02 召喚失敗!? 夕暮れ時のフラレター

 事前情報は、漏れるところからは漏れるものである。

 そう、この少年についても、既に漏れていた。


「あいつ何喚び出すんだ?」


「さあ…。桜宮さんで第二級天使だから…まあそれ以上、ってことになるのか?」


「……魔王クラスの化け物とかだったりして」


「ひえー、もうちょい離れようぜ!」


 何故だろう。美少女が何らかをやる時というのは誰しもが危なくても近づきたがるのに、それが男になると、急にその印象が変わる。



 興味はあるが、何かやらかさらて巻き込まれたくない。

 そんな感情に支配された生徒達が、またぞろ一歩、距離を置く。


「……何だ? 何でそんな離れてんだ?」


 疑問符を浮かべて首を傾げる少年──玲。

 本人はよくわかっていなかった。


 何だかわからないが、国のお偉いさん方からこの学校の案内が届いて、父親の職業ということもあって、興味もあったし……といったテキトーな感じでやって来た玲は、自分がどう見られているのかを全く把握していない。



「いいからとっととやれー」


「おぶっ…!」


 キョロキョロとしていた玲の背中を思いっきり蹴飛ばして、さも面倒臭そうにそう言った、担任教師に雪奈。


「それともとっとと退学するかー?」


「いいいいえ! やります! 今やります!」


 ようやっと意識が召喚の儀の方に降りてきた玲。

 目を閉じ、意識を集中する。


「っと……あれ、呪文何でしたっけ?」


 周囲から、盛大にずっこけるような音が飛び込んできた。

 そりゃあそうだ、つい今しがた、この召喚の儀を執り行う直前に、説明はあった。


 どころか、入学生用のパンフレットにも書かれている。

 それは入学前から目に出来る資料な訳で、そして『守護天魔ヴァルキュリア』の召喚というのは、一生を左右する問題だ。


 当然、暗記してくる。

 普通なら。



 ところがどっこい、この少年、パンフレットをその辺の郵便物と一緒にシュレッダーに掛けてポイしてしまったため、実は何も知らなかった。


 先程の説明の際も、ラブレターのことで頭がいっぱいだったという、お花畑もいいところだった。



 見かねた担任教師の雪奈が、

「ああ? そんくらい覚えて来いよなー、ったく。あー、あれだ。ぶっちゃけ何でもいんじゃね? 最後の『出でよ我が盟友』くらいしか意味無かった気がするし。作用すんのは、基本その魔法陣だからなー」

 と、助言。(?)


 その言葉に、生徒達は目を見開いたまま固まった。

 今まで必死に暗記してきたのに、意味が無かったというのか、と。



「あー、りょーかいっす。んじゃ、行きまーす」


 何とも緩ーく、玲は仰天して固まる周囲を他所に、召喚の儀を始めた。

 ……これはこれで、随分胆の据わった奴である。



「えーっと…。あ、じゃあれでいこう! これ一回言ってみたかったんだよねー。……集えよ我が同胞! 今宵、我等は最後の伝説に雄姿を示──」


 何人かの生徒が再びずっこける。

 その台詞が出てくるアニメを知っているだけに。

 何故、よりによって固有結果の方なのだ、と。召喚なんだから、やるなら違う方だろう、と。


 そして、知らぬ者は知らぬ者でずっこける。

守護天魔ヴァルキュリア』は、1人につき1体。だが、『集え』とか『同胞』と言えば、明らかにその詠唱は複数喚ぶつもりように聞こえる。

 極めつけに、『今宵』とか言っているが、今はまだ昼過ぎだ。



 だが、そんなアニメの丸パクリな詠唱でも、魔法陣が光を放っているところを見ると、どうやら本当に、言葉は何でも良かったようだった。

 というか、その光は誰よりも強かった。



((必死に覚えたのに……))


 その理不尽な現実に、心が折れる音がする。

 誰が好き好んで、こんな観衆の前であんな中二丸出しな詠唱など望むか。


 必要だとされていたから恥ずかしさを殺してやっていたのに……。


 そう心の中で羞恥と戦う生徒達。



 だが、ここにももう1人、ある理不尽に襲われた者がいた。


(……やっべ…これやべぇぞ…!)


「先生ー!」


「あ、なんだ?」


「ヤバいです! 出ます! 出ちゃいます!」



 その言葉に、生徒達は身構える。

 まさか、まだ最後の言葉を言っていないのに、もう召喚されるというのか。


 いったいどれ程強力なやつなのか。



「いや、じゃあさっさと出せよー。面倒臭いから」


「ここで!? 無理っすよ流石に! オレにもほら、尊厳とかあるじゃないですか!」


「一丁前な台詞はそれだけのやつ出してから言えよー。ほら早くしろってー」



 下痢が出そうと訴える玲。早く『守護天魔ヴァルキュリア』を出せと宣う雪奈。


 そう、少年を襲った理不尽──それは、腹痛である。


(──やっぱ朝飲んだ牛乳傷んでたわー…!)


