決戦!

それから数日後、竜二とミエリは王国軍本隊の駐留地である、ダガンの町から北へ五十キロの地点近くまで来ていた。すると、そちらの方向から、一万近くの王国軍が近づいてきていた。

 竜二達は、何事かと首をかしげ、馬のスピードを速めた。王国軍に目視で確認できる距離まで来ると、向こうからフロイスが単騎でこちらにやって来た。

「よう、フロイス。どうしたんだこんなに軍を引き連れて。まさかミエリの護衛に来たわけでもあるまい?」

「何が『よう』だ。後ろの軍勢は何だ。敵が来たと、斥候から報告を受けて急いで来てみれば、お前ではないか竜二」

竜二の後ろを見ると、元陰狼の戦闘部隊騎馬一万が、竜二とミエリの後を付いてきていたのであった。

「ああ、これはすまん。えーと、何て説明すればいいかな。・・・じつはな」

 竜二は事の顛末をフロイスに話した。

「本当か、その話。あの『陰狼』を解散させて麾下に加えただと!」

 フロイスが驚いた様子で、竜二が引き連れてきた軍勢を眺めている。

「ああ、本当なんだが、麾下に加えようと言ったのはミエリ王女でな。・・・詳しい話は到着してから話すよ。とにかく、駐屯地まで行こうフロイス」

 竜二とフロイスは兵達を引き連れて、取りあえず駐屯地まで進んだ。到着した元陰狼の部隊は、水と食料が与えられてひとまず待機を命じた。


 ミエリは、兄のロズレイドに話をするために、ダガンの町にあるロズレイドの屋敷に行った。 王族の墓地で見事、三条雅の剣を鞘から外した事。それから陰狼のメンバーに襲われて、それを撃退した事、そしてアジトに着いて、頭目のライアルトを屈服させた事など全て話をした。 ロズレイドは、あの、他国共々、頭を抱えていた陰狼を解散させ、しかも竜二の麾下に加えたことに大変驚き、それを提案したのがミエリだったことに対して大いに笑った。陰狼のアジトに住む、非戦闘員のメンバーと、その家族のことは二つ返事で快く承諾した。その事はすぐに駐屯地にいるフロイスと竜二に報告された。竜二は今後の事を話すためにフロイスの幕舎の中にいた。

「良かったではないか、無事王子殿下のご了承を得られて」

「ああ。俺の方はありがたい話なのだが、お前はいいのかフロイス」

 竜二は、フロイスの従者が持ってきた茶を一口飲んだ。

「問題ないさ。話を聞けば、あくどい連中だけを狙い、強奪した金品の一部を貧しい家々にも配っていたって話じゃないか。実情を聞いて、俺は彼らに拍手を送りたいよ。ところで連中は戦闘に使えそうなのか竜二?」

「もともとは傭兵部隊でな。俺とやり合った時も、一人一人なかなかやるぞ。アジトの中を見たが、兵の調練場所もあって、しっかりと訓練はしてあるそうだ」

 兵が一人入ってきて、ライアルトが来た事を報告した。フロイスは入るように命じた。幕舎に入ってきたライアルトは、もの珍しい表情で中をキョロキョロ見ている。

「お前がライアルトか。先程、ロズレイド王子殿下より、元陰狼のメンバー及びその関係者の身柄を全て王国が面倒みるとの了承が得られた。良く来たな、歓迎するぞ」

 フロイスは立ち上がってライアルトに手を差し出した。それを見たライアルトも手を差し出して握手をした。

「あんたが有名なフロイスか、俺達が来たからには魔人族軍なんかあっという間に王国領から追い出してやるぜ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 竜二はその言葉を聞いてライアルトに近づき、右拳をライアルトの頭めがけて叩きつけた。

「バカ。フロイス将軍だ! それと上官にはきちんと敬語を使え」

「すいません兄貴」

 頭を小突かれたライアルトは痛がりながら頭をさすっている。

「そうだ兄貴。一つ言いたかった事があるんだ!」

「うん? 何だ」

「うちの連中のことだけどよ、バラバラに分けないでくれよな。俺らは兄貴の部下なんだからそれ以外の奴の言う事何か聞きたくねえよ」

「その話か。どうだフロイス、俺の部隊に組み込んで構わないか?」

「いいだろう。そもそも、お前が連れてきた連中だ、面倒みてやってくれよ」

「分かった。では俺が率いる部隊は、騎馬二万、歩兵一万で編成させてもらう。ライアルト、お前は三人目の副官をしてもらう、頼んだぞ」

「分かりました。期待してください」

「敵地に進軍するのは、いつぐらいの予定だフロイス。出来れば兵の調練をしたいのだが」

「兵糧の手配が五日後には終わるはずだ。後は敵さんの動き次第だが」

「それだけあれば助かる。それと一つ提案があるんだが」

 竜二はある作戦をフロイスに提案した。その作戦はすぐに受理されて、全体の調練に組み込まれた。

 竜二の部隊は、騎馬を細かく分けて本隊を一万、ライアルト五千、聡が五千で編成。全歩兵隊は勝則が指揮を執る事になった。

 調練は予定通り五日間行なわれ、竜二の隊は連携を重視した訓練を多く費やした。

実は、それより二日前にちょっとした事件が起こった。

 敵の総司令官グレース・ファーニルから、王女ミエリと竜二宛に荷馬車二十台分の積み荷が送られてきたのだ。荷の中身は全て酒の入った樽であった。向こうの使者からは、先日のお礼につき返礼無用との言葉があった。

