奪還
空気の塊が全身にぶつかってくる。長い髪は、踊るように後ろに流されていく。
グレースは、馬を疾駆させている時が一番好きだった。
走らせている馬は、帝国から自ら乗ってきた、自分の愛馬だ。帝国は、大陸最大の馬の産地である。その中から選りすぐりの個体を献上させ、仔馬の頃から自分で調教してきた。 速さは帝国一で、国内の、どの速いと言われる馬と競っても負けた事が無かった。グレースは、副官のゾーカーを伴って、占領支配地域の巡察を行っていたが、それも終わり、旧王都シルバーマウンテンが見える所まで来ていた。
今のところ、占領下の政策は、概ね上手くいっていると考えてよかった。部下に徹底して調べさせているが、民の反乱を起こす様子も無く、ただ淡々と毎日を過ごしているようだ。ただ、魔人族の下で働かしている人族の下級役人の汚職が多かった。これに対しては、断固たる厳しい態度で、汚職をした全員を捕らえた。特に重罪となった者は首をはねて、これを町に晒した。これには、民からの評判が良かった。今まで民に対して、重税を課していなかったが、これからは、贅沢をできず、しかし、ひもじくも無く、のギリギリの増税をしようと考えていた。
これは、対獣人族との戦争が、かなり激化していて、本国から物資などの要請がきているからだ。帝国は、大陸の一番北に位置し、農作物の収穫が他国と比べて少ない。もうすぐ、王国領は、収穫の時期なので、かなりの量の物資を送る事ができる。
この間の戦闘で勝利をして、現在の魔人族軍は、更に南下して、ダガンの町を攻略する構えを見せている。しかし、それをさせまいと王国軍が再び集結して町から北へ十キロ程のところで待ち構えているようだ。集まっている敵の軍は、寄せ集めの烏合の衆だ。次の戦いではあっさりと勝利するだろう。
無事到着し、町の中に入る。町には、王族のみ、通る事ができる道があり、人目に付かずにグレースは自分の執務室へ戻った。三日ほど、巡察のために執務を空けていたたために、机の上には決裁のための書類が積んであった。
先日に、本国から文官が大量に派遣されて来たため、グレースの執務もようやく楽になってきている。いつものように、足を机にのせ、書類に目を通し始めた。
今や、王国領最大の関心事は、戦ではなくなってきている。完全占領は、時間の問題であり、これからは内政問題が中心となるだろう。
「ゾーカー、税収関係と都市警備の話をしたい。担当官を呼べ」
「かしこまりました、呼んで参ります」
副官のゾーカーは、普段はしれっとした表情と態度をしているが、いざ戦闘となるとグレースも一目置く戦闘力を持っている。戦場では視野を広くもっていて、隙をみつければ電光石火で敵陣に突っ込み痛撃を与える、グレースの右腕である。ただ、事務的な仕事となると、副官の仕事は膨大であるため、面倒くさい案件は、全てグレースに丸投げして、本人はしれっと角磨きをしている。更に、グレースの逆鱗に触れても平気でいられるのは帝国内で彼だけであろう。
やがて二人の行政官が執務室に入り、グレースの前に来た。
「まず、全占領下の増税をしようと考えている、民を生かさず殺さず、の状態で不満が出るギリギリ状態にしたい。どういった物を増税でき、どれ位の税収を見込めるか調査しろ」
「対象物はどんな物でもよろしいですか?」
「構わん、赤子のミルクから墓石まで全てを対象にしろ」
「かしこまりました」
税収の担当官は頭を下げた。
「次に、全占領地の警備の話だが、反乱の芽は今のところないようだな」
「はい、民衆に対して無理に縛り付けていないのが良かったと思っております。ただし人族同士の盗みや殺人は、毎日のごとく起きておりますが」
「その辺はどうでもいい、ただし、魔人兵士から住民への虐殺行為は消して許すなよ」
「かしこまりました。厳重に監視をしていきたいと思います」
