伝説の剣を取れ

 三つの報告を聞いて、食事中だったグレースは、思わず持っていたフォークとナイフを落としてしまった。

「なに? 本当かその話は。何かの間違いではないのか」

「間違いございません。王国軍兵士の収容所が壊滅し捕虜の全員が解放されております。そして、ダガンの町攻略の件では、陥落寸前の時に、突然現れた敵の奇襲に遭い、敗れ、さらに、サンレーの町に幽閉していたミエリ王女が何者かの集団の攻撃に遭い王女を奪還されております」

 グレースは、従者に食事を下げさせて、王国領の大きな地図が張ってある壁に近づいた。

「ダガン攻略の指揮官は誰だゾーカー」

「メルガレット将軍ですね。彼でしたら、控えの間におりますが呼んできますか?」

 グレースは頷き返事をした。ゾーカーは部下に指示をして呼びに行かせた。

「収容所と王女の件で誰か詳しい情報を知っている者はいるのかゾーカー」

「私の放っている者が多少知っておりますが」

「分かった、私の部屋に来るように言っておけ」

 控えの間の扉が開かれてメルガレットが部屋に通された。メルガレットはうつむいたまま、グレースの前に来てひざまずいた。

「申し訳ありません。グレース様」

「ひざまずかんでよい、説明せよメルガレット」

 メルガレットは立ち上がり、汗を拭きながら話し始めた。

「ダガンの攻略では、少しずつ敵の防衛を崩しながら攻撃をしてまいりました。最後に魔獣兵を攻城塔に仕込んで西と南の二点を攻撃させました。更に破城槌を突入させて門を破壊し、そこからも兵を突入させ、最後に全軍を突入させようとした時に、西から新たな敵軍が現れて来まして奇襲を受けました。それで我が軍は総崩れとなり、・・・撤退を余儀なくでして」

「物見の隊は放たなかったのか」

「いえ、勿論全方位に放ちましたが、一切、軍規模の人数は見ていないと報告をうけておりました。正直申しまして、敵軍に二万を越える規模の軍が残っているとは思ってもいませんでした」

「しかし、魔獣兵を放っていたのだろう、人族で奴らをたやすく倒せる者などいないと思うがな」

「それが、部下の話ですと、魔獣兵達を一振りで吹き飛ばす敵の兵士が目撃されておりまして。更に敵の騎馬隊にも我が兵士を数人吹き飛ばす程の兵がいたと聞いております」

「にわかには信じられん話だな。魔獣兵を一振りだと?」

「私も実際には見ておりませんが、かなりの魔獣兵がやられたのは事実であります」

 グレースは腕を組み地図をにらんだ。

「ゾーカー、この間の偵察強襲部隊の話もあるが。アレズの町に、相当数の敵軍がいたと思うか?」

「いたとしても、せいぜい大隊規模の三百から千程度でしょう。それに本隊以外に二万を越える軍を隠していたとは到底思えません。・・・この部隊は恐らく」

ゾーカーは地図に一点の所を差した。そこは収容所である。

「うん、私もそう思う。だとするとその規模をどうやって運んだか。・・・・そうか、この川で船を使って運んだのか」

「王国軍の船のほとんどは南にありますから、その可能性は大きいと思われます」

「やっかいだな。この川を封鎖できるか、ゾーカー」

「我が軍には船はありません。それに川の幅が広すぎて封鎖は不可能です」

 グレースは暫く無言で考え込んでいた、軍の輸送で船を使うと通常の行軍よりはかなり早く進めるからだ。それに、食料などの物資の輸送も船で運べば、補給を絶たれる心配もない。実はこれには、ロズレイドが絡んでいる。

 王都に、グレースらが攻め込んだ時に、ロズレイドが先を読んで、船の大半を南に移動するように命じていたのだった。船を奪われれば兵の移動を早くでき、あっという間に王国全土に送り込めるからだ。

「話は分かった。お前に処分は下さん。急ぎ兵の編成をして命令を待て」

「ありがとうございます。この恩に報い、次こそは倒してみせます」

 メルガレット安堵の表情を見せて、一礼し、退出した。

「ゾーカー、来い」

 グレースはゾーカーを伴って自室に向かった。

「メルガレットになんの処分を下さなくてよかったのですか?」

「今回の戦まではよくやっていたからな。しかし、次は総指揮は私がやる」

「グレース様自ら戦場に赴くのですか?」

「そうだ。クロノとお前も伴う、準備しておけ」

 二人は階段を上り最上階にあるグレースの部屋に入った。暫くして戸を叩く音がして、一人の男が入ってきた。フードをすっぽりと被って顔を隠し、魔人族にしては背が低く、姿勢が悪く背中が曲がっている。

「失礼致します。お呼びでございますか、ゾーカー様」

「この間の王女の件と収容所の事件の話を聞かせてくれ」

「はい、まず王女の件ですが。五十人規模の特殊な訓練をした敵兵が入り込んでいたようです。これは主に情報収集を主にした部隊でしょうな。ですから見た目は普通の一般人で装い普段からサンレーの町に住んでいて、その場所をアジトにして潜伏して行動したのでしょう。襲ってきた中で、三人の超人的な強さを持った人族がいたようでして、ほぼその三人にやられたようです。何でも王女を救出して、十メートルの高さの外壁の上から外に出て、武器を使って門を破壊し、再び中に入って来て戦闘をしたと聞いております」

「何だと、そんな人族がいるのか? 町の門を破壊しただと?」

 グレースは信じられないと言う顔をして男を見た。

「門の破壊は多くの兵が目撃しております。間違い無いかと」

「収容所の話はどうだ?」

 ゾーカーは懐から金貨が入った小袋を取り出して男に渡した。

 男は大事そうに小袋を受け取りニタリと笑った。

「収容所では二千程の敵兵が攻撃してきたそうです。早朝間もない時間で、皆が寝静まっているところを狙ったようです」

「しかし、あそこには、かなりの数の守備隊を置いていたはずだぞ。そいつらは何をやっていたのだ?」

「はい、これもごく少数ですが強力な戦力を有する兵がおりまして、それらに蹴散らされております」

 部屋の中はシーンと静まり返った。

「王国軍兵士にそんな戦力を持った者が多数いると思うか、ゾーカー」

「いえ、いたとしても一人だけです。収容所に幽閉されていたフロイス将軍だけですね」

「私も同感だ。王女や収容所、それに先程のメルガレットの話に出ていたやつらは同じ人族だと思う。しかし、謎なのは我々が最初に王国に攻め込んだ時に、そんな奴らはいなかった。いたら最初から戦いに参加させるだろう」