 竜二はフロイスに事情を説明をする。それを聞いたフロイスは快く受諾し荷を受け取った。

 そして夜二なり、出陣の前日にささやかな酒宴を行ない、グレースから受け取った酒も兵に出された。その酒は強烈に強かったが、後味がまろやかで兵達にも評判が良かった。

 肉も出されて、皆これまでの調練の疲れを癒やしていた。

 ロズレイドもミエリを伴い兵達の激励に来ている。あまり酒の飲めない事を知っているにもかかわらず、フロイスは強烈な帝国産の酒をロズレイドに飲まして、彼が酔っ払っているのを楽しんで見ていた。普段の激務で、緊張の連続だったのを知っているフロイスが、少しでも軽くなればと思い取った行動だった。他の場所でも、勝則と聡がライアルトを酒のつまみにして飲んでいた。

「強い酒だな、飲んだら胃から上のところが痺れているよ」

「でも、飲んだ後に、甘いまろやかな後味があっていいですよこれ、敵の総司令官からって事は帝国の酒なのかな、ライアルト」

「ああ、そうだよ。帝国は北にあって寒いだろ、体を温めるにはこれが一番いいんだぜ」

 ライアルトは樽から入れてきた酒瓶を聡に注いだ。

「じゃあ、これを送ってきた、女総司令官のことも知ってるんだ。どんな人なの?」

「一言で言えば雷神かな。俺が帝国の傭兵だった頃にな、獣人族の国に攻め込んだ事があったんだよ。その時の騎馬隊の指揮官がグレースでな、まるで稲妻のごとく敵陣に突っ込んでいって敵を蹴散らしてな。そのまま突き進んで敵の大将の首を取ってよ、あれを見たときは自分が敵側にいなくて良かったと思ったよ」

「げげ、俺ら大丈夫かな。心配になってきた」

 聡が苦々しい顔をしてカップに口をつけた。

「平気だろ。調練の動きを見ていたら、兄貴とあんたらの動きは異常だったからな。辺り負けしないと思うぜ」

 それを聞いた勝則がライアルトの首に右腕をまわした。

「おい、ライアルト! お前、竜ちゃんには兄貴って呼んで俺にはあんた呼ばわりとはどういうことだ。俺も年上なんだから兄貴って呼べ!」

「何だよ急に。おい、この人酒飲むといつもこれなのか、聡」

 ライアルトは、迷惑そうな顔をして勝則を見て小声で聡に聞いた。

「勝則さんは、普段『飲み』よりも『食い』だからなあ。出陣前で食事は制限されているし、酒が強いから酔ったんだじゃないの?」

「おいおい。食事の制限なんかされていないだろ! 大体この人食い過ぎだろ、俺達の倍は食ってるぞ」

「いや、いや。勝則さんは、更にこれの倍は食べてるね」

「マジかよ! ・・ってお前もすげえ飲むな! さっきから何杯のんでんだよ」

「いや~、これくらい普通だよ。面倒くさいからビンごとでいいや」

 二人の飲み食いに気圧されて、ライアルトは、胃がもたれきて変なゲップをした。

「おい、俺の話を聞いてるのかライアルト」

なおもしつこく勝則は絡んでいる。

「分かったよ、勝則の兄貴。あんたには負けたよ、もう」

「ようし! 分かれば良いんだ。ところで、竜ちゃんはどこにいるんだ聡」

「竜二さんならフロイス将軍と飲んでいて、さっきミエリ王女が来て、どっかに連れて行ってしまいましたよ

「な~にぃ! 友を捨てて女に走ったか、あの薄情者」

 勝則の悪酔いが、更にエスカレートするかと思いきや、ミエリの侍女である、マリーが勝野達の側にやって来た。マリーの姿を見た勝則が、ビックリして立ち上がり直立不動の姿勢で固まっている。

「マ、マリーさん! どうされたのですか?」

 マリーはうつむき加減で勝則の側に来た。

「あの~、王女が竜二さんを連れて、どこかに行ってしまわれて。見つけてもお邪魔なので。・・・・勝則さんのところに来ました。ご迷惑でしたか?」

「ぜんぜん、ぜんぜん、全然ご迷惑じゃあ、ありませんよ! 来て頂きまして大変恐縮です」

「よかった~。周りは知らない方ばかりで、勝則さんならいらっしゃると思って探しちゃいました」

「それはありがとうございます! ここでは何ですから、あちらの温かいところに行きましょう」

 勝則は、今までの酔いがすっ飛んでしまった様子で、華麗にマリーの手を取りどこかに消えてしまった。

「ケッ! 何だよ今のは? やってられねえな聡」

「良いんじゃないの? やっと来た中年の恋なんだから。それに僕はリナトにもダガンにも彼女ができたし寂しくないよ」

「け~っ! やってらんねえわ」

 ライアルトは入っていた酒を、無理矢理飲み干して、そのまま寝そべった。

 月が明るいとライアルトは思った、



 テグの町から南に五十キロの地点に王国軍が陣を構えたとの報告が斥候から報告が来た。

グレースは地図を見て、伏兵を置ける場所がないか確認した。この辺りは平野になっていて見通しが良いために、その心配は無かった。前回の敗戦の時のように、西にある川から敵がやって来る可能性も考えて、そちらにも斥候を放っているが、今のところ、敵の存在は見当たらない。

