第2話 新しい恋の起(はじまり)
妹・彩華の生態は兄である俺にもわからなことが多々ある。
たとえば、家とそれ以外とでの俺に対する態度。
生徒会長という立場上、世間体を気にしているのかもしれないが、俺のことが嫌いなら嫌いとはっきりさせて、外では俺と関わらないようにしておけばいいのにと思うこともしばしば。
外では俺に気持ち悪いくらいにベタベタしてくるからか、家に帰るとその反動から俺に対する当たりが強くなる。
色々と文句言ってやりたい気持ちはあるのだけれど、さするとまた機嫌が悪くなるので取扱いが面倒。
とは言え、昔からこんなだったわけではない。中学までは内外問わず普通に仲のいい兄妹だった。
彩華の様子が少しおかしいなと感じ始めたのは俺が高校に進学してすぐの頃。ただ、その頃も今みたいに外と内であからさまに態度を変えるようなことはなく、なにか思い悩んでいるようなことが多かった記憶がある。何かあったのかと訊かれても、答えてくれることはなかったけど。
それが今ではどうだ。家で顔を合わせれば、睨んでくるし、話しかければ一言目が『は?』だからな。どうしてこうなっちゃったのかわからないけれど、原因は俺にあると考えるのが普通だ。
でも、話し合うにも取り合ってくれないのでどうしようもなくずるずると“二人の妹”を見る毎日を過ごしてるわけだ。
そんな彩華でも、時たま外面が変化するときがある。
「お兄ちゃんごめん。放課後にちょっと会議室に来てもらえないかな?」
昼休みが終わる直前、彩華がわざわざ二年の教室に押しかけてきた。
「いいけど、またなんで?」
「ちょっと色々あって・・・・・とにかくお願い!」
わかっわとうなずくと、彩華は去っていった。
一見、普通に見えるが普通に見えている時点で、それはもう普通じゃないのだ。
基本的に彩華の俺に対する態度は両極端で、必要以上にベタベタしてくるか低い声で睨んできてまともに会話もできないのどちらかだ。
しかし、先ほどの彩華はそのどちらでもなく、いわゆる俺以外に対する態度だった。
当然、改心したとか昔の彩華に戻ったわけではなく、なにかそうせざる負えない事情があったのだろう。
何はともあれ、面倒なことにならないことを願うのみだ。
「さっきの妹さんだろ。なんだったんだ?」
席に戻ると、馬場が少し興奮気味に話しかけてきた。
「なんか放課後に会議室に来てくれだってさ」
「呼び出しか?なんかやらかしたとか?」
「そんな覚えはないけど・・・・・」
それに、もし俺がなにか呼び出されるようなヘマをしていたなら彩華の態度があんなな訳がない。
「まあ、この時期だし生徒会絡みなんじゃね?」
「あ、たしかに・・・・・」
うちの学校もそろそろ文化祭の時期だ。生徒会など執行部として動くことになる生徒たちはそろそろ準備を始める頃だろう。
その中でも指揮を取る人物は特に忙しいだろう。
そして、その指揮を取ることになる可能性が高いのは生徒や教師からの信頼も厚い、生徒会長の彩華だろう。
こういっちゃなんだが、生徒会長としての仕事がいくら忙しくても文化祭の総括もやってのけるだろう。それが俺の妹・道末彩華だ。
もともと彩華のスペックは高く、特にマルチタスクに長けている。
例えば中学時代に宿題をさっさと終わらせたいという理由だけで休み時間に宿題をやっていたら、テスト勉強でわらかないところがあるから教えてほしいと同級生に頼まれた際、自分の宿題をやりながらまったく違う教科を教えていたらしい。
らしいというのは、俺もあくまで噂話として聴いたに過ぎないからだ。
本人に訊いても、たぶんはぐらかされるだけだと思い事実確認はしたことがない。
ただ、マルチにタスクをこなせるからか人一倍仕事が早いことは俺も幾度とこの目で見ているので、その辺の事実はぶっちゃけどうだろうとあまり意味がない。
「しっかし、あれだよなぁ。妹さんはいろいろと有能すぎるよな」
「兄の俺が言うのもおかしいけど、まったく同感だよ」
「彩翔も十分有能だと思うけど、妹さんが凄すぎてどうやったって彩翔が霞んじゃうよな。そういうところ、嫉妬とかしたりしないのか?」
「嫉妬もなにも俺とあいつは双子とはいえ、それぞれ別なんだからそりゃ能力とか適正に差があって当然だろ。あいつにも苦手とするものはあるし」
あいつだってなんでもやってこなすと言っても、完璧ってわけじゃない・・・・・ないよな?