「何らかの意図で隠していたのですかね? いずれにしてもこれは脅威です。グレース様の仰った通り、我々が行かなければなりませんね」

「うむ、早急に準備をしておけ。私らは先に出てサンレーの町と収容所を見ておくぞ」

 ゾーカーは、準備をするために足早に退出した。気がついたら先程の男は消えていた。



支配者が変わっていても相変わらずの賑わいだった。しかし、人々の表情はどこか不安げに見えた。バルド・ドルーマは現在、旧王都シルバーマウンテンにいた。バルドは革細工商人を装ってこの町に入り、市場で露天を開いていた。以前この町に来た時と変わった所と言えば、売る商品に対して税が上乗せされていることだろう。魔人族の支配地域は銭に関わる全ての物に税が上乗せされている。しかし、重税と言う程でもないので市民達はなんとかやっているようだ。

 露天には、バッグや靴、袋物の財布などの小物類を売りに出していて、そこそこ売り上げている。バルドはバッグの修理を依頼されて作業中だった。バッグの底に穴が開いているだ。

 まず、袋部分の裏地を引っ張り出して、革の部分と裏地を縫い合わさっている糸を切って全て取り除く。そして、裏地を手で剥がすと、革だけの袋になる。裏から、同じ革を穴より大きめに切ってのりで付ける。表側は、穴とわずかに小さく、出来るだけ同じ形にしたものを貼り付ける。そのままだと若干隙間が出来るので、植物で作った塗料で同色の物を選び埋めていく。

これで革の修復は終わる。後は裏地を新しく、同じサイズで作る。そして、再び裏地と革の袋を糸でを縫って全ての作業は終わった。

 バルドは立ち上がり、修理したバッグをフックに引っかけた。すると魔人兵が一人こちらにやって来た。

「おい、お前は初めて見る顔だな」

「はい、夕べこちらに来まして商売をしております」

「誰に断って商売をしているのだ?」

「今朝一番に届けを出して許可をいただいてますが」

「しかし、俺は知らんな。このままでは許可できんぞ」

 バルドは黙って銀貨の入った袋を商品のバッグの中に入れて兵に渡した。

「ふむ、気がきくではないか。商売に励めよ」

「ありがとうございます」

 兵士は上機嫌でバルドの露天を後にした。それを見ていた、隣の露天で服を売っているオヤジが声を掛けてきた。

「あんたもやられたか。あいつはいつもどこかの店に入って、せびるんだよ。みんなやられているから、税金と思って諦めなよ」

「銀貨を三枚ほど渡したんですがね、多すぎましたかね?」

「少し多いが、それぐらいで良いんじゃないかな。一度来たら暫くは来ないから安心しな」

 そう言って自分の店に戻って行った。

 午後になって、昼飯を食べていると、一人の男が店に来た。

「いらっしゃい」

 バルドは食事を止めて立ち上がった、男は並んでいる商品を見ている。

「なかなか良さそうな商品が置いているじゃないか」

「ありがとうございます。どれも丈夫で長持ちしますよ」

男は商品を手に取ってしげしげと眺めている。

「じゃあ、これをもらおうかな」

 男は袋物の財布を手に取ってバルドに渡した。バルドは麻で作ってある袋に財布を入れて男に渡し金を受け取った。

「ありがとうございます。またよろしく」

 バルドは、男に渡された金と、その中に紛れていた一枚の紙を見て金庫にしまった。


 日が沈んで辺りが暗くなり、バルドは店を閉めるとこにした。

 一旦、荷物を宿に置いて外に出る。町の中を目的も無く歩きつつ、後ろに誰かつけていないか確認する。安全と判断して、バルドは一軒の飲み屋の戸を開いた。店は繁盛しているようで、大分賑わっている。

 バルドは店のカウンターの左端に座っている男の隣に腰を掛けて酒を注文した。

「お疲れ様です」

 左に座っている男が前を見ながら声を掛けてきた。

「状況を教えくれ」

「今日の早朝に、町の外に駐屯していたグレース麾下の隊が南に向かって出発したのを確認しました」

 二人はほとんど口を動かさずに会話をしている、はたから見ていると全くの他人同士に見える。

「グレースの姿は確認できたのか?」

「いえ、グレースと副官の姿は確認できませんでした」

 バルドは、持っていた酒を一気に飲み干して、他の酒を注文した。

「麾下の軍隊を進ませたのなら後から合流をするだろう、行き先は間違い無くテグだろう」

「自分もそう思います。遂に大将が出てきましたね」

「この間の戦いに敗れたことで危機感を覚えたのだろう。この事は王子の耳に入れておいてくれ」

「分かりました。明日の開門と同時に出発させます」

 その時、店にいた数人の男らが騒ぎ出した。

「冗談じゃねえ、税ばっかり上げやがって、ちっとも楽になりゃしねえ」

「お前の言うとおりだ、この町が奴らに支配されて良い事なんてこれっぽちともないんだ」

「聞いたことあるか、この町の金持ちは敵の役人にワイロを送って税を免除されているらしいぞ」

「クソ、金持ちばっかり楽しやがって。おい、みんなこんな事が許されていいのか? 俺はもう我慢ならねえ」

 周りの客達も、騒ぎ出した男らに同調して不満をぶちまけている。店の中は、魔人族に対する憎しみであふれていた。

「あんたらとは話が合うな。よし、もう一軒ある馴染みの店に行こう、俺がおごってやる」

 盛り上がっている男達の十五人程が店を出て行き、騒ぎ声が外に出てからも聞こえる。

「俺に見せたかったのはあれか。いつからだ?」

「税が上がってからですかね。毎日のように、あちこちの飲み屋で騒いでます。かなりの数の市民が集まって騒いでいますね。上手くすれば仲間に出来るかもしれません。こちらからモーションをかけてみますか?」

