第3話

「なんかごめんなさいっす」

「いえいえ、貴重な話も聞けましたし、僕は気にしてないですよ」

「しかも夕食までいただく流れになってしまって」

 喫茶店で司馬の話を聞いていた来浪だったが、途中で睦音から電話が掛かってきたことで一時それを中断し、彼女と会話をしていたのだが……。

 この間一緒にいた刑事と一緒にいると話したところ、「クロくんのお友だちなら連れておいでよぅ」と、言われてしまい、こうして司馬を連れ、駐車場に向かっているのである。

「まずは警察署に寄れば良いんですよね?」

「はいっす。さすがに何にも言わずには帰れないすから」

 どこか夢心地で「久々なまともなお夕飯……」と、呟いている司馬を見て、来浪も釣られて幸せを感じているのだが、ふと視界の隅に真っ黒な衣服を纏う女性が見えた。

「魔女さん?」

 来浪の呟きに司馬も反応し、揃ってトゥインクルフェアリーに視線をやった。するとそこには、マリアと店長である蒔絵が談笑していた。

「あら、カラスとワンコが謀反を企てているわ」

「出会って早々その言葉を使うということは、そうされる覚えがあるって認識で良いですか?」

「いつの世も魔女は裏切られるものでしょう?」

「飼い犬に噛まれたり、カラスに光物を持って行かれたりする程度の悪戯には目を瞑ってください。魔女に惹かれるのは本能なのです」

「あら、私を裏切って傷つけるつもりはないっていう大胆な告白(プロポーズ)かしら?」

「神に背く魔女という存在に抗えないということの告白(コンフェッション)です」

 マリアが上品に笑みを漏らした。もし神様が存在するなら自分は間違いなく地獄行きだろう。と、その笑みが頭から離れない来浪は深くため息を吐いた。そして、少し視線を動かし、近くに津田がいないのを確認し、彼女らに近づく。

「……ねぇモニカさん、改めて聞くけれど、カラスくんと特別な関係じゃないんだよね?」

「ええ、でも好きよ、楽しいし」

「……カラスくんは?」

「信頼してますよ」

 蒔絵が納得いってないかのようにうんうん唸っていた。もっとも来浪にはどちらでも良いことであり、それよりも何よりも、何故マリアがここにいるかの方がずっと不可解なのである。

「賢くんとも一緒に行動してなくて、だからと言って学校にいるわけでもない。魔女さん、どうしてここにいるんですか?」

「やきもち?」

「そんなもの絵に描いた餅ですよ。服を買いに行くんだったら音子ちゃんも連れて行ってあげたら良かったのに」

「先客がいたんだもの。それに、何も服を買いに来ただけが今回の目的じゃ――来たわね」

 マリアが視線を向けた先、そこには薄ピンクのフリルを着た女性が歩んで来た。見覚えがある、来浪はあれが雪平 林檎であると察せた。

「白い魔女さんが来ましたね」

「カラス、あれと私を同一に見たこと、貴方は後で絶対に後悔するわ、断言しても良い。貴方が謝ってきたら、私と2人きりで一日中過ごす日を作らせるわ。謝って来なかったら……そうね、カラスの言うことを1つだけ叶えてあげるわ。誰かを呪い殺したり、刺激的な日常を味あわせたり」

 突然恐喝された来浪は背中に言いようのない不安を覚え、体を縮めこませる。怒ったのだろうか、適切な表現ではなかったと思うし、女性を別の女性と比べるなどという無礼を働いたのは確かだが、条件がどちらも怖く、来浪は素直に謝罪しようと思う。

「魔女さん――」

「ええ、大丈夫よ、怒っているわけではないの。ただ、せっかくの機会だと思ってね。それと忠告、貴方はそのどちらかを選択するしかないわよ。だってもう始まってるんですもの――今もし謝ったらもちろん1日一緒にいてもらうわよ」

「横暴では?」

「あら、貴方は私が横暴だとまだ気が付いていなかったのかしら?」

「……そう思わなかった日が1日たりともなかったことを一瞬忘れていました」

「一瞬忘れられて良かったじゃない。新鮮だったでしょう? それと胸は関係ないわよ」

「何も言ってませんよ」

 蒔絵と司馬が呆然とする中、来浪は雪平に視線を向けた。すると、マリアが煙管を取り出したのを見て、すかさず火を点してやる。彼女は感謝の言葉一つ口に出さないが、穏やかなその表情は気分が良い時であり、感謝されずとも満足しているなら良し。と、来浪は視線を戻す。