彩華がミスしているところなんてほぼ見た記憶がない。もしかして、あいつ完璧超人なのでは・・・・・?
俺が唯一知る彩華の欠点になりうることといえば、俺に対する態度かもしれない。
今はちゃんと使い分けられているようだが、そういったものはいつかボロが出る。
「俺に生徒会長さんみたいな妹がいたら、すげーコンプレックス感じそう」
「馬場の性格ならその心配はないだろ」
「そんなことないぞ。こう見えても俺って結構繊細だからな?」
「自分でそんな事言うやつが、繊細には見えないけどな」
放課後、どんな試練が俺を待ち受けるのだろうと不安に思いながら、馬場と話していると別方面から話しかけられる。
「あ、あの・・・・・道末くん!」
彼女はクラスメイトの西本りん。
「あ、西本さん。どうしたの?」
「昨日お借りしたこれ、お返ししようと思って」
「え、一晩で全部読んじゃったの!?」
西本さんとは小説について語り合えある俺の周囲では珍しい存在で、昨日頼まれて小説を何冊か貸したのだけれど、驚くべきスピードで読み上げてしまったらしい。
「うん。すっごく面白くて、読みだしたら止まらなくって」
「喜んでもらえたならよかったよ」
実は貸したものの中には俺が書いている小説も混じっているんだが、そもそも俺が小説家であることは西本さんにも話していない。俺が読んだ本の作者だと知らないから、感想を直に贔屓目なしで聞くことができるのも貴重だ。
「私、この『未知のハジマリ』って人の作品が特に好きだな」
「そ、そうなんだ」
『未知のハジマリ』は俺のいわゆるペンネームだ。道末で道の終わりを意味するから、その逆で道の始まり。ただ、最初に変換したときに出てきたのが未知のハジマリだったので、そのまま使うことにした。安易ではあるが、そこそこ気に入っている名前だ。
「ちなみにどんなところが?」
「うーん。なんかこう、親しみやすい感じ?」
「親しみやすい?」
ファンタジーやミステリーじゃなくて、恋愛モノって意味では確かに親しみを感じる人は少なからずいるだろう。読者からもらうファンレターやコメントにも似たようなニュアンスのことが書かれていることが多い。
「舞台が大阪ってのもあると思うんだけど、主人公の心情とかすごくわかりやすくて、まるで自分がその世界にいる一人の人間として物語を傍観しているような気持ちになれるの」
読んでいて登場人物やストーリーに感情移入をすることはあるだろう。その中で自分の境遇や思い描いていること、あとはその作品に対する熱中度なんかで人それぞれに話しの感じ方や見え方は変わってくる。
そして、西本さんにとってその感情移入が激しい作品が俺の作品だったというわけか。そう言ってもらえたことは素直に嬉しいし、できることなら今すぐお礼を言いたいくらいだ。だが、自分が作者だということは自分から明かさないと決めている以上、ここは感情をぐっと抑えるしかない。
もし、俺が正体を明かしたら作品の見え方が百八十度変わってしまう。身近に作者がいると知れば、それだけで。
だから、俺のファンだろうとそうでなかろうと自分からは決して明かさない。何かの拍子にバレたらそれは仕方ないと思うけど。
「道末くんはどう?」
「お、俺?」
「うん。ハジマリ先生の作品、どう思う?」
俺の正体を知らないからこその質問。しかし、自分の作品に対して客観的な感想を求められるほど答えづらいものはない。
「読みすぎて、どのへんがすごいとかあんまりわからなくなってきたかな。ぶっちゃけ、なんでそこそこ売れてるんだろうとか思うこともある」
「結構厳し目だね。でも、作品が好きすぎて初心を忘れるじゃないけど、段々と作品に対して盲目的になりやすいってのは私も経験あるからよくわかるな」
自分とは違う意見でも、肯定的に捉えられる。意外とこれができる人って少ないんだよなぁ。
「お楽しみのところ悪いけど、授業始まるぞ」
「お、おう・・・・・」
放課後。まだ誰も集まっていない会議室に俺と彩華の二人だけがいる状況。
頼まれたので来てみたが、何をするのかと思えば生徒会で会議室を使うからその準備をしてほしいっことらしい。
「別にこれくらいのことなら、いつでもするのに」
「それをしちゃうと毎回頼っちゃうからダメなの。本来、私一人ですることなんだし」
今回は普段より準備物が多いらしく、さすがに一人では手が負えなかったらしい。他の生徒会メンバーに頼めばいいと思うのだが、そっちはそっちでいろいろやってもらっているらしい。
「お前、ちょっと一人で抱え込みすぎなんじゃないのか?」
「それはお互い様だと思うよ」
「お互い様・・・・・?」
俺は彩華みたいになにか抱え込むようなことはしていないつもりだけどなぁ。
「そんなことより、さっきの人とはどうなの?」
「さっき?」
「さっき、私があんたの教室に行ったときにすれ違った人」
それ、俺からしたら誰のことか認識するための情報が不足しまくってるんですが・・・・・
「あ、えーっと・・・・・」
「最近、仲良くしてる人がいるんでしょ」
仲良くって、馬場のことか?嫌でも、最近ってことは・・・・・
「もしかして、西本さんのことか?」
「名前までは知らないけど、たぶんその人」
たしかに最近仲良くしてはいるけど、それをなんで彩華が知ってるんだ?