「・・・いや、止めておこう。嫌な予感がする」

「どういう事ですか。まさか、敵の誘いですか?」

「ちょうど今、駐留軍の数が少なくなっているんだ。タイミングが良すぎると思わないか?」

「確かにそうですね」

「よし。隊のメンバーの何人かで扇動している奴を割り出して探ってみてくれ」

「分かりました。皆に伝えておきます」

 バルドは、カウンターに小銭を置き、店を後にした。


 それから三日間、市場で露天を続けながら、町の様子をうかがっていたが、魔人族に対して不満を持つ者が少しずつ増えてきていた。

 すると、隣の親父がカップを二つ持ってこちらに来た。

「そこで買ってきた茶だけどよかったら飲みなよ」

「ありがとうございます。どうです商売の方は?」

 バルドはカップを受け取り一口飲んだ。

「ダメだね、税が上がってから、みんな財布のひもを締めちまってサッパリだよ。あんたの方も見た所商品が減ってないな」

「ええ、うちも良くないですよ」

「この町も潮時かな、そろそろ他の町にでも行ってみるかな」

「住民登録をしているここの市民が他の町に行くには、厳しい審査があって行きずらいでうものね。その点、我々商人は自由に行き来出来るから」

「まあな、商人になるには金を払って、許可証をもらわないと駄目だからな。その金だって随分と値段が上がってしまっているから厳しいがな。税が上がったと言えば、夜の酒場で不満を持つもんが騒いでいるな。こっちは落ち着いて飲みてえのにうるせえってんだよ」

「仕方ないですね、魔人族の支配地域ですから」

「何とか王国軍に頑張ってもらって、ここを解放してもらわねえとな。おっと、客が来たようだ、邪魔したな」

 オヤジは慌てて自分の店に戻って行った。

 日が暮れて、いつものように店をたたみ、バルドは宿に向かう。辺りに気を配り歩いているが嫌な感じはしなかった。

 近くの露天で軽く食事を取ってから宿に帰る。戸を開けると、足下にメモ書きしてある紙がある、戸の下の隙間から入れたようだ。バルドはメモを確認して外に出た。

 尾行がいないか確認して一軒の酒場の前に来た。地下に店があるために階段を降りる。戸には、閉店の札が掛けてある。

 バルドが決められたノックを複数回叩くと、暫くして戸が開けられた。中に入ると、怪我をしている三人の男が後ろ手に縛られて椅子に座っている。その周りに、この間酒場で話した部下の他に二人の隊の人間がいた。

「何か吐いたか?」

「はい。どうやら魔人族から金をもらい、住民の不満を煽るように命令されたようです。その後、指示が出たら不満を持つ者を一カ所に集めるように言われているようです」

 バルドは椅子を三人の男の前に置いて座った。

「おい、すでに一カ所に集めるように命令はされてのか?」

「ま、まだ言われてねえ。頼むよ勘弁してくれ、生活が苦しくって、ついやってしまったんだ」

「何人くらい賛同させているんだ」

「今のところ、五百人はいる」

 バルドは腕を組み暫く考えていた。

「わざと煽って、反乱の芽を潰そうとしたんだな」

「恐らくそうでしょう、そうなると魔人族でも上の方の指示ですかね」

「だろうな。危なかった、もうすぐで大事になるとこだった」

 バルドは立ち上がりカウンターの奥にある酒をグラスに注いだ。部下が近寄ってきて同じように酒を注いで一口飲んだ。

「この三人、どうしますか?」

「始末して、目立つ所に捨てておけ。反乱を煽り、魔人族に始末されたって事にしてこの騒ぎを収めてくれ」

「分かりました」

「俺は明日から他の町を探ってくる。何かあったら連絡をよこしてくれ」

 バルドは座らされている三人に目もくれずに店を出た。

 町の中は、変わらずに人で賑わっていた。



 月の明りで、辺りは赤と青が混ざり合い、さらには植物達が光っていることもあり、なんとも言えない幻想的な光景が広がっていた。聞こえるのは、炎で焼かれている木片のパチパチという音だけだった。

 竜二とミエリは、王族の墓まで三十キロの地点まで来て野営をしていた。ミエリは、このままで寝れると言っていたが、さすがに、それはさせられないので途中のアレズの町で一人用のテントを買い、ミエリにはテントの中で寝て貰う事にした。

 竜二は沸かした茶をカップに注いで、ミエリに渡した。

「ありがとう」

 ミエリは、カップを受け取ると息を吹きつつ一口飲んだ。

「この世界の月は本当に美しいな」

「竜二のいた世界の月と違うの?」

「ああ、月は一つであんなに大きくは見えないんだ。こんなもんだよ」

竜二は、親指と人差し指で円を作って、大きさを示した。

「そんなかわいいお月様だったら、こっちみたいに明るくはなさそう」

「そうだな、周りに明りが無かったらかなり暗いかな」

「こっちでの生活はどう?」

「悪くないよ。自然が豊かで景色もきれいだし、食べ物もうまいな。勝ちゃんなんて食べ過ぎて、ますます太るのじゃないか」

「あ、見た事ある。お皿にこんなに山盛りにして食べてたわね」

 ミエリが大げさに手で量を表現した。

「いつも、俺が頼んだ物まで独り占めするんだぜ。聡は酒を飲む量が多くて、俺の倍以上は飲むんだ。二人があんなに飲み食いしてて、料金はワリカンなんだからまいるよ」

 それを聞いたミエリは、声を上げて笑った。そして、カップに口を付けた。

「あなた達が来てくれなかったら、私はどうなっていたか。本当はね、凄く怖かった。いつ、私は殺されるのだろう。ああ、今日は生きていられた、でも明日はどうなのだろうって毎日不安だった。・・・本当にありがとう」

