07 エロ親父VS最強の『守護天魔』! 『幻想魔導士 』の戦い方その1

「いい機会だ。玲、今後すぐに習うだろうが、先だってお前に、『守護天魔ヴァルキュリア』を従える者の戦闘方法について、レクチャーしてやろう」


 そう言って、彼女はだらしない顔をして椅子の上にふんぞり返る校長の前まで歩み寄っていく。


「戦闘方法? 一緒に戦う以外に何かあんのか?」


「大きく分けて、『守護天魔ヴァルキュリア』との共闘には3つの方法がある。1つは今お前が言った一緒に戦うというものだ。だがな、私達『守護天魔ヴァルキュリア』は、普段は主にしか見えない霊体の状態で側にいる。さっきまでの私がそうだ」


「……え。じゃあ…ってぇと……あの公園での出来事は……」


「私は缶から抜け出して、あの辺りの火を鎮火して、それからしばらくした頃から霊体になっていたのだから……そうだな。端から見れば、無惨な姿になった自販機の側でぶつくさしゃべり出して、その後何やら悶絶し、そしてベンチに座って再度独り言を始めた上に今度はいきなりベンチに向かって土下座をするという、可哀想で頭のおかしい──」


「もう止めてー! オレのライフはとっくに0だよ!! これ以上抉らないで!!」



 恥ずかしい。穴があったら、とかそんなレベルではない。



 じゃあ何か。自分は跡形もなく爆破した自販機の跡地に向かって独り言を呟いていたように見えたと。その上、手の甲にキスされたのも見えていないのなら、急に悶絶し出したように見えたと。


 その後のベンチでのやり取りは、もう完全にヤバい人だった訳だ。



 ──終始見られていたのなら、妄想彼女といちゃこらして、その後喧嘩して土下座するとか、レベル高いプレイだな、とかそんな具合か。



 なお、余談だが、魔法陣の上で召喚した場合は、魔法陣の効果により、一時的に召喚した『守護天魔ヴァルキュリア』が他の者にも見えるようになっている。


 これは、教師陣が誰がどんな『守護天魔ヴァルキュリア』を喚び出したのかを把握、記録するためである。



 従って、そうでない場合は、本人にしか見えないのだ。



「うう…『下痢野郎』が可愛く思えてきたぜ……」


「これからは『妄想彼女と野外プレイを楽しむ下痢野郎』にジョブチェンジだな!」


「そんなジョブねぇよ! 死んでもお断りだよ!」


「ふはは! まあ主弄りはこの辺にして……。霊体の状態──つまり通常状態の我々『守護天魔ヴァルキュリア』は、主にしか見えないし、基本的に現世に干渉出来ない。そこで、戦闘等の場合、依代である主の魔力によって、一時的に実体を作り出し具現化する。これを、『天魔具現リアライズ』という」


「ほー。今のリィエルの状態がそれか」


「そうだ」


 実際、実はリィエルはずっと、玲の頭上にいたのだった。

 だが、意図的に具現化していなかったため、玲以外には見えなかっただけだった。


 そして、今は違う。陽華にも、ハゲ鷹にも見えている。

 つまり──実体がある。


「『天魔具現リアライズ』は基本、主側の指示によって行われるのだが、まあ私くらいになれば勝手に具現化出来るし、お前程の魔力があれば、常時私が具現化していても問題なかろう」


「通常なら、『守護天魔ヴァルキュリア』を常時具現化していることなど、不可能です。宿主の魔力が枯渇し、最悪ポックリと死ぬでしょうね…」


「うむ、その通りだ陽華。それだけでも、玲が如何に優れているかが窺えるな」


「仰る通りにございます…!」



 ゆるり、ゆるりと、途中玲に向き直ったりしていたリィエルだが、着々と歩を進めていた。

 そして、とうとう、ハゲ鷹の眼前へと。


「『天魔具現リアライズ』された『守護天魔ヴァルキュリア』は、つまりはもう存分に自分の力を振えるということだ。こんなふうにな!」


 その瞬間、リィエルの右目──深紅の瞳が輝いた。


 その目を見ただけで、ハゲ鷹は全身の自由を失っていた。

 金縛りにでもあったかのように、幾ら力を込めようとも、プルプルと震えるだけで、指先一つ、満足に動かせなかった。



「私の右目は魔眼でな。幾つか能力がある。これはその1つ、『縛鎖の眼』。メデューサの石化に近しい類いだが、身体の自由だけを奪う分、余程性質タチが悪いかもしれんぞ。何せ、思考にも痛覚にも、何ら変化はない。奪うのは、飽くまで身体の自由だけだ。それ、どう料理してくれようか…」