 するとマリアが歩いてきた雪平に向かって煙を吐き出したのである。来浪はそれを咎めようとするが、彼女はすでに足を進めていた。

「ごめんなさい、煙草、苦手だったかしら?」

「う、うん……えっと――」

「ああ、いえ、気にしないで」

 雪平が明らかに怯えた様子でマリアを見ている。そんなマリアの行動に蒔絵も司馬も驚いており、蒔絵に至っては申し訳なさそうに雪平を店の中に案内するのであった。

「魔女さん?」

「少しの間、目を瞑っていてくれると助かるわ」

 そう言って煙管の火種を灰皿へと落としたマリアも店内へと――来浪は小さく息を吐くと司馬を手招き、外で一緒に待つように頼む。マリアにお願いされたのである。ここは暫くの間、目を瞑ってようと決め、煙草に火を点す。

「モニカさん、何だか」

「まぁ、何か考えがあると思いますよ。魔女さんが誰かを意図的に傷つける時は理由がある時か、相当苛立っているか、相当気に入らないことがあった時か、相当怒っている時か、何となく相手が可愛らしい時か――」

「それ普通じゃないっすか?」

「ええ、普通ですね」

 ただ、助かる。などという言葉を放つマリアがおかしいのである。彼女はあまり頼みごとをするのを得意としていない。もちろん、日常生活において自分が出来ないことを頼むのはお願いと言わず、強制であり含まれていない。そんなマリアが目を瞑っていてほしいと言ったのである。つまり、八つ当たりや怒りに任せてではなく、何かしらの意味を持っていると推察できる。もっとも、それが何かについてはどうせ教えてもらえず、彼女の自己満足であるのは否めないが、来浪はそれを快諾するのである。

 とはいえ、何も詮索するな。と、言われたわけではないために来浪は店内へ視線を向け、耳を立て、声を聞く。少し遠いが聞こえなくもなく、耳に意識を向ける。

 しかし、静寂。外の生活音の方が大きく、店の中だけが静まり返っていた。視線を向けると服を畳んでいた津田と目が合ってしまい、来浪は軽く頭を下げるのだが、彼女は少し躊躇した後、ぷいっと視線を逸らしたのが見えた。この間、悲鳴を上げられたことよりは進展したのだと複雑な心境で喜ぶことにした。

 と、やっとマリアが蒔絵に話しかけた。

「この服、なんという方が作っていらっしゃるの?」

「え! あ~? えっと……」

「あら、聞くのはいけなかったかしら?」

 普段より何割増しかで上品な声を出すマリア。やはり何かあるのだろう。服に詳しいわけではないので曖昧だが、あの服はこの間ショーケースに入れられていた服ではないだろうか。つまり、マリアはあの服を誰が作ったかを知っているはずなのである。

「そ、そちらの――」

「へー……」

 蒔絵に手を向けられ、肩を跳ねさせた雪平にマリアが軽い足取りで近づいて行った。

「あちらの服は貴女が?」

「う、うん、そう、だけど」

「そう――」

 ジッと雪平を見つめているマリアだったが、ついに音を上げた雪平がその場を立ち去ろうとする。

「待ちなさい」

「ひゃっ」

 マリアが雪平の肩を掴み、ジッと顔を覗き込む。今にも泣きだしそうな雪平と困惑している蒔絵、服を畳んでいる津田。

「私の顔を見なさい、私を――良い? 私をその頭に刻みつけなさい、私だけ――私を見るの」

「な、何言って――」

 すると突然、マリアが雪平の頭を引き寄せ、耳元で何事かを囁いていた。次の瞬間、雪平の顔がみるみる青くなっていき、目の前のマリアを凝視し、店から逃げるように出て行ったのである。

 来浪は数秒思案顔を浮かべるとマリアの傍に近づいた。

「なんて言ったんですか?」

「私は魔女よ、貴女をずっと見ているわ。って」

「そりゃあ逃げますよ」

 因縁つけられた挙句いきなり恐喝――誰だって逃げたくなる状況だろう。と、来浪はマリアの頭を撫でるようにポンポン。と、はたいた。そもそも雪平 林檎がなにをしたのか。初めて名前を聞いた時も興味深そうにしていたことを来浪は知っている。知り合いだったのだろうか? 雪平 林檎という名前もデザイナーとしての名前だと考えられ、本当の彼女をマリアが知っていたのではないか。しかし、そうするとマリアの見ただけですぐに気が付きそうなものである。あんな人間、然う然ういないだろうに。

「理由を聞いても?」

「私は正義の味方ではないけれど、同業かそれに準ずる役割を持った人間を把握しておくようにしているのよ。あとはあの子次第よ。けれど、中々良い反応だったわね。カラスもあれだけ激しくしても良いのよ」

 魔女ネットワークなるものがあるのだろうか。と、来浪は首を傾げてみるが、深く考えるのは止め、息を吐いた。

 蒔絵がマリアにやんわりと苦言を呈しているが、やはり聞く気がないマリアに来浪は、今日の夕ご飯に司馬も招待したことを伝え、駐車場に戻ることを伝えた。

 するとマリアが、それならば一緒に。と、言ったために蒔絵に挨拶をそこそこにトゥインクルフェアリーを去るのであった。

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