赤と青の月の下で
西方レイジ
転生、そして戦いへ
あたりはまだ薄暗く、草木も凍っている。 吐く息も白く、兵達も、早く体を動かしたいことだろう。それも、もうすぐだ、一時間後には暑くて防具を脱ぎたくなるだろう。
バランティー王国第一王子、王国軍総司令のトライアス・パーソンはこれから始まる戦いに対して、気分が高揚していた。
昨日の深夜に敵が北の国境を越えて、攻め入ってきたと報告を受け、急ぎ軍を招集して王都から北に二十キロの地点に陣を構え、備えている。
このあたりは、平原になっていて、敵が埋伏出来るところは無い。王国軍の得意な騎馬戦術を遺憾なく発揮できる場所になっている。
他の国と協調路線をとっていたこの国は長く戦争をしていなかった。
それが、トライアスには若干不満であった。総司令と言えば聞こえはよいが、戦いがなければただの飾りで、いずれこの国の王になるための所詮通過儀礼である。なので今回の戦いで自分の能力を国内に知らしめるよい機会だ。今まで、軍の調練は何百回と行なっており、特に我が国最大の武器である、重装騎馬軍団は自分の手足のように動かす事ができる。
東の空が少し明るくなってきた、もうすぐ日の出である。
「そろそろ敵が見えてくるでしょう、もうじき始まりますな」
副官のロベルタが口を開いた。
「うむ、我が騎馬隊で一気に崩してやる、そして誰が国内最強の戦士なのか分からしてやろうぞ」
「それにしても、王が御崩御されて間もない今の時期に侵攻とは・・・」
「狙っていたのだろう、父王が死ぬのをな。帝国も皇帝が変わって本性をむき出してきたな。それに関しては弟が警戒しろと言っていたな」
朝日が、地平線から顔を出し、あたりを照らし始め、兵達の顔がハッキリと確認できた。
陣形は、歩兵四万を、四列二段に分けた。
左右併せて騎馬が五万で、これを戦況に応じて、五つに分け戦場を駆け回る作戦だ。
「全軍、前進せよ」
トライアスが右手を前に出す、全軍が進み出した。
無駄口を一切せずに進む自分の軍を見て、勝利は自分達の物だと確信してやまない。これだけ、練度が高く、統率力もある我が軍が負けるわけがない。
二十分ほど進んだところで、こちらに進んでくる敵軍が確認できた。行軍を止める事無く、そのまま進んだ。
徐々に敵軍の様子が見えてきた、向こうも軍を止める事なくこちらに向かって来ている。
敵との距離が五百メートルほどになったときに、トライアスは迷う事なく突撃の合図をだした。敵と味方の歩兵同士がぶつかり始める。騎馬隊も右左から一気に進む。敵は、歩兵隊を三列二段に分けている。
「騎馬を五つに分けるぞ。各隊は作戦通り敵にぶつかれ」
各騎馬隊が、敵歩兵の一段目の壁を横からぶつけていく。
縦に隊列を組んでいる騎馬隊は、さながら一点のみを鞭で叩くような動きをして敵にぶつかっては離れるを繰り返している。攻撃を受けている敵は、強力な騎馬の攻撃で動く事が出来ずに少しずつ削られていく。すると敵の後方から騎馬隊が姿を現してこちらに向かって来た。
敵左翼にいるトライアスは手で合図を出した。
一旦、敵の左側を大きく離れて、魚鱗の陣形を作り、敵の騎馬隊に向かっていった。
すれ違った時に、トライアスは敵の騎馬兵を二人ほど切った。味方もかなりの敵を倒したようだ。
反転し、再び敵の騎馬隊とぶつかった。この攻撃も上手くいって敵の多くを倒した。
「トライアス様、味方歩兵がかなり押しているようです」
ロベルタが近寄って報告した。
「よし、あれをやるぞ!」
トライアスは、そう言って左翼の騎馬隊をまとめて自軍の方向に戻って行った。
ロベルタが鏑矢を放ち合図をだす。
騎馬隊は、味方の歩兵一段目の後方を通った、すると一段目の歩兵隊が真ん中から左右に分れ騎馬が通る道を作った。その道を騎馬隊が二列なって敵の歩兵隊に向かって突っ込んだ。突然の騎馬隊の出現に、敵の歩兵は、何も出来ずに、騎馬をよけるだけだった。
きれいに断ち割った歩兵の間を、味方歩兵が入り攻撃している。
敵の歩兵一段目は混乱している。
その様子を、敵の指揮官が後方で見ていた。
「ほう、なかなかやるじゃないか。あいつがトライアスか?」
「はい、その様です」
「総司令自ら戦場に赴き、先頭になって戦うとは、勇敢ではないか。嫌いではないぞ」
「どうされますか、グレース様」
「今やった敵の攻撃をもう一度やらせる。一段目の混乱を収めた後に、もう一度、少しずつ下がらせろ。それから、二段目の前面に、あれを配置して敵の騎馬を押さえろ。我らも出るぞ」
敵の魔人族軍は思っていたよりも動きがよくなかった。いや、自軍が優れているのだ。
今の攻撃で、トライアスは興奮していた。今までの調練と自分が作成した作戦が見事にはまっている。
「魔人族恐るるに足らず、だな」
トライアスは敵の歩兵隊の一段目と二段目の間を通り、左翼から出た。
歩兵隊を見ると、敵の混乱は収まりつつあるが、自軍の勢いがあり、敵を圧倒し始めている。
「もう一度やるぞ!」
「しかし、連続の攻撃は危険かと」
「大丈夫だ。魔人族は騎馬の勢いを止める事が出来ていない、もう一度やれば敵は総崩れとなろう」
再び、トライアスは、騎馬隊を自軍に持って行った。
見ると、味方歩兵の攻撃は凄まじく、敵の一段目を後一押しで崩しそうだ。
再び、鏑矢が放たれ、歩兵隊が二つに分かれる。
トライアスは先頭で敵陣に突っ込んだ。敵歩兵隊が、二つに断ち割られて、トライアスはどんどん奥へ進んだ。これで敵は総崩れとなるだろう、そう確信して、一段目を突破し、視界が開けた。
目の前に、奇妙な生き物がいた。
自分は馬に乗っていて、敵の歩兵達を見下ろしているはずである。
しかし、何故この生き物は自分を見下ろしているんだ?
こんな生き物が敵にいたのか……
即座に危険を感じたトライアスは、それとは対峙せずに左に曲がったが、前にいる騎馬で視界が制限されている後続は、この奇妙で大きな生き物とまともにぶつかった。
大きな鳴き声を出し、両手を振り回して味方の騎馬隊に対して一斉に攻撃をしてきた。
その威力は相当なもので、馬ごと倒している。騎馬隊は大混乱になった。
敵二段目の歩兵隊が回り込んできて、トライアスの騎馬隊を、ぐるりとかなり広く囲んでいる。
「総司令、このままでは全滅します。残っている騎馬だけでもこの包囲を突破しましょう」
ロベルタが側に来て進言してきた。
その時、敵左翼側から騎馬隊が入り込んできてこちらに向かって来た。
全員が黒い甲冑を着け、黒い馬に乗っている。
先頭を走っている騎馬の魔人族が、笑いながらトライアスに剣を振るった。
トライアスは、それを受け止めたが、あまりの力の強さに吹き飛ばされて馬からおちてしまった。味方の騎馬隊が次々と攻撃を受けて倒れていく。現状は絶望的になった。
トライアスを馬から落とした騎馬兵が、ゆっくりとこちらに近づいてきた
「私は、ロクサーナ帝国対バランティー方面軍総司令グレース・ファーニルである。そちらはバランティー王国軍総司令トライアス・パーソン殿とお見受けする。・・・残念だったな悪いがその命いただくぞ」
「総司令、お逃げください!」
ロベルタがグレースに飛びかかった、しかし、グレースはその攻撃を軽く受け止めてロベルタを一刀のもとに倒した。
「敵総司令を馬上から殺すのは、いささか忍びない」
グレースは馬から下りて、トライアスと対峙した。
「さて、トライアス殿、やろうではないか」
トライアスは周りを見た。麾下の騎馬隊は完全に包囲されて逃げ場が無く、ほとんどの兵が倒れているが、いまだ戦っているものもかなりいた。部下の兵がこちらに集まってきてトライアスを守ろうとしている。
「下がれ、私がやる」
トライアスは一歩前に出て、部下達を下げた。
大きく息を吐いたトライアスは、グレースに向かって走り出し、上から剣を振った。
グレースは片手でそれを受けて、はじきとばした。
「あまり、時間を掛けたくないのでな」
そのまま突進して左から剣を横に振った、トライアスは何とか受け止めるも再び飛ばされる。何とか踏ん張って、攻撃しようと足を踏ん張りグレースを見たが、目の前にグレースが飛込んできていた。次の瞬間トライアスの視界が宙を飛んでいた。
声を出そうにも出なかった、口も動かなかった。
首だけが地面に落ちた。
「後はかたづけておけ」
グレースは馬に乗り込んで麾下の騎馬隊を連れて後方に下がった。
帝国軍に勢いがつき、王国軍を圧倒し始めている。
王国軍兵士は指揮官を失い大混乱に陥り何とか踏ん張ってはいたが遂に敗走していった。
剣と剣が触れ合い火花が散る、お互いの意地がぶつかり合っている。
相手が振りかぶり竜二の頭上に叩きつけてきた。それをいなしてかわした。相手の上体がずれると同時に剣を振る。しかし、前のめりで転がりそれを躱された。
一度後ろに下がり、すかさず剣を前に出す、同時に相手も剣を振るった。ライフゲージがわずかに下がっただけだった。
「こいつ結構固いな、集中して叩こう」
ネット回線を通じての音声会話で話している。それを聞きつけて周りにいたメンバーが一斉に剣技スキルや魔法スキルをぶつけた。一瞬にして敵が倒れる。周りを見るとかなり敵を押している様だった。
「それじゃあ、このまま押していくよ」
「竜さん、敵の何人かが逃げてるけどどうする?」
「ん、追わなくていいよ、ばらけちゃ戦力低下がるからこのまま行こう」
騎乗スキルキーを押す。すると騎乗動物の黒い狼の背中に竜二は乗り込んだ。
一気に加速して進んでいく・・・・
約一千万人の人間がプレイしている人気ゲーム「キング・オブ・オンライン」その目玉である週二回行われる大規模戦争を彼はプレイしている。
竜二のキャラ名は「煉獄」。ゲーム内ではギルドシステムがあり、彼は「ザ・ウォーリアーズ・ソード」と言うギルドのマスターだ。
最初にプレイしている頃から知り合った仲間が、少しずつ増えて今は百人ほどが登録している規模にまでなった。
このゲームは、よくある基本プレイ無料で、その他アイテムは課金システムで購入されているものではなくで。ゲーム料金の三千五百円で購入し、アイテムはゲーム内のコインを使ってプレイするゲームである。両ゲームの違いとしては、プレイするだけなら無料で、ドロップする武器や防具を使ってプレイする。
しかし、そのアイテム以上の性能を持つ武器や防具、大幅に回復するHP、MPポーションが欲しければ、課金にて購入し、ゲーム会社の利益に繋げるいわゆる課金ゲー。
そして、「キングオブオンライン」のように最初にゲームを購入して武器屋防具、アクセサリー、各種ポーションはドロップやゲーム内の店舗で購入する。
課金も無いわけではなくあくまでもゲームプレイヤーの戦力差が出ないもので、家やそれに飾る家具、プレイヤーの外見を変更する髪型やコスチュームなどを購入させて利益を上げるタイプとある。
これらに関しては一長一短がありゲーム内容の好みでプレイヤーは選択している。
「さーて、それじゃあ一気に進んで敵の城まで進むか」
他の味方プレイヤーが馬、豹、ラクダなど、購入した騎乗動物に乗り込んで進んで行く。百人以上のプレイヤーが一斉にに進む様子は迫力満点だ。
城の近くまで迫ってきたとき敵の大部隊が待ち構えていた。
この大規模戦争のルールはまず敵の砦を三つ占領したら最後に城を攻め落とせば勝利する。もちろん自軍の砦を守りつつ攻め込まなければならない。そこは他のギルドとの連携が必要で、総指揮官を務めている竜二が全体チャットを通じて指揮をしている。
敵の城に近づいた時、城の前面に敵が陣を組んで待ち構えていた。
「このままぶつからないで任意に左右に別れて敵の側面を突いてください」
全体チャットで指示を出した。
味方は敵の前面から綺麗に左右に別れて攻撃を始めた。竜二は味方の後方の位置に着陣し全体を見渡していた。
「竜さん、ウチらは敵の右側にいるけどこっちはやわいね」
「あ、マジで? そうしたらこのまま敵を崩しながら、敵後方に進めれるかな?」
「ん~分かった。今聞いてるメンバーは付いてきて」
副マスのロッシがギルドのメンバーに指示を出した。すると敵の右側から徐々に崩れ始め、敵全体が下がっていく。それを感じた味方達が一気に突っ込んで行き始めた時だった。
「竜さん、これ罠っぽいよ!一旦引いた方がいいよ」
同じく副マスのシリウスが即座に言う。彼はこれまでの戦争でも直感が鋭くよく当たる。
「全体、ファイブカウントをするのでゼロになったら即座に後ろに下がってください。5,4,3,2,1、ゼロ!」
一斉に味方が下がってい行った後、敵が勢いよく前に進んできた。しかし、こちらは既に 下がっていたので十分に対応できた。
「今度はこちらの番です、攻めましょう」
