23 参戦リィエル! 鎧VS最強の『守護天魔』

あながち間違いではないが、少なくともその回数を減らすことは出来る」


 そう言うと、リィエルは右手を横に突き出した。その手の前方の空間に、黒い穴が空く。

 その穴から、何かが飛び出てきた。それは、黒い柄だった。


 柄を握って、穴からそれを引き抜くように腕を振るうリィエル。鈴の鳴るような小気味いい音を立てて、果たしてリィエルの手に、一振りの剣が握られていた。


 柄から鍔、剣先に至るまでの全てが深い黒に塗りつぶされた、細身の直剣。


 鎧のそれと比べればあまりにも頼りない。しかし、玲は自分の喉が鳴るのを感じた。



(何だこの剣…。潰されそうなくらい、すげぇ重圧感プレッシャーを感じる…)


「ほう、この剣の威圧感を感じるのか。お前にも魔力を感じ取る才能があるかもしれんな」


 玲の顔に張り付いた緊張を読み取ったリィエルが、悪戯な微笑を浮かべながら剣を玲に見せるように掲げる。


 深い、闇よりも深い、星を呑み込むような、そんな黒。

 漆黒の直剣は、不意にその刃に白い紋様を浮き上がらせた。どうやら文字のようだが、玲の知る言語ではなかった。



「これは、魔剣レーヴァテイン──」


「レーヴァテイン!? ゲームとか漫画とかでもよく使われる、あのレーヴァテイン!?」


 魔剣レーヴァテイン──。北欧神話に登場する、伝説の武器である。


 実際に剣であったのかは定かではないが、スルトがラグナロクの際に振るった炎の剣と同一であるとされることもあり、日本のサブカルでは、おおよそ炎の剣であることが多い。


 何にしても1人の少年としては、そんな伝説上の武具を見ることが出来るとなれば、胸の高鳴りを抑えられないものである。


 玲の目は、既にその漆黒の剣に釘付けであった。



(そうだよな、こいつ天界と魔界の王達の娘だもんな! そういう神話の武器を持ってても不思議じゃないよな! うっはー、これが魔剣レーヴァテインかぁ! やっべぇ超興奮する!!)



「──の模造品だ」


偽物パチモンかよッ!?」


 期待が大きかっただけに、落胆もまた大きかった。

 ガックリと肩を落としてショボくれる玲に、リィエルは怒ったように言い返す。



「失敬な。模造品といっても、実際に破壊を司る神の力が込められた素材から鍛えられた剣だぞ。確かに模造品だが、寧ろ実際に鍛冶の神ヘパイストスが造ったものなのだから、人が語る神話のそれよりよっぽど本物だろう。神話の通りに実在する神や悪魔というものもいるが、当時はまだ我々『守護天魔ヴァルキュリア』の接触に気づく人間など殆どいなかったのだ。その当時に語られていた話など、仮に本当にあったものでも、長い歴史の中で歪んでいくことの方が殆どだ。レーヴァテインに関しては、まさにそれだな」


「うぐ…半分神様なお前が言うと、妙に説得力があるな…。確かに凄そうな感じするし…」


「だろう? まあそもそも、北欧神話を調べた際に欲しくなったから造らせたのだから、やはり模造品には違いないのだがな。それに材料が材料だっただけに、流石のヘパイストスも死にかけていた。いや、これを無理矢理造らせるのも些か骨が折れたぞ…」


「色々台無しだよッ!」


 思い出し笑いをするリィエルに、玲は思わず頭痛を覚えた。

 何故か、リィエルに命じられ泣きながら剣を打つ、そんな男の姿が脳裏を過ったからだ。



 ──無理だ無理! 死んじまう、ホントに死んじまうって! あいつの提供した材料とか絶対呪い殺されるだろうがッ!



 そんなふうに涙ながらにリィエルにすがり付いて懇願する、そんな神の様子が。


 これもリィエルの『魔力門ゲート』が移植された故か。



「何にしても、この剣は破壊の神の恩恵を受けた曰く付きの一品だ。手に持った者の魔力を馬鹿喰いするが、代わりに斬り付けた対象の魔力を、傷口から無理矢理外に放出させる呪いが掛かっている」


「破壊の神の恩恵の割には意外と大人し目な感じだな…。もっとこう、肉体が崩壊していくとか、振っただけで周囲が燃え尽きるとか、そんな効果を想像してたんだけど…」


「私だってそのつもりだったのだぞ? 『破滅の枝レーヴァテイン』の名に恥じぬよう、本当なら一振りで半径数十キロに数多の呪いの炎を振り撒いて、阿鼻叫喚の地獄絵図を再現するようなものになる筈だったのだ。なのに、いざ蓋を開けてみたら……あんのボンクラ鍛冶神め、ビビりおって…! 肝心な素材が幾つか使われていなかったのだ…! おまけに幾重にも封印なんぞ掛けおって…!」


(ありがとうございますヘパイストス様本当にありがとうございます!!)