 理不尽でも何でもなかった。純然たる、自業自得であった。



「何でもいいから、もうさっさと最後の一文言えよー」


 気だるそうにそう言われて、だが、それはそれで玲に光明をもたらした。


 そう言えば、最後の一文くらいしか意味ないとか言っていたな…と。

 なら、さっさと唱えて、それでさっさと終わらせてトイレへ。



「…い、出でよ…我が……我が……っぁぁああぁあああ!! 限界! マジ腹痛い!! 先生トイレー!!」


 脱兎の如く、玲は大慌てで駆けて行った。



 そんな、少年がいなくなった後の魔法陣。

 それが、突然今まで以上に強く発光を始めた。


「何だー…?」


 流石に気だるさが消え、真剣な視線を魔法陣に送る雪奈。

 まさか、召喚者がいなくなってまで、何かが出てこようとしているのか。


 だが、次の瞬間──


「──っ!?」


 パキン、と青白い光を放っていた魔法陣が、掻き消えてしまった。


「……おおぅ…流石に私も初めて見たなー。……召喚拒否」



 その後、トイレに籠った少年は、『期待の新人』から『『守護天魔ヴァルキュリア』に拒否られた下痢野郎』に格下げされた。


 なお、その前代未聞のあまりの異常事態を見かねた学校側が、トイレから出てきた玲に、早急に魔法能力の検査を実施した。


 その結果、とんでもないことがわかった。



「──検査結果が出たので、伝えよう」


 夕方、場所は変わって校長室。

 応接用のソファーに座らされた玲。


 そして、そんな彼を見ようともせず、格好付けて、ブラインド越しの夕日を眺める校長──ハゲ鷹。



「どうでもいいんすけど…なんかこの部屋臭いっすね…何の臭いです?」


「ああ、それは校長の加齢臭と口臭ですよ、赤月くん」


 テーブルの上に差し出された、緑茶の入った湯呑み。


「あー、なるー。えーっと、教頭先生…でしたっけ。ありがとうございます。…気持ちだけ受け取っときます…」


「それが良いでしょう。ここでお茶など飲んだ日には、またトイレへ駆け込むことになるでしょうからね」


「……検査結果が出たので! 伝えよう!」


 声を荒げ、ようやっとこちらに向き直った校長。

 日差しを受けて、煌めく頭。


「うおっ、眩し」


 思わず玲は目を細めた。



「君にはこの学校にいる資格が無いということがわかった」


「……はぁ?」


 眩しがる玲など構いもせずに告げた校長。

 納得がいかない。呼び寄せたのは、国の方なのに。


 そう玲が憤慨する前に、教頭が話を進めた。


「簡易なものですが、検査の結果、君には『魔力門ゲート』が1つも無いことがわかりました」


「『魔力門ゲート』……?」


「要するに、魔力を身体の外に放出する口のようなものです」


「それが……ない、と。1つも?」


「ええ。ただの1つも。つまり、赤月くん、君は例え逆立ちしても、魔法が使えないのですよ」


「魔法が使えないのでは、魔法を習う学校にいても仕方がなかろう。君が女の子なら裏工作でも何でもするが、まあ、そういうことだ。1週間以内に代わりの学校は用意する。それまでは、他の生徒の邪魔にならんように過ごしたまえ」



 この学校に、とんでもない生徒が入学してきた。


 曰く、魔力量、ランク規格外。

 曰く、召喚適性、ランク規格外。

 曰く、依代適性、ランク規格外。


 ──曰く、魔力を扱うための『魔力門ゲート』数、0。

 つまり、魔力は腐る程あるのに、適性自体はあるのに、それ以前に魔法が一切合切使えない、と。


 ──曰く、入学初日に、『守護天魔ヴァルキュリア』に召喚拒否をされ、退学が言い渡された、と。



 天魔省の調査は、確かに間違ってはいなかった。

 そもそも、『魔力門ゲート』が無いのに魔力の適性があること自体、おかしなことだ。


 そりゃあ、前提条件として、『魔力門ゲート』の有無などわざわざ確認もすまい。



「……」


 あと、これはまったくの余談だが、校長室での話を終えて、どう足掻いても魔法が使えないという事実を前に、悲痛に暮れていた少年は、スニーカーに履き替えようと下駄箱を開いた時に、朝と同じ封筒がまた置かれているのを発見した。