ここぞとばかりに味方プレイヤー達が前に進み始め、あれよという間に敵を崩していった。倒されてしまったプレイヤーは自軍の城内にある建物(牢屋とみんなは呼んでいる)の中で復活できるが、その扉が三分おきに開くようになっているのですぐには戦場に戻れない。生き残っている敵プレイヤーは後ろにある自分達の城に逃げていく。
さあ、ここからが攻城戦の始まりである。
味方プレイヤー達はゲーム内の店で購入したバリスタやカタパルトなどの攻城兵器を出し敵の城の正門に放ち始める。敵も同じ兵器を使って、城壁の上からこちらに攻撃を始めた。一度攻撃を始めると傷ついた正門リペアできないのでみるみるうちに耐久値が下がり遂に門が開いた。城内にいるNPCである大将軍を倒せば勝利となるので、皆一斉に城内になだれ込み敵の大将軍めがけて進む。が、当然敵のプレイヤーがそれを阻む。
「後方で入ってきた人は敵の牢屋前で出てきたところを叩いてください、前の人は大将軍をよろしく」
先ほどの城前で倒れたプレイヤー達はかなりの人数が牢屋にいるので大将軍を守っているプレイヤーが劣勢になりあっという間に倒れていく。
牢屋から出てきた敵プレイヤーは、必死に抵抗するが、味方がそれを阻んでいる。こうなると敵の大将軍は可哀想にタコ殴り状態で瞬殺されてしまった。画面上部に「あなたの国家の勝利です」とテロップが流れ今日の戦争は勝つことができた。
「みんなお疲れ~、今日はうまく流れに乗って勝てたねGJでした」
「竜さん、指揮お疲れ様、やっぱり勝つと気分がよいね」
みんな勝利をチャットや音声会話で労い、今日のゲームは終わった。
「んじゃ落ちるわ。お疲れ~」
竜二はゲームを終了させた。時計を見ると夜の十一時になっていた。キッチンに行き、ウィスキーグラスに氷を入れ、酒を注ぐ。そしてチビリと飲んだ。周りにいる水着姿の娘や、耳付き尻尾付きのハニー達の笑顔を見て心が安らいでいく。
彼の名前は黒崎竜二、年齢は永遠の二十三歳。
・・・戸籍上では四十六となっているらしいが気にしてない。
都内にある四十人程が務める企業で営業課長という肩書を持ち働いている。
趣味は先ほどのネットゲームとフィギュアの収集。その年でゲームとフィギュアはキモイと思われるだろう。実際、彼の両親や兄弟は「いい年こいて何をやっているんだ、早く嫁をもらって安心させてくれ」と会うたびに言ってはいるものの、彼はまるで意に介していない。
その年の正月に一族揃った際、十五になる姪っ子にバカにされたのだ。、
「自分の稼いだ金で何に使おうが俺の自由だ。大体ゲームに関しては若いお前らと違って年季が違うのだよ年季が!」
と声を高らかに自慢したらしい。
「家庭用テレビゲーム「テレビテニス」から始まり「ゲームウォッチ」「ファミコン」などを経て様々なゲーム用ハード機が生まれては消えていった歴史を知らんだろ。期待に胸を膨らませて購入したはいいが、人気が無くて販売停止になり、また新しいハード機を購入するという負のスパイラルを経験している俺達昭和世代を甘くみるなよ。ん?そんな調子だからいつも独身だろうだって? ああ、その通りだそれがどうかしたか。三次元の女など興味が無いわ。二次元の金髪ツインテール碧眼美少女。または黒髪ロングで高圧的な態度で人と接する、しかし、ツンデレという萌えギャップなこれまた美少女を連れてこい!ここぞとばかりに金という社会人の武器でご満足させていただくぞ」
竜二は大言を吐きドン引きさせたのは言うまでもない。
さて、自己紹介はほどほどにして本題に戻るとする。
ネットで掲示板を覗き、常連の投稿者を馬鹿にしつつニヤニヤし、暫く時間を過ごしていた。夜も遅くなり、大きなあくびを一つして、ようやく睡魔が襲ってきたところで、
ウィスキーを飲み干してそのままベッドに潜り込んで目を閉じた。
夢を見た、最近よく見る夢だった。
それは、たくさんの人間が剣や槍を持って戦っていた。彼は先頭に立ち剣を振るっている。相手は人間ではなく。黒く人の形をした影だった。竜二は次々とその陰達を切り倒している。そして、次にどこか広い建物の中に彼はいて、目の前にキラキラとしたものが現れ頬に触れてきた。不思議と嫌な感じがしない、むしろ切ない感じがしていた。
時計のアラームの音が鳴って竜二は目を覚ました。いつものように眠い目をこすりながら身支度を整える。Tシャツの上に半袖のチェックのシャツを着て、黒いジーンズを穿き、ブライトリングの時計を左手首にはめる。そして、いつもの時間に出ていつもの電車に乗り込んだ。
面白いもので車内は大体いつも同じ人がいるものだ。
移動中は暇なもので竜二はよく周りにいる乗客を観察している。何気なく見ていると癖のある人間がちょろちょろ見掛けるので、暇つぶしになるのだ。
先ずは通称「口開け男」この男はいつも頭を窓に寄り掛かって座席に座り寝ているのだが、必ずと言っていいほど口を大きく開けて寝ている。一度無意識だが持っていたボールペンを、彼の大きく開けている口の中に入れてしまったことがある。思わずの行動でのあったが周りの乗客は笑っていたので幸いだった。
次に「携帯ゲームおじさん」この人はいつも携帯でゲームをしているのだが、この人を見かけて二年になるが毎日同じゲームをしているのだ。たまには違うゲームをすればいいのにと思っている。
やがて、自分が降りる駅に着いて、ホームに降りた。この駅はオフィス街に近いので大勢の人が降りている。
今日はよく晴れた日だった。九月に入ったとはいえ、残暑厳しく、少し体を動かしただけですぐに汗をかいてしまう陽気であった。
普段からスポーツジムに通って体を動かす彼にとっては、あまり、気にならない様子だった。竜二の仕事場は、東京にある浅草橋駅から歩いて十分ほどの所にある。五階建ての自社ビルで、一階を展示室、二階、三階を事務所に使っている。二階まで階段で上がり、自分の席につく。
途中で買ってきたアイスコーヒーを自分のデスクに置きつつ、部下が置いて行った企画書とサンプルに目を通す。営業部は一課から三課まであり、彼が責任者としているのは一課で、関東をメインに担当している。
9時になり、朝礼を行った後、通常業務が始まった。部下達が、昨日受注した商品の注文書の手配や、これから訪問する営業先のアポイントの連絡など、それぞれの作業をしている。
「山本、ちょっと」
「はい、課長」
「この企画書さ、値段が安くないか?」
「え、そうですかね?」
「だってワニ革のハンドバッグを作るんだろ?この布で作ったサンプルを見た感じ、三十センチを二枚使うんだよな?」
「はい、そうです。ですからこの値段で行けるかなと思ったんですが」
「今、海外のスーパーブランドメーカーが革を買い漁っていて、来月あたりに日本に入ってくる革が少なくなって値段が上がるぞ」
「そうなんですか? じゃ、もう一度考えてみます」
彼が務めている企業はハンドバッグメーカーで、主に百貨店や問屋に商品を自社生産して卸している。制作しているのは契約している個人の職人で、商品の一本単価で工賃を決めて支払いをしている。
昔はダチョウの皮を使ったオーストリッチのハンドバッグがバカ売れしていた時代があったが、他のアジア諸国の生産コストが日本とは比べ物にならないくらい安く、価格破壊がおこり今や全く売れなくなってしまった。定番の牛革や布製のハンドバッグもじりじりと売り上げが落ちてきて、業界全体が落ち込んできている。彼が責任者である一課は、百貨店をメインに営業しているが、今の時代、百貨店で買い物をする人が減ってきているのも要因の一つだろう。
その時であった。
「ピキッ」と何か割れるような音が聞こえた。
竜二はあたりを見回したが、何も変化はなく、皆黙々と仕事をしていた
「何か聞こえなかったか?」
「いえ、何も聞こえてないですよ、どうしたんです?」
「ん~耳元で何か聞こえたんだよな。空耳かな、最近何か多いんだよな」
「まだ、ボケる年齢じゃないですよ、課長」
ここ二週間ほど前から、この音が聞こえる現象が起きている。それは、自宅に居る時、外を歩いている時など不定期に聞こえているのだが、そこまで大きな音ではないのであまり気にはしていなかった。
その時、携帯からメロディーが流れた。ロッシからのメールだった。「今日七時にいつものところでよろしく」週二回のネトゲでやった戦争の、反省会と言う名目の飲み会を居酒屋でやっている。
就業時間近くになり、部下たちが次々と営業から帰ってきた。それぞれ商談の案件やら、見積もりの相談やらで時間が過ぎていき、自分への用事がなくなるのを確認して会社を出た。
まだ九月の初旬だというのに外はもう暗くなっていた。
ちょっと前まで七時ぐらいまでは明るかったのに、季節が変わるのをこういうところで感じることができる。皆、服装も半袖やら長袖やらバラバラでこの時期は着ていく服装に悩むところだ。浅草橋駅をガード沿いに歩いて暫くすると待ち合わせの居酒屋に到着した。
「ああ、黒崎さんいらっしゃい! お二人は先にいらしてますよ」
アルバイト店員の女の子が元気に迎えてくれた。
「えっと、二階かな?」
「はい、二階の奥の窓側ですよ」
階段で二階に上がり、彼女が言っていた通り、奥の窓側の四人席に向かい合って二人は座っていた。
「うい、お疲れちゃーん」
「ああ、竜ちゃん、おつかれ!」
「どうも、竜さん」
座席に座ると店員の子がおしぼりを持ってやってきた。とりあえず生ビールを注文して、三人で乾杯をする。
隣にいるのが、ゲームキャラ名ロッシこと、小原勝則、四十三歳独身。十年ほど前にプレイしていたMMORPGで知り合ってからの付き合いだ。恰幅が良く温厚な性格で義理堅く、竜二と違って友人が多い。一流大学の法学部出身の秀才君なのだ。しかし、竜二のオタクの師匠であり、フィギュアの収集は彼の影響が大きい。
竜二の前に座っているのがシリウスこと、柏木聡、二十歳。小原と同じMMORPGで知り合った。当時はまだ十歳の小学生だったが、PVPのスキルが上手く、その時のゲームでランカーだったほどの腕前だ。今はプログラマーの職に就いている。
「ここ一か月ほど、戦争負けなしだね」
勝則が注文していた唐揚げを一人独占して食べている。
「まあ、他のギルドとの連携がスムーズに取れているからな」
「その辺のコミュニケーションは竜さん、マメですよね」
「まあ、やるからには勝ちたいし、うちのメンバーにも喜んでもらいたいから」
「そういえば、今度転生システムが実装されるらしいですね」
「ああ、ゲームサイトでそんなこと載っていたな」
「これで、両国のバランスが崩れそうですね」
「うちらの国家の大手ギルドがあっち側に移ったらそうなるよね」
唐揚げを一瞬で食い尽くしたした勝則が今度はピザを独占し始めた。
「まあ、そうなったら、そうなったで仕方ないんじゃないか」
「そうですね、この手のものは勝ったり負けたりですしね」
手に持っていた酎ハイのグラスの中身を勢いよく聡は飲み込んだ。彼は二十歳にして既に酒豪で、飲むときはいつも酎ハイグラスを二回で飲み干す。逆に竜二は食べ物も、飲み物も、チビチビ飲み食いする。勝則は見ての通りだ。
「そう言えば竜二さん、毎回思うんですけど戦争の指揮をしていて、敵の突っ込む箇所を指示してそこを叩くといつも敵が崩れるんですが、なんでわかるんです?」
「そう言えばそうだよね、よくわかるな」
「そうだな、まあ、勘なんけど、敵が固まっているところを眺めていると不思議に感じるんだよな」
「すげー勘だな、そのスーパーな勘とやらで未来の嫁さんとか分からないの?」
「わかったら、今、独身というスーパーフリーダムな生活を送ってないのだがな。勝ちゃんこそ、そのスーパーな食欲を少しでも婚活パーティー代に振ったらどうだ?」
「俺はこれでスーパー幸せなんだからいいの。竜ちゃんは四捨五入すると五十歳だよ!選り好みできる年齢じゃないのだから早く決めちゃいなよ」
「でっかいお世話だよ。四捨五入なんかするな」
「あ~あ、二人ともどっちもどっちですよ。中年の小さい言い争いってほんと、可哀想」
「何言ってるんだ、聡だって四十代は必ずやって来るんだからな。バカになんかできないぞ」
「僕には可愛いハニーがちゃんといるんで大丈夫です」
「~っ、リア充め地獄に落ちろ!」
中年の醜い争いをしつつ、時間は過ぎて行く。会社の連中とも飲みに行く機会はあるのだが、こう言った砕けた会話なんかできるものじゃない。わずかばかりの社会的地位もあり、世間体も気にしないといけないので、わざわざ金を払ってでも飲みには行きたくはないのだが仕方がない。正直、年の違う友人がいるのはとても嬉しいし、共通の趣味を持つ者同士、気兼ねなく会話ができるがとても楽しい。
「来週の水曜日なんですけどね、女子大生と合コンするんですけど、男メンバーがたりないんですよね~」