「いや、あのだな。西本さんとは別に何もないし、ただ小説の貸し借りをしてるってだけ――」
しかし、俺の話を遮るように彩華が言葉を重ねてくる。
「詳しいことは知らないし、そんなことどうでもいいの。私はただ、あんたが私の兄ってだけでそういったよくわからない浮いた話が私のところまで飛び火してくるのが気に入らないの」
あ、やっぱり何か怒ってたから様子がおかしかったのか。
「ごめん・・・・・でも、当面は誰かと付き合ったりするつもりはないから」
誰かと恋愛できる気になれるはずがない。そもそも、あの約束がある以上は付き合っていなくても、俺と美綺の関係は完全に終わりにはできない。俺としては終わりにしたくないわけだけど・・・・・
「だから、そういうことが聞きたいんじゃないの!別に謝ってほしいわけじゃないし、謝られたって、あんたが私の兄であることは覆らないんだから」
俺だってできることなら、彩華が望むようにしてやりたい。彩華のためになるなら。だけどかけがえのない唯一の兄妹なのに、妹に邪魔扱いされている自分が情けなくて、涙が出そうになるのをぐっと堪える。
「今日はありがとう。もう帰っていいよ」
「あ、ああ・・・・・」
なにか言わなきゃいけないと思っても、その言うべき言葉が思い浮かばない。
俺はただただその場を去る他無かった。
教室に荷物を取りに帰ると、馬場がまだ残っていた。
「彩翔、おかえり」
「なんだ。まだいたのか」
「なんだとは酷いな。せっかく待ってやってたのに」
「そうなのか?別に待ってくれなくてよかったのに。なんか用か?」
馬場と下校することなんて滅多にないからなぁ。普段は彩華がいて、他の誰かと下校するなんて基本的にありえない。
「用っていうか、荷物置きっぱだったからな」
「俺の荷物くらい別に誰も盗ったりしないだろ」
教科書、ノート、筆記用具。あとは休憩時間に読むための小説くらいしかない。わざわざ盗むほどの価値があるものはないんだよな。
「誰か盗むって懸念も少なからずあったけど、それよりもこっちの方かな」
そう言って、馬場はおもむろに文庫本程度の大きさの紙袋を取り出した。
「え、なにこれ。馬場が俺にプレゼント・・・・・?誕生日とかでもないのにちょっとキモいんだけど」
「お前、俺になにか恨みでもあんのか?俺にだけなんか当たりキツくないか?」
「そんなことないぞ。俺はお前に対しては最初からこんなだぞ」
「自覚あったのな・・・・・まあいいや。これ、西本さんがお前にだって」
「西本さんが?またなんで」
「俺が知るかよ。彩翔がいなくなった後、西本さんがお前を探してて、いないこと教えたらなんかホッとした様子で俺にこれを託してきたってわけ」
「なんだそれ。もしかして、俺って怯えられてるのか?」
特に嫌われるようなことをした覚えはないんだけどなぁ・・・・・
「怯えてる子がお前と面と向かって楽しそうに話すとは思えんけどな」
「じゃあ、俺に直接渡してくれれば・・・・・」
「女の子だからなぁ。色々あるんだろ」
その色々が気になるんだが・・・・・
「でも、わざわざそのために待っててくれたのか。ありがとう」
「いいってことよ。親友のためだ。まあ、色々大変そうだが頑張れよ」
頑張れの意味は俺が思い浮かべているものとは違うような気もするけど、それでもやはり親友の存在は心強いなと改めて実感する。
「馬場、お前意外とイイやつだな」
「意外とってなんだよ。やっぱり俺の扱いが雑すぎる・・・・・」
帰宅して、夕飯を作るまでまだしばらく余裕があるのでまったりしていようとリビングのソファに腰掛けると、ケータイに着信があったことに気付く。
折り返すと、すかさず相手が電話に出る。
『あ、彩翔?』
「どうしたんだ亜依。彩華ならまだ帰ってないぞ」
『うん知ってる。だから電話したんだ』
つまり、俺に用があるってことだよな。それも彩華がいないほうが都合のいい。
「なんだ。俺の声でも聞きたくなったのか?」
と、冗談の一つでもかましてみる。
「んー、まあそんなところかな」
「ホントかよ。真顔で言ってるの見え見えだぞ」
顔見えないけど。
「それで、要件は?」
「うーんとね。今から逢えないかな?」
「今から?いいけど・・・・・」
夕飯の準備とか考えるとそんなに時間は・・・・・
