06 いざ退学阻止! 交渉開始!

「それで、こんな時間に何の用でしょう。あまり長いこと外出していると、補導されてしまいますよ?」


 嫌な空気を少しでも変えてくれたこの少年に感謝を抱きつつも、それはそれと切り替えて、陽華は言った。


 それに対して、少年は反抗的な笑みを浮かべて、こう言った。


「いや、オレの退学について、どうにかならないかなーっと思いまして。っていうか、どうもオレ、一般校に転校するわけにゃいかないみたいなんです」



「……一般校に行くわけにはいかない? 何を言っているのだね、君は」


 校長室の最奥──そこにある校長用の机に、両ひじを乗せて、組んだ手に顎を乗せる校長がそう言った。


「えっと、だから、オレが一般校に行くと、逆に危険になっちまうっていうか……ほら、ね」


 あっけらかんとそう言った玲に、校長──ハゲ鷹は不機嫌そうに顔をしかめた。


「さっきも言ったが、君には『魔力門ゲート』がない。その上、『守護天魔ヴァルキュリア』にも拒否された身だ。如何に魔力量が多くとも、それではどうしようもない。確かに魔力量が異常に多い君の心配はわからなくはないが、それはどうとでもなるだろう。普通の学校の方が、君の幸せのためにも、良いのではないかね? 尤も、君が美少女なら、裏工作でも何でもしてお願いを叶えてやるのも吝かではないがね!」


「……げっすいなぁ…うちの校長」


「本当に。こんな校長なんて、お飾りといざという時の責任取りのためだけの存在ですよ。代わりに私が伺いましょう。どうぞ、お掛けください」


「あ、失礼しまーす」


 ハゲ鷹のことなど無視した形で、玲と陽華は応接用のテーブルを間に挟んで、ソファーに腰かける。


「まあ、あれの言うことも一理あるというのも事実です」


「あれって君ね……一応私は校長なんだぞ?」


「黙っていてください。悪臭を撒き散らすだけなら、その辺の肥溜めの方が価値があります。肥えるだけなら、豚の方が余程魅力的です。さしずめ校長──あなたは不快なだけの置物でしょう?」


