第14話 孝太郎
朝食を食べ終えて、公美子の淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら二人は今日の予定を話し合う。
「あの、先輩……」
少し申し訳なさそうな顔をして、凛太郎が言う。
「ん?」
「資料館なんですけど、午後からでもいいですか?」
「あぁ、僕は構わないよ。何か用事でも?」
「実は……」
口元に手を当てる仕草をすると、正樹も顔を寄せてくる。凛太郎は公美子の位置を確認し、声を落として訳を話そうとしたその時、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はーい」
公美子はそう返事をすると、パタパタと小走りで玄関へと向かう。その声に驚いて、凛太郎は口を噤んでしまった。
ガラリと戸が開く音がして、その直後に公美子の驚いたような声が遠くで聞こえる。久しぶり、だとか立派になって、だとかいう声も聞こえてきた。凛太郎もその来訪者が少し気になり、なんとなくそちらの方へ顔を向けた。
公美子は二言三言話すと、また今の方へ戻ってくる。凛太郎と目が合うと、満面の笑みで大きく手招きをした。
「凛太郎、孝太郎君が来てるわよ」
「え?」
その名前を聞くと、去年のことを思い出す。夏休みで帰ってきた時には、時期がずれていたせいか会えなかったのだ。
浅黒い肌と屈託のない笑みを思い浮かべると、懐かしささえ覚える。凛太郎は椅子から立ち上がると、玄関に向かった。すると三和土には、自分の記憶と変わらない孝太郎が立っている。凛太郎に気付くと、やあとばかりに手を上げた。
「久しぶり、元気だった?」
「まあな」
孝太郎はそう答えると、大きく口を開けてニカッと笑う。
「去年、どうしたのかと思ったよ。祭り、いなかったよね?」
「あぁ、まあな……」
一瞬、孝太郎の顔が曇った。親父さんとうまくいっていないのだろうか。そう言えば大学進学で揉めていたなということを思い出す。あまり深く聞いてはいけないような気がして、凛太郎は気付かないふりをした。
「まぁ、こんなところで立ち話もなんだし、上がっていきなよ」
「じゃ、遠慮なく」
孝太郎は靴を脱ぐと、乱暴に放り投げる。勝手知ったるなんとやら、小さいころから遊びに来ているので家の構造はよく知っていた。
居間に戻ると、手持無沙汰のようにテレビを見ている正樹しかいない。こちらを向こうと視線をずらし、孝太郎に気付くと軽く会釈をした。孝太郎もそれに返すように頭を下げる。しかしその顔は訝し気というか、少しびっくりしていた。
凛太郎も居間に入ると、双方を手で示しながら紹介をする。
「正樹先輩、こっちは俺の幼馴染の孝太郎です。孝太郎、こちらは大学の先輩の正樹先輩。大学の卒論でうちの村を取材に来てるんだ」
「初めまして、孝太郎君」
「どうも、初めまして」
凛太郎の知り合いだと知って一気に親近感が湧いたのか、先程よりは砕けた口調になった。孝太郎は凛太郎の目の前に座ると、タイミングを伺ったかのように公美子が麦茶を持って現れる。
「ちょっと出てくるけど、ゆっくりしてってちょうだいね」
「どうも」
「いってらっしゃい」
コップをテーブルに置くと、それだけ言って玄関に向かう。その後ろ姿に凛太郎は手を振った。
「ん、なんじゃこりゃ」
テーブルの上を見て、孝太郎が言う。正確に言えば、テーブルにある手書きの村の地図だった。
「あぁ、村の案内しようと思ってね」
「ふーん。どこ行くんだ?」
「それを今決めてたんだ」
地図の中央には商店街が、その北側に図書館と、少し離れたところに資料館。その他には、凛太郎の家と、牙乞山と、廃旅館街が、四角く存在を表していた。
「もしあれなら、僕の方は明日でもいいよ」
旧交を温めるには、部会者は邪魔だろう。そう判断すると、二人に提案をしてみる。
「午前中、凛太郎君は用があるみたいだし」
「用事っていうか……」
少しまごついたように、苦笑いをして頬を掻いてみる。
「なに、凛太郎、なんかあんの?」
「そんな大層なもんじゃないんだけど」
言いたくないのか、はぐらかそうとしてうまい言葉が見つからない。それを汲んだのか、孝太郎はこんな提案をしてきた。
「じゃあ、俺が案内してきてやるよ」
「え?」
まさかそんなことを言うとは思わなかったのか、凛太郎は何度か目を瞬かせる。
「え、悪いよ」
「いいのいいの。外の人とも喋ってみてぇし。いいっすか?」
「僕は構わないよ」
二人はそう言うと、示し合わせたように凛太郎を見る。あとはお前の返事次第。そう言われているような気がした。
「じゃあ……」
「よし、決まり!」
二言はなしだ、とダメ押しをするように凛太郎に人差し指を突き出す。
「どこ行きたいっすか?」
今度は正樹に向き直り、地図を片手にそう聞いた。
「商店街の事ならこいつより詳しいっすよ」
「へぇ」
感心したように、正樹が相槌を打つ。
「孝太郎は、商店街にある豆腐屋の息子なんです」
「そうなのか。それは期待できそうだね」
「寂しい村っすけど、旨いもんもそこそこありますよ。ま、そこくらいしか見るとこもねぇっすけど」
少しおどけたように、孝太郎が言う。
「じゃあその商店街に、行ってみようか」
「あざーっす」
待ってましたと言わんばかりに、孝太郎は軽く頭を下げる。すると嬉々として、紙の裏に商店街の地図を書き始めた。
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