 ──訂正。封筒は無かった。

 どころか、ぐしゃぐしゃに丸めたであろう、シワクチャの紙切れと化した便箋に、殴り書きの文字でこう記載されていた。


『やっぱ朝の無しで。退学おめでとう、使い魔にもフラれた下痢野郎』



 言葉は、無かった。



 そして、少年は1人、夕日を背に、帰路に着く。


 今頃、他の入学生達は、喚び出した『守護天魔ヴァルキュリア』と友好を深めている頃だろう。


 天魔第6高校は全寮制のため、帰る先は寮なのだが、2人1部屋らしい。


 腹痛くなって召喚の儀をほっぽりだし、しかもその実およそ誰もが目にしたことのない「召喚拒否」の発生。

 挙げ句に『魔力門ゲート』数0。つまり、魔法を習う高校に入ったのに、魔法がどう逆立ちしても使えない、とわかった訳だ。



 情報というのは、漏れる所からは漏れるのである。


 今頃、皆に知れ渡っているだろう。



 特に相部屋の奴となんか……。誰かはまだわからないが……。


 今頃、

「マジか、あの下痢野郎と相部屋かよ!」

 とかなっているだろう。


「……きっついわー、それは…」


 まあ、それもしばらくの辛抱だ。

 魔法が使えないのでは、この学校にいても意味がない。

 来週にでも、別の普通の学校に宛がわれるだろうから。


 つまり、入学早々、転校という名の『退学』が決定したのだった。



 そんなこんなで、真っ直ぐ帰るでもなく、宛もなく歩いた結果、1つの公園に辿り着いたのだった。



 そして、ベンチに座って黄昏ることしばらく。いつの間にか、すっかりと夜になっていた。

 まだ4月だ。いくらブレザーを着ていても、やはり肌寒い。


 ふと目についたのは、1台の自販機。

 ちょうど喉も渇いたし…何か温かいものでも飲もう。


「……うぅ、お前くらいだよ、コンポタ…」


 玲はコンポタが好きだった。特に粒入りタイプのものだ。

 あの、飲み切っても缶の中にコーンが残ってしまった時のもやもや感も、また気に入っている。


 勿論、全て綺麗に飲めた時の達成感たるや…。


 だが、無論粒無しの方も捨てがたい。あれはあれで、粒々としたコーンの感触は楽しめないが、逆に言えば、コンポタ本来の、それ単体の旨味を余すとこなく味わえる。


 ああ、何と奥深い飲み物か、コンポタ!



「オレ、『守護天魔ヴァルキュリア』に拒否されたんだってさ…」


 チャリン、チャリンと小銭を入れながら、そんなことを呟く。

 傍目から見れば、自販機に向かってぶつぶつ言ってるヤバい人に他ならない。


「……まあ、魔法をどうしたって使えないんじゃ、向こうも迷惑だもんなぁ…」


 だが、『下痢野郎』などという不名誉極まる称号を与えられた少年に、最早失うものなど無かった。



「そうだ…コンポタがいい。うん、オレの『守護天魔ヴァルキュリア』はコンポタだ…。そうだ、そうに違いない!」


 とうとう訳のわからないことを言い出した玲。

 だが、その訳のわからないことが、功を奏した。



「そうとなれば、これ言わなきゃだよな! 『出でよ我が盟友』!」


 そう言って、コンポタのボタンを押した。その瞬間、自販機が爆発した。


「おわっ!」


 まるで何か、自販機と玲の間に見えない壁のようなものがあるのか、爆風や破片はそれに阻まれ、玲には届かなかった。


 けれど、いきなり目の前で自販機が爆発したのだ。

 自然、腰が抜けて尻餅をついた格好の玲。

 目の前は、炎と煙に包まれていて良く見えない。



 しかし、そんな煙の向こうから、声が聞こえてきた。


「……いっつつ……。流石に私でもヤバかった…」


 女の子の声だった。

 澄んだ、それ自体が歌声のように綺麗な声。


 煙の中に、人影が浮かぶ。そのシルエットが、ビシッとこちらを指差してきた。


「おいお前! よくも召喚の儀を中途半端なところで止めてくれたな…! 危うく死ぬところだったではないか!」


 バッと、羽ばたきのような音が聞こえ、猛烈な風が吹き荒れた。

 その風が、声の主と玲を遮っていた煙を吹き飛ばす。



 果たしてそこには、煤にまみれ、髪を乱し、そして一糸纏わぬ裸体の美少女が、仁王立ちしていた。

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