第4話 黒い影

 酒場の部屋に戻り、エルスは片手剣を腰に取り付けた。


 エルスはそのまま部屋を出ようとするが、

 アイズがキュっとエルスの腰布を引っ張って、それを止めた。


 エルスは何故止められたのか解らず、振り替えってアイズを見た。


 そこには、小さく身震いする年相応の少女の姿があった…


「エルス…私…私は…」


 一匹狼は狂暴だと聞く、

 出会えば戦闘は免れないだろう…

 アイズは戦いになることを恐れている。

 エルスにはそう見てとれた。


「アイズ、大丈夫。私が守る」


 巧いことは言えない。

 しかし、口から出たその言葉は、

 気休めなどではない。


「ぅうん。ごめんね、行こ!」

 明らかにひきつった笑顔だったが、アイズなりに勇気を振り絞っている。


 出会ってたった1日だと言うのに、アイズは沢山の感情をエルスに見せていた。


(私にもこれほどの感情があるんだろうか?)


 自分に欠けているのは、

 本当に記憶だけなのか…


 エルスは剣の柄をギュッと握り、不安を押し潰した。


「行こう」


 二人は再び前へ踏み出した。


 結局また聞き込みからになってしまったが、

 既に事件になっていること、

 有名な冒険者"一匹狼いっぴきおおかみ"の足取りを探すことは、

 それほど難しい事ではなかった。


 ※誘拐事件が起きたと噂される区域がある事

 ※一匹狼を見たと言う証言


 聞く対象が変わるだけで、

 こうも簡単に情報が入ってくるものなのか?と二人は唖然としながらも、

 段々と絞られていく"事件現場"へと近づきつつあった。


 中心部から東に入った区域、

 住民からは商業地区と呼ばれる場所にたどり着いた。


 "近い"

 二人はそう感じていたが、

 商業地区だけあって、仕事をしている人ばかりで、

 ここへ来て目撃情報が途切れた。


 二人が途方に暮れていると、


 ガシャァーーーン!


 それほど遠くない場所から、ガラスのようなものが割れる音がした!


「アイズ!」

「うん、エルス。言ってみよ!」

 二人は音の方へ走り出した!


 石畳の道を力強く走ると、タッタッタッ!と固く反射しているような足音がする。


 薄暗い路地裏まで来たとき、エルスは手を出してアイズを止めた。


 路地裏の向こうから黒い物体が物凄い速さで迫ってくる!


 エルスはアイズの前で立ちはだかり、

 盾となるのがやっとだった!


 深くフードを被った小柄な…

『シャーー!!』

 "人ではない"声をあげて、

 ソイツは二人の頭上を、

 軽々と飛び越えた!!


 エルスは追うように見上げると、

 さらに奥から追走する人影!


「どけ邪魔だ!」

 早口で苛立った言葉が聞こえた時には、

 既にその声の主も二人の頭上を飛び越えていた!


 こちらは人間…のようだ。

 が、獣のようにも見える。


「あ!」

 アイズが声をあげた!


(そうか、こいつが一匹狼!)

 エルスはアイズの表情で一瞬で理解したが、

 2つの影はあっという間に遠ざかる!


「"千里眼せんりがん"!"どく"!」

 アイズがいつもと違うトーンで何かを唱えた!

 アイズの前髪が舞い上がり、

 普段は隠れている左目が現れている。

 綺麗なアメジスト色の瞳は、

 一匹狼を睨んで離さない!


『"いん"!!』

 さらにアイズはスキルを唱える!

 一連の技になんの意味があるのか、

 エルスは解らなかったが、

 今は一匹狼を追うのが先決!


「アイズ、見失わないうちに!」

 追いかけようとした、その時。


「エルス、もう大丈夫。印を付けたから」


(印?さっきの技…)


 エルスは走り出そうとした足を止め、アイズの方へ振り返った。


 …

 一瞬の沈黙。

 そう、エルスにはアイズの言葉の意味が解らなかったからだ。


「あ!そっか。私のスキル!細かくは説明してなかったね!」

 恥ずかしそうに焦るアイズ。


「いや、とりあえず急がなくても大丈夫なんだな?」

 エルスはアイズに、それだけは確認しておきたかった。


「うん!大丈夫だよ。

 "印"は対象に目印を付ける技なの。

 相当遠く何十㎞とか離れない限りは、

 私の瞳で追えるの」


「便利だな、それがスキルか…」

 エルスは感心しながらも、

 自分には無いのだろうか?

 とも思っていた。


「私のスキルは、ね。

 こういうものなの。」

 他にも何か言い出しそうだったが、止めたようだ。


 家や家族の事を抱えるアイズは、

 こういう話題の時だけはネガティブになる傾向があるようだ。


「何者かを追っていたな、

 スキルで追えるとはいえ、

 ある程度は急いだ方が良さそうだ」

 と、冷静に分析しなおすエルス。


 どうやらエルスはこういった局面の、分析なども得意なようだ。


「行き先をサーチするね……、

 んーと、この方向は…森、

 市街地の外に出たみたい。」

 右目を閉じて、

 千里眼の左目だけを開けて発動させているらしく、

 時折、手で右目を隠す仕草をする。

 集中するためなのだろうけど、

 そんな仕草も可愛らしくエルスに映って見えていた。


「森…、ますます魔物の臭いがする…」

 エルスの顔がこわばる。


「そうだね…、引き止めちゃってごめんね。やっぱり少し急ご!」

 アイズは自らエルスの手を引いて、先に走り出した。


 エルスはコクンと頷き、アイズを追走した。



 続く…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る