 ここに来る前、収容所の跡と王女を奪還されたサンレーの町に寄り、双方の責任者から報告を受けた。収容所の所長からは、フロイス・ハインツ将軍を幽閉していた小屋で不可解な事が見つかったという。彼を拘束していた方法では、鍵が無い限り脱出不可能なはずであった。それなのに壁に打ち付けてある手枷、足枷ごと引き抜かれていたらしい。グレースも実際に見てみたが、確かに何かで引き抜かれていた跡がある。しかし、およそ人の力では抜ける様な枷ではなかった。

 サンレーの町では、報告のあった門を見てみた。当時戦闘に参加していた兵士の証言では、外から大きな打撃音が聞こえて、門が勢いよく開いたようだ。見ると門の表面が何かで叩いた跡がある。攻城兵器のような大きな打撃跡でなくそれよりも小さい物の跡だった。王女を幽閉していた部屋の扉も、鋼鉄製の扉だが簡単に開けられていた。周りの部下達は、敵の新兵器ではないかと言っていたが、グレースは違うと思った。なぜなら、実際に戦った兵士の証言で、超人的な動きをしていた敵兵がいたと聞いていたからだ。これは以前ゾーカーが使っている男の話と一致している。と言うことは、全て人の力によるものだと確信した。そんな超人的な力を持った人族の兵士がいる。

 グレースは笑っていた。未だかつてそんな敵と戦った経験は無い。自分より劣る敵しかいなかった。そんな力を持った敵がいるならば是非、戦いたいとグレーは思った。

 元々ファーニル家は、昔から軍人の家系で、彼女の父親も軍人であった。しかし、彼を中心に軍事クーデターが起こり、見事成功して帝国皇帝となった。

 そんな環境で育ったグレースは、当たり前のように軍人の道を選んだ。

 帝国幼年兵学校から、軍事大学までの在学期間は全て首席で卒業している。ファーニル家は、他の魔人族と比べて身体能力が高く、戦闘においても他の追随を許さない程であった。そんなこともあり、かなりの短い期間で将軍の地位に上り詰りつめたのだった。。

 指揮官になってからも、卓越した指揮で、局地的な戦闘では全戦連勝である。

「グレース様、私です」

 幕舎の外から副官のゾーカーの声が聞こえた。

「入れ」

 入り口が開けられてゾーカーが入ってきた。

「本国からの情報が入って来ました」

「うむ、聞こうか」

「対獣人族戦ですが、国土の半分を制圧したとの知らせが入ってきております」

「ほう、さすが兄者だ、あの獣人族相手にもうそこまで」

「しかし、レジスタンスが組織され、思うように占領地を治める事が出来ず苦心されているそうです。そのため本国からの増兵が決定されています」

「反乱軍は、規模の小ささからゲリラ戦を仕掛けてくる。完全に支配をするには時間が掛かりそうだな」

「獣人族の身体能力はかなり高いですからね、魔獣兵をぶつけて力を相殺しているようです」

「あれについては今でも私は反対の立場だよ。犯罪者や親父に反抗する者を使って作り出している。考えただけでも反吐がでそうだ」

「こちらの魔獣兵が一万とかなり減ってしまいましたが」

「そのままでよい、援軍はいらん」

「かしこまりました。話は変わりますが、占領地での敵対組織のあぶり出しの件ですが警備隊長から報告がきています」

「うむ、どうなった?」

「敵に読まれたようです。こちらが飼っていた人族はすべて抹殺されて目立つ所に捨てられていました。完全に失敗したようです」

「そうか、敵もなかなかやるではないか。その事に関してはまた考えるとするか。出撃の準備はどうなっている?」

「全て整っています。いつでも下知を下して結構です」

「では、行くとするか」

 グレースは幕舎を出た。外は快晴で風が少し吹いていて、グレースの髪がなびいた。




 王国軍は既に陣を構え、こちらの出方を窺っている様子だった。真ん中に、歩兵隊が大きく腰を据えた様に構え、左右に若干の歩兵とメインである騎馬隊が控えていた。それを見たグレースは同じような布陣を取った。歩兵隊はメルガレットが、左翼騎馬隊をクロノ、右翼騎馬隊をゾーカーがそれぞれ指揮を執る事になった。

 グレースは最後方で全体の指揮を執りつつ、直属の騎馬隊五百を率いて鎮座していた。いつもなら、魔獣兵を前線の一番前に置いて戦っていたメルガレットだが、今回は歩兵隊の中段あたりに置いて様子を見ている。

