08 ハゲ鷹の逆襲! 男子禁制の花園

「……」



 国立天魔第6高等学校。1学年10クラス。1クラスにつき40人。

 つまり、3学年で延べ1200人程。


 この1000人オーバーの生徒が通うということもあって、その敷地は広大だ。

 校庭は大、中、小の3つが存在し、野球グラウンドやサッカーグラウンド、テニスコートは勿論、バレーボール部や卓球部等にも凡そそれぞれ専用の体育館が用意されている。


 校舎を取っても、30クラスを抱える4階建ての広大な一般校舎、音楽室や美術室等がある特別棟、エトセトラ。


 流石は国が運営する学校だけあって、そんじょそこらの学校とは訳が違う。



 学年は、男子はネクタイ、女子はリボンでそれぞれ見分けが付く。

 今年の1年生は赤色。2年生は紺色。3年生は緑色である。


 因みに、ネクタイとリボンは3年間同様のものを使用する。

 つまり、1年後、今の3年生が卒業し、新たに入ってくる新入生は緑色のネクタイ、リボンを付けることになる。



 さて、そんな1000人オーバーの生徒を抱える学校の学生寮はというと、学校から徒歩10分程の所にある。

 とは言え、それは最早、寮というよりマンションであった。


 いや、どう見てもマンションだった。



 造り自体は、エントランスが繋がっていて、そこから男子棟と女子棟、特別棟に別れる3棟構造。

 特別棟は、大浴場や体育館等がある5階建て程のものだが、男子棟、女子棟はワンフロア50部屋からなる10階建て。


 1部屋に2人計算で、最大収容人数はなんと男女1000人ずつの、2000人である。


 勿論、このうち幾つかの部屋には、学校関連の大人も住んでいるのだから、生徒のみが住んでいるという訳ではない。


 だが、つまり1200人の生徒が2人ずつ使っているとして、単純計算600部屋。

 1000部屋のうち幾つかが大人に使用されているにしても、仮にそれを100部屋だとしても、余りは300部屋ほどある筈だ。


 実際男女比でそんな単純にいかないとしても、こうはならないだろう、こうは。



 なのに、これはいったい──


「……どういうことだってばよ…」



 寧ろ学校の校門より立派に見えかねない門を潜り抜け、マンションへと入り、エントランスにある管理人室に向かった玲。


 マンションに着いた時点で、教頭である陽華は学校に戻ったため、霊体となったリィエルと2人で、管理人室にやって来た形だ。


 このマンションはセキュリティも充実しており、エントランス奥はオートロックのガラスドアに阻まれているので、鍵を持っていないと入れない。


 そのため、管理人室にて、入寮手続きを行った玲だったのだが、真っ先に漏らした言葉が、それであった。



 入寮手続きと言っても、入学が決定した時点で、部屋割りは終わっている。だから、実際の手続き自体は、本人確認と幾つかの書類にサインをするくらい。


 そして、部屋番号と鍵を貰って「はい、終了」となるのだが。



「……あの、これ……間違いですよね?」


「間違いで……あって欲しかったんだけどねぇ…」


 管理室の女性職員の表情は、パッとしなかった。


 それもその筈だった。玲が受け取った鍵に付いていたタグの数字は「1050」。


 1050号室。つまり、10階。最上階。

 無論、エレベーターもあるので、昇降に苦労はないが、それでも最上階。


 前述の通り、全校生徒の総数が1200人程。全寮制のため、全生徒がここに住んでいるとしても、単純計算1部屋2人で600部屋。

 これまた単純に男女に分けて、片方300部屋。


 つまり、多少の誤差はあっても、ワンフロア50部屋からなるこのマンションにおいて、まあ男子に少し偏りがあったとしても、精々8階辺りまでになる筈だ。


 基本的に、部屋割りは問題がなければ3年間同様。同一の者と共に過ごす。

 そして、空いた部屋は清掃後、新入生に宛がわれる。事務的に。



 そう、どう考えても、ただの入学したての生徒が最上階に宛がわれることなど、あるはずがないのだ。


 しかも、しかもである。


 鍵と共に渡された書類。それは、女子棟の案内についてのものだった。



 つまり、赤月 玲に宛がわれた部屋は、女子棟最上階。

 男子の玲に、女子棟の部屋が宛がわれていたのである。


「君……まさか校長に目を付けられるようなこと…したんじゃないでしょうね…?」


「えっ?」


「ほら、あの人ハゲ鷹・・・なんて呼ばれてるでしょう? でもね、あれ…ただハゲで苗字が鷹倉だから、ってだけじゃないのよ」


((──マジか。そのままだと思ってた!))


 絶賛霊体化中のリィエルも、驚きを隠せなかった。


「あの人ね、とんでもなくスケベでねー…。狙った女子にはとことん近づくのよー。教頭先生も、その口だし。それにね、嫌った相手にはとことん嫌がらせをするのよー…。まさにハゲ鷹でしょう?」