「本当に!?じゃあ、家まで来てもらってもいい?」
そんな時間はないけど、他ならぬ亜依の頼みだしなぁ。なにか大事な話でもあるんだろう。
かわいい歳下の幼馴染のためだからと、すぐ行くと返事して身支度する。
家を出て、歩くこと十数分。我が家よりも一回りとまではいかないけれど、大きめな一軒家が見えてくる。
昔はよくお互いの家を行き来したものだ。中学生になった頃からは頻度は減ってきたけど、仲の良さは変わらずってことろだ。
呼び鈴を鳴らすと家の中からドタドタと騒がしいとこが聞こえてくる。
「彩翔、遅い」
扉を開けるなり、一言目から悪態を吐かれた。
「これでも急いで来て方なんだけどなぁ」
「まあまあ。とりあえず、上がって」
亜依に腕を引かれるままに家に通される。
「あ、えーっと、おばさんたちは?」
「お父さんは仕事。お母さんは出かけてるから安心して」
何が安心なんですかねぇ・・・・・久しぶりだし挨拶しておこうかと思ったんだけど、いないなら仕方ない。
「じゃあ、お茶入れてくるから私の部屋で待っててね。あ、私のプライベートなあれこれ見たかったら、勝手に見てもいいよ」
「え、なにそれ。見ろってことなのか?」
「さあ、それは彩翔次第じゃないかな」
こういうところは昔から変わらないよな。まあ、俺をからかって楽しんでるだけだろうけど。
程なくして紅茶とクッキーを持ってきた亜依に一つ質問をしてみた。
「なあ、前から気になってたんだけどさ。二人きりのときだけ俺のこと呼び捨てにするよな?あれ、なんでなんだ?」
「うーん。彩翔と二人じゃないときって、たぶんいつも彩華がいるからじゃないかな」
「なるほど。わからん」
彩華がいたら呼び方変わるとかどういう理屈だよ。
「彩華の影響っていうのかな?彩華がお兄ちゃんお兄ちゃんって言うから、なんか私もお兄ちゃんって言いたくなるんだよね」
まあ、深い意味がないってことならそれでいいけど。
「それで、俺をわざわざ呼び出した理由は?」
「あ、それなんだけどね。彩翔って今誰かと付き合ってる?」
「――」
これまた、俺には耳の痛い話題だったもので返事に困ってしまった。
「・・・・・いや、いないけど」
「あれ、名前忘れたけど確か声優さんと付き合ってなかった?」
「いや、少し前に別れたよ・・・・・」
あと、正確には当時はまだ声優としてはデビューしていなかった。
「そうなんだ!」
なんでそんな笑顔なんですかね。人の不幸で飯食えちゃう感じか?
「じゃあさ、私たち付き合わない?」
「は?」
何に付き合えばいいんだ?買い物?なんて返しでもしようかと思ったが、亜依の眼差しが意外にも真剣だったので冗談を言うのが阻まれた。
「あ、えーっと・・・・・俺のこと好きなのか?」
「うん。好きだよ」
どうも俺には亜依の言う好きが恋愛的な好きじゃなくて、友だちとか幼馴染としての好きに聞こえるんだが。
「俺のことからかって楽しいのだろうけど、限度はわきまえろよ?」
「酷いなぁ。これでも結構真剣なんだよ?」
「・・・・・」
「え、ちょっとなんか言ってよ。恥ずかしいじゃん・・・・・」
「す、すまん・・・・・ってか、冗談じゃないのか?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃん」
亜依はこう言っているが、やっぱり実感なんだよなぁ。
「私じゃ・・・・・イヤ?」
「嫌とかじゃないけど・・・・・」
亜依のことは昔からの仲だから、よく知ってるしどちらかといえば好きの部類には入るのだろう。ただ、これまで亜依に対して恋愛感情は抱いたことがない。亜依の気持ちが本物なのかからかっているのか計り知れないけど、仮に本当だった場合、俺は受け入れてしまっていいのだろうか。
「ね・・・・・」
恥ずかしそうに頬を赤らめて、こちらを見つめる亜依の様子になんだか考えるのが馬鹿らしく思えてきた。
これを告白と受け取っていいのかいささか疑問ではあるけど、ここまで言われてちゃんと応えないと男として廃る。もし冗談だったなら最後にはネタばらしがあるだろうし。
「わかったよ・・・・・これから、改めてよろしくな」
しかし、亜依から反応がない。
え、なに。どっちなの?これ以上、からかうのはやめて!
