第1話
「どうして先生まで着いて来ているんですか?」
「え? 駄目なんか?」
バス通勤しているという塚田を車に乗せたまでは良かったのだが、何故か宍戸までも車に乗り込んでいた。
「いえ、別に駄目ってわけでは……ただ、塚田先生以外、まともに会話出来ないと思いますよ」
「……沙羅ちゃん、やっぱり男性と話せなくなっているの?」
やっぱり? 来浪は疑問に思ったが、やはりさきほどの仮説は正しかったのか。と、確認したいが、今聞いても良いのかがわからなかった。
「そこそこの歳の男性となら大丈夫みたいなんですが、若い男性だと――やっぱり。ということは」
「……ええ、昔から苦手だったわ。ただ、3人が見つかってからもっと過敏になったのよ。だから私、彼女ともっと話そうと思って――」
塚田が顔を伏せてしまった。これの責任は彼女にないはずなのだが、どうしても罪悪感を拭えないようである。津田と会わせたことでそれが払拭されれば良いのだが。と、来浪は願った。
しかし、それ以上に、津田が事件より前から心に傷を負っている事実があることを考えようとしたが、やはり今頭に置いておかなければ津田と塚田のことである。彼女たちがこれから出会って喧嘩するとも思えないが、やはり、不安にはなる。と、頭を悩ませていると、能天気な声で宍戸が手を上げた。
「あ~、別に俺はその子に用があってくっ付いてきたわけじゃないぞ」
「そうなんですか?」
「来浪、俺の耳はごまかせないぞ」
一体何のことを言っているのかわからず、来浪は運転に集中することにした。
「いやだから構ってくれよ!」
「……なんですか?」
「いや、お前さんの腹が鳴ってたから飯でも食いに行くんじゃないかと思ってな。良かったら一緒に食おうと思って――」
「宍戸くん、生徒に集るのはどうかと思うわよ。それと、フラれたばかりだからって同性に楽しさを見出すようになったらお終いよ」
「……や、止めてくださいよそんなこと言うの」
宍戸が体を震わせ、視線をあっちこっちと忙しなく動かし、あからさまに塚田から視線を外した。心当たりがあるのだろう。
「まぁ、今日はマリアさんもいないので外食しようと思っていましたけれど」
「だ、だよな! い、一緒で良いよな? な?」
来浪は苦笑いを浮かべ、宍戸に夕食を一緒にとる約束をした。
そうこうしている内に、トゥインクルフェアリーにほど近い駐車場に辿り着き、そこに車を停めた。来浪は塚田に、津田は服屋で働いていることを教え、あとは徒歩になることを伝える。
そして、歩みを進めるにつれ、塚田の表情が険しくなっており、強張った体の彼女を来浪は落ち着かせようとするのだが、生返事をするだけでその緊張が一切取れていなかった。
「塚田先生、着きました」
「……」
「俺らはちょっと入りにくい感じの店だな」
「マリアさんが好んで訪れる店ですから」
塚田と揃って店の中に入ろうとするのだが、先に中から蒔絵と津田の2人が出てきた。
「ありゃ、カラスくん、いらっしゃい。やっとここで服を買う気になったのかな?」
「いえ、遠慮しておきます」
わざとらしく肩を竦ませ、蒔絵がどこかからかうような口調で「何度も店に来て服を買ったことは一度もないのよ~」と、唄ったために来浪は顔を逸らした。
その際、沙羅と目が合ってしまったために小さく会釈をするのだが、やはり逸らされてしまう。しかし、そうして視線を動かした先に塚田がおり、2人とも揃って驚いた表情を浮かべた。
来浪は宍戸の手を引きそっと離れ、喫煙所に陣取る。そうして離れると首を傾げた蒔絵がやってきたために、少し2人に時間をやってくれないか。と、来浪は彼女に頼んだ。
「お~? ああうん、大丈夫だよ。訳ありなんだよね」
