DEADLOCK~終焉のエルス~

Habicht

SURVIVE~旅立ち~

第1話 女性と少女

 誰から言い出した訳ではない。


 "世界に終焉しゅうえんが訪れようとしている"


 近年、世界各地で魔物が凶暴化し、村々を襲い、徐々に人類の人口は減りつつある。


 各国の王はこれを対処するために、冒険者を世に送り出していた。


 "世界を終わらせてはならない"


 国家間の紛争を止め、世界を救おうとする者、

 これを期に領土拡大を図る者、

 守りを固めきたるべく襲撃に備える者、

 様々な思惑が世界に蔓延まんえんするなかで、

 東方の辺境の地"オーデ国"から、

 この物語は始まる…



(ここは…どこだろう…?

 私は誰だ?

 名前は……)


 最果てさいはての小国"オーデ"の中心街、その女性は記憶を失い、独り街をさまよっていた…


 女性の身なりは軽装けいそうの鎧と、細身の片手剣。

 ロングストレートの黒髪が、生まれつきの鋭い瞳と相まって、

 "出来る剣士"を彷彿ほうふつさせていた。


 だがこの女性には、さっきまでの記憶が無い。


 なぜここにいるのか?

 どうやって来たのか?

 ここは何処なのか?

 自分の名前さえも思い出せない。


 女性は自然と人混みの中心部を避けて、路地裏をフラフラと歩いていた…


「触らないで!!」


 突然耳に飛び込んできた少女の叫び声!


 家屋の隙間の路地で、少女が強面こわもての男性数人に囲まれいる。


 女性は今の自分に何が出来るか?、などと考えずただ単純に"助けたい"と思い立ち、騒動の渦中かちゅうに飛び込んだ。


「やめろ、嫌がっている」

 女性は太く重い口調で、少女と男性達の間に割って入った。


「なんだぁ?!てめぇ!」

 強面の男性がいきり立つ。


 少女はかさず女性の背後に隠れた。

(助けて…)

 少女は小さく女性に呟いた。


「おい、女剣士!関係ねぇやつは引っ込んでろ!」


 なるほど、身なりから男性達には私が"女剣士"に見えるのか。


 その見た目を使わない手は無い、と思い立った女性は腰の片手剣をスラリと抜き払った。


「やるのか?」

 女性は再び太い声で、今度は男性達に問いかけた。


「う…」

 さっきまでの威勢いせいは何処吹く風、男性達の顔色がみるみる青ざめる。


「くそっ!覚えてろ!!」

 なんの捻りも無いありふれた捨て台詞とともに、男性達は走って消えて行った…


 女性は男性達が見えなくなったのを確認してから剣を納め、少女に声をかけた。


「もう大丈夫だ」


「ありがとう…」

 まだ震えている少女は精一杯の声で感謝を告げた。


「なぜ男どもに囲まれていた?」


「……」


 まだ恐怖が残っているのか、それ以上は喋り出せない少女。


「場所を変えよう…安全な所に案内してくれないか?」

 少女はこれにうなずいて答えると、指を指して歩き始めた。


 ……

 黙ったまま少女が案内したのは、古い家屋が並ぶ街並み(いわゆるダウンタウン)の一件の酒場だった。


 カランカラン♪


 扉の鐘が鳴り、店内へ入る2人。

 まだ昼前だからなのだろう、店内は殺風景で客の姿は無い。


「ここの2階を間借りしてるの、座って」

 やっと口を開いた少女に言われるままに、店内を見渡しながら女性は席についた。


 薄暗いカウンターにはマスターらしき男性がいた、

 少女はその男性と何かを話して、

 すぐに水の入ったグラスを運んできて、

 女性にグラスを差し出しながら対面に座った。


「さっきはありがとう。聞き込みの最中に急に絡まれちゃって…」

 ハァ…とため息混じりにグラスの水を一口飲む少女。


 特に喉が渇いていたわけではなかったが、女性も真似してグラスを口に運び、水を一口飲み込んだ。


「聞き込みって?」

 初対面でいきなり詮索するつもりは無かったが、女性は自分の事すらなにも解らない、質問することでしか会話を続けられなかった。


「あ、うん…私ね"冒険者"なの、だからクエストの調査をしてたんだけど、うろうろしてたらあんなことに…」


 "冒険者"


 一般的に理解できない言葉ではないが、女性にとっては「???」が頭に沢山上がる言葉だった。


 女性は少し困惑していた。


 記憶が無いことは言うべきではないだろう、

 しかし、何かに困っている目の前の少女を見過ごせない。


「私に何か手伝える事はあるか?」


 自然とその言葉が口から出ていた。

 どうやら私は正義感が強い方だったのかもしれない…


「ホントに?!」

 少女は声をあげ、その場に立ち上がって瞳をキラキラさせた。

 しかし少女は、前髪が顔半分まで覆われている、

 右目だけしか見えていない片目だけでも、その反応で女性に大いに期待していることだけは、手に取るように解った。


「私は"アイズ"!貴女は?」

 そう言って握手を求めて、手を差し出す少女。

 しかし、女性は握手に応じることが出来なかった。


「私は…解らない」


「え…?」

 キョトン

 少女の片目は点になった。

 アイズの反応は当たり前のものだった。


 自分の名前が解らないと言うのだから。


 アイズは差し出した手の行き先に困って、自分の唇に当ててみた。


 すると、何かを思いつき、人差し指を立てた。


「じゃあ"エルス"って呼んでいい?名前は必要だから!」


 つまりアイズは共にする仲間に"あだ名"を思い付いたらしい。


「エルス…?」

 もちろん本当の自分の名前では無いだろうし、

 ピンと来たわけでも無かった。


「そう!

 "誰でもない別の人"って意味があるの、ピッタリでしょ!」

 何故かアイズは胸を張って、

 ドヤ顔で女性にウインクした。


「誰でもない…」

 記憶がない自分には、確かに合ってるかもしれない。


「解った。私は"エルス"だ。よろしく」

 そう言ってエルスは手を差し出した、一度アイズに下げさせてしまった握手を自ら求めた。


 アイズはドキっとして、頬を赤らめたが、ギュっと握手を交わした。


 エヘヘっと照れ臭そうに笑ったアイズ。

 その可愛らしさにエルスは、不思議な感覚が体から涌き出るのを感じていた…


 "この子を護りたい"


 と、エルスは心に誓った。


 時は世界が終焉へ向かう時代。


 小国のダウンタウンで小さな冒険者パーティーが誕生した。



 続く…。


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