第4話 十四の日

その日は濡羽の十四の誕生日だった。そしてこの日は、五人にとって忘れることのできない日でもある。


昼食後の点呼で子供たちは講堂にまとめられる。その時五人は自然と壁際に集まるのだ。濡羽にどんな言葉をかけようかとどことなくソワソワしつつ、何かそれ以外の不安ともつかない胸騒ぎを感じて四人は顔を合わせた。


「なぁ、」

常盤と承和が同時に口を開く。

反射的に常盤が口をつぐみ、承和に譲る。

不器用な沈黙。


「今日、アイツ見た?」

この場にいる全員がその質問を予測していた。間髪入れずに首を横に振る。

この場どころか、今日一日、誰も濡羽の姿を見ていないらしい。別に、この五人で集まることが義務ではないのだが、この点呼の時に五人集まらなかった日は記憶にない。


「風邪引いちゃったのかな…寒いし。」


そう言った瑠璃自身が一番、その言葉を信じられないでいた。不安を隠すために言い聞かせているのだった。

よりによってこんな日に、姿が見えないなんて。偶然なんかには思えない。思えないけど…

だったらなんなんだ。

急にいなくなるなんてそんなこと、あるはずないだろ。

確証のない悪い想像がどんどん広がって止まらなくなる。震え始めた右手をぎゅっと握りしめた。


不意に猩が承和を小突き、その目線である方向を指し示す。全員がそちらに目を向けると、大きな講堂の隅に不自然に大人が集まっているのが見えた。

この保育所にはごく限られた職員の大人しか立ち入ることは許されない。もちろん僕たちはその全員の顔を覚えている。しかしそこに集まっていた大人達は全く知らない顔だった。その誰もが細かな装飾を施された高価そうな衣服を着用しており、この場所の人間ではないことはすぐにわかった。

この場所で何をしている?

大人達は講堂を出ようとしている。瑠璃は目を凝らし、大人達が何かを取り囲むように丸く陣形を保っていることに気がついた。


「あれ、」

常盤の声が震えている。人の隙間からちらりと見えた光に透ける青緑の長髪に、四人は確信した。

「濡羽!」

そう叫ぶが早いか承和が走り出した。

三人もそれについていくが、追いつこうにも、講堂には子供たちで溢れていて進路の邪魔をする。


濡羽たちが講堂の外へ一歩踏み出す、と言う時に、濡羽がこちらを振り返って四人を見据えた。


小さく口を動かしている。声は聞こえない。

しかし四人の頭には、まるで耳元で話しているかのように声が響いていた。彼女が去った後も、濡羽の悲しみに満ちた顔が脳裏に焼き付き、何度もこだまする。


ごめんね。


その後濡羽の姿を見ることは無かった。

確かにあの日彼女は十四になった。でも、保育所を出るのはみんな同じ日のはずだ。こんなのはおかしい。


この不可解な別れの理由を、僕たちはまだ知ることができない。

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天使に讃美歌を 砌七兵衛 @hatibee

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