「なんだよ、そんな事なら俺らが行ってやるよ、ねえ竜ちゃん」
「そうだな、年齢を若干、二十歳ほど誤魔化してな」
「二十って、六十代って名乗って来るんですか?チャレンジャーだな二人共」
「そう、そう、東京オリンピックの話や孫の写真を見せたりな」
「うげ~っ、絶対誘わないわ」
「それとも、アニメの話をしようか?それなら相手もついていけるだろ」
「竜ちゃんにはそのネタを任して俺はフィギュアの話をしてあげるよ、ディープな話をして浮かんで来れないようにしてあげるよ」
「やめて、そんなことしたら二度と向こうの幹事の子が話をしてくれなくなるから」
「一回やってみたいよな、撒くだけ撒いて、一切刈り取らないで帰る合コン」
「そんな事して、喜ぶ女の子がいたらヤバイでしょ!」
などと、くだらなくとも楽しい時間が過ぎていき、竜二以外の人間ポンプ二人のお陰で、お会計が二諭吉を超える金額だったのは言うまでもない。すっかり飲み食いをして店を出たのは十一時を少し過ぎていた。いつもだったら、あたりはまだ人が多いはずであったが、今日に限っては誰もいなくて、三人の靴音だけが聞こえていた。
「まだ涼しくはならないですね、もう暑いのは勘弁だな」
「今年の夏も暑かったからな、お陰で俺の食欲も増える一方だったよ」
「普通逆だろ、それ」
また何か割れる音が聞こえてきた、それも連続で聞こえる。しかし、竜二は酒も入っていることもあり、音に気がつかなかった。軽く酔ってることもあり、三人ともゆっくりと歩いていた。そしてアクセサリー店にぶつかる所を左に曲がり、細い路地に入った、いや、入ったはずだった。
「・・・・あれ?」
確 かに三人は町の舗装された道を歩いていたはずだった。それなのに今は足元に草木が生えている。
「なんだ、これ?・・・どこ?」
「おい、おい、・・・シャレにならんぞ」
あまりの出来事にそれ以上声がでなかった。あたりは確かに自分たちが過ごしていた時間帯であったが、そこはまるで違う場所であった。竜二は今まで歩いてきた道を、後ろを振り向いた。が、そこにはビルなどの建物や、飲食店から流れてくるにおい、列車の音などが無くなっていて、今まで過ごしてきた場所がすっかりなくなっていた。そこは辺り一面草木の香りがひろがり、風も気持ちよく吹いている。
「携帯で地図を見てみよう」
勝則が震える手で何とかスマホをいじり、地図アプリを起動させてみるも、全く作動しなかった。連絡を試みるも、うんともすんともいわず、電波状況が分かるアンテナも何も表示されていなかった。
「・・・竜二さんあれ見てよ」
聡が空に向かって指をさした方向を見た。大きな月が二つ輝いていた。一つは赤い光を放った月で、その隣に寄り添うように、少し小さい青い光を放っている月が並んでいる。そのせいか夜であるはずなのにお互いの顔を識別できるほどの明るさは十分にあった。辺りを見渡すと、所どころ草が薄っすらと光っていた。
三人は暫くたたずんでいたが、竜二が無言のまま歩き始めた。二人もそれに続いていく。歩けば歩くほどにここはさっきまでいた世界ではないと感じずにはいられない。
「ねえ、竜二さん、どこに向かって歩いてるのさ?」
「分かんねぇよ。だけど、どこかに人が住んでいるかもしれないからさ・・・」
「ここって、違いますよね? 俺たちがいた世界じゃないよね?」
「そうだね、納得できないけど」
「ああ、まだ正直パニック状態だよ。・・・こんな事が起こるなんて」
三人は暫く歩き続けた。ところどころに生えている木々は薄青く光を帯び、聞いたこともない生物の鳴き声、やはりここは彼らが存在していた世界ではなかった。
どれくらいの時間をさまよっていただろうか、ようやく前方に明かりが見えた、どうやら
「あれは、家の明かりだよな?」
民家のようだった。近くまで来ると何件かの明りが見える。どうやら小さな集落のようだ。
「助かった、事情を話して入れてもらいましょうよ」
近づいて行くと確かに民家のようだったが、その佇まいはまるでカボチャのような丸みを帯びた形をしていて地面から木製のらせん状の通路が三メートルほどの高さまで伸びて玄関につながっていた。窓から間違いなく明かりが漏れて誰かが住んでいることを想像できる。
玄関らしきドアまで上がり戸を叩いた。
「すいません、どなたかいらしゃいませんか? 道に迷ってしまい困っているんです」
暫くしてドアが少し開き部屋の中の明かりがこぼれて竜二たちを照らした。が、ドアが直ぐに閉めれれてしまった。
「えええ? ちょっと閉めないでくださいよ」
「なんだい、お前たちは? 何の用でうちに来た!」
どうやら女性のようだ。しかしその言葉からはかなり警戒しているようだ。
「いや、決して怪しい者ではありません、ただ道に迷ってしまって」
「いい大人が三人もいて道に迷ったじゃと? それだけで十分に怪しいわ」
「いえ、本当なんです。ここが何処なのかさっぱり分からなくて」
「さてはあんたら、あれだな? この家を占拠し、ついでにこのか弱い私を凌辱し、折って畳んで裏返し・・・」
「いや、いや、そんな事しないし、折って畳むとか意味分かんないし!」
「帰れ、帰れ!この家には、一歩たりとも入れないわ!」
取り付く島もない三人は一旦下に降りた。
「どうすっかな、全く話を聞いてもらえないな」
「まあ、確かに僕ら怪しいと言えば怪しいですけど、裏返しとか意味分かんないですよ」
「ハハ、笑っちゃいけない場面だろうけどちょっと笑ったよ」
「まったく、勝ちゃんは呑気だよな」
家の下の方で何やらワイワイ話しているのを、窓から一人の少女がながめていた。
「ねえ、おばあちゃん、誰だろう?」
「放っておきなさい、どうせろくなもんじゃないよ」
「でも、本当に困っているみたいよ」
「この非常時に、しかも夜中に三人でほっつき歩いてるなんて怪し過ぎるわ」
三人は暫く、あれだ、これだ、と相談していたが。
「それじゃ、今度は僕が言ってきますよ」
「ああ、頼むわ。その方法でダメならまた歩いて他を当たろう」
今度は聡が上まで上がりドアをノックした。
「あのー、すいません、先ほどの者ですが、どうか話だけでも聞いてもらえないでしょうか」
「・・・・・・・」
「えーとですね、我々はどうやら違う世界から来てしまったみたいなんです」
「・・・・・・・」
「その証拠みたいな物をお見せしますんで、どうか見てもらえないでしょうか?多分この世界には無いものじゃないかな~っと思うんですけど」
「・・・・・・・」
暫く間があってドアが少し開いた。聡は竜二が来ていたワイシャツをドアの隙間に入れてみる。女性はワイシャツを手に取り再びドアを閉める。シャツを広げて見てみた、確かに彼女が見たこともない柄で肌触りも初めての感触であった。
「どうでしょうか?」
「・・・・・・・」
「こんな物もあるんですが、見てもらえますか」
再びドアが開く、聡は自分の持っていたスマートフォンを取り出し画像を適当に拾い出し彼女に見せた。
「・・・・・・!」
さすがに、これは見たことがない、色付きの絵がリアルに表現されている。しかも見たことも触ったこともない四角いガラスがついているこれはいったいなんだ?
「どうです、見たことないのではないですか? これを使って離れたところから会話ができすんです。信じてもらえますか?」
「・・・・・・・」
「本当に僕達、一体ここが何処なのかさっぱり分からないんです。信じてください」
少し間をおいて女性が無言でドアを大きく開けた。
「話だけは聞いてあげるわ、入りなさい」
「ありがとうございます。竜二さん、勝則さん、オッケーもらいましたよー」
三人はようやく家に入れてもらえた、家主らしき女性は六十代半ばぐらいに見えた。白い髪を後ろに縛り、身長は百五十センチ前後のやせ形の体型で、半袖のニット素材の上着を着て、白系の綿でできたような長いスカートをはいていた。見た目は全く自分たちと同じ人間だった。
ふと見ると彼女の腰のあたりに、興味、深々の表情で顔だけ出している女の子がこちらをみていた。聡と目が合うとニッコリと嬉しそうに笑った。
「そこに座りなさいな」
女性に促されて竜二を真ん中に並んで長椅子に腰を下ろす。周りを見ると、やはり見たこともない家具らしきもの、小物類などが部屋に置かれている。目の前に置かれているテーブルの上には花が飾られていて、色は青白く、綺麗に光っては消えるを繰り返している。
女性がほかの部屋から戻ってきてテーブルに三つ分のカップを彼らの前に置き、正面の椅子に座る、それまで腰にしがみついていた少女が彼女の膝の上に嬉しそうに座る。
「さて。・・・にわかには信じられないけど」
「僕達も信じられません」
「そうね、こんな物を見せられたら信じないわけにもいかないわね」
女性は先ほどのスマートフォンを聡に渡した。竜二はカップを手に取りそれを口にはこんだ。お茶のような味がする、しかし、ほのかに甘みを感じたがサッパリしていた。カップをテーブルに置き、話を始める。
「私は黒崎竜二と言います、東京と呼ばれる都市で働き、生活をしています。いえ、生活をしていました。さっきまで三人でそこを歩いていたんです、ところが、急に場所が変わって。最初は夢か何かと思ってしまい呆然としていました、しかし、あたりを見回すと明らかに様子が違うことに気付きまして。とりあえず進んでみれば何かあるかと思い進んでいきまして、そうしたらお宅を見つけまして、今お邪魔させていただいている訳なんです。あの、ここは一体何処なんでしょうか?」
厳しい目をして聞いていた女性が大きなため息をついて話を始めた。
「私はリリネと言います。この子は孫のシーネ。ここはね、バランティー王国という人族が住む国なの。国ができて千年近く経っていると言われているわね。残念ながらあなたが言ったトウキョウというとこではないわ」
「今、人族が、とおっしゃいましたが、他の種族もいるんですか?」
「いるわよ。私達人族、エルフ族、獣人族、そして魔人族の四種族がこの世界にはいるの。お 互いに国交を持ち平和に暮らしていたんだけれども、一年前に魔人族が住む国「ロクサーナ帝国」が突如私達の国に攻め込んできて、今は戦争状態なの。これは聞いた話なのだけれど魔人族は獣人族の国にも攻め込んでいるらしいわ」
「国が戦争状態ということは、経済などの内政が厳しいんでしょうね?」
「そりゃ、そうよ。戦争が始まって食料は軍に優先され、町の市場には商品が徐々に少なくなってきているし。うちの息子、この子の父親なんだけど、若い男性は戦いに駆り出されるから、残っているのは年寄りと女子供だけでしょ? それでは畑などの収穫も少なくなってるわ。それにしても、あなた達も大変な時期に迷い込んでしまったものね」
全くその通りだと竜二は思った。戦争なんて自分達には縁の無いものと思って生きてきたのだ。迷い込んだこの世界で巻き込まれてはたまらないと考えていた。しかし、元の世界に戻れる方法も今の段階では分からないし、これからどうやって生活をしていかなければならないのか全く見当がつかない。
「あなた達、当然これからのあてなんてないわよね?」
三人は下を向き黙っていた。
「仕方ないわね、この先に「リナト」と言う町があるの、そこに古くからの知り合いがいるから、その人にあなた達に仕事ができるように頼んでみようかしらね。明後日の朝に収穫した野菜を運ぶために行くから行ってみるかい?」
「本当ですか! ありがとうございます。あの、出かける日まで、出来る限りのお手伝いしますんで言ってください」
風が強かった。幕舎の中からでも音が聞こえる。まるで、今まで倒れていった者達の泣き声のようだとロズレイドは思った。戦争が始まってから今日までまともに眠れた日などなかった。
そのせいか、いつも、こめかみのあたりがズキズキと痛む。それを紛らわす様に広げられている地図を眺めるが、あまりの絶望に叫びたくなる。国土の、ほぼ半分が敵の手に落ちてしまったからだ。
元々、彼は内政に能力を発揮できるのであって、軍事は素人である。長き渡って平和が続いており、軍事面は重要視されておらず、兄にすべてを任せていたのも理由の一つであった。
バランティー王国第二王子、ロズレイド・パーソンは椅子に座り疲れている目頭を押さえた。
敵国の力がここまで強大であるとは予想していなかった。本来、魔人族は好戦的な種族ではなかったのだ。力は四種族の中でも群を抜いて一番上であるが、外交面でも協調性があり、積極的に各国と協力していたのだ。ところが、一年前に突如として国境を越えて攻め込んできて、あっという間に王都に迫り、三日で陥落してしまった。