 王国軍側から太鼓が鳴らされて、真ん中の歩兵隊がこちらに前進してきた。こちらも歩兵が前進して敵とぶつかり始めた。

 その時、敵左翼側の騎馬隊がこちらに向かって走り出してきた。すぐに右翼のゾーカーがそちらの対応に向かって行った。そして、グレースは信じられない光景を見る。

 敵とぶつかったと同時に味方の騎馬兵が吹き飛ばされいる。

「なんだ、あれは?」

 グレースは思わず身を乗り出してそちらを注視した。飛ばされているのは、一人や二人ではない。五、六人の兵がまとめてなのだ。グレースは、その時収容所の超人的な力を持った兵のことを思い出した。



 竜二は自分を先頭にして、その後方左に聡、後方右に勝則を置いて三角形の形を作り、その後ろを、麾下の騎馬隊のうちの精鋭千を動かしている。

 完全な蜂矢の陣である。この騎馬隊の馬は、速さも耐久力もあるのを選んであった。

それこそ目標に向かう矢のごとく真っ直ぐに進んだ。それを見た敵右翼の騎馬隊がこちらにやってくる。

「勝ちゃん、聡。突っ込むぞ!」

 三人が敵の騎馬の間に入り込んで力の限り武器を振るった。敵兵が軽々と吹き飛ばされる、更に三人は、前方に走りながら、目に付く敵に対して次々と武器を振るった。後方から追ってくる麾下の騎馬は、竜二らによってバランスを崩した敵に対して攻撃している。

 竜二達は、敵の騎馬隊の中をどんどん進んでいき、その度に敵兵を吹き飛ばしている。完全に敵側は混乱していた。前方を見ると、敵騎馬隊の最後方が見えている。ここを抜けてしまえば目標までもうすぐだ。



 ゾーカーは自分の目を疑った。未だかつて麾下の騎馬隊がこんなにあっさりと崩されたことがあっただろうか。何故いきなり無謀にも突っ込んで来たのか分からなかったが、麾下の騎馬隊の中を猛然と突き進んで来る様子を見てようやく分かった。しかし、そんな無茶な作戦を実行するだろうか。主であるグレースでも、そんな作戦は考えないだろう。そう、敵はここを抜けてグレースの首を取りに行っているのだ。

 後方で指揮を執っていたゾーカーは部下の三騎を率いて、敵が抜け出てくるであろうことを予想して、更に後方二百メートルほど下がって待機した。恐らく先頭は指揮官だろう。指揮官の首を取ってしまえばその後ろの騎馬は烏合の衆である、何とかなるとゾーカーは思った。

 予想通り、馬群から先頭の三騎が抜け出てきた。そして、次々と敵の騎馬隊が抜け出てくる。

 ゾーカーは走り出した、敵の指揮官が右手を上げて何か合図を出している。すると後方から追ってきた騎馬隊が、百八十度向きを変えて、自分達の陣へ戻って行く。

 残された三騎は、更にスピードを上げて、そのままグレースの元へ向かっている。それをさせまいとゾーカーは彼らに近づいていく。

 その時、先頭を走る男の顔が見えた。あの時、主と酒を酌み交わした竜二とか言う男だった。 その男は、こちらに気付いて、左後ろにいる男に何か言っている。

 その後、左後ろの男は剣をしまい、弓を取り出してこちらに向かって構えた。その距離は百メートル、しかも馬上弓である。それなりに近づかないと当たる訳がない。

 ゾーカーは、スピードを落とさずにそのまま向かって行く。しかし、その男は矢を放ってきた、連続して四回だった。矢の音が聞こえて、次々と部下達が馬から落ちていく。それを見たゾーカーは、すぐに馬の背に当たるほど頭を下げると、その後、すぐに頭上で矢が通り過ぎる音が聞こえた。間一髪であった。ゾーカーは安堵して前を見た。が、目の前には、もう竜二が武器を構えていた。ゾーカーは瞬間的に剣を楯にして身を守る、そのすぐ後に衝撃が走り、ゾーカー宙に浮いていた。背中から地面に落ちてすぐに後ろを見ると、竜二達はそのままグレースの元に向かって行く。



 ゾーカーが馬から落とされるのを確認した。生きていればまた会えるだろうとグレースは思った。麾下の騎馬を出そうと思ったが、すでに近くまで迫っているので間に合わない。

 グレースは先頭の男を見た、竜二だった。

 やはりお前か、グレースがつぶやいた、そして笑っていた。竜二が剣を繰り出してきた、グレースは持っていた剣ではじき返す。その後ろから、すぐに体格の良い男が鉄棒でグレースの頭を叩く、グレースはのけぞってそれをかわした、そして竜二達はそのまま走り去った。



 一回きりの作戦だった。これが成功すれば、その後の戦いはかなり楽なものとなっただろう。 しかし敵の司令官は動ずることなく竜二達の攻撃をかわした。後ろを見ると追ってきてはいない、敵兵はグレースのもとに集まっている。