「それとな、一つお前に頼みたい事がある。反乱が起きやすいようにしてもらいたいのだが」
「それは、一体どういったことでございましょうか?」
警備隊長が怪訝な表情で聞いてきた。
「人族の何人かをスパイに仕立てて、各都市に送り込み、それとなく煽ってもらいたい。そうやって煽って、行動を起こしてきた奴らを捕まえてもらいたいのだ」
「なるほど、そういうわけでございますか」
「あまりにも人族がおとなしいものでな。逆に疑いたくなる。もしかしたら、陰で動いている組織があるかもしれん」
「早速、組織を作り、実行に移します」
グレースは話は終わりだと言う意味で、手を払って二人を退出させた。それと同時に一人の男が部屋に入ってきた。
「グレース様、失礼します。昨日到着しましてね、ご挨拶に参りました」
「クロノか、よく来たな、と言いたいところだが、どうやら我らの出る出番は無さそうだぞ。折角来たところだが帰ってもいいぞ」
彼はの名はクロノ・バリドリス。ゾーカーと並んで、グレースの双翼と呼ばれるほどの将軍である。
「ハハハハ、私も折角来たので観光でもいたしませんと、帰れませんな。それにしても、連戦連勝のようで何よりです」
「うむ。勢いに任せて間髪入れず、この王都を落としたのが良かったのかもしれん。王をはじめとして主要な人材の対処は早くできたからな」
「人族の戦闘能力はいかかですか?」
「集団戦においては、注目するところはある、中には突出したやつもいるしな、今回のように 奇襲で攻め込まなかったら、今もまだ国境で争っていたかもな」
「それ程ですか。それでは、この後の、他の種族との対戦でも使えますか」
「ああ、歩兵で使えるかもしれんな。どっちにしろ、反乱軍として化けられてもめんどくさいからな、連れては行くだろうよ」
その時、一人の兵がゾーカーに近寄り、書類を提出した。それを見たゾーカーがすぐにグレースの元に来た。
「グレース様、ご報告が」
「どうした?」
「前線の偵察強襲部隊一個中隊が、西へ向かったまま戻らなくなった模様です」
「西だと? 地図を持ってこい」
そ う言って従者に持ってこさせて地図を広げた。
「西というとアレズか。・・・・いや、一個中隊で攻めれる町では無いな、とするとリナトか」
「恐らく、リナトでしょう。情報では駐屯兵の数は多くはないとの話でしたので、突いてみたら思わぬ反撃を喰らったと言う事でしょう」
ゾーカーが顎に手を当ててグレースを見た。
「かなりの数の兵がいたと言う事ですかな」
クロノも地図を見て話に参加した。
「おそらくな。我が軍が、東と西の、二方面での進撃となった場合の、南西の前線になるからな。密かに置いていたのだろう」
「敵が、いまだに脅威となる戦力を持っているとなると、こちらの作戦も考えなくてはなりませんね」
敵に、まだそれだけの戦力が残っているとは、軽い驚きがあった。一体どこから来たのか、最南端のトラントか、それとも西のオルタからか。どっちにしても、急いで西に攻め込む必要はない。
「前線の指揮官に、無理に西には攻め込まぬ様に通達しておけ」
「かしこまりました、直ちに通達いたします」
ゾーカーは、先程の兵に声を掛けに行った。
「では、私はこれで失礼したしますかな」
「うむ、一応、兵の調練はしておけよ」
「かしこまりました、では失礼いたします」
慇懃に頭を下げて、クロノが退出した。少し嫌な予感はしたが、すぐにそれを打ち消してグレースは執務に戻った。
サンレーの町はリナトと比べても、かなり大きな町だった。町を囲むように、石で積まれた外壁が立っており、とても頑丈そうだ。町の駐留軍は、ダガンの攻略ために出払っていた。