第一王子であった兄は戦死し、生き残っている自分が上に立つことになってしまった。それから何とか配下の者達を従え、ここまで来たのだ。現在、帝国軍はテグの町から南へ二百キロの位置にいて、南進する構えをとっている。今いる軍が敗れることになれば、その先にはダガンの町があり、ここを占領されると王国領の南東全て、敵の支配下に置かれてしまう。それを阻止するため、テグとダガンの丁度、真ん中のあたりの位置で向かい打つべく、陣を敷き始めている。
ロズレイドは自軍の様子を見るために幕舎を出た。やはり風が強く西から東に向かって吹いていた。戦闘の総指揮を務めるグレゴリー・ハインツ将軍の背中が見えた。
彼は父王の代からの将軍で、老練な指揮を執ることで評判である。戦争前は退役していて、王立軍大学の学長をしていたが、急遽呼び戻して軍に復帰した。彼にはフロイス・ハインツという息子がいて現王国軍最強の軍人であり、将軍でもあったが、王都陥落の際にロズレイドを逃がすために自ら囮となり、今は捕虜となっているとの情報がある。
「将軍、敵はいつ、こちら側にやって来るのでしょうか?」
「現在、敵はメルン、テグ、サンレーの三つの町に駐留軍がおります。サンレーはここから西にあるアレズを攻めるため、メルンは旧王都の防衛のかなめですし、恐らくテグの駐留軍のみがこちらに来る可能性がありますな。殿下から頂いた情報ですと、敵もこちらと同じ規模の兵数でしょうから力は拮抗しております。こちらの補給は完了しておりますし、陣形は整いつつありますので、ご安心ください」
見ると二万近くの自軍が移動しながら陣を組んでいる様子が丘の上から見て取れた。帝国が侵略してきた当初、長きにわたって実戦を経験してこなかった王国軍であるが、練兵に関しては欠かさずに行ってきていたので、まず、簡単には負けたりはしないはずであった。しかし、実際に敵が侵入してきた時、あの凶暴な兵の前では、それも通用しなかった。
「敵はあれを、一体どうやって作ったのでしょうか?」
「残念ながら皆目見当もつきませんな、あれは魔人ではありません、魔獣兵とでも呼ぶべきものです」
元々、ロクサーナ帝国の魔人族は、人族と身長はあまり変わらず、平均で百七十五センチ前後である。しかし、魔獣兵の身長は約三メートルはあり人族を軽く片手で持ちあげ、投げ捨てる力がある。そして全身が毛に覆われていて、一太刀では傷を付けられない、爪が鋭く攻撃を受ければ、簡単に頭が吹き飛んでしまう。
「あんなものが、相当な数いるのですから。そっちの対応も考えなければなりません」
グレゴリーは目をつむり、これから起こるであろう戦場の様子を想像していた。
「・・・フロイスがいてくれたら。将軍、私が不甲斐ないばかりに申し訳ございません」
ロズレイドとフロイスは同い年で現在二十五歳である。この二人は子供の頃から仲が良く、王族と臣下の関係ではあるが、二人で話す時は「俺、おまえ」の仲であった。王都陥落の際、真っ先に駆けつけて先陣を務めロズレイドを守った。
「なんの、倅は臣下として当然のことをしたまでです。もし、王子までもが敵の手に落ちていたらこの国は滅んでいたでしょう。王子にはなんとしてでも生き永らえていただかないといけません。私達臣下の全員が最後の一兵になっても殿下をお守りいたします。」
そう言って将軍は王子を見た。子供の頃から息子のフロイスと仲が良く、しょっちゅう将軍の家に出入りしていた。その目は息子を見るような慈愛に満ちた優しい目だった。
背後から従者が王子に声を掛けた。放っておいた隠密隊の者が戻って来たようだ。
「失礼します」
ロズレイドは再び幕舎の中に身を置いた。王子直属の隠密隊隊長、バルド・ドルーマが入ってきた。
「殿下、ようやくミエリ王女とフロイス将軍の所在が確認できました」
「そうか、確認できたのですか! それで、二人はどんな様子なのですか?」
「フロイス将軍は王都陥落の後、敵の捕虜となり、現在アレズの町から北に百キロほどのところにある、捕虜収容所に収容されているところを確認できております。また、ミエリ王女様においては、サンレーの町に幽閉されているところまでは分かっておりますが、それ以上はまだ・・・」
「妹はサンレーですか。王都で見かけたと言う話も聞きましたが?」
「そちらはよく似た別人でした。わざと都内で噂を流させて広めた模様です。潜入した部下が、直接確認したらしいので、間違いないかと」
ロズレイドの妹であるミエリ王女は、現在敵の手に落ちており、返還する条件として王国領の、南東全域を要求してきている。彼はこの要求を拒否する考えであった。大切な身内ではあるが、現在急務は捕虜収容所の開放が先である。概算ではあるが王国軍の総人数は約五万、しかし、これは各領土内にある、町の守備兵の数も入っている。守備兵全員を前線に送ることはできないので少しでも味方の数は増えた方がよいというのが考えとしてある。対する、敵の帝国軍は、倍の十万はいるとされている。旧王都を本拠地とし、占領している各町に駐留し南側の王都領に攻め込む姿勢でいる。
「近いうちに収容所の解放のため、軍を組織したいと思います。それまで、できる限りの情報を集めていただきたい」
「かしこまりました。引き続き調査を続けていきます」
「占領された各都市の状況はどうなっているのでしょうか?」
「各都市の市民への虐殺や略奪は禁じられているようで、無事でいるようです。しかし、大商人や各貴族には容赦なく財産の没収を行っています」
ロズレイドは腕を組んで目をつむった。敵の総司令官は頭が切れる人物のようだ。普通ならば略奪などの行為は当たり前の様に行われるはずだ。そうすると当然のように市民は反感をもち、レジスタンスなどの反組織を結成させるだろう。ところが、それをしないで一部の金持ちの家だけを狙って財産没収をしている。これは市民に対して見せしめ程度にとどめ、余計な反発を買わないという狙いがあるのだろう。それに、我が国の国土は平地が多く肥沃なため農産物が多く収穫できる。これを北にある、本国に物資を滞りなく送るためであろう。
「分かりました。市民から自然にレジスタンスが結成されるように仕向けてみてください。資金はこちらから出しますので、焦らずにやってみてください。以上です、ご苦労様でした」
「かしこまりました。やってみます」
そう言ってバルドは幕舎から消えていった。
王子直属であるこの隊は、開戦前の時代から隠密調査を専門としている部隊で、国内での汚職や不正を調べ、国外ではスパイ活動を専門としていた部隊である。全体で五百名ほどで構成されている。
今回の収容所の開放に、この部隊のほぼ全員を投入したいとロズレイドは考えた。しかし、相手はあの魔人族である。果たして通用するのか。大部隊を組織し、一気に収容所の兵士を奪還したいところではあるのだが、それでは、守っている町が手薄になるため、あまり多くは出せない。一度この件に関しては各将軍達と話し合わなければならないだろう。
「後方支援担当官のマチスさんを呼んでください」
従者に声を掛けた。内政担当の文官達のほとんどは王都陥落で逃げ遅れている。こちらには、ほとんど同行していないのが現状であった。ロズレイドは残っている各都市の文官達から優秀な人材を選び自分に同行させている。
「殿下、お呼びでしょうか?」
「現在の兵站はどのような状況ですか?」
マチスは広げられている地図の前に足を進めた。
「現時点での兵站に関しては滞りなく進んでおります。もうじき、収穫の時期でもあり、しばらくは問題ないかと思われますが、戦況が長引けば、長引くほど厳しくなってきます」
「現在メルフィーの町に兵站を集めていますが、一部をリナトにも集めてもよいと思いますがいかがでしょう?」
「賛成です。北にアレズ、西にオルタの町がありますので、これによって領土の西側はカバーできるでしょう。リナトにはモントール川に沿って町が作られていますので、南北に送る際には陸地よりも早く、多くの物資を送ることができます」
「問題は、トラントでの武器類の生産か。これに関してはできるだけ多くの鍛冶師達を送り込んでください」
「分かりました。早急に進めます、では失礼します」
王国領を北と南に分けた場合、南側には穀物などの税収が北と比べると多い。これは、今の国の状態を考えたとき、非常に有利であることは救いだった。しかし、長くは立っていられないのも事実である。何とか現状を打開できないものか。
ロズレイドは椅子に腰を下ろし、大きく息を吐き、再び目頭を押さえた。いつの間にか風の音が消えていた。
旧王都、名称「シルバーマウンテン」人口約八万人のこの巨大都市は王国最大の都市であり、全ての権力、最先端の文化が集中している場所である。
先の攻城戦での爪痕は未だ色濃くのこってはいるが都市機能はほとんど戻ってきている。その中の旧国防大臣執務室で机に脚を乗せ、自分に上がってきている書類に目を通して女性がいる。
彼女は「ロクサーナ帝国、対バランティー王国方面軍総司令官グレース・ファーニル」その人である。彼女は今、あまりに雑務が多く最近は機嫌が非常に悪く、周りの部下達は余程の案件がなければ近づこうとしなかった、・・・副官以外は
「おい、ゾーカー!」
グレースは長い黒髪を乱暴にかきながら、傍にいる副官に対しぶっきらぼうに声を掛けた。
「何でございましょう、グレース様」
普通ならば上官の声掛けに自分のデスクからすっ飛んで来るところであるが、そんな事に意に介さず自分の長い爪を手入れしながら答えた。
「うちの文官共はいつになったら来るんだ?」
「本国の話ですと、もうじき来るということでしたが」
「もうじき、もうじき、ってこの前も同じことを言っていたぞ。詳しい日時とか分からんのか?」
「そうおっしゃられても、私が文官を統括する立場にないものですから分かりませんね」
「あ~、本当に面倒くさい。私は武官であって事務仕事は専門ではないんだぞ」
グレースは、睨みをきかせて副官に言った。
「仕方ないじゃないですか、貴方様がここでのトップなんですから。色々な案件に対してご裁量して頂かないといけないのですから」
爪の手入れを終え、今度は角の手入れを始めた。
「あー、分かった。総司令官の位をお前にやる! だから私と代われ!」
「無茶な事をおっしゃらないでください。」
あくまでも、冷静な副官は高級角クリームの蓋を開け、布に少しつけた後、念入りに自分の角を磨き始めた。
「大体、なんで私がここまで来て戦争をしているんだ? 本当だったら、今でも隠れてダーリンと熱いアバンチュールを過ごしていたはずなのに。なんで、ばれたのだ? 行き先を知っているのは誰もいなかったはずなのに」
グレースは腕を組み心底不思議がっていた。
「はい、私が教えましたよ」
「オマエか~! 何で私の居場所を知っていたんだ?」
「上官の所在を掴むのは副官の仕事ですから。・・・随分と楽しまれていたようで」
「クソ! だいたいこの要望書の内容はなんなんだ。「本占領地での税収の変更について」はまだわかるがな、「うちのポチを探してください」とか「旦那が浮気しているので懲らしめてください」ってのはさすがにキレるぞ私は!」
「それは、面白いから私自らが上げたんですがね」
ぼそりとゾーカーはつぶやいた。作業を中止しグレースの傍に歩み寄った。
「さすがにそれはいただけませんね、今度からその辺の案件は上げてこないように注意しておきますね」
「それに、ここの部屋も気に入らん! キンキラキンで落ち着きゃしない」
「それでしたら、旧国王の間にすればよろしかったのでは?」
「あほか!あっちの方がもっと趣味が悪いわ。だいだい、あそこに座るのは親父(帝国皇帝)だろうが」
「ま、それもそうですね。でしたらわがままを言わず、ここでおとなしく仕事をしてください」
「ふん! 前線でも行って暴れたいな、そうすればスカッとするんだがな」
「グレース様が前線に行ったら部下の武勲を全て横取りしてしまいますから、ご遠慮ください」
「まあ、な。部下の仕事を取ってしまってはいかんな。・・・話は変わるがな、市民に対してうちの兵士が悪さはしとらんだろうな?」
「それに対しては、憲兵隊が睨みをきかせているようですので心配はないようです。それにしても今回は随分、市民に対して寛大なご処置でしたね」
「中から不満が爆発したらそれを消すのは大変だからな。まあ、最初は飴を与えてやればいいんだよ。そこから、じわじわと搾り取ってやればいいのさ」
「その割には王族の者には徹底して処刑されてました」
「当たり前だ、奮起する材料は最初から消しとかないとな、それにしても、あの王子を逃がしたのは痛い。あやつを最後まで護衛しておったフロイスとかいう将軍はなかなかの者だな、殺してはいないだろうな」
「はい、現在は収容所におります」
