05 転校なんて、もっての他!? 爆弾のような少年
「お前今、大ピンチだろうに」
「……?」
大ピンチ?
確かに今、絶賛とんでもない『
それとも何か、腹ごなしに、この神であり魔族でもあるこの少女は、自分を捕食しようとでもいうのか。
「そんなつもりは毛頭無い! 何で私が人間を食わねばならんのだ!」
「え、心が読めんの……?」
「……自覚が無かったのか。お前、今考え事を口に出してペラペラ喋っていたぞ…」
顔に手をやり、ため息をつくリィエル。どうやら、契約を交わした主様は、とんでもない馬鹿のようだ。
「空腹とかそれ以前に、お前このままだと、1週間以内に魔法と何ら関係ない普通の学校に移されるだろうが」
「……ああ、そうだった。あ、でもそれって、なんか問題でもあんのか?」
言われてみればそうだ。つい先程、校長から転校という名の退学を言い渡されたばかりであった。
このまま行けば、すぐにお払い箱となるだろう。
「……普通の学校に、私のような『
「サラッととんでもない作品出してきやがったな……。……で、というと?」
「お前……本当に何も考えずに天魔省が関与する学校に入学したんだな……。いい。まずは基礎からレクチャーしてやる。そもそも、『幻想魔導士』とは、何だ?」
「そりゃああれだろ。ほら、人間に害をなす幻妖の討伐とか、魔法を悪用する魔導犯罪者の捕縛・殺傷とか。警察の魔法・化け物関連バージョンだろ?」
オレの父さんも『幻想魔導士』だし、とそう言って自慢気に語る玲。
その玲を冷ややかに見つめるリィエル。
「そうだな。主だった仕事としては、幻妖の討伐が優先だ。幻妖は
「いや、BLEACHを引き合いに出さなくても……」
「なら、その幻妖が好んで狙うのは、どういった人間だ?」
玲のツッコミを無視してどんどん話を進めるリィエル。
仕方なく、玲も回答する。
「そりゃ、魔力を沢山持ってたり、魔力量が少なくても上質な魔力性質だったり…そういう人間だろ?」
何をそんな当たり前なことを、とでも言いたげに半眼になる玲に、リィエルはさらに視線の温度を下げていく。
「お前が左腕に付けているリングは何だ? ただのアクセサリーか?」
「これは魔力が幻妖に察知されないようするための道具だよ。今日日大抵の奴は腕輪なり指輪なり付けてんじゃねぇか」
魔力が人間に芽生え、つまりはその魔力を狙った化け物が現れる現代において、その化け物からの危害を抑えるためには、魔法を扱えない──つまり、幻妖と戦う力を持たない者は、自らの魔力を幻妖が認識しづらくなるよう、特殊なアクセサリーを身に付けている。
玲の場合はこの細い腕輪がそれである。
時計も付いている、便利な代物だ。
「お前が言った通りなら、つまり1週間後には、私のような悪目立ちする『
「……あ」
そう、そうである。
まだ『
このリングを付けていれば、幻妖からの危害を受けるリスクはかなり下がる。
だが、『
いくら主人が魔力封じのアイテムを身に付けていても、その主人から魔力供給を受けて現界している『
つまり、今の玲がごく一般的な学校に通うということは、満面の笑みで山のような爆弾を抱えて駆けてくるに等しいことなのだ。
玲はまだいい。リィエルが護ってくれるだろう。
だが、その戦場とされる一般的な学校の者達はどうか。
縦しんばリィエルが護りきれたとしても、つまりは常に玲という爆弾の側で過ごさなくてはならないということだった。
ピンチなのは、寧ろ玲よりも、彼が転校させられるだろう学校側だった。
勿論、その学校にも『幻想魔導士』がいるだろうし、いなくとも何かあればすぐに派遣されてくるだろうが、とにかくその幻妖出現のリスクは、玲の有無によって格段に違ってくる。
「わかったか? そもそも天魔省が作った学校というのは、才ある者の発掘以外にも、色々と目的がある。『
「……」
考えてみれば、当然の話である。
『
ならば、そう言った者達を強化しつつ、一ヶ所に集めることは、社会を護る上でも当然のことである。
さて、話は戻る。
「で、私のような『
「おう、理解した。……お前が何気に漫画とかアニメとかラノベとかが好きだってこともよくわかった」
「うむ、その辺の趣味も合いそうで何よりだ。ああ、ちなみに逆を言えば、周りからすればお前さえ排除すれば安全性が増すということになるな。ほらな、お前も相手の学校も、ピンチだろう?」
「……そっすね……うん」
流石の玲も、ここまで言われれば理解出来る。
確かに玲は、『
それはつまり、自分では全く魔法が使えないということだが、しかし、それでも潤沢過ぎる魔力を持っている事実は変わらない。
そして、天界、魔界の王の愛娘を召喚せしめる程の、極上の魔力性質に依代適性、召喚適性。
幻妖からすれば、それはそれは最上級のご馳走に他ならない。
「つまり、玲。お前は是が非でも、第6高校──ないしは、天魔省が関与している学校に在籍する必要がある、という訳だな」
「つってもなぁ……。オレ、『
「腐るほどの魔力と、私を喚び出せるほどの素質があるのに、『
「えっ! マジで!? 出来るの!?」
いくらテキトーに入学したとはいえ、魔法に興味が無い訳ではない。寧ろ、あった。凄くあった。
だが、待っていたのは、どう足掻いても魔法が使えないという現実。
それを何とかしてもらえると聞けば、そりゃあテンションだって上がる。
「私に二言はない。約束しよう。そして校長の方だが、私がいるのだ。なんの問題もないだろう? そら、これから直談判に行くとしよう」
豪奢なドレスを纏った少女は、そう言って、その外見に不釣り合いな程に妖艶な笑みを浮かべ、艶やかに唇を舐めた。
********************
「はぁ。粗方片付いたか…。これで残業代が付かないというのは、社畜そのものだと思わんかね。私はこれでも校長なのに」
「書類に判子を押して椅子の上でふんぞり返っているだけで相当な金額が貰えている身で、よくそんなことを仰いますね、校長。社畜というのは、私のような人間のことを言うのですよ」
時刻は既に21時に近づいていた。
部活動の生徒も帰り、殆どの教員も帰宅している。
明かりが付いているのは、この校長室くらいだった。
その校長室にいるのも、たった2人。
この学校の校長である
55歳独身。磨き抜かれたような、一切の毛根が死滅しきったハゲ頭の大男。
大男と言っても、単に背が高いというのと、鍛え抜かれたそれではなく、だらしなく付いた中性脂肪のためである。
もう1人は、この役立たずの校長を顎で使う敏腕の教頭──
なんとまだ25歳。
切れ長の目、綺麗な長い黒髪は
そのまま和服を着ても似合いそうだ。
今学校に残っているのは、この2人である。
赤月 玲の一件による緊急調査、及びそれに関連する資料作成。転入先の学校への調整。
そう言った作業も入り、入学生達の諸々の手続き関連の書類等をこなしていたら、こんな時間になってしまったのである。
なお、作業の殆どは教頭である陽華1人によるもので、校長である鷹倉──通称ハゲ鷹は、本当に判子を押していただけである。
何が一番キツイって、このハゲ鷹の発する加齢臭と口臭の充満した部屋で作業をこなす、ということだろう。
洒落じゃなく、臭い。
いっそ放置された生ゴミが腐った時の臭いの方がまだマシだと思えるほどに強烈だった。
まず、風呂に入っているのか。
歯は磨いているのか。
そんな当たり前のところから訊きたくなるくらいに、とにかく臭い。臭いのである。
そこで涼しい顔をして、毒を吐きながらも仕事をこなす陽華は、間違いなく社畜の鑑だった。……残業代も出ないのに。
本当に、何故辞めないのかが不思議なくらいだった。
しかし、その拷問もあと少しで終わる。
時は、そんな頃合いだった。
「たのもー!」
勢いよくガラガラと音をあげて、スライドドアが開け放たれる。
充満していた悪臭が、開かれたドアから廊下へと流れ出て、代わりに新鮮な空気が流入してくる。
それが、陽華にはまるで、神の恵みにすら感じる程であった。
(……いえ、そもそも窓を開ければ多少はマシになった、のでしたね…)
4月とはいえ、まだまだ肌寒い。
だが、その寒さを我慢して窓を開ければ、幾らか換気は出来た。
尤も、それをこの校長が許すかは別だが、まあそれは陽華なら問題なく行えただろう。
つまり、そんなことにも頭が回らないほど、この状況に疲弊していた、ということだった。
果たして、そこにいたのは、つい先程退学を言い渡した新入生の少年だった。
赤みがかった黒髪。中性的な顔立ち。身長だって、高くはない。
だが、どうしたことだろう。つい先程退学を言い渡した時は、なんかこう、呆然としたような絶望したような感じがあったのだが、今は元通りの、若干いたずらっ子のような、そんな人懐っこい笑みが浮かんでいた。
「……やっぱくっさいわー……この部屋。教頭先生マジでリスペクトっす…」
笑顔は一瞬で、開け放たれたドアから漏れだした悪臭で掻き消された。
「……ちょっとしたコツですよ。鼻呼吸はダイレクトに臭いを伝えます。そこで、鼻と口で半々ずつ……いえ、3:7程度の割合で鼻呼吸と口呼吸を行うのです。幾分かはマシになりますよ」
「へぇ……。あ、ホントだ。……でも臭いのに変わりはないですね…」
「そこは変えようがありませんから、ただひたすらに忍耐ですよ」
「先生……ホントにすげえな……」
感心した様子で、ようやっと少年は校長室へと足を踏み入れた。
ドアは……閉めなかった。
その方がいいだろう。
もうこんな時間だ。この悪臭の被害が他に広まることもない。
廊下に漏れようが、構いはしないだろう。
少年が室内の中程までやって来たのを確認すると、応接用のテーブルに付いて書類作業を行っていた陽華は、窓の方まで歩いていき、窓を全開に開いた。
4月のやや肌寒い風が入ってくるが、何だろう……解放感の方が強く心地よいくらいだった。
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