竜二ら三人は、朝の開門前から並んでいた。門自体もかなり大きく、七、八メートルほどの高さで、両開きの仕組みになっている。荷馬車の様な、大荷物を運んでいる者には中身のチェックは念入りに行っていたが、手荷物くらいの持ち物は、関心を持たずに素通りできた。占領地であるために、町の至る所に魔人兵が監視のために立っている。そのせいか、この町の住人は、どこか落ち着きがないようにに感じる。竜二達は、入ってすぐの広場にある、食べ物を扱っている屋台で朝食をとっていた。
「あそこが、外壁に上がれる階段だな」
門の右横、五メートル程の所にある階段を見て竜二は言った。
「聡はあの上で頼むな」
「やっぱり十メートルって結構高いですね」
「確か、マンションの四階ぐらいの高さぐらいだな」
「あの高さからなら、弓も狙いやすいですね」
「うん、状況によっては、下で戦ってもらうかもしれないから、よろしくな」
「分かりました。そこは臨機応変にやっていきますよ」
「じゃ、行くか」
三人は食事を終えて、屋台を後にして町の中心部へ足を向けた。この町には北門と南門の二つがあるが、北門は一般人の出入りは禁じられており、南門のみ通行を許されている。
町は、円形で。道が中心から放射線状に伸びている。メインストリートは中心から東西南北になっていて四つのブロックに分かれている。
北西エリアは、警備隊や役所などの政事が行われている場所で、北東エリアは居住地。南西エリアは店舗や市場がある商業地で、最後の南東エリアは鍛冶場や特産品を作る工業エリアになっているが、その一部は敵部隊の駐屯地になっていた。
どこを歩いても人で賑わっている。三人は一旦、中心部まで歩き、勝則と聡は商業エリアにある、隠密隊のアジトへ、竜二は居住地エリアへと二つに分かれた。道幅は、割と狭く、荷馬車が一台通れる程度だ。建物も漆喰で作られていて、三階建ての建物が並んでいる。窓には、洗濯物やシーツが干されていて生活感がにじみ出ていた。
道は網の目のようになっていてやや、複雑だ。バルドの情報だと、メインストリートを東へ歩き、一番奥の所に王女が幽閉されている、元大商人の館があると言う事だったので竜二はメインストリートを歩いたが、途中で魔人兵が並んで立っており、それ以上は進めなかった。脇道へ入って近づこうとしてみたが、恐らく館の塀であろう、高い壁にぶつかってしまい進めなかった。仕方なく、竜二は町の中心へ引き返した。
商業エリアに入ると景色はガラッと変わる。色々な商店が並び、人の数もここが一番多い。中心部から、メインストリートを西に歩くと道沿いに、レストランがあり。竜二は店に入った。店の中は、十五ほどの四角い、四人掛けのテーブルがあり、キッチンの前には十人掛けのカウンター席があった。客の数は、十人ほどでバラバラに座って食事をとっている。竜二は、キッチンにいる男に目線を送り、指で階段を指す。男は軽くうなずいた。奥にある階段を降りるとドアがあり、扉を開けた。部屋の中は十人掛けの大きな丸いテーブルがあり、勝則と聡、そしてバルドと三人の見知らぬ男が座っていた。
「どうだった?」
勝則は竜二に声を掛けた。
「メインストリートで居住地エリアを歩くと、途中で兵士がいて奥まで行けないな」
「そうか、バルドさんが言った通りか」
勝則はバルドに目を向けた。
「準備はできている。後は夜になるのを待つだけだ。俺の部下達も徐々に上の店に集まってきている」
深夜になった。竜二達は階段を上がり、店のフロアに立った。バルドの部下達がすでに集結している、皆押し黙っていた。
竜二は黙って店を出る、それに勝則と聡が続いた。外は、二つの月明かりで照らされているので視界は十分だ。メインストリートは通らずに路地に入り、東へと進んだ。途中で半分の人数が分かれて、南の門へ進む。竜二達「王女救出組」は路地裏からメインストリートの様子を見た。朝に見た通り、魔人兵五名が横並びで道を封鎖している、距離にして約十メートル。