「惜しかったな、切り替えて行こう」

 竜二は、後ろの二人を見た、二人とも笑っていた。

「惜しかったですね、二回目の勝則さんの攻撃は当たると思ったんだけどな~」

 聡が苦笑いをして勝則を見ている。

「あれをよけるとか、半端じゃない反射神経だよ」

 勝則は若干悔しがっていた。

「これからは予定通り、勝ちゃんは歩兵の指揮を、聡は騎馬隊をたのむ」

 三人はすぐに自陣に向かった。



 敵の歩兵を攻撃していた。フロイスを先頭に、直属の騎馬隊五千を使い、ぶつかっては、離れるを繰り返し続けて敵の右翼側の歩兵隊は崩れだしてきた。そこを狙ってこちらの歩兵隊が攻撃をしている。

 その時敵右翼の騎馬隊がこちらに向かってきた。フロイスは、一旦、騎馬隊を後ろまで下がらさせて副官に陣形の変更をした。

 横二列の長蛇の陣で、横に広がっている敵騎馬隊に突っ込んで行く。すれ違いざまに数人の騎馬兵を突き落としている。そして反転し再び敵騎馬隊に向かって突っ込んだ。

 敵の陣形がすでに変わっている、同じように長蛇の陣で向かって来た。

 帝国騎馬隊の隊長クロノ・バリドリスが、先頭で走っている。フロイスは先頭の男を狙い横に振った。クロノも併せるようにフロイスに剣を繰り出す。

 すれ違った後に、お互いの左肩から血が噴き出した。

「もう一度やるぞ、広がれ」

 フロイスは再び反転を指示して、三騎一組になって、くっつきながら敵に向かっていく。これは、三対一になって確実に敵を一騎倒すための陣形である。

 敵とすれ違った後はかなりの騎馬兵を馬から落としていた。


 王国軍もなかなかやる。クロノは冷静に副官に次の指示を出した。後方で待機していた騎馬隊が動き出した。その騎馬隊は弓兵二千で構成されている。広がった敵の左側を少し離れ、すれ違いざまに弓を放つ三頭で固まって走っているので、矢は当たりやすかった。

 間髪入れずに、クロノの本隊が敵に突っ込んでいく。相当数の敵を倒すことに成功した。

 敵の騎馬隊も、控えていた騎馬隊を動かしてきた。クロノは、残りの騎馬兵を全て動かし敵にぶつかっていく。



 右翼では、フロイスの騎馬隊が乱戦模様になっている。左翼のこちらでは、あまり変化はなく、なるべく兵を動かさないようにライアルトは指示を出していた。こっちに勝則が単騎でやった来た。

「どうだった、グレースの首は取れたか?」

「駄目だった、上手くよけられたよ」

「そうか、兄貴とあんたが仕掛けて駄目だったとは、やはりグレースは、ただ者じゃねえな。それじゃ、歩兵は頼んだぜ」

 そう言ってライアルトは自分の騎馬隊に戻っていく。

「これから敵の歩兵に突っ込むぞ、着いてこいお前ら!」

 ライアルトを先頭に、敵歩兵隊に麾下の騎馬隊の中の二千を動かした。勢いよく、敵の歩兵に突っ込み、敵の歩兵団を断ち割る。

 騎馬隊は止まって戦うと、歩兵の絶好の的となるため動かしながら戦うのだ。ライアルトは、敵の一段目を抜けると、敵の二段目が向かってくる前に、すぐに左に向きを変えて離脱する。 歩兵の様子を見ると、こちら側の歩兵が、断ち割った中に入って攻撃していた。そのなかで敵の数人が宙に飛ばされているのが見えた。

「勝則の旦那か、えげつねえな」

 ライアルトはニヤリと口を横に広げた。

「混乱している今がチャンスだ。暴れろ!」

 勝則が武器を振り回して兵達に叱咤している。その間にも敵兵は次々と吹き飛ばされていく。

勝則が手にしている鉄棒は、彼専用に作った武器である。持ち手は細くなっているが、そこから段々と太くなっている。重さも、通常の人族では二人ががかりでないと持てない重量だ。そんな武器に当たれば、敵兵は即死となる。

「無理に押すな、徐々に下がるぞ」

 勝則は副官に指示をして部下達を下がらせた。



 思っていた以上に王国軍は戦っている、国境付近で戦ったトライアス・パーソンの時とは段違いである。と言うよりも、フロイスと竜二らが参戦している事が影響されているのは間違いなかった。しかし、こちらも左翼のクロノがフロイスと互角の戦いをしている。

 右翼では、先程の混乱が収まりつつあり、ようやく動かせる状態になった。

「無理して突っ込むなよ、時期が来るまで攻撃を流していけ」

 馬を取り替えているゾーカーにグレースは命じた。

 返事をせずにゾーカーは馬を自分の部隊に向けて走り出した。

「ふん、珍しく熱くなりおって。余程さっき馬から落とされたのが効いておるようだな」

 右翼の歩兵隊が敵によって崩されている、どうやら騎馬隊が崩すきっかけを作っているようだった。しかし、慌てる程の事は無く、グレースは特に指示を出さなかった。



 敵の歩兵隊と騎馬隊が、連携してこちらの歩兵隊を攻撃している。敵の歩兵隊の指揮官は、先ほどグレースに仕掛けた三人の中の一人だ。あまり積極的に攻撃に参加はせず指示に専念しているようだった。しかし、いざ攻撃に参加するととんでもない暴れ方をしている。そして、一緒に連携している騎馬隊の隊長は魔人族の者だ。

