第2話 小さな瞳のアイズ

 宿無しでもあるエルスは、そのままアイズの部屋に厄介になることにした。


「お金…持ってないな…」

 握手の後、アイズと雑談の途中でふいに呟いた言葉から、

「えー?!じゃ今夜はウチに泊まってって!」

 と、逆に歓迎されて泊まらせてもらうことになったのだ。


 酒場の2階、アイズの部屋に通されると、アイズは素早く部屋着へやぎに着替えた。


 エルスは少し戸惑ったが、鎧のまま寝るわけにもいかず、とりあえず硬い部位ぶいを外した…


「うわぁ、凄い引き締まった体!…本当に何も思い出せないの?」

 アイズは部屋に来てから聞こうとしていたのだろう。

 遠慮がちな表情が少女の優しさを表していた。


「何も…解らない…」


「そっかぁ…じゃ私の自己紹介しておくね!エルスの事はこれから知っていけばいいから♪」


 なんて前向きな少女だろうか。


 エルスはその心構えに胸を撫で下ろした。


 アイズは枕を抱き抱えながら、身の上話を始めた…


 ーーーーーー


 私の家は代々「千里眼せんりがん」の家柄で、皆そのスキルを継承して産まれるの。


 でも…私は能力が低くて、体も小さいし、皆は両目で開眼するのに、私は片目しか使えなかった…


 独りっ子だったし、

 両親も私に期待するしか無かったのに、

 応えてあげられなかった…


 両親は突然村で起こった流行り病で、

 呆気あっけなく亡くなってしまったわ…


 私はお婆ちゃんに育てられての、

 お婆ちゃんも両目開眼の能力者だったけど、

 年齢もあって、私に指導するだけの体力が無くて、

 私に冒険者になれって。


 それで中心街に出て来て、クエストをしてたんだけど、

 なかなか巧く行かなくて…


 ーーーーーー

「後はエルスも知っての通り、チンピラに絡まれてたってわけw」

 アイズは悲しそうな苦笑いを浮かべた…。


「苦労してきたんだな…」

 エルスはそっと応えた…


「うぅん!私がもっとしっかりしなきゃいけないのは本当の事だから…

 それにこうしてエルスに出会えた!」


 アイズは身の上を打ち明けれる存在が欲しかったのだ。


「そうか…明日からはそのクエスト、手伝わせてくれないか?」


「本当に?!ありがとー!」

 両手もろてを上げて喜ぶアイズ。


「そうと決まればしっかり寝て、明日に備えましょ♪」

 ゴロンと寝転ぶと、すぐにスヤスヤと眠ってしまった。


 緊張のひもがほどけたのだろう…

 慣れない生活の疲れを一気に落とすように、

 アイズは深い眠りに落ちた…


(自分で自分が解らないような私をこんなに慕ってくれるなんて…)

 エルスはアイズの頬を軽く撫でて、

 隣に寝転び瞳を閉じた…


 ………

 チュンチュンと小鳥の声が窓の外から聞こえてくる。


 気が付くと朝になっていた。


 隣のアイズは既に起きて、

 どこかに行ったようだ…


 部屋を見渡し、洗面台を見つけ、顔を洗うエルス。


 顔を上げると鏡があり、エルスは"初めて"自分の顔を見た。


(これが…私…)


 黒の長髪、

 鋭く目尻の尖った瞳、

 真っ直ぐで細い輪郭。


 鏡に写った女性が本当に自分なのか、未だに実感が湧かなかった。


 ガチャ!

 後ろの方から扉が開く音がした。


「おはよ!エルス。マスターにパン貰ってきたよ、食べよ♪」

 朝から無邪気な笑顔が、

 エルスにはとても眩しかった。


「ありがとう、貰うよ」

 ほんの少しだけだったが、口元が緩み、笑顔(?)のように返事をしたエルス。


「あ!笑った!…って今のが笑顔??」

 複雑な物を見てしまったと首を傾げるアイズ。


 二人は朝食を済ませると、

 アイズがクエストの説明を始めた。


「依頼内容は、実は信頼性の低いものなんだけど、

 女の子からクエスト紹介所に直接寄せられたもので、

 "何者かに狙われてるから助けて欲しい"

 ってものなの」

 そう言って女の子の直筆の手紙や、クエスト内容が書かれた紙を見せる。


 字は…読めた。


 色々と解らないことが多すぎるエルスだったが、

 数枚しかないクエスト内容を見て、

 さすがにこれは情報が少なすぎると感じた。


「それで、聞き込みから?」


「そうなの!あんまりにも情報が少なくって…イタズラかもしれないし…」

 アイズはハァ…と溜め息をついた。


 直筆の手紙の最後に住所らしきものを見つけたエルスは

「これは住所?」


「うん…でもそれ中心街ってだけで、番地が書いてないのよ!」


 なるほど、だから中心街に出て聞き込みをするしか無かったのか…


「だったら、他に狙われたり、襲われたりした人は居ないのか?」

 エルスはふと、聞いてみた。


「あ、そっか!その線から調べてもよかったね!」

 アイズは思い付いていなかったらしく、右目を輝かせている。

(左目がどうなっているかは、相変わらずの前髪で見えない)


「じゃ、似たようなケースの依頼や事件が無かったか、紹介所に聞きに行こ!」

 そう言って鞄を肩から掛け、外に出る準備を始めるアイズ。


 エルスは鎧を付けるのみだった。

 軽装だから、準備も速い。

 腰に片手剣を取り付けると…


「街中で剣は物騒だけど…」

 アイズは人の目を気にしているようだ。


「解った。今日は置いていく」

 エルスは再び剣を下ろした。


「ありがと、事件性があったら取りに戻ろうね」

 アイズはニコっと笑った。


 何も無ければいいが…


 エルスは若干の不安を感じながらも、

 アイズがそうしたいなら従おうと、共に酒場を出た…


 冒険者と一重ひとえに言っても、

 アイズは好んで戦う方では無く、

 平和を願う一人の少女なのだ。

 と、前を歩く小さな背中を見ながら、

 胸が暖かくなるのを感じていた…



 続く…。

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