竜二は勝則と聡に目で合図し、二人は頷いた。まず、勝則が通りに出て、全速力で魔人兵に襲いかかる。その後、すぐに竜二と聡が通りに出て弓を魔人兵に撃った。鋭い風斬り音を出しながら、勝則の横を矢が通り過ぎて前にいる二人の魔人兵の胸に突き刺さる。撃たれた仲間と、向かってくる勝則を見て、魔人兵は一瞬固まってしまい、反応が遅れてしまった。両手メイスを持った勝則は、容赦なく残りの三人を吹き飛ばして倒した。それが合図となって残りの隠密隊のメンバーが走り出す。一気に通りの奥へ走り、大商人の館まで来た。
館周辺は魔人兵が数人立っている。聡と隠密隊のメンバーが次々と襲いかかった。その間を竜二、勝則、聡が通り抜けて館の中に入った。中に入ると、大きなフロアになっていて、中央には二階にあがる階段がある。竜二と勝則は階段を上がる。
騒ぎを聞きつけてきた魔人兵が降りてきて、先頭で上がってきた竜二に剣を振り下ろしてきた。左手に持っていた剣でそれを受けて、右手で腰に差していた短刀を取り出して魔人兵の胸に突き刺し倒した。後ろにいた勝則は、すぐさま竜二の横を抜けて、階段の上がった所にいる敵三名にメイスを振い吹き飛ばした。二階は左右、前方と三つの廊下に分かれていて、それぞれの方から敵兵が賭けてくる。
「勝っちゃんは右、聡は左を頼む」
三人は分れて、それぞれの敵に対応する。竜二は、三人並んで向かってくる敵の、真ん中の兵の眉間に短剣を投げつけ、一人目を倒す。隙間ができた二人の敵兵の間を素早く通り、すれ違いざま剣を振るった。敵兵は体が二つに分かれて床に崩れ落ちた。
前を見ると扉があった。すぐに扉に近づきドアノブを回すが、鍵が掛かっているようで扉が開かない。持っていた剣の柄頭でノブをたたき壊してドアを開けた。
部屋の中は三十畳程の大きな部屋で、奥にあるソファーの側で、人族の若い女性二人が驚いた様子でこちらを見ている。一人は銀髪を肩に触れるくらいのボブヘアーで、十八、十九歳ぐらいの女性で、怯えた様子でソファーに座っている。もう一人は、腰まで伸び、オレンジがかった茶色の髪、年齢は同じくらいで、銀髪の女性を守るように立ち塞がって竜二を睨んでいる。恐らく侍女であろう。
「ミエリ王女ですね、救出に来ました。無作法で悪いが急いでいるので勘弁してほしい」
そう言って竜二は銀髪の女性の手を取り、出口に向かって歩き出した。
「え? あ、あの・・・」
竜二に引っ張られながら何か言おうとしている。、
「やりましたね王女殿下。急いで行きましょう」
救出に来た事が分かり、にこやかな表情で王女の背中を押し、侍女が後に続いた。
部屋を出て廊下を歩き出した。
「勝ちゃん、聡。王女はこっちだ!」
先程の分れた左右の廊下から、二人が姿を現して竜二ら三人の後ろに付き、一緒に歩く。館の中は、勝則と聡のおかげで、敵兵が重なるように倒れていた。隠密隊のメンバー数人が、館の中にも入ってきていて、敵兵と戦っている。その中をすり抜けて外へ出ると、いまだ外では戦闘が続いていた。
王女らの姿を見つけた敵兵五人ほどが、こちらに向かって来たが、後ろにいた勝則がスッと前に出てきてそれらを吹き飛ばした。一瞬、何が起きたのか分からず唖然とした表情で、王女達は見ていた。
「よし、行こう」
勝則が先頭になり竜二達に言った。南東エリアを通れば、近道になるのだが、敵兵に出会う確率が高くなるので、一旦中央に戻り、それから南下した。二手に分れた隊が、予定通り、町の監視役の兵を倒しているため所々に死体が転がっている。前を見ても敵らしき姿は見えない、作戦は上手くいっている。
南門の近くまで来た時、門の前で戦闘が行われていた。館から王女が逃げた情報が入っていたらしく、すでに三十人ほどの敵兵が来て、味方の隠密隊のメンバーと戦闘を繰り広げている。
計画では、門を開けておく手筈だったのだが、多くの敵兵が来ているために、門は閉められたままだ。
