22 反撃の鎧! 想定外の強さ

『どうした、来ないのかね? ならば、今度はこちらから行くとしようか!』


「っ…!」


 そんな言葉が聞こえたと思ったその時には、まるで言葉だけをその場に残してきたとでも言わんばかりに、既に全身鎧フルプレートアーマーは眼前に迫っていた。

 そして、その右腕に握られた馬鹿デカイ大剣が、空を裂く音すらも置き去りにして、玲を襲う。


 その軌道は異様に低く、膝から下を落とそうといったものだった。

 まさしく宣言通りに、髪と顔には傷を付けずに敵を無力化するための攻撃。


 足を落としてしまえば、逃げように逃げられないのだから。

 機動力を失えば、殺すのに髪や顔を傷付けないように気を配る必要も殆ど無くなる。


 その目的こそ変態的であり、この攻撃はその目的のために放たれたものだが、その実合理的なものだった。



 だが、その軌道が玲の膝下と交わるより一瞬速く、玲の足が地面から離れる。


 気がついたのは、奇跡と言っても過言ではなかった。

 鎧が眼前に迫ったその際、髪が不自然な風を受けて大きく揺れ動いたのだ。


 少女の姿になっていたからこその奇跡。それが無ければ、今頃玲の足は落ちていた。

 長く伸びたサイドテール。その毛先が大きく揺らいだからこそ、玲は鎧の接近と脅威を反射的に察し、咄嗟に跳躍することが出来たのだ。


 そして、魔力による身体能力強化が無ければ、気づいたところで避けられなかった。

 魔力によって向上しているのは、何も膂力だけではない。動体視力や反射神経といった、知覚もまた、大きく向上していた。


 それらが重なったからこそ、無様に地を転げながらも、玲はその大剣の一撃を回避し得たのだ。



 もし少女の姿へと変貌していなかったら──。もし魔力が使えなかったら──。


「う…がっ…!」


 咄嗟の動作だっただけに、まだ魔力のコントロールに成熟していない玲は、勢い余って何度も地面をバウンドしながら転がっていく。

 だが、その強い勢いのお陰で、鎧から距離を取ることは出来た。


 転げながらも、片膝と両手を地に付けて何とか体勢を立て直した玲。


『ほう、良くかわした!』


 その玲に、再び鎧が飛び掛かる。

 開いた距離は、一瞬にして詰められる。

 だが、一度その速さを体感していることもあって、目で追えないということは無かった。


 無かったが──。


(ヤベェヤベェヤベェ…! 何だコイツ、無茶苦茶速ぇッ…!)