 会った事もない鍛冶の神に平伏する思いで、玲はそう言葉を口にする。


 危うく本当の本当に、取り返しのつかないような魔剣が誕生するところであった。

 そして、何てものを造らせようとしていたのかと、玲はリィエルの加減の無さに戦慄を覚えた。



 閑話休題──。


「まあともかく、こいつで斬りまくれば、あいつの魔力の枯渇をグッと早めることが出来る筈だ」


 パチンとリィエルが指を鳴らすと、玲を囲うようにして青白い光の柱が噴き上げる。


「結界だ。お前はその中でじっとしていろ」


 それだけ言い残して、リィエルは前方に向かって歩いていく。

 その視線は、ある一点を見据えて離れない。



「さて、随分とのんびりしたご帰還だな」


 リィエルのその言葉に応えるように、ちょうどリィエルが見つめていた場所に、何かが飛来した。


 凄まじい轟音、そして土煙を巻き上げて現れたのは、傷1つ無い鋼色の全身鎧フルプレートアーマーだった。

 せいぜいあるのは、その大剣の柄や鍔に残った溶けたような跡くらいだった。



『……参ったね。流石に、飛行機を見下ろせる高度まで放り出されたのは初めてだよ。いやはや、とんでもないね君は』


「ふん、それは良かったな。ついでと言ってはなんだが、もう1つ貴重な体験を提供しよう」


『ふう……出来れば君の相手など、したくはないのだがね…。私の狙いはそこの赤髪の少女だけだよ。そもそも、金髪は私の趣味ではないんだがね…。第一、金髪と言えばツインテールと相場は決まっているだろう。ならばせめて、ツインテールにしてから出直して来て貰いたいものだね』


「はっ、貴様の趣味に従ってやるつもりはない!」


 吐き捨てるようにそう言って、リィエルは飛び出した。


 玲が目で追えたのは、そこまでだった。



 リィエルの姿は──捉えられなかった。

 時折一瞬だけ見えたかと思ったら、次の瞬間には消えている。


 そんな蜃気楼のような速度で、四方八方あらゆる方向から、呪いの黒剣が振るわれる。


『ぐっ…!』


 鎧も負けじと素早く移動しながら剣を振るうが、完全に防戦一方。

 玲にとっては驚異的な速度であっても、その比較対象がリィエルでは話にならない。


 と言っても、今や鎧の動きすら、玲には捉えることが出来なかった。



 明らかに、玲とは次元の違う戦闘。

 剣と剣がぶつかる金属音と、その剣がもたらす激しく咲き誇った火花によって、辛うじてそこに剣戟があったことを悟るレベルである。


 そんな超次元の戦闘を前にして、玲は眉を潜めていた。


(……何でだ…?)


 驚愕故に、ではない。とある疑問が浮上していたが故に。



「うーん…」


 眼前で繰り広げられる、恐ろしい速さの攻防。剣と剣がぶつかり合う音が幾度も木霊する、そんな光景を前にして、玲は頭を捻っていた。


「どうしたの、玲くん。身体、痛むの?」


「ああ、いや…痛いっちゃ痛いけど。そうじゃなくてさ、あの剣は修復されないんだなぁって思って」


「剣?」


「そうそう、あいつの持ってる馬鹿デカい剣。……あれ?」


 思わず反応を返してから、はたと気づく。

 あれ、今近くに話が出来る人なんていたっけ、と。



「──ぴぎゃぁあぁあ!?」


「きゃあっ!?」


 声の聞こえてきた方向──左後方を振り向いた玲は、情けない悲鳴をあげた。

 気づけばそこに、氷の柱がそびえ立っていたからだ。


 蒼く薄い氷によって円柱のように囲まれた、その内部。

 そこには、玲の悲鳴に驚いて小さく悲鳴を返す璃由と、ポカンとして玲の向こうを見つめる奏、そして玲に向かって手をかざしているクランの姿があった。


 いつの間にやら、玲の側まで移動してきていたらしい。



 大仰に驚いている玲を他所に、クランの右手から青白い光が放たれ、その光が玲を包み込む。


 羽毛に包まれたような、温かく、心地よい感覚だった。

 そして、それと共に、しこたま転がって悲鳴をあげていた身体中の痛みが和らいでいく。



「主だった傷は、打撲くらいのようですね。一番酷いのは左手のようですが、骨には異常は無いようです。まだ痛みますか?」


「え、あ、ああ…ありがとう」


 光が消えた頃にクランにそう尋ねられ、慌ててそう反応する玲。

 左手をグーパーしてみても、特に痛みは感じない。


 どころか、腹の調子まで快調なくらいだった。

 ついでに治してくれたようだ。



 主に似て、まるで天使のように、何とも慈愛に満ちた心遣い。


(……いや、マジもんの天使だったわ)