「最悪の結果にならずにすんで良かったよ、よく頑張ったな」

 竜二は薪を炎の中に入れる、すると火が勢いよく上がった。串で刺した肉が良い具合に焼けたのを確認して、ミエリに渡した。

 再び笑顔に戻ったミエリは、受け取った肉を口にはこんだ。

 しばらく、向こうの世界のことや、竜二自身の事をミエリが質問して時間が過ぎた。すると、座っている右側の方から強烈な気配が近づいてきた。それに気づいた竜二は、そちらの方に目を向ける。すると、どうやらこちらに気がついた様で音が近づいて来た。闇から徐々に姿を現したのは馬に乗った魔人族の男女だった。

「驚かせてすまない。良い匂いがして、見ると火が確認できたので来てみたのだ。少しよいかな?」

 魔人族の女が馬を下りて話しかけてきた。

「ああ、構わないよ」

 竜二は手で座るように促した。女が竜二達の反対側に腰を下ろしたが、男の方はその後ろに立っている。

「お前も座ったらどうだ?」

「いえ、私はここで」

 男はチラリと竜二達を見た。竜二はその視線を気にする風でも無く、もう一つあったカップを袋から取り出して茶を注いで女に差し出した。

「飲むかい?」

「ありがたい、いただこう」

 ミエリは女の正体を知っているらしく、下を向いたまま肩を震わせている。

 竜二はそれに気づいて、そっと自分の手を、ミエリの手に重ねた。

「我が帝国では茶葉は育たないのだ、この国は暖かい気候のおかげで茶の種類も豊富にあってうらやましい」

「そっちの国は北にあるからな、やはり冬は厳しいのかい?」

「極寒だよ。何もかもが凍りついているな」

「そう言うことで、こっちに攻め込んできているわけか」

 竜二は涼しげな顔でさらりと言ってのけた。

「まあ、そう言うな。こちらにも色々あってな」

 女はニヤリと笑って一口飲んだ。

「茶にはこういう飲み方もあるんだが、試してみなよ」

 竜二は、酒の入った瓶を、女のカップに少し注ぐと女が不思議そうな顔をしてカップに口をつけた。

「なるほど、いけるな。これは良い事を教わった」

 女はカップを竜二に傾けた。

「そっちの国にも酒は造っているのか?」

「あるぞ、強烈なやつがな。飲むと胃から火が出そうになる」

「そいつは凄そうだ、どんな感じか飲んでみたいもんだ」

 肉の焼け具合を見て、何本か刺してあるものを女に渡した。

「そっちは食べないのか?」

 竜二は、女の後ろに立っている男に、肉の刺さっている串を見せた。

「私は、けっこうです」

「折角だがこいつはこういう奴でな、気にしないでくれ」

 女は旨そうな顔をして肉にかじりついた。先程と変わらずに強烈は気配を女は発している。

恐らく、意識して発しているわけでは無いだろうが、周りにいる者はたまったものではないだろうと竜二は思った。

 しばらくの間、竜二と女は、とりとめも無い事を話しては、酒を注ぎ合い時間を過ごした。女には屈託がなく、威厳に満ちていて、竜二は好感を覚えた。敵同士でなかったら、勝則と聡に紹介して皆で飲みたいぐらいだった。

「グレース様、そろそろ行きませんと、サンレーにいる者が心配をいたします」

 後ろに控えていた男が無表情に女の横に来てひざまついた。

「うん? そう言えばそうだな。では行くとするか」

 女は立ち上がり竜二達を見た。

「馳走になった、この礼はいずれさせてもらおう。おぬし、名はなんという?」

「竜二だ」

「そうか竜二、世話になったな。私の事は隣にいる王女に聞いてくれ。では、さらばだ」

 グレースが先に歩き、その後ろにゾーカーがついて行き二人は闇の中に消えていった。それを見送ったミエリが大きく息を吐いた。

「大丈夫か、ミエリ」

「大丈夫じゃないわよ。まさか、こんな所で会うなんて思ってもみなかったからビックリして腰が抜けたわ」

 ミエリは少し泣きそうな顔で竜二を見た。

「強烈な気を発していたから、普通の魔人族ではないと思ったが、誰なんだ彼女は?」

「王国方面軍総司令のグレース・ファーニルよ。一度だけ捕まった時に会ったの、怖くて目も合わせられなかったわ」

「そうか敵の総大将か。どうりで凄い気を発するわけだ」

「竜二。あなたよく平気でいられたわね、普通に仲間と飲んでいる感じで話しちゃうんだもん、この人何者よって思ったわ」

 ミエリは両手をあげて肩をすくめた。

「平気ではなかったさ。ほら、手のひらが汗でぬれているよ」

 ミエリが竜二の手のひらを握った。

「本当だ、竜二でもそうなるのね、普通の人で安心したわ。ねえ、それよりさっきの竜二の話聞かせて」

「何か今日は質問攻めだな」

 それを聞いたミエリが、自分の言った事に気がついて、恥ずかしそうに下を向いた。

「だって、竜二のこと色々知りたいんだもん」

 竜二はちょっと驚き、二人の間に気恥ずかしい間が少しあいた。

「そうかい、ありがとよ」

 やがて竜二は笑って、ミエリの頭をポン、ポンした。

 ミエリは笑顔になって、顔を上げて竜二を見た。

「あ~。今、私の事、子供扱いしたでしょ」

「してないよ、こうしただけだよ」

「もう、それが子供扱いなの」

「なんだよ、それー」

 二人の笑い声が辺りに響いた、焚き火の炎が少し上がった。


 グレースとゾーカーは馬に乗り、並足で併走していた。

「よろしかったのですか、王女をあのままにして」

「構わんよ。今となっては人質として役にはたたんからな。そんなことより、お前あの竜二を切ろうとしただろう?」

「はい、切らせてはもらえませんでしたがね」

「だろうな、あれは余程の者だぞ。私を前にしても平然と酒を飲んでいたからな」

「いずれ、会う事になりそうですね」

「そうだな。少し急ぐか、ついてこいゾーカー」

 グレースは馬の速度を上げて夜の草原を駆けて行った。


翌日、日が昇ってすぐに竜二とミエリは出発して、午には目的地に着いた。森の中に王族の墓地があるようで、入り口には細かい彫刻を施した木製の門がある。観音扉になっていて、一枚の高さは五メートル、横幅三メートルほどで竜二達の前に立ち塞がっている。墓地の周りは、侵入者を防ぐために門と同じ高さで、煉瓦を組んで壁になっている。平時には、墓地を守る兵が在駐しているが、今は誰もいなかった。