「亜依・・・・・?」
「あ、ごめん・・・・・てっきり断られるもんだと思ってたからビックリして」
「まあ、最初はどうやって断るか考えてたけどな。段々と取り繕うのが馬鹿らしくなってきてな」
「もう、なにそれ」
くすっと微笑み、
「よろしくね」
と、俺が今まで見た亜依の表情の中で一番の笑顔を見せた。
「あ、でも私たちが付き合ってることは彩華にはしばらくは内緒ね」
「そ、そうだな・・・・・亜依が取られたって言って鬼の形相になりそうで怖い」
「え、そっち!?」
かくして、流れでなんか彼女ができてしまったわけだが、帰宅して早々に修羅場を迎えていた。
「どういうわけ」
いつも以上にドスの利いた声で俺のことを責めるのは我が妹・彩華である。
「いや、えーっとだな。色々とあって、さ」
言い訳しようにも、どこをどう切り取ってもボロが出る。
「言い訳なんていい。なんで夕飯、用意されてないの」
彩華は俺が担当の日なのに夕飯を用意せず、外出していたことにご立腹のようで、鬼の形相とまではいかないがいつにも増して怖いのなんの。
「せめて連絡でも入れておけばよかったんだろうけど、なんせ急用があって・・・・・」
「ふんっ!どうせ、しょうもないことなんでしょ」
俺も最初は大したことないことだと思ってたんだけどなぁ・・・・・
「待たせてごめん。すぐに夕飯用意するから・・・・・」
「もういい。食欲ない」
「大丈夫なのか?」
心配になって、部屋に戻ろうとする彩華の腕を無意識のうちに掴んでいた。
「触んないで!なんなの。兄貴面でもしたいわけ?」
「そ、そこまで言うことないだろ!」
「言われるような言動を取るからでしょ。とにかく、構わないで!」
自室に戻っていく彩華にそれ以上掛ける言葉がなくて、ただ妹の後ろ姿を眺めるしかできなかった。
はぁ・・・・・なんでこうなってしまったんだろうな。昔はもうちょっと可愛げがあって、俺の後ろにいつもくっついているような娘だったのに。俺と二人きりになるといつもこうだ。ここ数日は特に態度がひどくなっている気がする。
まあ、俺たち以外の人間がいる前での態度もあれはあれでどうかと思うけど。
俺に不満があるならちゃんと言ってくれれば改善に務める。理由はないけど、ただ気に食わないみたいな態度を取られると、俺にはどうしたらいいのかわからない。かと言って、彩華の裏の顔を知っているのは俺だけだから誰かに相談するわけにもいかない。
事情を説明すれば相談に乗ってくれる人は少なからずいるだろう。亜依や馬場は信頼してるし、きっと話してもその話が他に漏れるようなことはないと思っている。だけど、俺の話をどこまで信じてもらえるかわからないし、実際に彩華の裏の顔を見ないことには相談したところでたぶん解決策は見出せない。
俺も段々と食欲がなくなってきてしまい、風呂だけちゃっちゃと済ませて寝ることにした。
亜依からなんだかハートやらニコちゃんマークやらの絵文字がいっぱいのメールが来ていた。
あいつ、今まで俺とのメールはもっと簡略的で絵文字なんてほとんど使ってなかったよな・・・・・まあ、メールは事務的なやり取りが多くて、直接会ったときに話すことのほうが多かったからかもしれない。
今でもぶっちゃけ亜依が何を考えているのかわからないことが多いけど、絵文字がつい多くなってしまうほど嬉しいってことでいいんだよな?
容姿が可愛いのはわかっていたけど性格は結構サバサバしているタイプだと思ってたから、幼馴染改め彼女の新たな一面を見れた気がして俺もなんだか嬉しくなって、メールの返信に使い慣れない絵文字を入れてみることにした。
最後に『おやすみ』の一言を添えて。
オワりの兄妹 工藤部長 @alfild
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