 ハゲ鷹──コンドルやハゲワシの俗称である。

 コンドル等は、死体の肉を食う貪欲なイメージのある鳥類である。


 そう、執拗なまでに獲物を狙い、徹底的に陰湿に嫌がらせをする。まさしく、貪欲な人物。


 故に、その苗字と禿頭も相まって、ハゲ鷹。

 これこそが、天魔第6高等学校の校長──鷹倉 誠二である。



「赤月くんだったわね…。確か……ああ、夕方頃に『魔力門ゲート』数0の、退学待ちの学生だって連絡があったわ。その後、どうなったの?」


「あー、一応退学自体は免れたんですけど……そん時にちょいと……。まあ印象は悪いんだろうなぁ…」


「じゃあそのせいね…。多分、最初は早くこの学校を辞めたくなるよう、ある種の後押しみたいな理由だったんだろうけど、その後連絡が無いとなると、完全に嫌がらせね…」


「……」


 嫌がらせにしても、これはあんまりだろう。

 大体、いいのかそれで。学校側が積極的に風紀を乱すような部屋割りをして。


 そも、高校1年生と言えば、15、6歳。未成年である。

 それを、家族でもない者を一つ屋根の下──どころか同じ部屋に放り込んで。


「……どこのエロゲー展開だよ、おい…」


 そうぼやいた玲だったが、ふと気づく。


 ──直感する。


(──そうだ、わざわざ最上階に送られるんだ。オレは……色々あれだからしょうがないにしても、ってことは、それだけのことがなければ、最上階行きにはならない。なら、相部屋である可能性は無いも同然だ…!)


 そう、あのハゲ鷹に目を付けられるような人物ならいざ知らず、そうでもなければこんなことにはならないだろう。


 まして、入学初日である。

 自分以外、特に波風を立てた者など、果たしているだろうか。


 ──いや、いる筈がない!



 なら、一人部屋確定だ。

 確か、この寮の各部屋の間取りは2LDK。バス・トイレ付き。

 つまり、その間取りをリィエルと2人で独占出来る!



「……それなんだけどねぇ……」


「えっ?」


『また考え事が口から出ていたぞ、玲』


(マジっすか…!)


 霊体となった『守護天魔ヴァルキュリア』の声は、その主にしか聞こえない。


 そして、霊体である『守護天魔ヴァルキュリア』とは、念話による会話が可能だ。



 だが、それ以前に、考え事が口から出てしまう癖のせいで、管理人の女職員にもバッチリ聞かれていた。


「残念ながら、独占とはいかないのよ。……実は、女の子がね…同じ1050号室なの」


「仮にも国が運営する学校で男女が同じ部屋とかいいんですか!! 何でこうすんなりと……」


「いえね、私は止めたのよー? でもねぇ、あの校長、学校運営とかに関しては、教頭に手綱を握られているのだけれど、こと嫌がらせとか、そういった方面には何故か異常に強くてねぇ……。まあ、あなた顔も何だか女の子っぽく見えなくもないし、間違いを起こしそうもないから大丈夫でしょう」


「……」


 大丈夫なわけあるか。

 問題しかないではないか。


「っていうか第一に、そもそも男のオレが女子棟に入るのは……マズイでしょうが!」


「ああ、それなら……はい」


 差し出された紙袋。

 受け取って見てみれば、それはあろうことか、女生徒用の制服であった。

 ニーソや革靴、どころか、ご丁寧にウィッグまで用意されていた。


「……あの、何です、これ?」


「これを着ていけば問題ないわよー。喋り口調さえ変えれば、声も大丈夫そうだし、絶対いけるいける!」


(駄目だこの学校ー! まともな奴がいねぇ!)


「いや、あのー……別の部屋って選択肢は……」


「寮の部屋割りは校長の管轄なのよー。私には、どうにも出来ないわ。荷物ももう、部屋に入れちゃってるしね」


(あんのハゲ鷹~…!)


「ああ、着替えはこれからここでしていいからね。大丈夫、おばさん見ないようにするから」


「……マジかよ」



 かくして、玲は女子用の制服を着ることとなった。

 管理人室は、窓口があって、普通はそこで手続き等を交わすのだが、中に入ってしまえば、窓口からは見えない死角デッドスペースが存在する。


 仕方なく、そこで着替えをした玲だったが、見ないなんて言いつつ、チラチラと管理人の職員はこちらを見てきていた。


『っはははははは!! に、似合っているぞ玲! その辺の女子より寧ろ可愛いくらいだ! だっははははははは!!』


 プリーツスカートに履き替え、女子用のブレザー──男子の物とはボタンの付いている向きが逆──を羽織り、ネクタイの代わりに指定のリボンを付ける。


 そして、ウィッグを付けた玲を見て、霊体のリィエルが腹を抱えて笑っていた。


(……うぅ…、股がスースーする…。ズボンじゃないと、こうも肌寒いものなのか…。ってか、スカート丈短いだろこれ!)


 履いてみれば、膝が全く隠れない。

 しかも、膝上辺りまでの丈のニーソのお陰で、頼んでもない絶対領域が完成していた。



「あー、やっぱり思った通りだわー! 男の子にしとくのが勿体ないくらいよー。こんな日のために用意しておいてよかったわー!」


(どんな日を想定してんだよ!!)


「あ、どうする? 下着も女性用のがあるけれど、付けてみるー?」


「マジ勘弁してください……」


 涙ながらに懇願する玲。辛うじてそれだけは避けたが、このおばさんとは長い付き合いになりそうだった。



「まあ頑張ってちょうだい。応援してるわー。色々と協力もするわよー?」


「……ああ、その…よろしくお願いします。赤月 玲です…。これから3年間…お世話になります……」


 涙ながらにそう言った玲に、職員は笑いながら返答した。


「はい、よろしくねー。私はここの管理責任者の松風まつかぜ 文代ふみよよ。頑張ってねー」


 最後にそう挨拶を交わし、館内案内の紙等の資料と、着替えの入った紙袋、そして鞄と鍵を持って、玲は管理人室を後にした。



 ……去り際に、松風が、

「取るなら早い方がいいらしいわよー?」

 という不吉な言葉を残してくれた。

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