そうしていると沙羅が塚田を連れて店に入っていったのが見えた。その時の沙羅の表情が塚田を恨んでいるなどというのは一切感じられなかったために、とりあえず来浪は一安心した。
「ありゃ、津田ちゃん嬉しそう」
「そうなんですか?」
来浪には沙羅が嬉しそうかどうかの判断が出来なかったのだが、そこそこの時間一緒にいる蒔絵が言うのなら間違いないだろう。
「ほら、津田ちゃんって子どもとあのおじいさん以外にはほぼ無表情じゃん。でも、今の人を連れて行く時、ちっちゃ~く笑ってたよね」
「いえ、すみません、わかりませんでした」
「カラスくんはわかんないかもね、だって津田ちゃんカラスくんが来るとちょっと膨れるから」
「やはり嫌われてるんでしょうか?」
「いやぁ~、どうだろう? 他の人は本当に何も思ってないみたいなのに、カラスくんだと表情変えるから……そうさねぇ、何にも思われてないよりはマシじゃない」
マシなのが最良かは別であるが、確かに顔を合わせる度にプイっとそっぽを向かれているのは確かである。宍戸に至っては見向きもされていなかった。
そして、塚田を送り届けたことでここいる意味もないために、来浪は宍戸を連れて喫茶店に向かおうとするのだが、店から沙羅と塚田が出てきたために頭を下げる。
「あ、満祇くん、ちょっと待ってて」
「ええ――」
話を聞くと、塚田は沙羅を連れて食事に行くとのことであった。ここまで連れてきてくれたこと。沙羅に合わせてくれたことのお礼をしたい。と、塚田に言われたのだが、来浪は首を振った。
礼を言われるようなことでもなく、そもそも話をしてくれて礼をしたいのは自分の方である。と、来浪は告げた。
自分たちも今から夕食に行く。と、来浪は塚田に頭を下げ、宍戸を連れてその場を去ろうとするのだが、何故か蒔絵に手を取られた。
「蒔絵さん?」
「お店閉めるからちょっと待ってて! 津田ちゃん、今日はもうあがって良いから楽しんでおいで」
と、蒔絵が沙羅の頭を撫でたのであった。一言二言交わすと先に沙羅が店に戻り、少し急いでいるかのように荷物を持って外に出てきた後、塚田の腕を取り、街の方に向かって歩んでいった。
次に蒔絵なのだが、待ってて。と、一言放った後、小さな黒板を店に仕舞い、店の中に入っていったのである。
来浪は宍戸と揃って首を傾げる。
すると、塚田と歩んでいったはずの沙羅が戻ってきて見つめられている。
「わ――え~っと?」
「……」
沙羅が頬を膨らまし、ジッと見ている。来浪はどうしたものか。と、苦笑いを浮かべると大きく深呼吸した沙羅が袖を引っ張ってきたのである。
「あ……ありが、とぅ」
顔を真っ赤にして言葉の最後は小さくなっていたが、沙羅が礼を言った。
来浪は返事をしようと彼女に向き直ろうとするのだが、さっさと駆け出して行ってしまったために返事をすることも出来なかった。ただ、小さく微笑んでいた塚田が見えたために来浪は釣られて笑みを浮かべるのであった。
そして、店の明かりが消えると店の中から蒔絵が顔を出したのである。
「さ、行こうか?」
「え? どこへですか?」
「もぅ! 津田ちゃんは店長の私を置いて行っちゃうし、店長暇なの、察して」
つまり、一緒に夕ご飯を食べたいということだろうか。
来浪は一応、宍戸に視線を向けるのだが、彼も困惑しており、苦笑いを浮かべていた。
「さっ、エスコートよろしくね」
「先生、呼ばれてますよ」
「俺かよ!」
「ごめんなさい、私可愛い顔の子がタイプなんだぁ」
「いきなりフラれたぞ!」
そんな2人を放っておき、来浪はここ何度かお世話になっている喫茶店に足を向けるのであった。
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