03 コンポタまみれの守護天魔! へっぽこ少年と最強少女の契約
「あーったく……! ベッタベタだ気持ち悪い…!」
悪態をつく少女。
闇夜に煌めく、目映いばかりの金髪。いや、月明かりや照明、辺りに舞い散る火の粉によって煌めいているだけではない。
髪自体が、焔を纏っているのだ。蒼い焔を。
紅い右目に緑色の左目。
側頭部やや上方から生える2本のそれはそれは大層な角。スペードを象ったような先端をした、細長い尻尾。
これでもかと激しく主張する、紅蓮に染まった3対の翼。
右手の甲から腕にかけて広がる赤黒い紋様。
頭上に浮かんだ、魔法陣の輪。
恐らく、見た目的に言えば、小学校高学年から中学生になるかどうかくらいか。やや膨らみ始めた胸を始め、女性らしさが現れ始めた肢体。
その身体を、何やらドロッとしたものが、そこかしこに付着していた。
「まったく……本当に随分な召喚もあったものだ…。……んん! これは…美味い! 美味いぞ!」
何あろう、コンポタだ。
身体中に付着したコンポタを、少女はペロペロと舐め取っていた。
「やはり人間界の飲食物は素晴らしいな! いやぁ、喚び出された甲斐があったと──」
「とりあえず服着ろぉおおぉおおおおおおお!」
夜。誰もいない公園。
明らかに成人していない少女の全裸。そして、その少女を包む、ほんわかといい匂いのする粘性をもった液体。
そして、高校生の少年が1人。
背中に翼があろうが、角があろうが、とかく今現在、目下最大の、そして最上級に説得力のある言葉。それは。
──犯罪臭が強すぎる!!
どこからどう見ても、この少年が何か良からぬことをしたような絵面に見える。……遠目には。
「とは言ってもな……お前のふざけた召喚のお陰で、ほれ、私のドレスはこの通りだ。契約が済めば何とでもなるが…今の状態だとあまり強い魔法は使えなんだ」
そう言って足でつつかれたのは、ボロ布と化した布切れ。そこら中穴だらけだし、というか今なお絶賛燃えている。
そんなものを着るのは、流石に無理というものだ。
「あーもう! とりあえずこれ着ろって!」
そう言って、玲はいそいそとブレザーを脱ぎ、明後日の方を見ながらそれを差し出した。
しかし、なかなか少女は受け取ろうとはしなかった。
「おんやぁ…いいのか? 今だけかもしれんぞ? こんなうら若き少女の裸体を見る機会は。お前の脳内メモリに焼き付けなくても良いのか? んー? もうちょっと待ってやっても良いのだぞ?」
「大きなお世話だ!! それを得る代わりに警察に突き出されるわ!!」
「んー、それはそれで面白いような…」
「お願いしますホント着てください」
土下座していた。最早、尊厳とかそんな些細なプライドは捨て去った、清々しいまでの土下座。
ああ、どこか額が熱いような気がする。羞恥心のせいか。
(あ……違う。ホントに燃えてら……。ってあちちち!)
自販機が爆発したのだ。そりゃあ、辺りは絶賛炎上中。そんなことろで土下座などしたら、そりゃあ焼ける。
誰がどう考えても、いや、考えるまでもなく当たり前のことだった。
「あっちぃいいい!! うわ! 髪まで燃えてきた!」
大慌てでゴロゴロと転げ回る玲。だが、辺りはそこかしこに火の手がある。逆効果であった。
「うぎゃぁあああぁああああ!!」
「……はぁ。馬鹿者め」
パチンと指を鳴らす音が響き、上空から大量の水が降ってきた。
それは、一帯を包んでいた炎を一気に沈下し、玲を、そして少女自身の身体をも巻き込んだ。
お陰で火は消えたが……。
「へっくし…!」
4月といえば、桜の季節。だが、気温で言えば、まだまだ冬の残り香のある頃合いだ。
そんな中で冷水を浴びれば、そりゃあ寒い。超寒い。
膝を抱えてブルブルと震える玲をよそに、いつの間にか少女は身体を乾かし終えていて、玲の寄越したブレザーを羽織っていた。
余談だが、3対の翼は、ご丁寧に新品のブレザーの背を突き破っていた。
再び少女の指が鳴ると、玲の身体を暖かな風の竜巻が包み込み、気がついたときにはびしょ濡れだった服は乾いていた。
「サ、サンキュー…」
「気にするな。私とお前は、これから長い付き合いだからな。私はリィエル。リィエル・エミリオール。お前は?」
少女はそう言って、手を差し伸べてくる。その手を握り、立たせてもらいつつ、玲は返答する。
「えっと、オレは玲。赤月 玲。それより、長い付き合いっていうのは……?」
ふと首を傾げるようにしてそう訪ねる玲。
そんな玲の様子に、リィエルと名乗った少女は、はぁ、とため息を漏らした。
「さっきから言っているだろう。お前は私を喚び出したのだ。つまりは、私はお前の『
「……ほぇ?」
──喚び出した?