 先程と違い、今度の攻撃は一度ではなかった。


 攻撃自体は先程と同じく、玲の膝下を斬り落とそうという低軌道の攻撃。

 だが、小さく跳躍してかわしたと思った刹那、返す刃はもう一度軌跡を描く。


 今度は、縦斬りだった。

 不格好によろけた玲の、その逃げ遅れた右肘から下を叩っ斬ろうとする鋼色。


 それを身体を地面に叩きつけることで強引にかわした玲。


『いい…凄くいいね! その必死な表情。そして揺れるサイドテール! 嗚呼、闇夜に踊る赤い髪の何と美しいことか!』


 喋りながらも、鎧の攻撃は続く。

 だが、何とか目は付いていく。何とか避けることが出来ている。


 そう思っていたが、玲はその考えが間違っていたことにすぐ気づく。


 徐々に、その大剣が描く鋼色の残像が、長く棚引いて見えるようになっていく。

 速度が増しているのだ。


 そう、避けられていたのではない。避けられる速さ・・・・・・・で、攻撃されていたのだ。



 初撃で既に、玲の反応出来る速度など、見切られていたのだ。


 だから、つまりは玲は遊ばれているのだ。



「んの野郎…!」


 大上段からの一撃を何とかかわして、先程かなでを助けた際にやったように、拳を唸らせる玲。

 だが、拳は確かに鎧に当たりこそしたが、さきのように吹き飛ばすような威力は無かった。


 代わりに、左手の甲に鈍い痛みが走る。


「痛ッ…!」


『先程と違って、まるで魔力が乗っていない攻撃だ。限界かね?』



 激痛のあまり、左手を押さえて踞った玲に、鎧の影が差し掛かる。

 今度は剣ではなく、回し蹴りだった。


『もう踊れないか、少女よ!』


 そんな言葉と共に、鎧の右脚が唸りを上げて玲に迫る。


 単純に考えても、全身鎧などという金属の塊の放つ回し蹴りだ。それも、最早玲の目では捉えられない速さで振り抜かれている。


 つまりこの鎧の攻撃は、たとえそれが斬撃でなくとも、十二分な凶器に違いなかった。



 回避は──間に合わない。


 思わず目を強く瞑った玲。そして、肉と金属がぶつかる音が鳴り響く。



「──安心しろ鉄屑。ここからは、私が代わりに踊ってやろう」


 毅然とした声色のその言葉に、玲はハッとして目を開く。


 鎧の足が──無くなっていた。

 まるで、とんでもない力で強引に捻り取られたような跡を残し、膝下から千切られた鎧の足は、玲の眼前に立つ1人の少女の右手に握られていた。


 3対の紅蓮の翼に、漆黒のドレス。闇の中で輝く、蒼い焔をまとった金色のサイドテール。


「リィ…エル…!」



 バギャン、という耳障りな音を立て、その足が歪む。


「そら、こいつは返すぞ」


『ぐッ──!』


 鎧よりも数段速い動き。その速度でもって、リィエルはいつの間にか鎧の懐に潜り込み、握った鎧の足をそのまま武器にして、上空に向かって大きく振り上げる。

 今度は、金属と金属がぶつかる音が響き渡る。


 短い悲鳴を残し、激しい火花を散らして、鎧は放られた足と共に、そのまま凄まじい速さで遥か上空へと吹っ飛ばされる。



「すまなかったな、玲。私のミスだ。あいつは今のお前には重すぎる相手だった」


 振り返ったリィエルが、やや申し訳なさそうな顔をしながら、尻餅をついてへたりこんでいる玲に手を差し伸べた。


「……全くだぜ。あいつめっちゃ強いじゃねぇか。最初の村を出たばかりにスライムじゃなくてボスが出たような気分だったぜ…」


 そう言いながらも、玲は苦笑してリィエルの手を取った。


「あの鎧は…?」


「もぎ取った足ごとぶち上げてやった。成層圏に打ち上げるくらいの勢いでぶん殴ったから、まあ、しばらくは落ちてこないだろう。尤も、このまま消えて無くなれば万々歳なのだがな…」


「ホントに規格外だなお前……」


「……それで、左手は大丈夫か?」


「めっさ痛いけど、折れたりしてはいねぇみたいだ」


 左手をグーパーして、特に問題なく動くことを確認する玲。

 凄まじく痛いが、少なくとも動かすのに問題は無さそうだった。


 もし魔力が無かったら、まず間違いなく玲の左腕は骨が砕けていただろう。いや、ひしゃげてしまっていてもおかしくはなかった。

 そもそも、金属の塊を素手で殴ろうなどという発想がいただけない。



「ていうか、もうちょい早く助けてくれてもいいんじゃね?」


「すまんな、『幻核コア』が無いなどという言葉を聞いて、私としたことが少し動転してしまっていた。そして、同時にあいつの強さに驚いていたというのもある」


「そこだよ、訊きてぇのは。お前何であいつが”弱い”って判断したんだ?」


 鎧がいなくなったことで、先程まで張り詰めていた緊張が緩み、疲労を滲ませた表情で玲がそう尋ねる。

 それに対して、リィエルは頬を掻きながら、悪いことをして理由を訊かれた子供のような表情で回答する。


「幻妖も、そして人間も我々『守護天魔ヴァルキュリア』もそうだが、内に秘める魔力の量というのは、基本的にはその者の実力の向上に伴って大きくなっていく。要は、放水量やポンプの性能が上がっていけば、それに対応して水を入れておく器の方も大きくなっていく、といった感じだ。お前のように器の方が無駄にデカイなんていう例外も、ごく稀にあるがな」


「へぇ、そうなのか」


「ああ。中には魔力量の方が先に限界値に達して、その後実力だけが伸びていくという場合もあるが、それでも、そこまでの実力者ならば、凡そ平均値くらいには魔力がある筈だ。つまり、実力と魔力量は、完全な比例関係とまでは言わないが、関連が無い訳ではないのだ」



 水鉄砲と消防車の放水ポンプでは、同じ時間水を出しても、その放水量は最早比較にすらならない。

 そして、それだけ放水能力が違えば、必要とされる水の量もまるで違う。


 魔力も同じで、扱う者の能力が高くなれば、操ることが出来る魔力の量も変わってくるし、洗練されれば無駄も無くなっていく。


 そして、そうやって実力がついてくれば、自ずと魔力の量自体も、それに合わせて成長していく。



 確かに言われればその通りのような気はするのだが、しかし玲はいまいち釈然としない様子で首を捻った。


「んんー…なーんか納得出来ねぇんだよなぁ…。ほら、ロック・リーみたく、忍術が全く使えなくても体術だけで伸し上がってるようなのもいるじゃん。そういうのは?」


「お前の出した例に則って言えば、リーは忍術が使えないだけで、チャクラは普通に扱えているだろう? 肝心要の体術とて、チャクラによる肉体活性から来ているのではなかったか? チャクラを魔力と置き換えると、つまり遠距離魔法や属性魔法は使えなくても、身体強化に類する魔法は扱える、といった感じになるな」


