昼:屋上

 

 だいたい、今から二ヶ月ほど前の事だったろうか。 


「ねぇ、それ。私にも一本くれない?」


 それが、俺と望月のファーストコンタクトだった。

 場所は不良の聖地、屋上。

 給水タンク裏。

 

 とは言え、学校の屋上が開放されているのは基本的にフィクションの中だけであり、大半の学校の屋上と言うものは、当然の様に施錠され、万年閉鎖されている。

 うちの学校も例に漏れず、そうだった。

 その上、屋上への入り口は校舎内には存在せず、基本的に校舎裏の錆びついた非常階段を昇って行かなければならない。

 無論、この非常階段の入り口もまた、南京錠で施錠されている。

 

 故に、この屋上は不良ですら面倒臭さと埃臭さから殆んど寄り付かず、身軽さにはそれなりに自信がある俺にとっては、格好の隠れ家兼喫煙所となっていたのだが……その女は、何でもない様に……突然、そこに現れた。

  

「……どうやって、ココまで来たんだよ。副会長サン」

「女の子はね、いつでもマスターキーを持ち歩いてるのよ。知らなかった?」

 

 そういって、ねじ曲がったヘアピンを、どこか得意気に見せびらかしてきた。

 

「質問に答えたんだし、改めて、一本報酬に貰えるかしら?」

「……チッ」


 舌打ちと共に差し出した煙草を、望月は慣れた手付きで一本引き抜き……そのまま、それこそ、慣れた仕草で咥えて。

 髪を手の甲でかき上げながら……俺の煙草の切っ先に、咥えた煙草の切っ先をくっつけてきやがった。

 

「?!」

「ごちそうさま」

 

 そういって、何でもないように……俺の隣に腰掛けてくる。

 人の煙草を火口に使いやがって。

 ふわりと、女性特有の甘ったるい香りが、俺の鼻腔をくすぐった。

 

「ねぇ、宮野君」

「……人気者の副会長サマが、俺なんぞの名前を覚えてくれているたぁ、光栄だな」

「あら、当たり前じゃない。元陸上部の二年四組宮野和也君」


 元陸上部、と強調されて、俺は憮然とした。

 あまり良い思い出の無い場所だ。


「へっ……なるほど、不良のリサーチくらいは、生徒会なら当然するってことか」


 と、俺は溜息をついて、紫煙を吐き出したが。


「誕生日は三月五日の早生まれ。好きな食べ物は醤油をかけた甘めのカレーライス。嫌いな食べ物はマヨネーズのかかったものほぼ全て。(かっこ、サンドイッチと唐揚げは除く、かっことじ)、あと趣味は……」

 

 思わず、


「読書。それも、結構ハードで、がっつりしている奴」

 

 俺は、瞠目した。

 

「ついでに、その煙草も、元々はピカレスク物に惹かれて始めたカッコつけね。やけに珍しい銘柄だし」

 

 そして、直後に、赤面して、


「でもこれ、悪くない味ね。私も好きだわ」

「……そんなに念入りに調べて、俺のストーキングでもなさっていたんですかね? 副会長サマ」

「あら、それは盛大な勘違いね、宮野君……別に貴方に限らないわ。だったら、覚えてるわよ」

 

 今度は、ただただ、驚愕した。

 

「ねぇ、宮野君」

 

 声も出せず、ただ居竦むしか出来ない俺に、望月はただ、笑って。

 ただ、当たり前のように。

  

「これの事、チクられたくなかったら、暫く私の言う事を聞いてくれない? 私がここで、ただ大声で叫ぶだけでも……どうなるか、わかるでしょ?」

 

 俺の事を、脅迫した。

 

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