「それでよい、いずれはわが部下に加えたいと考えておるのだから殺すなよ」
「御意」
うやうやしく副官は頭を下げる。
「王女の件はどうだ、何か返答はあったか?」
「いえ、何の答えも聞けません」
「ふーむ、妹は殺すつもりか。まあ、まともな王子のようだな」
「はい、南の王国領の統治もうまくいっているようです」
「先にあやつをやっておけばよかったな。ま、ジワリと首を締めてやるわ」
グレースは立ち上がり歩き出した。
「グレース様、どちらへ?」
「散歩だ、ついてくるなよ」
そう言って部屋をでていった。
「・・・・・・逃げられてしまいましたね」
ゾーカーは再び自分の椅子に座り角の手入れを始めた。
起床時間が早かったためか、それともこの乗り心地が良いからか、竜二は荷馬車の上でウトウトしていた。あれから、三人はリリネの家にやっかいになり、着ている服も彼女の息子の服をもらった。野菜の収穫を手伝ったり、庭の手入れをしたりと、真面目に謝意を示していた。畑の規模は、あまり大きくもなく、自分と孫が慎ましく暮らしていければそれでいいとリリネが言っていた。あの日は夜であったため、よくこの世界の様子が分からなかったのだが、日が出ている時間にこうして眺めていると、かなりの情報が目に入ってくる。基本的に元いた世界と変わらなく、空は青く、水も透明で普通に飲料水として飲める。ただ、草木や花は日中の様子は同じなのだが、太陽の光を一杯に浴びたその日の夜は光を放つのだ。現在の陽気は日差しが柔らかく、湿気もなく、とても過ごしやすかった。
三人を乗せたこの馬車は、収穫した野菜を荷台一杯に載せて、リナトの町の市場に卸すため向かっている。
「のどかな風景だね、竜ちゃんなんか寝ちゃっているよ」
勝則は空をを見上げ、太陽の光を手で遮りながら聡を見た。
「このゆっくりとした乗り心地が睡魔を呼んでますよね。でも、馬車なんて初めて乗りましたよ」
「あー、俺も初めてだな。平和な光景だよね、この国が戦争しているなんて想像つかないよね」
「ねえ、勝則さん。この前、リリネさんがこの世界には人族の他に、魔人族、エルフ族、獣人族がいるって言っていたでしょ、どんな姿をしているのかな?」
それを聞いた勝則がうれしそうな表情を浮かべ。
「魔人族は興味わかないけど、エルフはやっぱ耳がとがっていて、やせ型で女エルフなんかは金髪の、瞳が緑できれい系のお姉様が。うわ~、たまんねえ。会ってみてー」
それを聞きつけ、すかさず、竜二が愛の手をだす。
「獣人族はやっぱり、定番の猫耳、尻尾付きの萌え種族でしょ!」
「うおー、良いね、良いね。是非国々を回って行きたいよね、ここパラダイスじゃん」
竜二と勝則はお互いに目を合わせ、気持ち悪い中年の笑みを浮かべるのであった。
「二人とも妄想おつ、なんですけど。現実は分かりませんよ?エルフは耳がそうであっても目の形が宇宙人の「グレイ」タイプで目はあのアーモンド型で、獣人族は全身毛皮で覆われ、リアルなネコ科の目だったらどうします?」
「やめて、俺達の夢を壊さないで!」
頭の中がきれいなチューリップ畑の二人は、リアルな種族を想像して、手に頭を置き首を振って否定した。そんな、アホな会話をしばらくしていると、ようやく町が見えてきた。
約十メートルほどの、石で組まれた外壁で町は囲まれていて、入り口には五人程の守兵が見張りをしている。中に入るとすぐに広場があり、数十人の兵が武器を持って訓練に励んでいた。 持っている武器は剣、槍、メイスや弓など様々である。道幅は馬車が二台すれ違える幅があり、道は大きめの石を使った石畳になっている。建物は漆喰で作られた四角い建物が並んで、陽の光に照らされて眩しいほど真っ白である。やがて馬車は、大きな建物の中に入る。そこは、どうやら倉庫のようだ。中に入ると大小様々な荷物が置かれている。
三人で手分けして野菜を降ろし、指定された木箱の中に入れていった。一緒についてきた孫のシーネも、嬉しそうに運ぶのを手伝っている。
この世界の野菜は竜二らがいた世界の物と同じで、季節によってキャベツやレタス、ジャガイモ、にんじんなどが収穫されている。リリネに食事を出してもらい食したが味も全く同じであった。
荷下ろしが終わり、リリネは三人を連れて倉庫を出て、道を挟んだ反対側の、二階建ての建物に入っていった。中には、十名程の女性が机の前に座って仕事をしている。リリネは無言で奥にいる頭の薄い初老の男性の前に立った。
「おはよう、ナパロの旦那」
男は書類に何か書き込んでいたが、顔を上げた。
「リリネさんか、おはよう。ああ、今日は納品日だったね。」
「まあ、そうなんだけどね。今日はちょっと旦那にお願いがあってね」
リリネは小さい声でナパロの側に寄った。
「じゃあ、奥の部屋にどうぞ」
ナパロ立ち上がり、奥の部屋のドアを開けてこちらに来るように手で促した。テーブルを挟んでナパロとリリネが座り、三人は遠慮してドアの前に立っている。
「この人達は?」
「うん、お願いと言うのはこの三人のことでね。ここで雇ってもらえないかね。ちょっと訳ありでね」
ナパロはしげしげと三人を眺めた。
「この人はナパロさんと言って、運送業の経営者なんだよ」
「訳ありって何か悪い事でもしたのかい?」
「どんでもない! そういうことは一切やってないだけど。実はね・・」
リリネは今までの事を話し始めた。
「なるほど、・・・異世界からね」
ナパロは難しい顔で腕を組み天井を見上げ、しばらく考えていた。
「ま、今は人手が欲しいし、いいだろう。真面目に働いてくれりゃ、問題ないし」
三人は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます。一生懸命働かせていただきます」
竜二は一歩前に出てナパロに言った
「今からでも働けるんだろ?」
「はい、お願いします」
「じゃ、旦那。この三人のことは頼んだよ」
リリネは建物から出たが、三人はすぐに後を追う。
「リリネさん、何から何まで、本当にありがとうございます」
三人は深々と頭を下げた。
「ま、困ったときはお互い様だよ。良かったね、旦那に感謝して真面目にやるんだよ。じゃあ、私は行くから」
リリネは満足そうな表情で倉庫の方に歩き出した。
「バイバイ、おじちゃん達。また、遊ぼうね」
三人は手を振って二人の馬車を見送った。三人は心から二人に感謝した。
「あの人は昔から人の面倒見がよくてね、こういう出会いに感謝しなきゃね」
「はい、リリネさんには色々と良くしていただきました」
竜二は涙目でリリネの姿を目で追った。
「さて、ちょっと来てもらえるかな」
ナパロは歩き出した。先ほどの建物の隣にある、二階建ての建物の中に入る。長い廊下が右から左にわたってあり、それぞれに部屋に入るための扉がある。ナパロは一番右奥の扉を開けて三人に入るように促した。中に入るとベッドが二つおいてあった。
「この部屋と隣の部屋が空いているから好きに使うといい。ここは従業員が住むために作ったから遠慮なく使用してくれ」
「ありがとうございます。住むところが無かったので助かります」
三人はナパロに頭を下げた。
「うん。じゃあ、後で誰かに作業服を持たせるから、着替えて私のところに来てくれるかな。現場に行って皆に紹介もしないとな」
そう言ってナパロは部屋を出て行った。作業服に着替えた三人はナパロに連れられて作業現場に向かっていた。
「仕事の内容は、川からやってきた船の積み荷を降ろして、仕分けしてもらう。今度は、それを、馬車に積んで、うちの倉庫に入れてもらう。それが一連の流れだね。詳しい内容は責任者から聞いてくれ」
しばらく歩いていると船着場に着いた。30人程の男達が仕事をしていた。
「ジャンさん!こっち来てくれるかね」
すると一人の老人が足を引きずりながらこっちにやってくる。
「今日から、うちで働いてもらう事になったから、面倒見てやってくれよ」
そう言って竜二らを紹介した。
「ああ、分かったよナパロの旦那。おう、お前達こっちに来てくれ」
ジャンは足を引きずりながら、荷物が置かれている所に三人を 連れてきた。
「とりあえず、ここにある木箱をあそこの荷馬車の荷台に運んでくれ」
ジャンは十メートルほど先にある空の荷馬車を指さすと、自分の持ち場に戻っていった。
竜二らは、早速、一抱えほどの木箱や、シングルベッドぐらいの大きさの木箱など、大小様々な荷物を黙々と運び始めた。すると、何故か周りにいた男達が唖然として彼らを見つめていている。それを見て竜二は不思議に思いながらも荷物を運んでいった。やがて、昼食の時間となり、三人はジャンに連れられて食堂に入って行った。
食堂にはパン、野菜、スープの入った容器が並んで置いてあり、一人、一人がそれぞれ好きな量を取って食べている。竜二らもそれに習って取って席に着いて食事を始めた。当然のごとく、勝則は周りが驚くほどの山盛りの量を食べている。
「それにしても、若い者は体力があるな。うちの荷物をえらい早く運ぶものな」
側に座って食事をしているジャンが、歯の抜けた口を見せながらニヤリと笑った。
「いえ、若いなんて。自分なんか四十六歳ですから、もう若くないですよ」
竜二が苦笑しながら話を返した。
「なあに、俺らに比べれば十分若いさ。見てもらって分かる通り、男は年寄りしかいねえだろ?知ってるとは思うが、二十代や三十代の若い奴らは、ほとんどが戦争に駆り出されているからな」
「ええ、そうですね。戦況はどうなっているんですか?」
今度は聡が話しかけた。
「詳しくは分からねえが、良くはねえって話だよな。なんと言っても王都がやられちまって、王様が殺されたって話だからな」
「王都て言ったら首都の事ですよね」
スープを口に含んで聡が竜二に言った。
「そうだな、こりゃ、相当にやばいんじゃないのか。ジャンさん、それでは今が誰がこの国を動かしているんですか?」
「第二王子が無事でいるらしく、軍をまとめているらしいぞ。国の半分程が取られちまっているらしいから、こりゃ、ダメかもしんねえな」
「そんな、のんきなこと言って。」
「俺は足がこんなだからよ、ここにいるしかねえもんよ。他の連中は敵が近くまで迫ってきたら南に逃げるんだろうがな」
どうやらこの国は危機的状況に陥っていることを竜二は確認した。この世界に移り、なんとか、こうやって居場所を確保出来たと言うのに、これではこの先どうなってしまうのか不安になった。
「なあに、若い連中が何とかしてくれんだろ。俺たちはいつも通り働くさね」
そう言ってナパロは笑った。
昼休みも終わり、再び仕事についた。今度は船から降ろした荷物を仕分けする作業をしている。船は川幅や水深も十分にあるので、小型船から大型船まで様々な大きさの船が一時間に一隻ほどやって来る。話によると、この船はナパロが所有している船で、この川を中心にして国内にある各地の町まで船で運び、後は馬車で運ぶらしい。国からの依頼も多く最近では軍需物資が多く運ばれているらしい。どうやらナパロはかなりの資産家らしい。しかし、そんなことはひけらかさず、常に従業員の事を考えてくれるそうだ。そんな人柄なので、皆、彼を慕っている。
やがて、夕刻になり今日一日の仕事が終わった。一旦、部屋に戻り、着替えを持って町の公衆浴場で体を洗った。湯船に浸かってみたら硫黄みたいな匂いがするので、一緒に入っている者に聞いたところ、どうやら温泉がでているそうだ。浴場を出てジャンから聞いた酒場に行き、食事をすることにした。町の様子を見ると、かなり賑わっている。野菜や、果物、衣服や靴などの商店が建ち並び武器や防具なども扱っている店もあって三人は物珍しそうに、それらを眺めていた。途中、竜二は地図を購入し、店を出たら勝則だけになっていた。聡は待っている間に、好みの女性を見つけ、素早く声を掛けどこかに行ってしまったらしい。竜二は勝手に行ってしまった聡のことより、一人面食らっていた勝則の顔を見て笑った。やがて酒場に到着してドアを開ける。店内は客で一杯だった。なんとか席を見つけて座り、酒とサラダ、肉料理を注文した。二人は食事を取りながら、テーブルに地図を広げた。
「さて、これが王国全体の地図だけど」
竜二は持っていたペンを地図の真ん中に線を引いた。
「ここから北が帝国で南が王国。俺達のいるリナトがここか」
「聞いた話だけど、この町って人口が千人くらいの小さい町だってね」
「なるほど、そうなんだ」
「こうやって見ると帝国が南進してこの町に来るには、まだ時間がかかりそうだね」
勝則が肉料理を独り占めしはじめた。
「そうだね、北にアレズの町があって軍も防衛してるらしいから簡単にはいかないだろうね。・・・でも」
竜二は地図を見て、ある不安を覚えた。
「どうしたの、竜ちゃん?