 ミエリは門の前に立ち、銅製で作られた把手を回して開けた。中の様子はやはり森の中といった感じで、木々が生い茂っているが、地面はしっかりと整地されていて雑草は一切生えていない。通路は幅が二メートルほどの石畳になっていてすっと奥まで続いている。ミエリを先頭に歩き出してしばらくすると、通路が十字に分かれる。

 そこから先は、通路沿いに墓石が転々と置かれている。森の中に墓石があるので厳かな雰囲気がある。墓石は、畳一畳分の大きさで、表面はきれいに磨かれていてツルツルしている。

表面に文字や模様が小さく彫られている。

「この辺にあるお墓は一族の者が眠る墓地になっているわ」

「王の墓は何処にあるんだ?」

「一番奥に歴代王の墓があるの、山の中を掘って通路や部屋を作ってあるわ」

突き当たりまで来ると、先程見かけた墓石と同じような石製の扉が、崖に沿って立っている。上を見上げると、崖がどこまでも続いている。かなり高い山のようだ。

「随分高い山なんだな、一番上が見えないよ」

「この辺から北に向かって二千メートル級の山脈が続いているわ。ガラ山脈って言うのよ。さて、扉を開けるわね。開けるにはこれが必要なの」

 ミエリは右手の薬指に、はめられている宝石の付いた指輪を見せた。

 指輪を外し、扉にある小さな穴の中にはめ込んだ。そして、その下にある、丸い手のひらに収まる大きさのダイヤルを右に一回転回させる。すると、はめ込んであった指輪が、同じ方向に回って扉の中に収まった。「ゴゴゴ」っと低い音をたてて扉が自動的に開いた。

 中は暗くて、先が全く見えない状態である。ミエリは、入ってすぐ右側にある壁の前に移動した。壁には、十センチ四方の穴があいていて、ミエリがマッチに火を付けその穴の中に入れた。すると、「ボッ」と火が付いた音が聞こえて、手前の天井に吊り下げられたランプに灯が灯り、次々と奥に向かって明りが点いた。通路は、床、壁、天井も煉瓦が敷き詰められていて奥まで続いている。

「凄いな一気に明るくなった」

「燃える水が流れているのよ。ここから火を付けると天井に流れている水にも火が回ってランプに点火するってわけ。燃えすぎず、かといって暗すぎず、上手く調整してあるみたい」

「へー、便利なもんだな。初代国王の墓はどこなんだい?」

「一番奥の部屋なのだけれど、入った事がないの。行っても、先々代の王墓までね」

「そうだよな、直接会ったことがある先祖って言えば、祖父か、せいぜい曾祖父ぐらいだものな。じゃあ、行こうか」

 二人は奥に向かって歩き出した。聞こえてくるのは二人の足音だけで他からは全く聞こえない。暫く通路を進むと、下に降りる階段があって、その先に広い空間があった。六十平方メートルぐらいの空間が広がっている。そこには歴代の王墓が数基並んでいる。先程、外で見かけたのと同じような墓石の前に、大きな石棺置かれている。

「ここにあるのが、父から六代前のお墓なの。それ以上前の墓は先にある階段を上っていくの」

 ミエリと竜二は先にある階段を上がり、先に進んだ。同じような空間が、いくつか通路を進んでいくとあり、その中にやはり数基の墓石と石棺が置かれている。そして、最後の大きな空間に二人はたどり着いた。

 そこにも数基の墓石が並んでいた。

「この中に初代国王の墓があるのか?」

「いいえ、あそこに扉が見えるでしょ? その中に初代国王の墓があるの」

横並びになっている、数基の王墓の先を見ると、石で作られた薄い扉があった。

ミエリが扉を開くと、中は先ほどより一回り小さい空間になっていて、

その中に一基の墓石と石棺が置かれていた。

「これが、初代国王の墓か」

「墓石に初代の名が刻まれているから、間違い無いわ。竜二あれを見て」

ミエリが指差した方を見ると、墓石の横に、二メートルほどの大きさのガラスケースが横たわっていて。中に剣が入っていた。

「これが例の剣みたいね。開けてみましょう、竜二」

二人で、ガラスの蓋の部分を持ち上げて外し、竜二が剣を手にした。

「これは、剣じゃないな、刀みたいだぞ」

「刀?」

「俺のいた世界にあった刃物さ。日本刀とも言うかな」

「日本って、昨日、竜二が言っていた故郷の国の名でしょう?」

「うん。そこで作られた刀にそっくりだ」

 そう言って竜二は左手で鞘を持ち、親指で鯉口を切って、右手で柄を持って刀を抜いてみた。すると、簡単に刀は鞘から離れてしまった。

「すごい、外れちゃった! 今まで沢山の人が試して失敗したって聞いてたのに」

「それ、本当か? あっさり外れたぞ。 ・・・それにしてもこの刀、千年近く経っているのにサビ一つないぞ」

 竜二は刀身を眺めてみた。ソリが深く、刃先は不気味なほど綺麗な光を放っている。長さも標準の刀よりも長く、見た目一メートル五十センチはあるように竜二は感じた。

「どう、竜二。持ってみて何か感じる?」

「うーん、特に感じる事はないかな。かなり切れそうな感じはするけど」

「とりあえず、持って帰りましょう。せっかく外せたのだし、兄様にも見せたいわね」

「そうだな、しばらくの間お借りすることにしよう」

 竜二は刀を鞘に戻した。そして、二人は歴代の王の墓から出てきた。ミエリは扉を閉めた後に、ダイヤルを左に回す。すると再び扉の穴から指輪が現れて、それを取り出した。

「なるほどな、指輪が鍵の役目を果たしているのか。良く出来ている」

「そう。だからこの指輪を持っている王族の者だけが入れるの」

「その指輪はこの墓地だけに使う物ではないのだろ?」

「そうよ、王族しか入る事が出来ない所には、必ずこの指輪が必要になるの」

「大事な物だな、無くしたら大変だ」

「じゃあ、戻りましょう、竜二」

 二人は森を抜けて墓地の入り口にある門を開けて外に出た。すると、そこには十人ほどの男達が武器を持って立っていた。皆若く十代後半から二十代ぐらいに見える。男達の中には、人族だけでなく魔人族、獣人族、エルフ族の者までいた。

「本当に出てきましたね、隊長」

 一人の獣人族の男が魔人族の男に顔を向けた。

「ああ、まだあの王子の他にも、王族の生き残りがいたとはな。今日はラッキーだぜ」

「誰よ、あなた達。ここを王族の墓地と知ってて来てるの」

「当たり前だろ、王族のねえちゃん。ここには歴代の王の墓があって、そこにはお宝も一緒に埋葬してあるって話だ。前から狙っていたんだがどうやっても中に入れなくて困っていたのさ。そうしたら、さっき入って行った人間がいるって聞いてな、すっ飛んで来たんだよ。ってことで中に案内しな」

 隊長と言われている男が剣を肩に置いてニヤついてミエリを見た。

「何言っているの? 案内なんてするわけないでしょ」

 ミエリは、竜二の腕にしがみつきながら男達を睨んだ。

「そうか。まあ、開けるには何かしらの鍵になるような物があるんだろう。そして、それをお前らが持っているのだろうな? じゃあ、お前らを殺した後で、ゆっくりと探してもいいのだがな?」

 男達は、下卑た笑いを竜二とミエリに向けた。竜二はミエリの肩に手を掛けて、墓地の敷地内に誘導した。

「竜二?」

「すぐに終わるから、しばらく中で待っていてくれ」

 竜二は、笑みを浮かべながらミエリを見た。

「大丈夫なの?」

 ミエリは、不安そうに男達を見た。

「ま、心配するな」

 竜二は片目を瞑って門を閉めた。

「あ? 何してんだおっさん。そんなことしたって梯子がありゃ、ここの壁は登れるんだぜ。あのねえちゃんを隠したって無駄だぞ。そうか、あいつはおっさんの娘か。それならば必死で守る訳だ。」

 竜二はピクリとこめかみの辺りが一度痙攣した。

「俺達は歴代王の墓に用があるんだ。無駄な事はしねえで、鍵を渡しなよおっさん。そうすれば、あのねえちゃんの命だけは助けてやる。まあ、俺達のヤサに連れて行って兄貴の慰め者にされて生きていくんだがな」

 それを聞いて、ますます大きく男達が笑っている。竜二は、再びこめかみの辺りが痙攣した。

「お前達に言っておく。基本的に俺は優しい人間だ」

 それを聞いた男達は不思議そう竜二を見ている。

「だがな、三回も俺に向かって『おっさん』と言ったのは許せん」

 竜二は、持ってきた刀の鞘を抜いた。そして、一番近くにいる獣人族の者に向かって駆けだして刀を横に一線させて吹き飛ばした。竜二のあまりの速い動きと大きく吹き飛ばされた仲間を見て男達は唖然とした。

「お、お前ら何やっているんだ。やっちまえ」

 男達は、一斉に竜二に向かって突っ込んでいく、全員の剣が竜二に襲いかかった。

 竜二は軽く立ったまま、再び横に刀を振った。すると、向かって来た男達が全員後ろに吹き飛ばされた。飛ばされた男達はうめいて地面に転がっている。

 その中にいる隊長と呼ばれた男の側に向かって竜二はゆっくりと歩き出した。近寄ってくる竜二を見て小さい悲鳴を男は上げている。竜二は隊長と呼ばれた男の側にしゃがんだ。

「おい、名前は何て言うんだ」

「ひ、ひぃ。ゴ、ゴルドーです」

「よし、ゴルドー。峰で打ったから死ぬ事はない、せいぜい骨が折れている程度だろうよ。

それからな、俺の名前は竜二って言うんだ。おっさんじゃねえ、分かったか」

 竜二は睨みをきかせて男達を見た。皆、一様にビックリして首だけをカクカクさせて頷いている。

 一方、敷地内に取り残されたミエリは不安で一杯だった。男の悲鳴が聞こえて更に不安になったが、外から門が開けられて竜二の姿を見て安心した。

「お待たせ、ミエリ」

 竜二が、にこやかに笑っている後ろを見ると先程の男達が全員正座をして座らされているのを見て唖然とした。

「……そうだ、この人凄く強いんだった。心配する必要なかったわね」

 ミエリは、ボソッと呟いて男達に同情した様子で見た。

「おい、お前達。ミエリは俺の娘じゃねえ、バカ言ってるな」

「娘じゃねえってことは。 ・・・そうか嫁さんでしたか。勘違いしてすいません姐さん」

男達は揃って頭を下げた。

「いや、それも、ちがっ・・・」

 竜二が言うのにかぶしてミエリが高笑いした。

「ちょ! どうしよう竜二、嫁さんだって! 何勘違いしてるのよこの人達。やだわ、もう」

 ミエリは竜二の背中をバンバン叩いて喜んでいる。竜二は目を瞑って咳払いを一つした。そして、ミエリの高笑いを見て唖然としている男達を見た。

「おい、さっき兄貴の所って言ったな。お前ら何者だ」

「へ、へい。俺達は『陰狼』のメンバーです」

 竜二は、少しの間首をかしげたが、やがてその名前を思い出した。そして、いまだにミエリは喜んで竜二の背中を叩いている。

「ああ、思い出した。盗賊団だったな。兄貴ってのは、お前らの頭目だな?」

「はい、そうです。俺達の頭をやっています」

「・・・・よし、俺達を頭の所に案内しろ」

 すると、先ほどまで笑っていたミエリと陰狼の男達全員が唖然とした。

「りゅ、竜二。あなた何を言っているの?」

「こうなったら、盗賊退治だ。魔人族軍の前に陰狼を潰そう」

「だって、あの陰狼よ? 人数だって相当いるんだから!」

「あ、あのう竜二さん。いくらあんたでも、・・・うちら全員を相手には」

 遠慮がちに、ゴルドーは竜二を見た。他の者達もいくらなんでも無理だろうと言う目配せをお互いにしている。

 それを聞いた竜二は、鞘から刀を抜いて、大人が三人手を繋いだくらいの大きな太い木の前に立った。そして、両手で刀を持ち、右から横に振って切りつけた。すると、木が二つに分かれて上の部分が地面に倒れた。再び全員が唖然としてそれを見ている。

「・・・すげえ」

 ゴルドーはあっけにとられている。

「分かったか? じゃあ、案内しろ」

 涼しい顔で竜二は刀を鞘に収め、馬に乗り込んでゴルドーに行けというふうに顎で促した。 そして、陰狼の男達が先頭になり、馬を走らせた。道は徐々に上り坂になっていき、行っては戻るという山道典型的な道になっていった。

 かなり上まで登っている、木々の隙間を見ると下の方に雲が見えている。途中、道から外れて草が生い茂っている所をしばらくの間進むと、目の前が行き止まりになった。ゴルドーが顎で合図すると、男達の一人が馬から下りて、壁になっている足下にある一抱えほどの大きさの石を踏ん付けた。すると、ゴゴゴっと目の前が音を立てて、大きなトンネルが顔を出した。

「この先です、竜二さん」

 竜二は頷いて手で行けと合図した。ゴルドーはトンネルの中に馬を進め、竜二とミエリも後に続いた。中は暗かったが、百メートル先が明るくなっている。

 トンネルを抜けると急に開けた 場所に出た。上を見ると空が見えた。

「どうなっているのここは?」

 ミエリが驚いた様子で周りを見ている。

「山の頂上が昔火山でえぐれて、お釜になっているんでさ。そこを掘ってトンネルを作り出入りしてるんです。アジトはこの先です」

 ゴルドーはアジトの方向を指差して、その方向に馬を進めた。お釜はかなりの広さだった。竜二が見たところ、周囲十キロ以上はありそうだ。

 木や草は一切生えておらず、細かい石がびっしりと転がっていて、人が数人隠れるぐらいの岩がゴロゴロあった。そこに、三メートル幅の舗装した砂利道を作って道になっている。

 百メートルほど進んだ時に、前から男が二人、腕を組んで立っていた。二人ともまだ若く二十代くらいに見える。

「おい、ゴルドー。その二人は誰だ? なぜ、ここに入れたんだ!」

 ゴルドーは困った顔をして竜二を見た。竜二は頷いてゴルドーに合図した。

「いや、この方に案内しろと言われてな。・・・ちょっと兄貴のところまでな」

「何がちょっとだ。お前達このおっさんにやられたな。おい、みんな出てこい!」

 すると、無数の転がっている岩の陰から沢山の男達が出てきた。見たところ百人はいる。ゴルドーは言っては行けない言葉を聞いて、ツバをゴクリと飲んで竜二を見た。

「ひ、ひい! お怒りになっていらっしゃる! おい、お前らやめろ」

 竜二は、こめかみの辺りをピクつかせながら馬を下りた。

「ほ~う、ここにいる若僧どもは礼儀知らずばかりだな。少しじゃなくて、大きく痛い目目に合わしてやろう」

「この人数を相手に何言ってんだ? よし、やっちまえ!」

 男達が一斉に竜二に襲いかかった。



 暇だった。ここのところ大陸では戦争が始まり、至る所で軍が移動している。そのおかげで、しばらく他国に潜入して、汚い事をして稼いでいる金持ち共を襲い金品を巻き上げていない。うっかり軍と遭遇してしまったら、せっかくのお宝を手放す羽目になってしまうからだ。しかし、まともに軍と戦って負ける気はしなかった。皆十代後半から二十代の若い男で構成されていて、鍛えに鍛えたメンバーだからだ。一度だけ獣人族の軍とぶつかったが撃退できている。しかし、わざわざ軍と戦うなど面倒だった。

『陰狼』の頭、ライアルト・ブライアンは大きなあくびを一つして窓の外を見た。この広いアジトには、メンバーである部下一万人の他に、その家族である女や子供も住んでいて一つの町になっている。もともとは故郷である魔人族の国で傭兵家業をしていた。

 ある日、国からの依頼で、反政府勢力を撃退しろと依頼されたことがあった。高額の依頼料でそれを受け、敵が移動しているところに奇襲を掛けて見事撃退したのだが、その一団は反政府勢力ではなく、政府軍に住む町を追われた少数部族だったのだ。彼らの存在を疎んでいた政府が、自分達の手を汚さずにライアルトの部隊に依頼したのだった。それを知ったライアルトは深く後悔して、部下と攻撃をしてしまった部族を率いて今のアジトを見つけて住み着いたのが始まりだった。

 それから、ライアルトは部下を使って、汚い事をしている貴族の家や商人を調べては襲い金品を強奪しているのだった。部下は戦闘要員だけでなく、料理屋や洗濯屋、鍛冶屋など様々な職種の者までいてアジトを支えている。

 ライアルトは、再び大きなあくびをして両手を上に伸びをした。その時、自分の家に走ってくる部下の姿を見つけた。何か必死な表情でこちらに向かってきている。

「ライアルトの兄貴、大変です」

 部下のマルケスが、顔を青くして部屋に入ってきた。

「おいマルケス、何を焦っているんだ。この開店休業の、今の状況以外に大変なことがあるのか?」

「のんきな事言ってないで外に出てきてくださいよ、戦闘部隊が大変なんですよ」

「うん? そう言えば百人ほど外に出ていったな。そいつらの事か?」

「そうなんです。早く来てください」

 マルケスに手を引っ張られるように外へ出て、ライアルトはアジトの入り口の方に歩き出した。すると、向こうから部下が、足を引きずったり、手を押さえたりと、全員怪我をして歩いてくる。

「どうしたお前達。何があったんだ?」

 ライアルトは部下の一人を捕まえて問いただした。

「それが、とんでもなく強い相手でして。 ・・・あんな野郎見た事がねえ化け物だ」

「何言っているんだ。一体何百人にやられたんだ?」

 そう言って部下を見ると、部下は後方を見た。見ると、部下達が歩いてくる一番後ろに、馬に乗った部下のゴルドーと見かけない男女がいた。二人のうちの男の方が、マルケスを見かけるとこちらに近づいてきた。

「誰だあんた。俺の部下の怪我に何か関係があるのか?」

 ライアルトが男に声を掛けると、部下達は心配そうにこちらを見ている。

「お前ら、何をそんなに心配そうに俺を見ている? このおっさん一人に何かされたわけでもあるまい?」

 ライアルトがそう言うと、周りの部下達が一斉に驚いた顔をして男を見た。男は大きくため息をついてこちらを見た。

「全く、部下も部下なら頭もこれか。お前がここの頭だな?」

 男はかなり怒った様子でライアルトを睨んだ。

「ああ? 何だお前。俺の部下達に何しやがった。お前の仲間はどこにいやがる!」

 男はこちらを見たまま何も言わない。その代わりにゴルドーが側に来た。

「実はですね、このお方と女性以外誰もいません」

「ん? 何を言っているゴルドー」

「ですからですね簡単に言いますと、みんな、この方一人にやられまして」

 そう言われて周りの部下達を見ると、みんな下を向いている。ライアルトは唖然として男を見た。

「信じられなかったら武器を手にしてかかってこい」

 男は右手の人差し指でこっちに来いと合図した。

「上等じゃねえか、陰狼の頭の力見せてやる。おい、誰か獲物を寄越せ」

 しかし、誰も渡そうとしなかった。

「ちっ!」

 仕方ないので部下の一人から剣をひったくって男に向かっていった。

すると、相手の男は鞘から剣を抜いて構えた。剣は非常に細長く、そりがあって異様に光っていた。

 ライアルトは素早く走って、剣を上から男の頭をめがけて叩きつけたが、それはあっさりと弾かれた。次に右から横に剣をはしらせる、これも弾かれた。

 ライアルトは次々と色々な角度から剣を繰り出す、周りから見ると、かなり早い斬撃を繰り出しているが、全て弾かれてしまう。

 一旦、ライアルトは後ろにジャンプして下がった。ライアルトは、息が切れて激しく呼吸をしているのに男は平然としている。

「何だお前は、俺の剣撃が全く当たらないだと?」

「ほほう。さっきのこいつらといい、お前といい、ただの盗賊ではないな。相当に訓練をしている兵士の動きだ」

「何を言ってやがる。これでもくらえ!」

 ライアルトは自分の得意技である、四回連続で繰り出す、四段突きを男に放った。

 男は、四つとも弾いたが、一瞬下がった様に見えた。チャンスと感じたライアルトは、そこから続けて剣を上から叩きつけた。

 次の瞬間、男は合わせたように剣を出してきて。ライアルトの剣を二つに切ってしまった。離れてしまった剣の先は、クルクルと回転しながら地面に落ちて突き刺さった。ライアルトは呆気にとられてそれを見ている。

 さらに男は、上からライアルトの頭をめがけて剣を叩きつけてきた。切られると感じたライアルトは、思わず目をギュッと瞑った。しかし、何も感じなかったのでふと目を開けたときにゴツンと頭を何かで叩かれた。見ると峰で叩かれていた。その後に思わず膝が崩れてしまった。

「俺は竜二って言うんだ。おっさんじゃねえ、分かったか!」

「はい、分かりました」

 竜二の大声で思わずライアルトは返事をしてしまった。

「よし。それじゃ、ここの事を詳しく教えろ。どうも、ここはただの盗賊団ではなさそうだ。軍みたいな雰囲気がする」

 ライアルトは正座をさせられて、陰狼を作った経緯をすべて竜二に話した。竜二は黙って全てを聞いていた。話を聞き終わった竜二は、一緒に来た女の元に行き、何か話している。すると二人がライアルトの元に来た。

「いいか、ライアルト。今日から『陰狼』は解散しろ」

「し、しかし、そうなるとここにいる皆が明日から路頭に迷うことになります。それだけは出来ません」

「だから、この人が全て面倒みてくれる。この人はバランティー王国の王女、ミエリ王女だぞ」

 周りにいる全ての男達が声を出して驚いた。皆、目を丸くしている。

「そうなんですか、ミエリ王女だったとは。・・・てっきり竜二さんの嫁さんかと」

 ミエリは嬉しそうな顔をして竜二を見た。

「また、言ってるわ。竜二、どうしよう!」

「それは後でゆっくりと話そう。ライアルトに何か言ってやってくれよ」

 竜二は困った顔でミエリを見た。

「そ、そうだったわね。ライアルト、バランティー王国の王女として約束します。あなた達全員の身の保障は約束します。その代わりあなた達は竜二の部下になりなさい」

 その言葉を聞いて周りにいた全員の頭上に?マークが並んだ。

「え? それはどういう事だミエリ?」

「だって、部下は多い方がいいじゃない? これから敵と戦うには必要な事でしょう」

「それとこれとは話が違うだろ、いくらなんでも盗賊団を兵士にはできないだろ」

「そうかしら? さっき竜二は軍みたいだって言ったでしょ。使えるのじゃないかしら」 

 なにやら、竜二とミエリが揉めだした。というより竜二が困っているようだ。そのやりとりを、他の陰狼のメンバーがポカンと口を開けて眺めている。

 それを見たライアルトは、大きく笑って立ち上がり、部下達を見た。

「おい、みんな聞いてくれ。今日から竜二さんは俺達の大将だ。竜二の兄貴と呼べ。兄貴の命令は絶対だ。それから王女は姐さんと呼べ、分かったか!」

 皆、一斉に歓声を上げ拳を上げている。

「良いのかミエリ? ロズレイド王子に断らなくて」

「だって、放っておけないでしょ? 大丈夫よ竜二」

「やっぱり軽いな~。俺は知らないぞ」

 竜二は肩をすくめて周りを見た。皆の歓声はいつまでも続いていた。


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