「階段を確保するぞ」
そう言って竜二が、門の左側の階段の下で戦闘している敵兵に向かって駆けだす。次々と一刀のもとに敵兵が倒れていく。竜二達に気がついた味方が、こちらに集まってきて、階段の下で円状にかたまり、敵に上がらせないようにした。
「聡、頼むぞ」
竜二がそう言うと、聡は王女達を連れて階段を登り、城壁の一番上まで上がった。
「ちょっと、待ってくださいね」
聡は弓を背中から取り外して、敵に向かって撃ち始めた。下では敵兵が必死に階段を上がろうとしているが、上からの弓の攻撃で一旦下がりはじめる。それを狙って、竜二と勝則が素早く前に出て敵を数人倒していく。あまりの二人の強さに、更に敵が引いていく、二人を襲ってくる敵兵が一人もいなくなり、対峙したまま膠着状態になった。
「ここは俺に任せろ。勝ちゃんはうえに上がって、王女達を抱えて下に飛び降りてくれ」
「了解、頼んだよ」
勝則は、階段下の味方の円陣の中に入り、階段を上がって聡の側に来た。
「ここから、飛び降りろってさ」
「やっぱし。それしか方法はないですもんねー。って事で、怖かったら目を瞑っててくださいね」
そう言って聡は王女を抱え、勝則は侍女を抱えた。
「え? なに、なに、なに? もしかしてここから!」
侍女が慌てて言ったが・・・
「いやぁぁぁぁぁ!」
大きな悲鳴と共に二人は飛び降りた。ドスンと大きな着地音を出しながらも見事に着地した。 下に降りると、数名の味方兵が馬に乗ってこちらに来る。
「このまま馬に乗って彼らと一緒に行ってください」
勝則はそう言って、抱えたまま馬の背に乗せた。
「あの、あなたたちは?」
銀髪の王女がオロオロしながら訪ねた。
「僕たちは残って戦いますんで。また後で会いましょう。じゃ、お願いしますね」
聡がそう言うと、馬に乗っている兵が一礼して駆けて行った。
「また会いましょうって、この状況で生きて帰れるかな~。勝則さん、どうやって中に入りましょうかね?」
聡は勝則に聞いた。
「・・・そうだな」
勝則はそう言って門の方向に振り返った。
「でかい声だな、あの侍女さん」
大きな悲鳴を聞いた竜二は、思わず剣を構えたまま笑ってしまった。王女達が、外壁から飛び降りた事に気がついた敵兵が一人で竜二に向かって来た。
素早く竜二は前に出て敵兵を剣で突いた。ドサリと敵兵は仰向けに倒れる、続いて二人が竜二に襲いかかる。敵の攻撃をスッと下がってかわし、すぐさま右から剣を振るい二人を一刀した。敵の首が胴から離れて、血を噴き出しながら地面に落ちる。
「化け物だ・・・」
ろで見ていたバルドが思わずつぶやいた。軍に入り、色々な強者を見てきたが、それでもこれほど強い人間を見た事が無かった。我が軍最強の戦士である、フロイス・ハインツ将軍をも凌駕する強さだ。この異世界から来た三人が、敵でなくて本当によかったと心からバルドはそう思った。
「バルドさん、いるかい?」
「ここに!」
「部下達を引き連れて、外壁の上からロープを伝って逃げろ」
「でも、竜二殿は?」
「俺は最後でいい、急げ!」
それを聞いた敵兵が一斉に襲ってきた。さすがに全員とは戦えないので、竜二は階段の下まで下がり、味方全員で敵を抑える、再び全体での戦闘になった。一人ずつ味方が、階段を上がり、ロープを伝って降りていく。少しずつ階段の下では味方が少なくなってきた。
「さすがにこれはキツいかな」
竜二がそう言ったその時だった。
ドーンと言う大きな音が門の向こうから聞こえてきた。皆、その音に気を取られて目線を門に送った。そしてまた、二回ほど聞こえる。更にドガーンと大きな音が聞こえて、大きな門が外から開かれた。そこには、勝則がメイスを肩に乗せて立っていた。
「マジかよ、勝ちゃんがやったのか!」