 この歩兵と騎馬隊には魔人族や獣人族、エルフの者までいる。どこかで見たことがあると思っていたが思い出せなかった。再び敵の騎馬隊が動き出した。

 ゾーカーは麾下を動かしてそちらに向かった。先頭の男に狙いをつけて走る、手で合図を出してゾーカーは鏑矢の陣形を作った。それを見た敵の陣形が素早く変わる、全体を密集させてむかってきている。

 まともに向かってぶつかるようだ、なかなか度胸があるとゾーカーは感心した。しかし、止まって戦うには危険な事がある。後ろにはあの鉄棒の男が控えているはずだ。

 ゾーカーは無理をせずに騎馬を右に方向転換した。後ろを見ると、敵の騎馬隊は、こちらについてこなかった。あくまでも歩兵との連携を重視しているのが分かった。

 中央の歩兵段は一進一退の攻防を繰り返しているので、今は牽制をするしかないとゾーカーは思った。



 戦いは膠着状態になり数時間が経った。敵と味方の騎馬隊は馬を休ませるために後方に下がっている。現在は歩兵同士の戦いになっていた。

 歩兵を消耗させないように、前列の者は時間を決めて後方に下がるように指示を出しているを繰り返させている。敵もどうやら同じ事をしている。

 右翼の歩兵がたびたび、敵の騎馬隊により簡単に断ち割られている。それでも、歩兵の損害を少なくするようにメルガレットは指示を出していた。

 前回の戦いまでは、自分の指示で連戦連勝であった。これならば、本国に帰った時の昇進は間違いなかった。だが、それも崩れてしまった。何としてもこの戦いで挽回しようとメルガレットは焦っていた。

「魔獣兵を出せ。前線に出して十分後に笛を吹け!」

 歩兵の後方に控えていた魔獣兵一万が、横並びになって前へ進み出した。



 中央の歩兵隊が急に慌ただしくなった。よく見ると歩兵が投げ飛ばされている。

 (きた!)全体の指揮をするために後方に下がっていたフロイスは、思わず立ち上がった。

「魔獣兵が来たぞ。調練通りやれよ」

 いつものように魔獣兵が味方の兵を圧倒している。歩兵の二段目から後ろの歩兵隊が、一段目を残して下がり始める。

 そして一段目の歩兵隊のみが魔獣兵の相手をしている。味方の歩兵は、今までのように無理をして魔獣兵に攻撃はさせていない。防御に徹して、徐々に下がらせている。それでも捕まった兵は投げ飛ばされているために損害はゼロではなかった。兵達は何とか耐えている。

「はやく、早く笛を吹け」

 フロイスは思わず声に出していた。そして、遂にその時はやって来た。

「ピィィィィィィィィ!」

 敵側から笛が鳴らされた。その音を合図に魔獣兵が咆哮を上げ暴れ出した。

「よし、全軍下がれ!」

 太鼓で下げる合図を出すと、一斉に全軍が後ろを向いて走り出した。

 先ほど、二段目以降の歩兵隊が先に下がっているので、充分なスペースを持って走ることができる。魔獣兵は狂ったように味方の歩兵の後を追っている。

 あらかじめ、足の速い者を選んであった一段目にいる歩兵は、装備を一切捨てて走り出している。そして、魔獣兵との距離が徐々に離れていく、その後ろの魔人族軍も勢いにのって後を追って来た。距離にして五百メートルほど下がってからフロイスは全体を止めた。

 前線の敵との距離は八十メートルほど離れている、敵が目標に来るまでにもうすぐだ。目標付近いる兵達を見た、しっかりと準備が出来ている。

「今だやれ!」

 一斉に兵達が地中から出ているロープを引っ張り出す。地中から先の尖った丸太が姿を現した。一本ずつ横一列に、五百メートルに渡って飛び出した丸太は追って来た魔獣兵の体を貫いた。



 中央の歩兵隊の中から、魔獣兵が出てきたのが見えた。

 両陣営の騎馬隊が下がっているので、この作戦は有効だろうとグレースは思った。敵の歩兵隊が必死になって戦っているのが見てとれる。しかし、その後すぐに魔獣兵を覚醒させる笛が鳴らされる。まだ早いとグレースは思った。そして敵兵が一斉に後方に下がり始めている。

嫌な予感がした。敵が何か仕掛けてくる感じがしてならない。

「全軍止まるように合図をしろ」

 合図のドラを鳴らしたが、敵が引いていると思っている歩兵隊は勢いがついていて全く止まる様子がなかった。

 グレースは馬に乗り、麾下の騎馬隊を引き連れて前線に向かった。

「ゾーカー、これは罠だ。お前も来い!」

 途中でゾーカーを伴い、全力で走った。敵を追いかけている歩兵隊を追い越してようやく前線が見えてきた。

 グレースは愕然とした。地中から木製の杭らしき物が飛び出して魔獣兵を突き刺している。

 身動きが出来ない魔獣兵に、敵の歩兵隊が遠慮無く攻撃を仕掛けている。更に、その後ろの歩兵隊が、魔獣兵によって動きが止まってしまっている。前の状況が分からない歩兵隊は、次々と押し寄せてきて、先頭の方にいる者を押しつぶし始めていた。動きのとれない歩兵は次々と敵兵に倒されて行く。