「うん、俺がもし敵の指揮官で兵数に余裕があれば、アレズは通り越して、隊をを二つに分けて、先にリナトと西にあるオルタを攻めるかな」
持っていたフォークの先っぽで地図を指し示した。
「・・・・なるほど、この川か」
「そう、この川を先に押さえてしまえば、素早く物を動かせる輸送路がなくなり、アレズを孤立させて、干上がらせる事ができるよね」
「そうなれば、後は最南端のトラントを獲れば南西はすべて帝国のものか」
「でも、俺が考える事なんか本職の軍人も考えているだろうから、その辺は分かっているんじゃないの?」
竜二は酒をチビリと口に入れた。
「話は変わるけど、竜ちゃんさ、今日の仕事の荷物、随分と軽かったよね?」
勝則は、平らげた肉料理の皿をどけて、サラダに取りかかると、次に追加の肉料理を注文した。
「そうだよな、ジャンさん達は驚いていた様子だったけど、余裕だったよな」
竜二は、他の客が、どんな酒を飲んでいるのか気になり、店内を見回し始めた。
「周りは年寄りばっかりだから、少しは戦力になってあげないといけないか」
「そうだな、雇ってもらった恩があるし、頑張りますかね」
そう言って、竜二はウィスキーと燻製のチーズを注文した。しかし、燻製のチーズだけ来たと同時に勝則に皿ごと横取りされたしまったのは言うまでも無い。
「しかし、人というのはよく出来ているよね。」
勝則が今度はチーズを口に咥えている。
「うん?」
「だってさ、こんな訳のわからない世界に来てさ、今こうやって普通に飯食ってるんだからさ」
「確かにな。普通に考えたら頭がおかしくなってもいい状態だよな。でも、これがさ、人がいない世界だったらやばかったよな」
「例えばどんな世界?」
「そうだな、悪魔だけが住む世界とか、生き物が全くいない世界とか、女だけの世界とか」
「ぶっ!最後に言ったのは最高なんだけど、むしろ、そっちに行きたいよ」
「ハハハ、でもさ、男がいない世界なんだから、向こうからしたら奇形種なんじゃないの?」
「ああ、確かに。捕まって解剖でもされそうだ。」
そう言って勝則は三度目の肉料理を注文した。
「思ったんだけどさ、逆に男だけの世界があったとしてさ、恋愛も男同士ってことだよな」
「うわ、兄貴愛しているよ状態? キモ!」
それを聞いて飲みかけの酒を吹き出し、竜二は笑った。
とても良く晴れた日だった。雲一つ無く、風が心地よく吹いていた。物凄い圧力を敵から感じる。
ロズレイドにとっては、初めての戦闘である。敵は前衛に魔獣兵を置き、攻め込む構えをとっている。それにしても、魔獣兵のあの大きさは何なのだろう。とても、この世の物ではあり得ない。いざ、目の前に立たれたら、恐れずに戦えるだろうかと思った。
兵士達との連携は、大体できていて、まず互角に戦えるだろうとグレゴリー将軍は話していた。陣形は、前衛の歩兵が第一歩兵隊から第四歩兵隊までが横一列に並び。その後ろに弓隊が、その左右に騎馬隊が一隊ずつ控えていた。
敵は前衛に魔獣兵を横に長く配置しており。その後ろには、一般の魔人族歩兵がいるようだった。
ロズレイドは、側に置いてあった水を無意識に口に入れた。「ゴクリ」と喉が鳴る。ゆっくりだった敵の足並みが、だんだんと早くなり、駆け足に変わり攻め込んできた。弓隊が敵の足を止めるべく弓を一斉に撃った。風を切る音が、無数に聞こえ、大雨のごとく敵の方に吸い込まれていく。
・・・・・止めたか・・・・・そう心の中でロズレイドは思った。しかし、驚くべき事に先頭にいる魔獣兵は弓が体に突き刺さったまま、前進している。
「第一歩兵隊と第二歩兵隊は前進」
グレゴリーが指示をだした。大きな叫び声を上げ、歩兵隊は敵にぶつかっていった。勇敢な歩兵は、楯を前に出し、攻撃を避けながら剣を出す。しかし、それでは、自分達より大きい魔獣兵には、致命傷をあたえられない。中には楯を外し攻撃する者もいるが、それは、格好の的になり、頭を爪で叩かれて首が吹き飛ばされている。
他にも、持ち上げられて、後ろにいる魔人兵のところまで投げられて、袋叩きになっている兵もいれば、魔獣兵に喰われている者もいた。
しかし、王国軍歩兵隊は踏ん張っていた。
「騎馬隊に伝令、タイミングを見て魔獣兵の横面を叩き、歩兵隊の援護をせよ。左翼の弓隊は左に百メートほど移動して待機」
左翼の騎馬隊が土煙を上げて走り出した。敵右翼の魔獣兵を端から叩いては引くを繰り返している。そのおかげで、敵の動きが鈍ってきた。しかし、敵の騎馬隊も動き出してくる、味方の騎馬隊がそれを見て本隊の方向へ下がって行く。それに釣られて、敵の騎馬隊の前方部分が前に突出していた。それを見て、弓隊が弓を斉射した。敵のいくつかが馬ごと倒れている。
「すぐに弓隊を下げさせろ。第三歩兵隊は敵の右翼を攻撃」
弓隊が素早く下がっていく。同時に第三歩兵隊が敵右翼の魔獣兵を横から攻撃し始めた。ようやく、王国軍が主導権を獲った形となった。
敵の右翼の騎馬隊が動き出した。そのまま、突っ込んできて、第三歩兵隊の右側から突っ込んでいく。騎馬の勢いはすさまじく。こちらの歩兵隊がよけていくために、隊が二つに分かれてしまった。それを狙って、魔獣兵の後ろに控えていた敵歩兵が回り込んでその隙間に入り込んだ。敵歩兵と魔獣兵の間に残されていたこちらの歩兵隊は、あっという間に打ち倒されてしまった。
「第三歩兵隊は本陣手前まで下げさせろ」
グレゴリー将軍は冷静に指示を出す。第三歩兵隊が下がっていくのを確認した敵歩兵が、再び魔獣兵の後ろに戻っていった。
敵軍もよく訓練されている、指揮官も優秀なようだ。
こちらの両翼の騎馬隊を動かした。先ほどから魔獣兵の後ろに隠れながら、隙を探して攻撃してくる歩兵をけん制するためである。突いては、下がるを繰り返していく。すると、敵騎馬隊も動き出して、こちらの騎馬隊に攻撃してきた。
お互いに、出ては下がっていくを繰り返して、膠着状態が続いていく。そうなると体力の差で、人族は魔人族に劣るので、少しずつこちらの兵が削れていった。第一歩兵隊の体力が無くなるのを避けるために一度下げて、代わりに第四歩兵隊が動き出した。その瞬間であった。
「ピィーーーーーー」
甲高い笛の音が突然響き渡った。次の瞬間、敵魔獣兵が咆哮を上げて、こちら側に走り出しながら、味方歩兵を蹴散らし始めた。魔獣兵の様子が、明らかに変わったのをロズレイドは感じ取った。味方歩兵が、今まで必死に踏ん張っていたが、この敵の動きで堰を切った様に崩れてしまった。
それを見て、敵歩兵が動き始める。魔獣兵の間をすり抜けるように、味方歩兵に飛びかかる。
見る見るうちに味方の兵が倒れていく。
「焦るな。両翼の騎馬隊を突っ込ませろ」
騎馬隊が、暴れ回っている魔人兵を両端から攻め込むと馬の勢いで蹴散らすことができた。
そのまま敵の中を進み魔獣兵がいるところまで進んで攻撃を始めた。しかし、魔獣兵は馬ごと騎馬隊を倒している。敵の中で動きが止まった騎馬隊は、あっという間に消えていった。こちらの兵達がなすすべ無く倒されていく。
「退却のドラをならせ!」
グレゴリー将軍はすぐさま、退却を命じたが、魔人族の動きはこちらの予想を超えていた。 重装備の敵歩兵でも、走り出すとかなりのスピードであった。逃げるこちらの兵には見向きもせずに、本陣の、ロズレイドめがけて進んできた。
「殿下、早急に退却をしてください」
グレゴリーが、近づいてきて静かに言った。
「将軍は、どうされるおつもりですか」
「私は、殿下や兵達の退却を確認でき次第動きます」
ロズレイドは、グレゴリーが死ぬつもりであると悟った。
「駄目です、将軍。一緒に退却を!」
ロズレイドは必死に説得する。
「指揮官が、真っ先に逃げたとあっては、兵達に笑われてしまいますぞ。よいですか、ロズレイド様、貴方が生きてさえいれば、王国の火は決して消えません。後はお任せしましたぞ。どうか、急いでください敵が目前にせまっています」
グレゴリーは優しく微笑み、去って行った。
「殿下、早くお乗りください!」」
従者が馬を引いて待っていた。後ろ髪を引かれる思いで馬に乗り込み走り出した。
味方の全ての兵の退却を確認したグレゴリー将軍は、馬に乗り込んだ。それを見て、側近の兵達もならって、馬に乗る。
「イルマ副官、貴公は一緒に来てはならん。このまま殿下を追い、この後の総指揮を務めよ」
「将軍、私もお供をさせてください!」
副官は食い下がる。
「この後の戦いを指揮できるのは、貴公だけだ。たのむ、殿下をお守りしてくれ」
グレゴリー将軍は厳しい目で副官を見た。
「・・・・かしこまりました。このイルマ、命をかけて、殿下をお守りします」
そう言って副官は、ロズレイドを追った。
「貴公らも、私についてきても無駄死にするだけだぞ」
グレゴリーがそう言っても、側近の兵達は動こうとしなかった。
「・・・仕方が無いのう。では、行くとするか」
グレゴリー将軍は、側近の兵合わせて六騎で、敵本陣に向けて馬を走らせた。 空には雲が一つ流れていた。
今日は、朝の仕事始めからかなり忙しかった。船は先程から、北から頻繁にやってくる。
ナパロ所有の船だけでなく、他の船もずいぶんと来ていた。ジャンからの話だと、軍の船だということだ。
積み荷のほとんどは、陸揚げ後、すぐに荷馬車に積み込み、オルタの町や、メルフィーの町に運んでいる。北から来る船の一部は、このリナトを通り過ぎて最南端の町、トラントに向かっていた。その理由を竜二は薄々は分かっている。
恐らく、先々日の戦闘で、王国軍が大敗したからだろうと予想した。
王国軍は前線をダガン近郊に陣を構えたので、その南のメルフィーとリナトを物資の中継地にするのだろう。
竜二たち三人は、フル稼働で体を動かした。秋が過ぎた時期とはいえ、太陽の日を浴びて仕事をすればさすがに体中汗だくである。しばらくして、休憩の時間になり、三人は川の畔に腰を下ろした。
「さすがに、これだけの肉体労働をすればかなり痩せるよね~」
持っている水をがぶ飲みしながら、勝則はうれしそうに話す。
「勝則さんは、その三倍は飲み食いしてるから、マイナスではなくてプラスでしょう?」
「うるさいな、聡は。そう言えば、この前の声かけたおねーちゃんとはどうなってるんだよー」
「ああ、一晩の甘いひとときを過ごしただけなので、その後はなにもありませんよ」
「うぐ! こっちに来てもリア充かよ。竜ちゃん、なんか言ってやってよ」
「・・・そのうち、後ろからブスリと刺されるぞ」
「女性に刺されるなら本望ですよ。あ!」
聡の後ろに立った勝則が、聡の背中を押して川へ突き落とした
「ちょ!つめて~。勝則さんひどいよ。モテないからって八つ当たりしないでよ~」
「勝ちゃん、さすがにこれは可哀想だよ。ほら、聡」
そう言って竜二は聡に手を差し出した
「さすがは、我がギルドマスター。優しいなー、モテ無い誰かさんとは大違いだな」
聡が竜二の手を取り、陸に上がろうとした瞬間。
「・・・モテないのは俺も同じだからな」
ニヤリと笑った竜二は手を離し、聡を再び川の中に落とした。
「ええ!竜二さんもひどいよ~」
聡は自分で川から出て、上着を脱いで、濡れてしまった服を手で絞りはじめた。休憩していた仲間たちも、笑って眺めていた。