竜二は思わず苦笑いをした。勝則と聡がこちらに突っ込んで来て、敵の五人ほどを吹き飛ばした。二人の攻撃で敵に動揺が走った。それを見た竜二が敵の頭上を越えて飛び上がり、敵の中に入る。くるりと回転し、周りの敵を倒した。それをきっかけに、遂に敵が散り散りに敗走し始める。
「よし、出るぞ!」
竜二が、大声で全員に言って外に出た。
「竜二殿、こっちへ!」
バルドが馬を引いてやって来た、すぐさま馬の背に飛び乗る。馬の操縦ができない勝則と聡も、後ろに乗せてもらっている。
「すぐに出発!」
バルドが命じると、全員一斉に馬を走らせた。後ろを見たが、敵は追っては来ないようだ、門は開かれたままになっている。竜二達は、収容所の解放組との合流地点に向かって駆けた。
現在、解放組は、収容所から西へ二十キロの所にある森の中に潜んでいた。竜二達、王女救出組も、たった今、森に入り、合流を果たした。馬を下りてその場に腰をおろし、もらった水を一気に飲み干した。
「さすがに疲れたね、竜ちゃん」
「ああ、あの緊張した中にいたからな。何とか王女も救出できたし上手くいって良かったよ。聡は大丈夫か?」
「僕は平気ですよ。それより、よく生きてあの町を出れましたよね」
「勝ちゃんが、門をこじ開けてくれなかったら、やばかったよ。それにしてもよくあんなことを考えたよな、普通はやらんぞ」
「あの時は必死でさ、無我夢中で叩いてたら開いちゃった」
「さすがに、敵兵もあれにはびびって一瞬動きが止まったからな~」
三人が声を抑え、ひっくり返って笑った。
「竜二殿、ちょっといいかな?」
「バルドさんか、どうしたんだい?」
「王女が、是非、皆にお礼を言いたいとおっしゃられてるんだ、来てもらえるかな」
「分かった。じゃ、行こうか」
三人は立ち上がり、バルドを先頭に歩き出した。森の中は静まりかえっていて、聞こえるのは虫の声が聞こえる程度だ。夜明けまで三時間ほどであるが、兵士達は、眠らずに押し黙っている。前方に幕舎が張られていてその中に入った。
王女と侍女が立って三人を迎えた。
「ミエリ様、お連れしました」
そう言って、侍女と思われる女性の前にひざまずいた。
「へ?」
「あれ?竜ちゃん、この人、侍女さんじゃないの?」
「もう! やっぱり勘違いしてる。王女があんなこと言うからですよ」
「フフフフ。だって、あの時のマリーの慌てた顔が面白くて、つい、言ってしまったのよ。先程はお救い頂きまして、ありがとうございます。私がミエリ・パーソンです」
そう言って、胸に手を当て三人にお辞儀をし、釣られたように三人もお辞儀を返した。
「それにしても、あなたが王女だったとは。・・・勘違いをして申し訳ない」
「やめてください、竜二殿。私が悪ふざけをしたのが悪いのですわ」
「私からも、言わせてください。王女をお救いいただきありがとうございます」
「彼女はマリー・アース。私が十歳の頃から侍従をしてくれてます」
「分かりました、でも、お救いできて本当によかった」
「あなた方はとてもお強いのですね、私も剣を少々使いますが、あの様に敵が飛ばされるのは見た事がありません」
「この方々は特別です。ですから王女をお救いできたのです」
「これからも、一緒に戦っていただけるのですか竜二殿?」
「もちろん、そのつもりですよ」
「よかった。あなた方が参加してくだされば心強いですね」
ミエリとマリーは手を取り合って喜んだ。
「王女はこれからどうされるんだ、バルドさん」
「護衛を付け、王子の元へお連れしてもよかったのだが、それでは人数が少ないので敵の部隊に見つかったら危険だと判断して、このまま我々と共に行動していただく事にしたんだ」
「そうだな、そっちの方が危険が少ないと思う」
「では、決行の時刻までゆっくりとしててくれ」
「そうさせてもらうよ」
挨拶を済ませて竜二達は幕舎を後にした。
「茶目っ気のある王女さんだったね、竜ちゃん」