「……」


 この学校……本当に大丈夫なのだろうか。そんな一抹の不安を感じる玲だった。


 だが、そう、本題はハゲ鷹の悪口ではない。



「あの置物も言った通り、『守護天魔ヴァルキュリア』も喚び出せないようでは、この学校にいても、君が辛くなるだけですよ?」


 陽華の言うことは確かである。

 天魔省が設立した高等学校、及び大学は、『守護天魔ヴァルキュリア』を授け、自衛のための力を身に付けさせるための機関だ。


 その結果『幻想魔導士』になるもよし、培った魔法を活かして別の仕事に就くもよし。

 何れにせよ、『守護天魔ヴァルキュリア』と魔法についての知識や技能を身につける場なのだ。


 そこに、魔法も使えない、『守護天魔ヴァルキュリア』も喚び出せない生徒がいても、ただただ本人が苦しいだけだ。



 何も、無慈悲な訳ではない。これも、玲を慮っての言葉であった。



 そう、先程までの玲であったならば。


「えーっとですね……そのぉ……これ」


 おずおずと、玲は自身の左手を差し出した。

 その手の甲を見て、陽華は表情を凍らせた。


「これは……『契約紋』…!?」


 契約紋とは、文字通りに『守護天魔ヴァルキュリア』と契約をした者に現れる紋章だ。

 その形は、自身が契約した『守護天魔ヴァルキュリア』に基づいて、それぞれ異なる。


 例えば炎竜と契約したのならば、竜と炎を象ったものが。

 例えば水の精霊と契約したのならば、冠に水滴を象ったようなものが。


 つまり、その契約紋があるということは、確かに『守護天魔ヴァルキュリア』と契約をしたということである。



 だが、陽華が驚愕に目を見張ったのは、何もその契約紋があったからだけではない。

 その紋様は、特別だったのだ。


 不規則な形の紅い紋様。何の象徴かもわからないそれは、魔族の紋様だ。魔族の手に浮かぶ、魔族紋の縮小版。


 その不規則な紋様が、6画。つまり、それは彼の『守護天魔ヴァルキュリア』が、第一位階──則ち、最上級の魔族である、ということである。



 そして、彼の契約紋は、それだけではなかった。

 その不規則な紅い紋様に付随して、その紋様を中心に囲うように伸びる、細長い3枚の紅い翼の紋様。


 魔族の契約紋が不規則な紋様であるのに対し、天使、神のそれは分かりやすい。


 天使ならば、彼等を象徴する輪が契約紋となる。

 その輪が3つなら、第一級天使。


 そして、天使の上の存在──神はというと、何ともシンプルに、翼の紋様となる。

 白い翼だ。それが1枚増えるごとに、階級が高いことを意味する。


 3枚の翼は、神の中でも最上級──第一級神の契約紋である。


 だが、本来白い筈のそれが、この少年のものは紅い。



「けれど…君は確か召喚拒否された筈…! なのにこれは……。一体、君は何と契約したのです!?」



「──私だ」


 突如として、この場にいる誰のものでもない声が響いた。


 そして、気づけば玲の頭上──中空にそれは存在していた。



 紅蓮の3対の翼をはためかせ、豪奢なドレスに身を包んだ、背筋の凍るような美しさの少女。

 蒼い焔を纏う、流れるように綺麗な長い金髪は、サイドテールに結われている。



 両側頭部やや上に生えた猛々しい角。細長い尻尾。

 右目は紅く、左目は緑色。

 その頭上に輝くは、魔法陣の輪。

 そして、右手の甲から腕にかけて描かれた、6画の紋様。



「あなた…様は……!」


 驚きのあまり立ち上がり、後ずさろうとして、ソファーに足を取られて再び腰を落とした陽華。

 その表情は、最早驚愕を通り越して青ざめていた。


 その一部始終を見ていたハゲ鷹が、

「いったい何者だね…君は」

 とそう言葉を口にする。


(……何とも可愛らしい子だ。天使か。……うん? だが、それにしてはあの尻尾に角……。魔族……? 何にしても実に可愛らしい。是非とも、お近づきに…)



 欲望に忠実なハゲ鷹のそんな心中など露知らず、陽華は慌ててソファーから立ち上がり、何もないところまで行くと、膝を着いて平伏した。


「ま、まさか……あなた様のようなお方が御出でくださるとは…。私には言葉もありません」


「そう固くならずとも良い。楽にしてくれて構わんぞ?」


「そ、そんな…! この場に居合わせる無礼をお許しいただけるだけで、私には至福にございます!」


 現れた『守護天魔ヴァルキュリア』が何者であるか──。それを悟った陽華は、最早垂れた頭を上げることさえも出来なかった。



「畏まらずとも良いと言っているのに…。まあいい。私の要件は1つだ。この私が、この赤月 玲の『守護天魔ヴァルキュリア』な訳だが、勿論この学校に在籍させて貰えるのだろうな?」


 空中を漂いながら脚を組んで座る彼女の言葉に、さらに深く頭を下げる陽華。


「勿論でございます! この私──天津原 陽華にお任せくださいませ! 赤月くんの退学など、白紙に致します!」


「うむ、すまんな」


「滅相もございません! あなた様のようなお方を召喚せしめた赤月くんを、手放す理由などございません…!」


「おおー…。ありがとうリィエル! お前が出て来てくれてよかったよ、いやホント!」


「如何に『魔力門ゲート』がないと言えど、お前は私を喚び出したのだ。当然のことだな」



「盛り上がっているところ悪いが、難しいね、それは」


「え?」


 声をあげたのは、それまで傍観していた校長──ハゲ鷹であった。


「もう相手方の高校とも八割がた話も付いている。仮に『守護天魔ヴァルキュリア』が付いたにせよ、君が魔法の使えないへっぽこであることに変わりはないだろう」


「……」


「まあ、そこの天界側か魔界側か、どちらともつかない不可思議な、しかしながら実に可愛らしい『守護天魔ヴァルキュリア』のお嬢さんがどうしても・・・・・というのなら、考えてやらないことはないのだがね。くっくっく…」


 そう言いながら、脚を組んで中空に浮かぶ少女を見やるハゲ鷹。まさしく、獲物を狙う鷹のように。


 漆黒のドレスから覗く生足。

 大きく出たきめ細かな肌をした肩。

 幼さの中にある確かな美を感じさせる顔。


 胸は……まだ膨らみかけだが、間違いなく逸材!


 素晴らしい美少女だ──!



 その視線が、ねっとりと紅蓮の翼を持つ少女に向けられる。

 はっきり言って、気持ち悪い。エロオヤジ丸出しの、だらしのない顔だった。



「「「……」」」


 言葉を失った3人。

 思うことは、3人とも違っていた。


(……この人、頭の方が腐っているから臭いのですね……。リィエルという名前を聞いてもわからないのですか……)


(天界と魔界の王の娘にそんな嫌らしい目ぇ向けるとか…命知らずだなぁこの人。ホント大丈夫か、この学校……)


(……何かムカつく、こいつ……。というか、かなり気持ち悪い…!)



「さて、どうするかね…? そうだな…手始めに今晩、一緒に食事でもどうかね? いい店を知っているぞ、私は…」


 怪しく笑ってそう言ったハゲ鷹に、ふう、と溜め息を吐いて地に足を着けたリィエル。



 そして──。



「いい機会だ。玲、今後すぐに習うだろうが、先だってお前に、『守護天魔ヴァルキュリア』を従える者の戦闘方法について、レクチャーしてやろう」


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