 氷の神に遣える一翼──第二級天使クラン。

 まごうことなき、天使である。



「ところで玲くん、剣は修復されないんだって言ってたけど、どういうこと?」


「ん、ああ…あいつの剣さ、柄とか鍔に溶けてる部分があるんだよ」


「……確かにありますね…」


 玲の言葉に、前方の激しく火花を散らせては移動を繰り返す、リィエルと全身鎧フルプレートアーマーに目を向けたクラン

 が、目を細めながらそう呟いた。


「え、見えんの!?」


「これでも天使ですからね」


「すごー! あたし全然わかんないよっ!」


 奏が感心したようにそう言って、同じように目を凝らすが、奏の目には影すらも判別が付かなかった。


 無論、それは『魔力門ゲート』が閉じている璃由も同様だ。



「確かに修復されている様子は無いですね。玲くんのあの攻撃で付いたものでしょうか…」


「んー…リィエルに打ち上げられた時じゃねぇかな。実際、消えたんじゃねぇかってくらいの速さだったし、リィエル自身、成層圏まで打ち上げるつもりで殴ったって言ってたから、一時的に超音速くらいは出てたんじゃねぇか? 確か……空力加熱…だっけ? 刃の素材に比べて、柄とか鍔の素材の方が熱に弱かったから溶けたんじゃね? あの剣が何で出来てるか知らねぇけど」


「あー、飛行機とかロケットとかに関わってくるやつだねっ!」


「「えっ?」」


「「えっ?」」


 2つずつ重なって、計4つの驚愕の声が響く。

 片方は玲と奏の会話に対して。もう片方は、それに対する疑問の声に。



「な、何で驚いてるのさ?」


「えっ、あ、いえ……その…玲くんってあんまりにも魔法とか『幻想魔導士』とかについて知らないから…その……」


「お2人とも、すっかりお馬鹿キャラだとばかり…。いつもよくわからないことばかり言っていますし、もっと素っ頓狂なことを言っている方がしっくり来たと言いますか……その…」


「おおぅ……」


「あたしとばっちりだぁっ!」


 あんまりな言い様だったが、返す言葉が見つからなかった。


 確かに、いつもいつもネタに走っては大暴走しているし、おまけに『魔力門ゲート』を始め、凡そ知っていて然るべき筈の知識が欠落しているのだ。


 そして、そんな奴と一緒に危機的状況でもネタに走る妹。


 そりゃあ、馬鹿な奴と思われていても、仕方の無い話であった。



「そ、そう言えばクランさん! 聞きたいことがあるんだけど!」


 話題を強引に変えようと、玲はそう切り出した。


「クランでいいですよ。リィエル様が呼び捨てなのに、私がさん付けではむず痒いですから」


「えと、じゃあクラン。教えて欲しいんだけど」


「はい、何でしょうか?」


「さっき『幻核コア』が無い幻妖が居るわけ無いって言ってたけど、あれってどういう意味? 普通の生物で言うところの心臓とか脳とかより、大事なものなのか?」



 クランとリィエルは、あの全身鎧フルプレートアーマーが言った『幻核コア』が無い、という言葉に対して大きな驚きを示していた。


 そして、鎧もまたこう言っていた。


 ──頭を貫かれようが心臓を破壊されようが死なない幻妖だったとしても、その根源たる『幻核コア』を砕かれれば生きてはいられない、と。


 つまりそれは、『幻核コア』という器官は心臓や脳よりも、幻妖にとって重要なものであるということに他ならない。


 だから、そも『幻核コア』がどういうものであるのか、知らなくてはならないのだ。



「……何故こうも、魔法や幻妖に関わる知識が無いのでしょうか…」


 しかし、玲の質問を聞いたクランは、頭痛を覚えたようにこめかみに手を当ててそう呟いた。


 今日日、誰もが知っていて然るべき内容ではないのだろうか。



「……まず、玲くんの言うとおり、幻妖にとって『幻核コア』とは、心臓や脳よりも大事な器官である、ということに間違いはありません。ですがそれ以上に、『幻核コア』はある特別な働きをしているのです」

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