「全くだな、すっかりだまされたよ」
「二人とも綺麗だったな~」
「おい、聡。マリーさんには手をだすなよ」
「あれ? 結構マリーさんのこと気に入っちゃいました勝則さん」
「・・・・・・・・・・う、・・うん」
「おお~。勝ちゃんに春が来るか?」
「やめてよ~、作戦前なのに、緊張感なさ過ぎだよ」
「ハハハハ、分かりましたよ、この話は後でしましょうね」
シーンとした森の中に三人の笑い声がこだました。それに気づいた竜二があわてて人差し指を口に当てて二人を促す。それに気がついた勝則と聡も口に手を当てて、笑いをこらえた。所定の位置に戻り、三人は腰をおろした。
「じゃ、俺は時間まで寝かせてもらうよ、二人もそうした方がいいぞ」
「そうですね、僕らもそうしますか」
三人は森の声を聞きながら目を閉じた。
あたりは真っ白な霧に包まれていた。 少し足下が冷たいと感じて下を見ると、草が朝露に濡れている。聞こえてくるのは、味方二千五百人の草を擦る足音だけだった。
竜二達は収容所の解放のため、西に五百メートルの位置まで進んでいた。敵は一万五千ほどである。十数棟まとまった収容所を一ブロックとして、それが五つあって、それぞれ均等に守備隊がいるらしい。
作戦としては、バラバラに散って収容所を襲うよりは、まとまって各ブロックを一つずつ攻略していくことになっている。その方が、より多くの味方を解放でき、守備隊との人数差を少なくして戦えるからだ。いかに早く、各ブロックを攻略し、収容者を戦力として戦わせるかが鍵になると竜二とバルドは考えた。そのために、収容者との連絡は秘密裏に行われている。
建物が見えてきた、約百メートルの距離になっていた。
竜二は右手を上げて振り落とす、すると皆一斉に駆け出した。収容所入り口の門は、五メートルほどの高さがあるが、厚さも薄く、作りは簡素にできていた。
兵士が十人門の前に立ち、両手持ちのハンマーで叩きだした。大きな音があたりに響き、数回叩いた程度で門は開いた。監視塔から金を鳴らす音が響きだす。味方の兵は、収容者の解放と敵兵の制圧と分れて行動を始めている。
竜二達は敵兵の制圧組の指揮をとっていた。兵舎の位置は一番奥にある。兵舎の作りは、大きな平屋の建物で数十あった。速やかに兵舎の中に入る、敵兵は、眠っていた者が多く、事態の把握を出来ていない者がほとんどで、あっさりと投降する者が多かった。収容者も次々と解放されていて、動ける者は各隊長の指示で解放軍に編入されていった。
一人の兵士が竜二に駆け寄ってきた。
「失礼します、竜二殿」
「どうした?」
「フロイス・ハインツ将軍を発見したのですが、獄に繋がれていまして我々ではどうする事も出来ないのです」
「分かった、行ってみよう。勝ちゃん一緒に来てくれ」
竜二と勝則は兵の後に続いて駆けだした。中央の投降兵が集まる所を抜け、左に曲がり一番奥の小屋に入った。
中は二十畳ほどの広さで、バルドの他に数人の兵が集まっていた。
「竜二殿、こちらへ」
バルドに促されて奥に進むと、一人の男が座っていた。男は上半身裸で、背中には何かで打たれた様な傷が無数にあり、見ていてかなり痛々しい。両手を水平に広げ、左右の手首に枷が付けられて壁に打ち付けられている。
「こちらがフロイス・ハインツ将軍だ。このような状態になっていて、我々では枷を外せないんだ」
枷を見るとがっちりと壁に打ち付けられていて、容易には外れないようになっている。竜二と勝則がフロイスの側に来てしゃがむ。
「俺は黒崎竜二、こっちは小原勝則という。もうひとり連れがいるんだが、俺達は軍人ではないのだが、今回この作戦に参加している。今助けるから暫く辛抱してくれ」
フロイスは不思議そうな顔をして二人を見つめ、大きく息を吐いた。
「そうか、民間人も戦いに参加する事態になっているのか。そうなってしまっているのは我々の不甲斐なさからきているのだろう。申し訳ない」