「右から敵の左翼を叩き、味方を援護するぞ」

 ゾーカーにそう叫び、大きく右へ回り込み、グレースを先頭に敵左翼に襲いかかった。

すると右からライアルトの騎馬隊が突っ込んできた。

 ライアルトは、グレースに肉薄して剣を繰り出す、グレースは騎馬を左に方向転換してこれを回避する。グレースの騎馬隊はライアルトの騎馬隊と併走する形になっていた。兵達は走りながら剣を繰り出していた。すぐ後ろにいたゾーカーは、ライアルトと打ち合っている。

これでは埒が明かない、一旦下がることをグレースは決めた。

 その時だった。左から竜二が、物凄い勢いでグレースに向かって真っ直ぐ突っ込んできた。

竜二が刀を上から叩きつける、グレースは左手で剣を持ち、それを受けるが剣が切られてしまう。そのまま竜二の刀がグレースの頭に叩きつけられた。しかし、体を反らして、かろうじてかわすも左胸から腿に掛けて切られてしまった。

 ここまでか。グレースは覚悟を決めた。しかし前方から味方の騎馬隊が向かって来た。

クロノの隊だった。左にいた竜二は、それを確認すると左にそれてグレースから離れた。

「グレース様、ご無事ですか?」

 クロノは馬をグレースの横につけて併走している。

「少しやられたが、たいした傷ではない」

「完全にしてやられましたな」

「ああ、ここはひとまず撤退する。合図を出せ」

 魔人族軍から撤退のドラが鳴らされた。

「クロノ、お前の隊を貸せ」

「どうされるおつもりですか?」

「撤退している我が軍の中に入り、逆走して敵の歩兵隊の隊長をやる。お前は、私らの周りを走って誰も入れるな」

「かしこまりました」

「ゾーカーは撤退の指揮を執れ。私が戻ってこなくてもこちらには来るな」

 グレースは後ろを見た。ゾーカーは頷いてグレース達を追い抜いていった。

 グレースは、馬首を右に変え撤退中の自軍の中に入っていった。いきなり目の前に騎馬隊が現れたので、馬に吹き飛ばされれる兵がかなりいた。

 しばらく味方の中を走っていたが、徐々に敵の姿がパラパラと現れて、百メートルほど進むと、完全に敵の中を走っていた。

 こっちも先程と同じく、突然現れた騎馬隊に驚いて敵兵がよけている。徐々に敵左翼の方に向きを変えていく。

「クロノ、例の隊長のそばには、魔人族の指揮官ががくっついている。先に行って引き剥がしてこい」

クロノは部下を数騎引き連れて先に向かっていく。少しずつ、すれ違う敵の数が減ってきて、百メートルほど進むと完全に抜けた。

 例の男がいた。クロノを魔人族の男と一緒に追いかけている。グレースは、馬のスピードを上げてもう一本の剣を取り出した。

 グングンとスピードがのり、あっという間に男の近くに来た。ようやく、こちらに気がついて男はグレースを見た。

 グレースは男の首を狙って剣を振った。剣に衝撃が走る、グレースは馬のスピードを弱めて馬の向きを反転させた。

 男は馬から落とされていた。頭からは血が流れている、とっさによけたようだ。

 グレースも馬から下りる。周りは、部下達の騎馬隊が、グレースと男を中心に円を作るように走っている。

 グレースが、突然走り出して男に向けて剣を振り下ろす。男はそれをはじき返す、今まで感じたことがない力で返されたグレースの片手は上を向いていた。男はそれを見逃さずに鉄棒を返す手でグレースの右胴を打った。

 グレースは後ろに下がってそれをかわす。

 とんでもない圧力だった。男の一発、一発が、触れただけでも飛ばされそうな音がする。こんな敵と対峙するのは初めてだった。右のこめかみの辺りから一筋の汗が流れる。しかし、グレースは笑っていた。男もかすかだが笑っているようだ。

 二人同時に動き出した、グレースは左から剣を振る。男は、それをはじき返して、すぐに鉄棒を上からグレースの頭めがけて叩きつける。

 グレースは状態を反らしてそれをかわす、外れた鉄棒が地面に叩きつけられて地面が爆発したように土が吹き飛ぶ。グレースはその中に入って男に剣を突き出す、男はかろうじて横を向いてよけるが、剣先が触れて胸を少し引き裂かれた。

 男は、そのままくるりと回ってグレースの頭を狙った。グレースは、かろうじて頭を動かすも左のこめかみの辺りを鉄棒がこすった。

 次々とグレースは剣を繰り出す、男もはじき返してはグレースに攻撃を仕掛ける。

 二人の繰り出す攻撃の速さで、周りは、誰一人も近づけなくっている。互角に思える戦いに見えるが、徐々にグレースの剣が男に傷を負わしている。

 男が後ろに下がった、グレースは見逃さずに前に出て剣を横に振った。男の胸に剣が走り、血が噴き出した。



 竜二はグレースを探していた、敵が撤退している中を探してみたが見失ってしまっていた。一旦、馬を反転させて、麾下と共に自陣に向かって走らせた。正面から凄い速さで聡がやって来た。