「ああ、なるほど。確かにそう聞くと、頷ける話だわな…」


「つまりだ、お前のような実力も無いのに馬鹿みたいな量の魔力を持ったへっぽこを強者つわものと間違うことはあっても、その反対──糞みたいに魔力が低いのに滅茶苦茶強いなんてことは、まずあり得ないというだ」


「へっぽこってオイ…。ってことは、そんなオレでもどうにか出来るってお前が判断するくらいに、あいつの魔力って低かったの? 確かに自分で微々たる魔力とか言ってたけど」


「お前と比べたら、砂場で作った山とエベレストくらい違うな。まあ、それだけお前の魔力量が異常な訳だが…。お前との比較は抜いても、私の神眼には、相手の魔力量を推し量る能力もあってな…。その力で見た限り、あいつの秘めている魔力は、それこそこの世の『幻想魔導士』の誰よりも低いだろう程だった。他の幻妖とは、比べるべくもない」


「マジか……。確かに今の説明の通りだとするなら、そんな魔力が低いのに強いなんてあり得ないってなるな…」


 ようやく呑み込めた様子の玲。

 だが、呑み込めたのなら呑み込めたで、それは次なる疑問へと変わる。



「んじゃあ、何であいつあんなに強いんだよ?」


 そう、リィエルの説明通りならば、あそこまでとんでもない能力と剣捌き、速度の幻妖なら、それ相応に魔力を秘めていないとおかしいということになる。


 まあ、だからこそリィエルは驚きのあまり硬直していたのだが。


「知らん」


 しかし、玲の問いに対して、リィエルはそっぽを向いてしまう。

 そんなリィエルに対して、半ばずっこけながら玲が食らいつく。


「知らんってお前なぁ! それで納得出来るかよ!」


「知らんもんは知らんのだ! あんなMP無い癖に主人公より全然強いハッサンみたいな奴のことなど知るか!」


「ハッサンは中盤以降MP使えるようになるだろ! ダーマ神殿に着いたらとりあえず全員一度は魔法使いにするだろ! 6は転職してすぐにメラミ覚えるし」


「そんなことしなくともハッサンには炎の爪があるだろう! ムドー城に落ちてるだろう!」


「あるけども! 確かにムドー戦ではそれがセオリーだけども! ってそうじゃなくて!」


「大体お前もなんだ! 魔力はまだまだ腐るほどあるのに、何故碌に魔力も使わずにあれを殴ったりしたのだ! 魔力無しで鎧に穴でも空けられると思ったのか!? あれか、お前がハッサンか!? 正拳突きでもしたかったか!?」


「いい加減ハッサンから離れろよ!!」


「じゃあヒュンケルか!? 光の闘気に目覚めたヒュンケルか!!」


「確かにヒュンケルも終盤素手で鎧を引き裂いてたけども! いやごめんオレが悪かったです竜闘気砲呪文ドルオーラとか言っちゃったオレが悪かったです!」


 ゼェゼェ言いながらツッコミを入れる玲。

 どうやらリィエルもドラクエは好きなご様子。玲の発言が、リィエルのネタスイッチを入れてしまったのだろう。



 それはともかく───。



「……わかんねぇんだけどよ、確かに避けるとか防御とか、そういうのに意識を向けた時にゃ問題ねぇんだけど、いざ攻撃しようとしたら、魔力が全然使えなかったんだよ。確かに身体は強化されたままなのに、さっきみてぇにぶっ飛ばそうとすると、全然ダメなんだ」


「……本当にへっぽこだな、お前。どういう理屈だそれは」


「それこそ知らねぇよ」


 自分でも原因がわからないだけに、へっぽこという称号が自分でも頷ける玲だった。


 確かに身体能力は向上している。

 ジャンプすれば通常ではあり得ないくらい跳躍出来るし、身体の頑丈さだって、地面にぶつかりまくっても大した傷は見当たらない。


 魔力が湧いてくる感覚はまるで勢いが弱まる気配もない。

 なのに、いざその魔力で一発喰らわそうとしたら、上手く扱えなかった。


 無駄にとんでもない量の魔力があるのに、一発撃ったらその後がまるで続かない。

 やたらと次弾の装填に時間の掛かる兵器か何かか。

 宝の持ち腐れもいいところだ。



「……まあ、真っ当に考えるなら、いきなりあんなとんでもない量の魔力をぶっ放したから、その反動…といったところなのか? ……とりあえず、お前の問題は追々調べるとして、今はあいつだ」


「やっぱ、倒せてはねぇんだよな…?」


「恐らくな。魔力量と実力の乖離かいりもそうだが、『幻核コア』が無いというのは、未だに信じられん話ではある。が、目の前に実例がある以上、そうも言っていられんな。ともあれ厄介なのは、あの再生力か…」


「あいつの言うとおり、現実的でなくとも、削り続けるしかねぇのか?」


あながち間違いではないが、少なくともその回数を減らすことは出来る」

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