そう言えば、数時間前にそう呼称されるべきことをしたにはしたが…。
「え、だって、オレの『
「それはお前が途中で魔法陣から飛び出したからだろうが!! 何処に行ったかと思えばトイレ…! お前は『
「いや、だって……めっさお腹痛かったんだもん。仕方ないじゃん。だって、人間だもの! 腹壊す時だってあらぁ!」
「それで付いたあだ名が『『
「何故知っているー…!」
今しがた現れたばかりの筈のリィエルの口から、赤裸々に語られる入学式での玲の珍事。
まるで見てきたようだった。
「半ばパスが通った状態だったからな。つまり、半分は召喚されていたのだ。だから、見てたし聞いてた訳だな」
「うえぇー……。マジかよ」
プライバシーのへったくれもない。
「……うん?」
だが、ふと気づく。
「なら、さっさと出てきてくれれば良かったじゃねぇか! お前が出てきてくれなかったばっかりにオレは……」
オイオイオー、と涙する玲。だが、それに反してリィエルは不機嫌そうに眉を潜めた。
「それはお前がさっさと召喚の詠唱を唱えんのが悪い」
「召喚の詠唱…?」
「『出でよ、我が盟友』だ! あれだけ唱えればそれで問題ないのだ! 中途半端なところで止められてしまうと我々『
「あ、ホントにあれ以外どうでも良かったんだ」
「そうだ! ぶっちゃけ天界も魔界も、それより前の詠唱については笑い種にしてるくらいだ。『まーた人間が大仰な詠唱を始めたぞー!』とな」
「うわー……嫌な真実聞いちゃったよ……。あ、けどそれじゃあ、何でコンポタまみれで、しかも自販機を爆破して現れたのさ」
「お前が召喚の詠唱を唱えた瞬間、お前……『オレの『
「……そんなこともわかるんすね…」
「それのせいだ! 『
「……意外と繊細なんすね…『
「かつてない恐怖だったぞ……。私の意識が、コンポタに侵食されていくあの感覚…。お前が抱くコンポタへの愛着が、私の意識をじわじわと塗り潰していくのだ……」
さしもの『
その証拠に、リィエルは身体を翼で抱いてブルブルと震えていた。
「それでも何とか打ち勝ってみれば、まさか缶の中に現界する羽目になろうとは……。お前の不確実な召喚のせいで、本来霊体として現界する筈が、半ば実体がある等という訳のわからん不安定な状態だったのだ。そのせいで、正式な契約前では破壊して抜け出すより他になかったのでな……。結果、この有り様だ。……おや、今は霊体になってるな……本当に訳がわからん…」
「……なんか、ホントごめんなさい…」
言葉の意味の殆どがよくわからなかったが、とりあえず居たたまれなくなってきた。
まさか、そこまで深刻なことになろうとは。
誰が思うか。まさか『
なお、後の授業によりわかることだが、あの召喚の魔法陣は、そう言った『
つまり、あの魔法陣は、魔力を自由に使えない者でも、各個人に合った『
言ってしまえば、『
尤も、普通に魔力を扱えない者では、そも召喚自体不可能ではあるが。
ともかく、あの最後の一言さえあれば、何処でも何時でも如何な状況でも、可能ではある。
まあ、それは今の玲が知るよしもないことである。
ともかく、だ。
「まあ、私は心が広いからな。許して遣わそう。それよりも、契約だ。ほれ、手を出せ」
「ああ、はい」
言われるがまま、左利きの彼は左手を差し出した。別に握手するような感じでもなかったし、問題ないだろう。
その手を両手で取ったリィエルは、
「お前を主と認めよう、赤月 玲」
そう言って、彼の手の甲に口づけをした。
「~~~~~っ!!」
そんな予想だにしなかったリィエルの行動に、顔を赤面させて目を白黒させる玲。
──キスの味ってどんな味?
──そんなもん手の甲に聞け!!
「っつ…!」
頭の中でそんな訳のわからない寸劇を繰り広げていた玲だが、急にリィエルが口づけをした手の甲に焼けるような痛みを感じ、顔をしかめた。
リィエルがその柔らかな桃色の唇を手の甲から離したとき、そこには、彼女の右腕に浮かぶそれを小さくしたような紋様が浮かんでいた。
「これで契約は完了だ。この時をもって、私──リィエル・エミリオールは、赤月 玲の『
少女の翼が、バッと音を立てて大きく広げられる。
それに合わせるように、彼女の身体を黄金の光が包んでいき、そして光が消えたとき、そこには絶世の美少女がいた。
綺麗な金色の、蒼い焔を纏った長い髪はサイドテールに纏められ、ボロ布であった筈のそれは、豪奢な黒薔薇のドレスとなり、雪のように白い、染みひとつ無い柔肌が、その黒いドレスによって一際輝いて見えた。
「よろしく頼むぞ、玲。私のことは、気軽にリィエルと呼ぶといい」
そう言って、今度は右手を差し出してきた。
若干面食らった玲だったが、しかし彼女の柔らかな笑顔につられるように笑みを返して、
「よろしく、リィエル」
と、その手を握り返した。
(……ところで、すぐ契約するなら、オレがブレザー貸す必要…無かったんだな……)
4月頭のやや肌寒い風が、ワイシャツ姿の玲を容赦なく吹き付けた。
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