音楽室はエリーゼのために②
「―で、本当にお化けが出たと……。」
5月27日木曜日、本日の授業を終えた1年2組の教室。阿加井 紅葉(あかい もみじ)は、クラスメイトである佐伯 美沙(さえき みさ)に相談があると呼び止められ、先日彼女の身に起こった怪談めいた出来事について聞かされていた。紅葉は詰襟、美沙は黒のセーラー服と昔ながらの学生の格好である。
「お化けっていうか、幽霊?きっと、エリーゼの幽霊だよ!!」
紅葉に詰め寄り、必死に訴える美沙。所謂怪談話でありながら、そこにはなぜか笑顔があった。
ことの顛末はこうだ。下校時刻の過ぎた18時30分頃、友人と片付け終わった道具を部室に運ぼうと部室棟を歩いていた。普段はもっと早いのだが、おしゃべりをしていたら遅くなってしまったそうだ。普段何気なく通る部室棟の廊下だが、ふとどこからかピアノの音が聞こえてきたらしい。
これは通常ならありえないことである。この棟で楽器を使える部屋は第2音楽室しかないが、現在は使われていない。教室は原則、個人での使用は禁止されている。正当な理由で正規の届け出をし、それが学校に認められた場合は可能だが、そうであれば近隣に部室を構える部活には連絡がいくはずである。しかし、そんな連絡を彼女らは聞かされていなかった。
不思議に思い、彼女らは第2音楽室の前で立ち止まった。カーテンがかかっているので窓から人影は見えなかったが、音はそこから聞こえてくる。そう、「エリーゼのために」がピアノで弾かれているのだ。不気味に思った彼女らは、すぐにもそこを通り過ぎようとした。しかし、カーテンに彼女らの足を止めるものが映し出された。それは、光の玉だった。誰も居ない、入れないはずの教室からカーテン越しに光の玉が見えたのだ。
「で、その光がエリーゼの幽霊だと」
話を整理した紅葉が、美沙に確認を取る。光が灯るとすぐに音楽が途絶えたので、光(美沙的にはエリーゼの幽霊)が、こちらに気付いたのだと思ったらしい。すぐに来た道を走って戻り、教師を連れて部室を開けてもらった時には誰もいなかったそうだ。
「そうそう。きっと、エリーゼが化けて出たんだよ。怖い!怪談、幽霊、ダメ、ゼッタイ!!」
なんで怖いと言いながらうれしそうなんだと嘆息する紅葉は、話の本筋から逸れていると自覚しながらも反論する。
「一応訂正しておきますけど、元の人物はテレーゼなので、エリーゼじゃないと思いますよ?あと、テレーゼが作った曲ではないので、ベートーヴェンの幽霊かと…」
「つまんない男だねぇ、紅葉ちゃん。器がちっちゃいと、身長も伸びないよ?」
160cmという男子としては小柄な身長と幼い容姿から「紅葉ちゃん」と呼ばれる彼は、なっ!と叫んで顔を真っ赤にした。美沙も女子にしては少し背の高い165cmなので、見上げる紅葉はより可愛らしく見え、ニヤニヤせざるを得なかった。ミディアムな髪型も相まって、入学当初から〈特に女子から〉弄られており、どうしようもないと諦め話題を逸らした。
「まあそれは置いといて、なんで僕に相談したんですか?」
「…………紅葉ちゃん」
ぼそっ
「もういいでしょうそれは!!知りませんよ?!」
いい加減にしろと声を荒げる。
「あ~ごめんよぅ~~。……そうね、君に相談したのは、黒百合姫様に解決してもらえないかなと思って」
紅葉に抱き着こうとしたが避けられ、諦めて話を本題に戻す。「紅葉ちゃん」から「君」に呼び方が変わったのは、彼の機嫌をこれ以上損ねないためだろう。
「…一応言っておきますが、百合子先輩と僕はそこまで親しくないですよ?彼女がこの話に興味を示すかわかりませんし。第一、解決してくれることはまずないでしょう」
「『百合子』先輩って呼んでるんだ…。まあ、興味云々は君がなんとかしてくれるでしょう?あと解決してくれなくても、幽霊の正体が分かればいいよ。そうすれば、対応の仕方も考えられるし。出来るでしょ?噂の『黒百合姫』様なら」
試すような目で紅葉を見つめる。
「そこまで信頼されるようなことはした覚えがないんですけど…。まあ、頼むだけ頼んでみますよ。あと、佐伯さんも一緒に付いてきてくださいね」
はいよー、さすが紅葉ちゃん!と返す美沙を無視しつつ、彼らはその足で黒百合姫の住処に向かった。紅葉は諦めを、美沙は期待を胸に。
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