「……!!」


 ゲジゲジと脛を蹴られるハゲ鷹。

 脛は痛い。もの凄く、痛い。


 喋りたくても、口が動かない。

 漏れるのは、声になり損なったヒューヒューという、息の音だけ。


「おっと、何か言いたそうだな。仕方がない。口だけは動かせるようにしてやろう」


 再度灯った光。それを直視したハゲ鷹は、噎せるように咳き込んで、息を荒げた。


「な、何者なのだね君は…! 私はこの学校の校長だぞ! 偉いんだぞ! それに私はこれでも第三位階の魔族を従えている! こんなことをして…ただで済むと思うのかね!?」


「ならばその魔族とやらに訊いてみるといい」


「ぐ……『天魔具現リアライズ』!」


 ハゲ鷹の求めに応じて、青白い肌をした逞しい体つきの魔族が姿を現した。鋭い爪や牙を持ち、鱗に覆われた猛々しい尻尾。

 それは、竜から魔族へと昇格を果たした成り上がりの魔族だった。


「…おいおい、テメェなんてタイミングで呼び出してくれやがんだよ…! 今よォ、延長11回裏の2アウト満塁2-3フルカウントの逆転サヨナラの打席だってのによォ!!」


 青筋を浮かべて怒鳴り散らす魔族の男。

守護天魔ヴァルキュリア』 は、『天魔具現リアライズ』によって具現化と同時に、主の側に強制的に転移させられる。


 そして、仮に何処かで既に具現化していたとしても、唱えることで、転移のみをさせることも出来る。



 どうやら、校長の自宅でテレビを観ていたようだった。


「ナイター中継を観るよりも主を護る方が大事だろう! そら、この小娘に礼儀を教えてやれ!」


「ったく……『守護天魔ヴァルキュリア』使いの荒いご主人だこった……。って、げぇっ!?」


 仕方なく、主の命令に従おうと、その情けない主人に楯突く小娘とやらに視線を移した魔族の男は──凍りついた。



「ど、どうした!? 早くせんか!!」


「…おいおいおい、マジかよ……。嘘だろ…。このお方を召喚するたぁ、ホントに人間か…。旦那、無理だぜ……。オレじゃこのお方にゃ……傷一つ付けられねぇよ…」


「何? 第三位階のお前がかね?」


「あんたこのお方が誰だかわからねぇのか!? ホンットに頭腐りきってやがんな! 第三位階程度でどうこうなるお方じゃねぇんだよ!!」


 主の胸ぐらを掴んで、半ば涙すら浮かべてそう叫ぶ魔族の男。

 その男に、少女は声を掛ける。


「久しいな、ドーラ。40年振りくらいか?」


「ここ、これは失礼を! へい! 元気に勤めさせていただいておりやす! お嬢!!」


 慌ててドーラと呼ばれた男は、ハゲ鷹の胸ぐらを手放して深々とお辞儀をした。

 ヤクザのような、脚を開いたそれである。


「お前も……苦労しているようだな。まさか喚ばれた先が、こんな男とは…」


「……昔はこうじゃあなかったんですぜ、これでも。若い頃は、それはもう立派な奴だったんすよ。今じゃあこの通りですが…」


「そうか……。『守護天魔ヴァルキュリア』契約というのも、途中破棄は出来んし、辛いものだな…。まあなんだ、私で良ければ、いつでも話を聞くぞ?」


 ポン、と肩に手を置いたリィエルに、涙を流して感激するドーラ。


「お嬢…! ありがてぇ…ありがてぇっすお嬢! オレぁお嬢やあねさんのためなら、何だってしますぜ!」


「ふふ、お前の忠義は何年経っても変わらんな。母上も、お前のことはよく認めているぞ。こんな男ではあれだが、今後も頑張ってくれ。そして、私もこれからは『守護天魔ヴァルキュリア』だ。よろしく頼むぞ」


