第4話 望月家

 二人がホームに出ると、新幹線はもう入そこにあった。座席を探し出すと、早速座る。三人掛けの窓側に正樹が陣取り、真ん中を荷物に座らせて凛太郎は通路側に腰を下ろした。


 ピリリリリ。

「間もなく、発車します」

 アナウンスのすぐ後に、体がゆっくりと後ろに引っ張られる感覚がする。窓の外を見ると、景色もそれに合わせて滑るように動いていた。 


 東京駅から出た東海道新幹線は、新大阪の一駅手前、京都駅で降りる。そこから亀岡駅で乗り換えて八木駅に向かい、そこからバスで五時間ほど揺られると辿り着く。


「昔は温泉街として栄えたりもしたみたいですけど、経営者の高齢化が進んでほとんどの店は畳んでしまったんだそうです」

 どんな経緯でそんな話になったのか。たしか、凛太郎の家の家業を聞かれたからだったはず。


「うちも昔は旅館を経営していたんですけど、祖父の代で畳みました。その後は、父は公務員として役場勤めですね」

「ちなみにお爺様はご存命で?」

「いえ、五年ほど前に。今は両親と、父方の祖母と一緒に暮らしてます」

「ぜひとも、お婆様にもお話を聞かせてほしいな」

 人差し指を立て、正樹が言った。


「それで、オクイ様を祀っているっていう祠は、どの辺りにあるんだい?」

「うちの家が所有してる山です。まぁ、ほとんど手入れなんてしてませんけど」

 そう言うと、凛太郎はその山を思い浮かべる。それは望月家のすぐ裏にあった。


「すごい。君の家は、山を持ってるんだね」

 感心したように正樹が言う。その目は何かを期待しているような目だった。

「僕は海辺の町で育ったから、夏に山に登ったりしたことがないんだ。タヌキとかはいるのかい?」

「ええ、いますよ。たまに猟師が入っていくと、クマとかも見るそうです」


「おぉ……」

 いっそう目をキラキラさせて、正樹はため息を吐いた。それに凛太郎は苦笑して話を続ける。


「そんな大したもんじゃないですよ。昔は神隠しにあうって、いわくつきの山だったらしいですから」

「ほう……」

 これまた違った興味を持ったようで、正樹は人差し指を唇に押し当てる。これは癖なのだろう。


「それは何か、オクイ様と関係があったりするのかな?」

「さぁ、それはわかりません。自分の村のことなんですけど、あんまりよく知らないんですよね」

 

 最初に祭りに参加したのは、確か凛太郎が五歳の時だったと記憶してる。わけもわからず手を引かれ、公美子の言われるままに村中を練り歩かされた。先頭を行く久美子の提灯が、すごく綺麗だったのはよく覚えてる。


「毎年祭りには参加してたんですけど、あんまり聞いちゃいけないような雰囲気で……。母は村の出身ではないのであまり知らないそうです」

「お母様はどちらのご出身?」

「千葉です」

「本当かい? 千葉のどの辺りだろう」

 驚いたように正樹は目を見開いた。凛太郎は、えっと……、と言いながら地名を思い出す。なんだかおいしそうな名前だという記憶はあった。


「確か、東京に近かったような……」

「あぁ……」

 少し残念そうに、正樹は眉を下げる。


「実はね、僕も千葉出身なんだ」

「そうなんですか」

「あぁ。僕のほうは沖ノ島の方だから、近くもないんだけどね」

「世間は狭いものですね」

 意外な発見から、今度は正樹の家の話へと話題は移行した。少し照れ臭そうにしながらも、正樹は質問に答えてくれる。


「千葉は母の実家でもあるんだ。そこでアメリカ人の父と出会ったらしい」

「正樹先輩のお父さんかぁ。恰好いんだろうなぁ」

 こんな格好いい正樹の父親なのだ。両親もきっといい顔立ちをしてるに違いない。海外ドラマに出てくる俳優たちを思い浮かべ、凛太郎が呟く。しかし正樹は笑って否定した。


「まさか。まぁ昔はシュッとしてたみたいだけど、今じゃお腹の出っ張ったただの親父だよ」

「写真とか無いんですか?」

「え? あぁ確か、この前二人で旅行に行ったのが」

 

 スマホを鞄から取り出すと、何回かフリックする。かと思えば、画面を凛太郎に差し出してきた。


「ほら、これ」

 見せられたのは、熟年カップルがこちらに笑顔を見せてピースサインをしている写真だった。

 

 女性の方は小柄で、穏やかそうな顔立ちをしていた。少し照れ臭そうにして、小さくポーズをとっている。

 対して男性の方は、満面の笑みで両手のピースサインを全面に押し出していた。アメリカ人のイメージに寸分たがわず、ダイナミックな性格なのだろう。確かに少しお腹はポッコリとしてはいるが、いうほど悪い感じはしなかった。


「結構格好いいじゃないですか」

「そうかな?」

 スマホを返せば、首をかしげて正樹が言う。凛太郎は笑いながら大きく頷いた。


「正樹先輩は、きっとお母さん似ですね」

「確かに。祖父母の家に行くと、あのノリにちょっとついていけないこともあるよ」

 眉根を寄せて、困ったように笑って見せる。凛太郎も応えるように笑った。


「でもいいですね、夫婦仲もよさそうですし」

「まぁ、それは認めるね」

 スマホをしまうと、正樹は言う。


「うちなんか、もう何年も夫婦で旅行なんて行ってませんよ」

「京都とか近いのだから、日帰りで行けそうなものなのに」

「親父が出不精なんで」

 

 健三は仕事面では生真面目で有名だが、その反動なのか家では何もしないことが多い。公美子は専業主婦なので何とも言わないが、実際望月家のヒエラルキーでは最下位だった。


 取りあえずは健三の顔は立てるが、公美子は結構好き勝手にやっている。小動物の好きな公美子は、月に一度は自分へのご褒美に動物カフェに行くのが楽しみであった。


「母さんは外出大好きなんで、一人で県外とか普通に行きますけどね」

「そんなに遠くに?」

「いえ、和歌山市内に行くより県外出ちゃったほうが早いんで」

 実際、二人も京都方面から村に向かう。正樹は納得したのか、何度か頷いた。


「お父様は、何か趣味はないのかい?」

「もう全然。休みの日も家でテレビ見てるかボーっとしてるだけですし。絶対定年になったら廃人確定ですね」


 都会でさえ定年後の父親が無気力になってしまうケースは多い。ただでさえ娯楽の少ないこんなド田舎では、趣味なんぞなければ本当に何もしないで日々を過ごしていくのだろう。


「親父も、県外の大学に進学したんだから戻ってこなけりゃよかったのに」

「凛太郎君は、戻らないのかい?」

「戻れとは言われてるんですけどね……。まぁ、母さんが介護必要になった時にでもって考えてます」


 凛太郎には、まだそんな先のことはイメージできない。ただ漠然と、その時自分はどんな顔をして帰っていくのだろうか、そんなことを想像していた。


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