竜二はこれもいいかな、と感じでいた。こっちの世界も悪くはないかなと。自分がいなくなって、向こうの世界はどうなっているのだろうか。行方不明とかになって、家族が捜索願いなんか出していたりしてるのだろうか。それとも、最初から存在していないことになっているのだろうか。それは、それでいいと思った。ここには確かに自分達が存在しているのだから。
昼食の時間になり、皆、作業を中断して食堂へ向かう。竜二らも、それを見て後ろからついて行く、川の船着場から食堂までは、歩いて7,8分といったところだ。
食堂でまた勝則が、デカ盛りにして食べるのだろうと想像して苦笑していると、なにやら、食堂がある付近で騒ぎ声が聞こえる。だんだんと近づいていくと、人々の悲鳴が聞こえ、そのあたりから町の住人が必死の表情で逃げ惑っている。竜二はただならぬ空気に緊張しながらも、近づいていく。
・・・・それは、今まで見たことが無い生き物だった。
体が自分達の倍以上の大きさで、全身毛で覆われている。魔獣兵だった。魔獣兵は二体いて、住人を次から次へと襲っている。町の守兵も5人ほどで撃退しようと戦っている。軍が駐屯している町の入り口付近に目をやると、そちらも騒ぎになっていた。敵がこの町に攻め込んできたのだと竜二は直感した。
周りは、襲われた人々や、倒れている守兵の死体が転がっている。その光景を目にした途端、竜二の脳裏に、ある記憶がフラッシュバックした。
・・・・・無数の死体、血と硝煙の臭い・・・・
竜二の心臓の鼓動が少しずつ早くなり、早鐘を打つまでに変わった。そして、下を向いたまま、ゆっくりと魔獣兵に向かって歩き出した。
「ちょっと、竜ちゃん危ないよ!」
勝則の制止にも返事をせずに、倒れている守兵の剣を獲り、魔獣兵の前に来た。魔獣兵が手を高く上げ、竜二に向かって下ろした、その瞬間、右手に持っていた剣を左から横に一閃した。
一瞬、あたりがシーンと静まりかえった。あっさりと、魔獣兵の胴が二つに分かれて、石畳の上にドスンと落ちた。竜二は、もう一体の暴れている魔獣兵に向かって走り出し、高く跳躍した。その高さは人間の能力を超えている。三メートル近くはあろう魔獣兵の身長を楽々と越える高さから、両手で剣をあげ、魔獣兵の頭から振り下ろした。自分の目の前で着地した竜二を殴りかかろうと手を横にした魔獣兵は、頭から真っ二つ分かれた。
静まりかえっていた周りの空気が、歓声と安堵の声に変わっていく。次に竜二は町の入り口に向かって走り出す、それを見た勝則と聡も追いかける。竜二の走る速さは尋常ではない、が、自分達もそれと変わらずに走っていた。
町の入り口付近では、戦闘が続いていた。敵は魔獣兵と魔人兵を含めて二十名ほどだが、王国軍兵士はかなり押されている様子だった。倒れているのは王国兵だけで、敵に囲まれつつある。町の出口には、誰も逃げられないように、数人の魔人兵が封鎖している。
戦闘の場に到着した竜二は、固まっている敵兵に向かって跳躍した。着地したと同時に剣を横に振る。五人の敵兵の首があっさりと地面に落ちた。
新たな敵の存在を知り、三人の魔人兵が竜二に襲いかかった。竜二は、そのまま敵に向かって走りだし剣を繰り出す。すれ違い、敵の三名は胴体から血を噴き出して倒れた。さらに、守兵三名と戦っている魔人兵に向かって跳躍し首を跳ねた。
突然の強敵が現れて一瞬怯んだ魔人兵であったが、すぐに五名ほどが竜二に襲いかかった。
竜二が剣を繰り出そうとした時、目の前に誰かが遮るように立ちはだかった。そして、敵の三名が宙に浮きながら吹き飛ばされた。勝則だった。
「なーるほどね、そういうことか」
両手持ちのメイスを肩に載せて勝則が振り向いた。
「・・・勝ちゃん」
「大丈夫? 竜ちゃん、顔がやばいくらい、怖いよ」
「・・・・・」
「こういう時は冷静にね、ギルドマスター。話は後にして、今はやりますか」
勝則は走り出し、固まって構えている敵兵にメイスを振る。敵の五名ほどが軽く吹き飛ばされる。竜二も戦いに戻り、剣を振るう、数人の魔人兵が倒れていく。
後ろから叫び声がして、振り向こうとした瞬間、目の前から矢が自分の顔の横を通り過ぎて、後ろから襲ってきた敵に刺さり、バタリと倒れた。矢の放たれた方向を見ると、聡が弓を持っている。
形勢逆転である。息を吹き返した王国軍守兵は、竜二達を先頭に戦い始めた。次々と敵を倒して数十分後ようやく戦闘は終了した。
竜二は大きく息を吐き、周りを見渡した。魔人兵はすべて倒しきった。守兵も半分程が倒れているが、巻き添えをくらった住民の方が多かった。それを見た住民らが、それぞれ怪我をしている者に手当てを始めた。仕事仲間の人たちもちらほら見えている。
竜二はその場に腰をおろした。勝則と聡も側に来て目の前に腰をおろす。すると、数名の兵がこちらにやって来た。
「先ほどは我々を・・いや、この町を救うために戦っていただきまして、ありがとうございます。正直、あなた方がいなかったら我々は危なかった」
「いえ、とんでもないです。助けになってよかったです」
「失礼ですがどちらの部隊の所属ですか?」
三人は困った顔でお互いを見合った。
「俺達は普通の民間人です」
勝則が恥ずかしそうに言った。
「一般の方々なのですか! それなのにあんなにお強いとは・・」
兵士達は皆驚いた様子で三人を見ている。ふと、自分達の姿が気になりお互いを見合った。 三人とも返り血を浴びて、ひどい有様だった。
「いずれ、お礼をさせていただきたい。今はこの現状を国に報告せねばなりませんのでいずれまたお伺いさせていただきます」
そう言って兵達は去って行った。
周りを見ると、緊張が残るも、落ち着きを取り戻しはじめていた。竜二が予想したとおり、この間の、大規模な戦闘で勝利した魔人族軍が、この町を襲ってきたのだ。人数的には中隊規模であることを考えると、様子見で偵察して、これなら町を落とせると判断したのだろう。そう考えていた竜二があることに気がついた。
「・・・・・まずい!」
「どうした竜ちゃん。また怖い顔をして」
「こいつらはどこから来た?」
竜二は口に手を当てて言った。
「え?」
「今、魔人族軍はどこにいると思う?」
竜二は厳しい目を町の入り口に向けて立ち上がった。
「こいつらは、恐らく北にある本隊からやった来たはずだ、俺達はどこからこの町にやってきた?」
「・・・あ!」
勝則と聡は声を上げた。竜二は側にある軍の厩に走り、一頭の馬の背にのり走り出した。
それを見た二人は守兵達に大声で叫び、事情を説明してそれぞれ兵士に馬の操縦を頼み後を追った。物凄いスピードで馬を走らせている、景色が次々と後ろへ飛んでいく。竜二は懸命に、自分が立てた予想を否定していた。確かに、北からやって来たであろうが、わざわざ、小さな集落を襲うだろうか。いや、作戦上からは、必要の無い場所だ。そもそも、北からやって来たとは考えられない、北東から来ることだって考えられるのだ。
「頼む、何でもない、何もないままでいてくれ」
しばらく馬を走らせていると、前方から黒い煙が上がっているのが見える。
「・・・・!」
否定しても、更にいやな予感が襲ってくる。
集落が見えてきた、方々の家に炎が上げっている。道の至る所に住人が血を出して倒れている。それは魔人族軍が来た事を証明していた。リリネの家にたどり着き、馬から下りて家を見上げた。急いで階段を駆け上がると、ドアは壊されて開いていた。部屋に入ると、中は滅茶苦茶に荒らされていた。
竜二は愕然とした。
「そんな・・・バカな・・・ウソだろう」
リリネが腹から血を出して倒れている。竜二が歩み寄りリリネを抱きかかえた。
「リリネさん!しっかりしてください。リリネさん!」
竜 二の必死の呼びかけに、リリネは薄く目を開けた
「分かりますか?竜二です。しっかりしてください」
勝則と聡も到着して、階段を駆け上がってきた。
「うそだろ? ・・・なんだよこれ」
二人はリリネに気づいて近づいた。息も絶え絶えのリリネが震えた右手を上げて、テーブルの足下を指さした。
竜二は、はっと気がついた。
「かっちゃん、テーブルの下の敷物を剥がして!」
勝則はテーブルをどけ、敷物を剥がすと床に把手の付いた扉があった。すぐに扉を開けると、中からシーネが、口に手を押さえて震えながら涙を流している。魔人族軍が家に来る前に、口を手に当てるように話して、孫を入れて隠したのだろう。
「シーネちゃん! 良く無事で」
勝則はシーネを抱え上げた。
「おじちゃん! ウワァァァァン」
シーネは勝則に抱きつき大声で鳴き始めた。それを見たリリネは、ゆっくりと顔を緩め、竜二を見た。
「大丈夫です。シーネちゃんは俺達が責任を持って引き受けます。安心してください」
竜二の目から涙が溢れている。落ちた涙がリリネの頬に伝った。
リリネはそのまま息を引き取った。
「かっちゃん、シーネちゃんを」
「・・・分かってる」
勝則は、シーネをリリネの姿を見せないように外に出た。
「こんな、・・・こんなことって」
そう言って、聡はリリネの側にひざまずき、片手でリリネの目を閉じてやった。
「いつもそうなんだ、戦争は真っ先に無抵抗の人達を殺すんだ」
竜二はそう言って、リリネを抱えたまま立ち上がった。
この集落の亡くなった人達を埋葬するために、一旦、リナトに戻った勝則は、町の兵達や看護ができる人々を呼んできた。住人の八割は亡くなっていた。遺体は集落の外れにある空き地にそれぞれ埋葬された。
日が傾き、夕刻の時間になっている。生者は死者のために祈りを捧げていた。
「今日は大変な一日だったね。」
ナパロが側に来て竜二の肩に手をおいた。
「シーネちゃんは私が預かろう、責任を持って育てるよ。うちには子供ができなかったから、妻も喜んで迎えてくれるだろう」
「よろしくお願いします」
「今日は、もう帰ろう」
集落は一旦閉鎖する形となった。生き残った人々を荷馬車に乗せて、全員がリナトに帰った。
夜になり、竜二達は共同浴場で血だらけになった体を落とし、酒場で食事を取り始めた。
三人とも無言で食事を取っている。それでも、周りの客はいくらか抑え気味であるが笑い声などが聞こえる。落ち着きを取り戻して安心しているのだろう。
そこへ、一人の男が三人に近づいてきた。男は酒瓶を右手に、グラスを左手に持ち、周りの空気に溶け込んでいる様子で話しかけて来た
「失礼ですが、ご一緒させてもらってもいいですか?」
竜二はその男を見た。身長は百七十センチ前後で、年齢は三十代前半、隠していてもその雰囲気に隙のなさが感じられる。竜二はこういう人間を昔よく見てきた。恐らく彼は特殊な訓練を受けた兵士だろう。男は、少し酔った仕草で椅子に座った。
「いや、今日は凄まじい一日だったな。皆さんにお怪我はありませんでしたか?」
「僕らには全く。ねえ?」
聡や勝則にはこの男の雰囲気が読めないのだろう。偶然空いてる席に来て、今日起こった事件を話している風に思っている様子だった。しばらく会話していて竜二は気がついた。この男、笑顔で話をしいても、目は笑っていないのだ。
「失礼だが、あなたは俺達に何か要件があるんじゃないのか?
竜二は周りの客達に聞こえないように声を押さえて男を見た。
「え? なにそれ。竜ちゃん。どうしたの?」
勝則が不思議そうに、男と竜二を見比べた。
「・・・・・やはり、あなたには気づかれていましたか。おっしゃるとおりです。今日はあなた方の戦い方を見て興味を持ちましてね」
男は酒を口に含み更に続けた。
「あなた方は一体何者ですか?この国の人間ではないですよね、ましてや魔人族や他の種族とも違う。でも見た目は完全に人族だ、でもあの体力と戦力は説明できません。差し支えなければ教えていただけませんか?」
竜二達三人はお互いに伺うように目を合わせた。
「その前に、自分の正体を晒しててくれないと答えられないな」
竜 二が腕を組んで男に言った。
「ああ、失礼しました。私はバランティ王国軍ロズレイド王太子直属隠密隊隊長、バルド・ドルーマと申します」
「この国の兵士さんですか。まあ、あの戦闘を見てたのなら疑うよね。いいんじゃない、話しても」
勝則が兵士ということを気にしない様子で、竜二に言った。
「そうだな。まあ、いいか。俺達は異世界の人間なんだ。理由は分からないが三人で道を歩いていたら、突然この世界に足を踏み入れてしまったんだ。もちろん、帰り方なんて分からない。しばらく彷徨っていたらさっきの襲われた集落にたどり着いて、そこの住人の一人のかたに親切にしてもらってね。この町で働けるように取りなしてもらったんだ」
それを聞いたバルドは、わずかに驚いて目を見開いたが、すぐに納得して竜二を見た。
「そうですか、異世界から。どうりで人並み外れた戦いをすると思っていました。姿は同じと言うことは同じ人族なんですね。あなた方は、あちらの世界では兵士だったのですか?」
「いえ、普通の民間人でしたよ」
バルドは不思議そうに聡の話を聞いている。
「どうやら、僕ら、この世界ではここにいる人達に比べて相当な体力があるみたいなんです。おかしいな? と思ったのは、ここで仕事をしていて、中身の入った木箱を運んでいる時でした。軽々と運んでいる僕らを見て、周りの人達がやたらと驚いた様子だったんです。で、今日の襲撃事件です。竜二さんや勝則さんが戦っているのを見て、ああ、なるほどって」
「そう、そう。俺もさ、竜ちゃんがとんでもないジャンプをしたのを見てさ、分かっちゃったよ」
「なるほど、そうだったんですね。でもあなたの動きはそれでも尋常じゃありませんでした」
バルドは探るような目で竜二を見た。
「あれは、相当な訓練を受けた人の動きです。しかも極めて特殊な」
竜二とバルドはしばらく視線をぶつけていたが、諦めたように竜二が語りだした。
「二人には初めて話すことだけど。二十五歳の頃にさ、いわゆる海外協力隊ってボランティア活動で、東アジアのE国に未舗装道路の補修工事にやって来ていたんだ」
三人は黙って竜二の話を聞いていた。
「工事中、近くの村の住人たちに感謝されて交流を持つまでに仲良くなったんだ。飯とか呼んでもらったり、こっちから酒持って行ったりとかさ。村の子供達も俺達に懐いてくれて楽しかったんだよ。ある日、突然補修工事が中止になったんだ。実はE国は少々内乱が発生してて、勿論その場所はその地域から大きく外れていたから工事をしてたんだけど。俺達が仲良くしてた村がゲリラの村じゃないかって疑われて中止になったんだ」
竜二は空になったグラスに酒を注いで一口ちびりと飲んだ
「次の日になって、心配になって村まで内緒で仲間と見に行ったんだ、そうしたら・・・」
しばらく沈黙し、震えた声で話し始めた。
「村人全員が殺されていたんだ、銃で撃たれたみたいでみんな穴だらけだった。
一緒に酒を飲んだ人や、飯食わしてもらった人、遊んだ子供達までみんなだ。どうやら政府軍が極秘で襲ったらしい事が分かってさ、でも、あの村はゲリラなんかでは無かったんだ。ガセネタで動いて、間違いだった事は無視を決め込んでいたんだ。俺達は許せなかった。こんな腐った国なんか終わった方がいい、そう思ってゲリラに身を投じたんだ」
竜二は話し終わると再びグラスの酒をあおった。勝則驚きを隠せない表情で竜二に尋ねた。
「その後、どうなったの?」
「うん、そのゲリラ戦はやがて革命と名前を変えて戦われて、やがて革命軍が勝利して終わったよ。役目が終わったと感じた俺達は、日本に帰って、それぞれバラバラに別れてね、俺はあの世界の会社に勤めたってわけ」
「そんなことがあったなんて、知りませんでした。辛い経験をしてきたんですね」
聡が竜二のグラスに酒を注いだ。
「バルドさん、あんたの言うとおり、俺は元兵士だよ。それも特殊な訓練を受けた」
目を伏せて聞いていたバルドが初めて真剣な表情で話した。
「お願いがあります。どうか、この国の危機を一緒に戦い、救ってはもらえないでしょうか?」
竜二はすぐに返事をできなかった。なぜなら、もし、自分が戦うことを決意したとして、勝則と聡がついてきたら、この戦争に参加せざるえなくなってしまう。いくら、体力がこの世界の人間以上であっても、傷つけば怪我もするし、下手をすれば死ぬこともあるからだ。
長い沈黙が流れた。店は相変わらず賑わっていた。
「ねえ、竜ちゃん」
勝則が沈黙を破った。
「もしかして、俺と聡の事を、気にしてるんじゃないの?」
竜二は目を見開いて勝則を見た。
「もし、そうなら、そんな事は考えなくてもいいよ、俺は参加する。何でかって言うとさ、リリネさんや、町で被害に遭った人を見て、罪も無い人が殺される。こんな世の中は間違っていると思った。俺のこの力が役に立って、平和が来るのだったら、喜んで戦おうと思う。確かに戦争は怖いけど、それはみんな同じで、それでも、戦っている人が今現在いるんだよね。だから、俺は参加するよ」
「僕も、今、同じ事考えてました。ここで、参加しなかったら、後悔すると思います。後悔するくらいなら、僕は戦いますよ」
二人の目は真剣そのものだった。考えて見れば、この二人と付き合って大分経つが、こんな真面目な顔をしたのは初めてだと竜二は思った。
「二人とも随分と熱いじゃないか、俺達三人は揃うとバカばっかり言ってたけど、こういうのも悪くないな。・・・・よし、一丁やりますか!」
「ありがとうございます。あなた方三人が参加していただければ、かなり、戦況が変わると思います」
バルドは安堵の表情をして、三人に頭を下げた。
「俺達に敬語なんか使わなくて良いよ、くだけた話し方でいい。それでまず、どうすればいい?」
「では、そうさせてもらおうかな。詳しい話は、ここではできないんだ。そこの階段から二階に上がってもらえるかな。ここの主人は俺達の部隊の者だから平気だ」
酒場には、色々な人間が出入りする、情報を得るにはもってこいの場所である。見るとカウンターの奥に階段があった。三人は目立たぬように、一人ずる階段を上がった。二階はかなりの広さがある、中央に八人用のテーブルと椅子置いてあり、奥には地図が貼り付けてあった。恐らく、バルドがいる隠密隊の集合場所なのだろう。しばらくするとバルドが下から上がってきた。
「適当に座ってくれ。これからの計画を話そう」
三人は椅子に座った、酒の影響は無かった、飲んでいても酔える気分ではなかったのだ。
「この地図を見てほしい。ここにサンレーの町があり、ここから南に五十キロほどの所に、敵の捕虜収容所がいくつかあるのを確認した。ここに収容されている我が兵士の数、およそ三万人。ここを解放するのが今回の作戦なのだ」
「ちょっといいかな。普通、収容所を作るなら、前線から離すように、王都から北に作ったほうが効果あるよね」
勝則が竜二を見て言った。
「これは恐らく、王国軍が北に攻め上がってきた時に、人質として使うつもりだろうな。戦場になった時に、捕虜を並べて肉の壁を作るか、死に兵として魔人族軍に加えて同士討ちを狙っていると思う」
「竜二殿の言った通りだと思う、時間稼ぎで、捕虜達を我々にぶつけてくる考えだろう」
「今の王国軍の前線で戦える人数はどれくらいだ?」
「出せて四万五千」
「収容所を解放して七万ほどか」
「ちなみに敵の兵力は、およそ十万」
「かなり多いですね。そう言えば、この間、戦闘があって、負けてしまったと聞いていますが、人と魔人族の体力は負けてしまうくらい違うのですか?」
聡が難しい顔をして聞いてきた。
「確かに魔人族の方が体力はある。だが、それ程大差は無いんだ。問題なのは敵の魔獣兵だ」
「魔獣兵?」
「今日、この町に攻めてきていた、大きな獣だ。この間の戦場では、あれが前衛に二万ほど配置されて、かなりの苦戦を強いられた」
「ええ!あんな化け物が二万も! それはかなりきついですよね」
「一般の魔人兵でも、我々、人族と比べても体力は上なんだ。それに今の王国軍に指揮ができる人間がかなり不足してるのだよ。」
「指揮できる人間は、ほとんどが、収容所にいるのか」
「そうなんだ。特に我が国の最強を誇るフロイス・ハインツ将軍が幽閉されている。だから、ここを獲る事は急務なんだ」
「収容所にいる敵の人数と、この作戦に参加する人数は?」
「敵兵一万五千で、作戦に参加する兵は二千五百だ」
「人数的に見るとかなりきついですね」
「しかし、それ以上となると、多すぎて移動中に、動きがばれてしまう。それに、前線の人数が少なくなり、攻め込まれて崩壊する恐れがある」
「収容所の建物の配置はどうなってるのですか?」
「五つのブロックに分かれている。一ブロックあたり、大体、六千人ほどが収容されているようだ。監視兵も総数から五で割った人数と思われる」
「収容人数に対して、敵の兵数が少ないですね」
「すべての収容者は牢に入れられているんだ。それに反抗する捕虜に対しては、精神的苦痛を与えていて、多くの収容者が無気力化されているようなんだ」
「厳しい作戦だな~。竜ちゃん、どう思う」
「実際に、ぶつかってみないと、何とも言えないが、解放した時に、動ける収容所の兵達も戦いに参加させられればいけるだろう。問題は解放後の兵達の移動だな。目立たないようにしないとな」
「そうだね、地図を見ると、南西にアレズの町があるから、アレズ経由で動くしか無いか」
「・・・・・ん? そうか、それならいけるか。 ・・・・バルドさんいい考えがある。この件は明日また話そう、先に確認したいことがあるんだ」
「分かった。・・・・あと、実は作戦には無い案件が一つあるのだが」
バルドが言いにくそうな顔で言った。
「何ですか?そんな顔をしないで言ってみてくださいよ~」
「収容所の北、二十キロの所にサンレーの町がある」
三人は同時に地図をのぞき込んだ。
「ここに、ロズレイド殿下の妹君、ミエリ王女が、人質として捕らわれているんだ。王女の返還の条件として、王国領の南東全域を要求している、このことは殿下にもお伝えしているんだが、収容所の開放が優先とのお考で・・・」
「辛い選択だね、自分の妹を選べないというのは」
「同時に攻略なんて無理ですしねぇ」
「殿下は決して冷酷なお方ではない。これは、苦渋の決断だと思う」
「バルドさん、この町の事を聞きたいんだが。昼間と夜間の出入りは?」
竜二が地図に表示されているサンレーの町を指さした。
「出入りの際は衛兵にチェックを受けるが、武器や怪しい荷物がなければ、出入り自由となっている。ただし、夜間は門が固く閉じられていて、町中も出歩きが禁止されている」
「占領している割には、随分と優しいんですね。もっと、こう、奴隷にするとか、虐殺で住人の全員を生き埋めにするとか怖い事をするのかと思いました」
「おっかないことを平然と言うな聡は」
勝則が気味悪がって聡を見た。
「占領下の都市は例外なく同じ状況下だな」
「そんな事をしたら国民から反感を買って、反乱を起こされて無駄な兵力を使う事になるし。大虐殺を繰り返し行ったら、重要な生産元がいなくなるわけだから、税収が減って旨みがなくなるんだよ」
「へ~、なるほど」
「で、町の外壁の高さはどれくらい?」
「大体十メートルってとこかな」
竜二はしばらく考えていた。
「ちなみに、王女の、幽閉先も特定されているんだ。接収した、大商人の家の中にいらっしゃることは分かっている」
「聡さ、そう言えば、今日戦闘で弓を使ってたよな」
「ええ、高校生の頃、弓道部でした。これでも国体で三位だったんですよ」
得意な顔で聡が自慢する。
「なるほどね・・・じゃ、お姫様も救いにいくか」
「へ?」
勝則と聡が、キョトンとして竜二を見た。
「で、でも。収容所はどうするのさ?」
「勿論やるよ。バルドさん、あんたの部隊の中で戦闘が得意な人数はどれくらいだい?」
「総勢で五百だから、四百近い兵が戦闘で使えるように訓練されているが」
「じゃ、その中から、五十名を選抜してくれるかな? これには二人も参加してもらいたいな」
「え? そりゃ、大丈夫だけど作戦とかは?」
「後で教えるよ、それより頼むぜ、二人の力がどうしても必要になってくるからさ」
「ありがとう。順番としてはどちらから始める?」
「最初に王女救出で、その後が収容所だな。これは早いほうが良いから、明日から動こう」
「分かった、早速これから部下に連絡を取ろう。明朝に、あなた達の部屋にうかがう事にいしよう
そう言ってバルドは部屋を出た。
「さて、これから、王女救出の作戦を説明しようか」
竜二は腕を組んで椅子に腰掛けた。
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