「確かに徴兵を行なっているのはいるのは事実ですが、この方々は違うのですよ」
バルドはフロイスにどう説明するか悩んだ。
「話は後にしよう。勝ちゃんどうだ?」
勝則は枷を手で掴んで少し引っ張ってみる。
「ああ、こりゃあ堅いね、二人で引っ張ってみようよ」
竜二も枷を掴んで二人で引っ張り始めた。
「気持ちはありがたいが、人の力でどうにかなるものじゃない、悔しいが俺を置いて部下達の救出を優先して・・・・」
フロイスが言いかけたのも束の間、「バキッ」っと大きな音と共にフロイスの左手に付けられていた枷が壁から剥がれた。すぐさま、右手の枷の取り外しに掛かり、こちらも無事に壁から剥がすことに成功した。
信じられないという表情で、フロイスは両手を見つめている。
「お前達は一体・・・?」
「一刻も速くここを制圧しなければならない。将軍に全体の指揮を頼みたいのだが」
竜二はフロイスに手を差し出して、彼を引き起こした。
「分かった。それでは外に出よう、現状を知りたい」
小屋から外に出て様子を見ると、すでに一ブロック目の制圧は終了しており、収容者のほぼ全員が牢から解放されている。
「将軍、ここから東にある、モントール川に、脱出用の大型船が数十隻用意してある。先頭に加われない者は船に移動した方がいいだろう」
「なんと、そんな物まで用意してあったのか。軍の船をもっていたのか?竜二殿」
「船は軍所属のもあるが、あれでは足りないからな。民間の大型船から小型船までの船をすべて借りたんだ。俺達が世話になっていた、リナトにいる運送業の経営者からな。それと、俺の事は竜二でいいぜ」
「分かった、竜二。俺の事もフロイスでいい。では、お前達も俺と一緒に来てくれ」
聡が指示を出している敵の制圧隊は、すでに二ブロック目の兵舎を攻撃していた。竜二達もそこまで移動した。
「状況はどうだ聡?」
「ここの兵舎の攻撃も無事に終わりそうだね。ただ、これから攻撃する三から五ブロックの敵 兵が収容所を出て、北に移動してる。兵の再編をしてるみたい」
「分かった。フロイス、どうする?」
「では、戦闘に加われない者は、すぐにモントール川に移動、指揮はバルドがやってくれ。収容所の救出組は、そのまま残りのブロックを頼む。攻撃組は、北に終結している敵軍の攻撃と収容所にいる敵兵の攻撃と二つに分けたいのだ、一旦戦える者を集めてくれ」
フロイスは副官や将校クラスの者達を集めて、その部下達の編成をとりまとめた。現在戦闘可能な兵数は約六千、それを収容所攻撃に二千投入し、残りは北に集まっている敵軍の攻撃に当てる事となった。聡が、収容所攻撃の指揮をそのまま続け、解放した後、戦える者をフロイスの元に送る話になった。
北にいる敵軍は、見たところまだ集結中であり、攻めるのならば今しかない。そう直感したフロイスは直ちに北に向かった。敵との距離は、およそ五百メートルで、見たところ、人数はこちらと同じくらいだ。戦闘は王都が陥落して以来で、十ヶ月ぶりである。
捕虜となってからは屈辱の連続であった。帝国に寝返るように何度も言われたが、その度に断った。断るたびに先程のように貼り付けにされ、鞭で打たれた。その後、何日間も放置され、糞尿も垂れ流しである。空腹で意識が無くなると、食事を与えられ、解放される。回復すると再び寝返るように言われるのである。つまり、死なない程度に拷問を受けていたのだ。正直、発狂しそうになる事は何度もあった。自分はバランティー王国の将軍である事のみに誇りを持ち、耐え抜いていた。解放されるたびに牢の中で体を鍛えた。いずれは来るであろう日のために・・・・。
そうこの日のために!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます