04 最強の『守護天魔』! リィエル・エミリオール

 ちゃんと話をするためにベンチに座り直したところで、貸していたブレザーを受け取った玲は、わざわざブレザーを貸す意味は無かったと、そんなことを思っていた。


 穴だらけになった新品のブレザーを見て、やるせなさがこみ上げてくる。


 卸してその日の内にこんな無惨な姿になろうとは……このブレザーを作った人も思うまい。



「この紋様……契約紋って言うんだっけ…? なんか令呪みたいだな」


「残念だが、それで命令は出来んぞ? 我々『守護天魔ヴァルキュリア』は、まあ守護者のようなものだから、似たようなものではあるが、サーヴァントではないからな。それは本当に、単なる契約の証だ」


「そーなんだ」


(というかコイツ……令呪とかサーヴァントとか何気に知ってんのな…。あれか、天界とか魔界とかにも、日本のカルチャー文化が流れてんのかな…)


 意外と俗っぽい場所なのかもしれない。天界も魔界も。


「ちなみにだが、主があまりに不甲斐なければ、最悪ぷちっと殺して天界、魔界に帰る……なんて奴も時たまいる」


「え、そんなことあるの?」


「まあそんな話は滅多にないがな。確かその場合も、主の方が救う価値もないレベルの外道にまで成り下がったのが原因だったしな。そうでもなければ、基本我々『守護天魔ヴァルキュリア』は、主と共に存在し、主を護る」


「はー……オレも見限られないように気を付けよう…」


「うむ、いい心掛けだな」



 さて、ふと落ち着いたところで、玲は疑問に囚われた。


守護天魔ヴァルキュリア』というのは、この世に害をなす存在と戦うため、天界と魔界が遣わせる存在だ。


 どちら側の存在も、単体では人間界に長時間留まることが出来ない。そのため、人間という依代が必要なわけである。

 そして、人間としても、『守護天魔ヴァルキュリア』の存在は心強い。


 とは言え、何れにしても、天界か魔界から召喚されるというのは変わらない。故に『守護天魔ヴァルキュリア』という名称なのだ。



 つまり、どちらにせよ、天界の住人であるか、魔界の住人であるか、なのである。


 天界の住人とは、妖精や精霊、聖獣、天使、神がそれに当たる。

 天使ともなれば、わかりやすい。天使の輪に、白い翼。その翼が1対増えるごとに階級が上がる。


 つまり、1対の翼を持つ天使は、第三級天使。3対あれば、第一級天使となるわけだ。

 そして、その天使をも上回る存在に、神がいる。


 神も見掛けは天使と然程変わらない。ただ、頭上の輪っかが魔法陣になるだけだ。



 逆に魔界の住人なら、悪魔や、竜種、魔獣、魔族等がある。

 特に魔界の筆頭たる魔族には階級が6つ存在し、手に浮かぶ魔族紋が1画増える毎に、その階級が上がっていく。

 仮に4画であるならば、上から3番目──第三位階の魔族、というわけだ。それ以外にも、悪魔のように角や尻尾があるからわかりやすい。



 つまり、本来なら、召喚した『守護天魔ヴァルキュリア』を見ただけで、天界側か魔界側か、すぐにわかるのだ。



 なのであるが……。



 リィエル・エミリオール──。


「えっと、なあリィエル。それでリィエルは……天界、魔界のどっち側なんだ?」


 そう、それがわからなかった。



 明らかに天使──というか天使の輪が魔法陣だから神の特徴もあるが、明らかに魔族の特徴もある。

 堕天使とか、そういうやつだろうか。ああ、堕ちた神なら堕神か。



「ふむ。玲よ。天界、魔界の王が誰かは知っているか?」


 しかし、玲の疑問に対して、まるで別の疑問が返って来た。

 質問に質問を返すとは……。


 とは言え、コンポタまみれにした前科のある玲は、素直に返答する。


「えっと確か……天界の王が神王ヴァイス様で、魔界の王が魔族の女帝エデルミリア様……だったよな?」



 天界と魔界が、人間界にコンタクトを取ってきたのは、今からおよそ100年前。

 歴史で習ったが、今なお変わっていないのなら──直近で変わった等ということがなければ、言った名前で合っている筈だ。


 そして、その回答は正解だったようだった。



「おお、意外にちゃんと勉強しているな。そう、天界の王は、神王ヴァイス。魔界の王は、女帝エデルミリア。その2人が婚約関係にある、というのも知っているか?」


「あー……おう。何千年か前の天界と魔界の戦争の時に、両者が一目惚れし合ったんだったっけ…? お陰で天界と魔界は和平を結び、今日の平和がある、と」


「そうだな。それから幾年月。我々はこうして、人間界と手を取り合う事となった。時に、そんな2人の間に、1人の子供がいることは知っているか?」


 横に座るリィエルに向き直り、玲は当たり前だろ、とそう言った。


「今や人間界にとって、天界も魔界も身近なんだぜ? そりゃあ歴史にも、ここ最近の天界と魔界のことは含まれて来てるし、確か……700年近く前だっけか。女の子が産まれた…とか。えっと名前は……確か……」


「……」


 何だろう、あとちょっとなんだけど出てこない。

 うーん、と頭を悩ませていた玲だったが、どうやら無事に、記憶の引き出しを開くことが出来たようだった。


「……そう! リィエル! リィエル・エミリオール!」



 ──あれ。



「リィエル・エミリオール……? えっと、あの……お前って…まさか……」



「ご名答。私が、その・・リィエル・エミリオールだ」


「……おおぅ」


 ちょっと待て。落ち着け。冷静になれ。

 ミントのようにクールになれ。


 すう、はあ。すう、はあ。


 深呼吸をして、頭を落ち着ける。



 天界の王と、魔界の王の一人娘か。なるほどなるほど。


「はー、つまりリィエルは、第一級神と第一位階魔族のハーフってことかー」


「うむ、その通り。天界と魔界の王の娘である私は、つまりは、第一級神にして第一位階魔族、ということだな。つまり、神王ヴァイスと魔王エデルミリアを除けば、私は最強の『守護天魔ヴァルキュリア』である、ということになる!」


「……マジかよ。…え、ちょっ……マジかよ!!」



 何これ。どういうこと。

 ついさっき退学を言い渡された身なのに、その『守護天魔ヴァルキュリア』が、天界と魔界の王の娘。


 未だ、第一級神や第一位階魔族を喚んだ人間など、存在しない。

 そして、各界の頂点に立つ者達の娘。

 つまりは、歴史上最強の『守護天魔ヴァルキュリア』召喚。



 魔力は腐るほどあるのにまるで魔法が使えない少年の前に現れたのは、『守護天魔ヴァルキュリア』としては最高峰と言ってもなお山のようにお釣りが来るような存在だった。



何だそれは。ミスマッチにも程があるだろう。



「えっと、その……リィエル様…」


自然、玲の口調は恐々としたものへと変貌を遂げた。


「何だ、いきなり他人行儀な……。私はお前の『守護天魔ヴァルキュリア』。悪く言えば使い魔、平たく言っても守護霊みたいなものだ。さっきも言ったが、気軽に『リィエル』と呼べ」


「いや、でも……。ああいや…ですが、天界の王と魔界の王のご令嬢でありますれば、わたくしめのような下賤な立場の者ではとてもとても。寧ろ私め等が召喚させていただくなど、烏滸がましいにも程がありますれば、かくなる上は、椅子にでも何でもお使いくださいませ! それだけでも光栄の至りにございます!」


「お、おおう……」


 土下座である。見事なまでの、土下座である。

 ベンチに脚を組んで座るリィエルの前で、地べたに這いつくばっての土下座である。


 額を擦り付け、否──額で穴を掘るが如き勢いの、これ以上ないであろう土下座である。



 服従の証明。非礼の謝罪。自虐の極み。

 玲の頭にあるのは、ただただ、眼前の少女への平伏のみだった。


 そりゃあそうだ。相手は天界と魔界を統べる者達の愛娘。

 総理大臣だろうが大統領だろうが天皇だろうが、その何れのご令嬢でもまるで釣り合わない、遥か高みの存在。


 伏して座する以外に、一体何があるというのだ。



 それなのに、玲はと言えば、召喚を途中で中断し、コンポタとの融合という、『守護天魔ヴァルキュリア』史上かつてない程の珍事を巻き起こし、素知らぬ顔でタメ口で話し、リィエルと呼び捨てにし。


 これが江戸やらの武士時代であれば、軽く10回は腹をかっ捌いている筈だ。



 そのあまりのへりくだった態度に、流石のリィエルもたじろいでいた。

 いや、寧ろドン引いていた。


 わからなくはない。

 自分が馴れ馴れしくしていた相手が、実はとてつもなく格上であったと知ったならぱ、非礼を詫びて、媚びへつらうのも頷ける。


 だが、だからと言って、額で穴を掘れとまでは言っていない。



 既に、芝生が根こそぎ掻き回され、地面が掘り起こされ、耳元まで埋まらんばかりの勢いだった。


 ここまでする奴がいるとは。

 あまりのことに呆然としてしまったリィエル。



 だが、頭を振って、彼女はベンチから立ち上がり、玲の首根っこを持ち上げた。


「ええい、だから『リィエル』と呼び捨てで良いと言っている! そんな碌に使えもしない敬語も要らん! もっとフレンドリーで構わない! 私はお前の『守護天魔ヴァルキュリア』だと言っているだろうが」


 体格では十数センチは玲の方が高い筈なのに、ひょいと持ち上げられて玲は、まるで捨て猫のようだった。



「……でもー…」


 だが、幾らリィエル自身がいいと言っても、だって……ねぇ。

 そんな考えを抱いた玲に、リィエルは眉を吊り上げた。


「なんだ……私の言葉に従えんと……?」


「めめめ、滅相も無い! リィエルさ……リィエル!」


「うむ、わかればいい」


「おぶっ…!」


 急に手を離され、玲は地べたへと顎から着陸した。


(いってぇ……。ああ、顎が割れそう…)


 強打した顎を擦りながらも立ち上がった玲に、リィエルはふむ、と腕を組みながら言った。


「私はお前の『守護天魔ヴァルキュリア』となった訳だが、差し当たってまずやらねばならないことがあるな」


「あ? えーっと、何? あー、腹減ったとか? もう20時回ったしなぁ。オレも腹減ってきたし」


「まあ確かに、私もコンポタだけでは流石に腹は満たせていないが、それ以前に、玲。お前今、大ピンチだろうに」

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