「うう、オレぁ、それが聞けただけで、今までの苦労が報われた気分ですぜ…。はい、任せてくださいお嬢! ……おい、クソデブ! さっさと心から謝れ!!」


 感涙から憤怒へ。リィエルからハゲ鷹へ。

 ドーラの獰猛な牙が向けられた。


「お、おい…! 何を言っているのだ! 早く私を助けんか!」


「まだわかんねぇのか!? このお方を誰だと思ってやがんだ!?」


「……何だ、そんなにこの小娘は特別なのかね?」



「「「「……」」」」


 その場のハゲ鷹を除く全ての者が沈黙した。

 呆れて声も出なかったのだ。


 仮にリィエルが何者かわからなくとも、少なくとも第三位階の魔族──則ち、上から3番目の階級に属する魔族が、傷一つ付けられないと豪語したのだ。


 それだけで、それ以上の存在だと推測するには十分だろうに。


 いや、それ以前に、頭上の魔法陣とか、翼の数とか、右手から腕にかけての紋様の画数とか、随所に色々あるだろうに。



「校長……あなたの残念な脳ミソでも理解出来るように、私が説明します」


「何でもいいから早く教えろ!」


 最早毒舌にツッコミを入れるのも放棄してそう怒鳴るハゲ鷹に、陽華は溜め息を漏らしてから説明を始めた。


「このお方は、リィエル・エリミオール様です」


「リィエル……エリミオール…。なんだ、どこかで聞いたような……」


「……はぁ。これが校長じゃ、この学校も末だぜ……。いつもすまねぇな…陽華の嬢ちゃん…」


「……もう慣れましたよ。今では実質、この学校の主導権は殆ど私のものですし。さて、ご尊名を聞いてなお理解出来ない、ザルにすらなっていない穴だらけの脳ミソの校長にもわかりやすく、簡潔に言いましょう」


 ここまで来ると、果たしてそれは毒舌で済ませていいレベルなのか。

 というか、学校の主導権をほぼほぼ掌握する等という爆弾発言を聞いて、いよいよ本当に大丈夫な学校か心配になってくる玲だった。


(……あ、でもこのハゲより断然いいのは確かか)


「お前のその考え事を口に出してしまう癖も、大概だがな」


「あう…」


 肩を竦めたリィエル。また心の声が口から出ていたようだった。



 そんな玲達の会話が落ち着いたところで、陽華が話を続ける。


「リィエル・エミリオール様は、第一級神にして第一位階魔族です。つまり、第一級神と第一位階魔族が婚約し、その末に産まれたお方です」


「何──? ま、まさか……」


「そのまさかだよこの大ボケ! このお方はなぁ、魔界の王──女帝エデルミリア様と、天界の王──神王ヴァイス様のご息女様だ!」


「……」


 もう、言葉は無かった。

 つまり、ハゲ鷹が嫌らしい眼で舐め回すように見て、あまつさえ自身の『守護天魔ヴァルキュリア』で攻撃しようとした相手は、天界、魔界それぞれの頂点に立つ者達の愛娘で、リィエル単体をとって見ても、凡そ最上級の位に位置する存在だった訳である。


 無知とは、本当に怖いものである。



「さて、私が誰なのか、その残念なおつむでもよぉく理解出来たか?」


 凄むリィエルに、まるで関節が壊れた人形のようにブンブンと頭を縦に振るハゲ鷹。

 既に金縛りは解かれているため、身体は自由だったが、もう頷くくらいしか出来なかった。



「それで、玲の退学についてだが……」


「是が非でも取り止めに致します!! 本当に、申し訳ありませんでした!!」


「……おお、ジャンピング土下座…」


 自分のやった穴堀土下座も大概だが、大の大人がする空中で土下座の体を作り、そのまま着地と同時に謝罪するという高レベルな土下座を見て、自分もまだまだだと感じる玲だった。


(……あ、いや…別に土下座を極めて何になるんだ…?)



 こうして、何とか玲の退学は白紙に戻った。

 これから始まる高校生活に胸を踊らせて、玲は寮へと向かって帰っていった。


 そして、教頭の陽華が玲を寮まで送るために校長室を後にしたことで、残ったのは悪臭の元凶、厚顔無恥のハゲ鷹だけだった。


 なお、彼の『守護天魔ヴァルキュリア』たるドーラは、玲達が帰ったのを見届けると急いで校長の家に戻った。


 ナイターの続きを観るためだ。

 尤も、帰った頃には試合は終了。最後の打席は空振りの三振だったそうな。



「……ぐぬぬ…赤月 玲め……。このまま終わると思うなよ…!」


 誰もいない校長室で、そんな声が漏れた。

 完全な逆恨みな上に、その矛先が玲に向いているという、ふざけた話だった。


 しかし、校長の嫌がらせは、彼の退学が決まった時に既に始まっていたのだった。

 その本来の目的は、さっさとこの学校への未練を断たせるためと、とある別の生徒へのものだったのだが、今は本当に、単なる嫌がらせの八つ当たりである。


 玲がそれを知ることになるのは、寮に着いた時のことだった。

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