「竜二さん、勝則さんがグレースと戦っているんだ。近づきたくても敵の騎馬隊が邪魔をして中に入れない」

 うかつだった。グレースは、あの後すぐに反転して、撤退している自軍に紛れて逆走していたのだ。竜二は判断を誤った自分を呪った。

 自軍の近くまで来ると、敵の騎馬隊がグルグルと回っていた。よく見ると、その中心部にグレースと勝則が一対一で戦っている。

 勝則は胸の辺りから大量の血を流している。

 竜二は馬を二人の方に突っ込むが、聡の言った通り、敵の馬群に邪魔をされて中には入れない。

「勝ちゃん!」

 竜二は声に出していた。

「聡、弓で狙えないか?」

「もっと高い所からじゃないと無理だよ!

 聡も焦っていて、声が大きくなっていた。このままでは勝則は殺されてしまう、見ると勝則は膝を突いていた。

「クソォォォ!」

 竜二の焦りが頂点に達していたその時だった。


(・・・友を救いたいか?)

 竜二の心に誰かが語りかけてきた。

(・・・友を救いたいか?)

 もう一度語りかけてきた。

「救いたい、何とかしてくれ!」

 竜二は叫んでいた。

(・・・よかろう、おぬしに力をくれてやろう)

 そして、竜二の持っていた刀から、炎が吹き出してきた。

 竜二は勝則のいる方へ再び駆けて、剣を横に振った。



 二人の戦いが終わろうとしていた。

 グレースの剣は、たびたび勝則の体を引き裂いていた。遂に勝則が息を切らして膝を突いた。

「間違い無く、おぬしは今までで最大の相手だった。そんな相手と戦えて私は幸せだ。礼を言うぞ。・・・静かに眠れ」

 グレースは剣を頭上に上げた。空は夕焼けで赤く染まっていた。

 勝則の首をめがけて振り下ろそうとした瞬間、グレースの背中がゾクリとした。手を上げたまま、思わず首を横に向けて後ろを見た。

 自分を囲んでいた騎馬隊が、炎に包まれている。グレースは思わず振り向いて目を大きく開いていた。まだ残っている味方の騎馬が、突然馬ごと体が真っ二つに分かれ、そこから炎が上がった。

 炎の中から騎馬が一騎走り込んできた。

 竜二だった。

 竜二は物凄い勢いでこちらに向かってくる。そして、持っていた刀を横に振った。

 刀から剣風が炎となってグレースに向かって襲いかかる。グレースが、剣を楯にして構える、物凄い衝撃が剣に伝わってきた。

 炎は、剣をすり抜けてグレースの胸の辺りにぶつかった。その衝撃に、グレースは後ろに吹き飛ばされる、胸の辺りからは炎が上がっていた。

 すぐに起き上がって態勢を立て直そうとしたが、竜二が刀を構えてこちらにやって来ていた。 切られる、グレースはそう思って竜二を見ていた。

 横から突然、馬に乗ったゾーカーとクロノが現れて、グレースの前に飛び出してきた。

竜二は、そのまま刀を振り下ろして、ゾーカーを切った。クロノは壁となったゾーカーの後ろを走り、グレースを抱えて走り去って行った。

 グレースは抱えられたまま前を見ていた、ゾーカーは体から炎を噴きだして馬から仰向になって落ちていった。

「放せクロノ!、ゾーカーを救いに行くぞ!」

「なりません。ゾーカーの死を無駄になされるおつもりですか。彼は立派に仕事をしました」

クロノはガッシリとグレースを抱えて走り去って行った。


 フロイスは馬を走らせて、勝則のいる場所まで一気に向かった。そこには人だかりが出来ている。言いようのない不安をフロイスは覚えた。人だかりをかき分けて進むと、勝則はライアルトに抱えられていた。

「しっかりしてくれよ勝則の兄貴!」

「やっと、兄者と言いやがった。遅いんだよライアルトは」

勝則は、全身血だらけで、そこかしこに刃傷が見られた。特に胸の傷が深そうだった。しかし、意識はハッキリしていて、何とか命はつなげたようだ。

「勝則はどうなんだ?」

 側にいる竜二に声を掛けた。

「何とか間に合ったよ。この傷では暫くは戦えんな、ライアルトに歩兵の指揮も任せようと思うが、どうだ?」

「それで良いと思う、元々陰狼のメンバーだしな、ライアルトが適任だろう。この魔人族の兵士は?」

 フロイスは側で倒れているゾーカーを見た。

「グレースの副官だ。体を張って主を守ったよ、見事なもんだった」

「そうか、丁重に葬ってやろう」

「まだ戦は続いているんだ、このまま一気に押していくぞ、フロイス」

「分かった。みんな行くぞ!」

 フロイスは再び馬に乗り、走らせようとしたときだった。

 竜二が、突然前のめりで倒れた。

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