんだって聞いてやんよ!!」

 グワッ!

 足元の草を舞い上がらせて、

 一匹狼が獣となってエルスに襲いかかる!!



 続く…。

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