第三十六話 喰剣
ましろは背後の凛たちに当たらないよう紫色の奇怪な
「……その武器、見せ掛けではないな」
目鼻の顔立ち、表情のないトルレガは厳かな口振りで訊ねると、ましろの代わりに奇怪な武器の剣身の中心から白い牙が覗き、ギギギと発する低い重低音の笑い声が如実にそれを証明した。
「
「——その剣、い、生きてるの!?」 カノープスに乗ったままの凛は驚愕の声をあげる。
「ああそうだ。 ——ヘカトンマキア。 こんなナマモノ注文した覚えはないが手持ちはこれしかないから文句も言えない。 いや言うけどなっ!」 ましろは背後の木の枝に佇む黒い猫を睨んだ。 「おいインチキ鍛冶猫! なんだこの剣、重いしキモいし、なんかゲヘゲヘ笑ってるし! もっとまともな武器を造れないのか!」
「嫌ならそんな武器捨ててその金属体に殴殺されるがよい!」
「そんな武器って、お前には愛着ってものがないのか!? 何日も腹を痛めた子供みたいなものだろう? はいネグレクトキャットー。 お前の好感度駄々下がりー」
「儂はインチキ鍛冶士なもんでのう、愛着? 片腹痛いわ。 それに儂は猫である。 それだけで儂の好感度は天井知らずじゃ!」
「おーい、もういいか?」 トルレガは退屈そうな口調で戦槌を軽く肩に叩いていた。 「こっちも意外と暇じゃないんでな。 とっとと終わらせようか……」
ましろは気色ばんだ顔を静かに潜めて腰を落とし、ヘカトンマキアを構える。
トルレガも腰部を沈ませ肩にかけた戦槌を握る手が軋む。
水を打ったように静まり帰った森のどこかで動物の嘶き声が聞こえた。
それが開始の合図かのように互いの足が前方へ向けて大きく開いた。
下草を颯爽と駆ける素早いましろの武器と、駆ける度に地面を窪ませ地を揺らす鈍重なトルレガの武器の搗ち合う剣撃音が
その鉄を断つような音に思わず凛とタリは耳を塞いだ。
衝突し合う反動がましろの全身を通り抜け、地面に足が食い込む。
「その華奢な矮躯でよくやる」 肩に力を入れ、さらに上から押し付けたままほくそ笑む。
「寛大な……評価、どうも……」 腕をわなわなと震わせ、口角を歪めるましろは剣を弾くと同時に素早く後退し、抵抗を失い地面を叩き付けた戦槌を回避。 直後、空中に跳躍、即座に横に旋回し間合いを詰めながら大振りに袈裟懸けを仕掛けた。
俊敏な動作に反応するトルレガであったが、自身を傷つけられるのは至極限られた一部である事を知っていたためましろの斬撃は確実に無意味に終わると予想した。 ましろの攻撃を傍観者さながらに見送り、カウンターにと左手の拳を強く握っていたところ、その目論みは驚愕と共に水泡に帰した。
胴間声の微笑を発すヘカトンマキアの鋭利な一撃が高純度高硬度のトルレガの肩を搗ち割ったのだ。
「——ナニッ!?」 予想外の出来事に一瞬硬直しかけたが、即座に理性を取り戻したトルレガは拳を勢いよく伸ばしてましろに殴打を仕掛ける。 「フンッ!」
片足で亀裂の入った肩を蹴飛ばし後方宙返りで、空を切る左パンチをすれすれのところで回避した。
地面に着地したましろは眉を顰めて
「……あんたもよくやるよ、トルレガ」
「おいおい過大評価し過ぎだぜ」 トルレガはそういうと戦槌を地面に抉るように滑らせ
飛び交う土の塊をましろは避けずに立て続けに両断、土埃を舞い上がらせて粉砕した。
「まだまだいくぞっ!」 トルレガはまた地面に戦槌を滑らせ土塊を放ちながらどんどんましろへ近づいてきた。 「——ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
流弾飛び散る迫撃を連続切りで破砕する防戦一方のましろの眼前ににじり寄った巨体の金属生命体は動作を休めず攻撃方法を切り替え、破城槌の如き打突で追い討ちをかける。
剣身に手をあて重圧な打突を押し止めるましろだったが、初撃同様踏み堪える両足の底の地面が大きく破砕した。 衝撃を抑える腕ががくがく震えていた時、突如剣身の黄色い口唇から覗く白い牙がましろの手に噛み付いた。 打突に苦心したところにやにわに内側から攻撃を受けたましろに、トルレガは容赦なく逆袈裟を加えた。
重い剣圧によって上空へ弾き飛ばされたましろはなんとか空中で体勢を立て直すと、怒り心頭でヘカトンマキアを噛まれた手で何度も殴り続けた。
「ふっざけんじゃねえぞお前! 甘噛みなんてレベルじゃねえ、俺はケンタッキーかっ!」
ヘカトンマキアは悪びれた様子もなく低い重低音の声でグググと笑うその歯にはつい先ほど噛み締めたましろの血が付着していた。
「笑えば済むと思ってんのか! 誰だそんな教育したやつは、責任者出て来い! 親を呼べ親を!」
真下にいるトルレガは落下するましろに狙いを定めて右腕を引いて強打突の構えをとっていた。
「——あぁ、トルレガ。 メイモクなんちゃらで〈
「——なに?」 武器を構えたまま微動だにせずトルレガは訝しがる。
「——だったら俺だけ相手してていいのかな?」
「……はっ!!」
なにかを察知したトルレガはその方向に首を曲げた。 すぐ傍まで接近していた風塵を排するカノープスの【
誰もが勝利を確信した。 カノープスの強烈な一撃を知っている者なら歓喜雀躍と胸を撫で下ろしていただろう。 誰もがそう思っていた……。
——しかし、現実は違った。
ましろたちの目に映ったのは傷一つ無く打突の姿勢を保ったままのトルレガの姿だった。 衝突したカノープスの両角は枝のように無惨に圧し折れ、反動で弾かれた。
「カノープス!!」 凛の沈痛な叫び声。
「——なっ!?」
想定外の驚きに目を奪われたましろに虎視眈眈と待ち構えていたトルレガの素早い突き上げが炸裂した。
上体を反らして宙に舞うましろは血反吐を吐きだしながら放物線を描き、呻き声を上げながら地面に叩き付けられた。
「そ、そんな……」 終始見守っていた凛は横に倒れ込んだカノープスと仰向けましろを交互に見合い、やがて言葉を失う。
「それに対する答えは明白だ」 戦槌の先端を地につけるトルレガは冷静な声で凛の方を向いた。 「それは、俺が
「……ほう。
●
大きく息を吐くと腹部の激痛が電気のように全身を駆け巡り、しゃくりあげるように悶絶する。 歯を食いしばって苦痛に堪えているところへさらに追い討ちをかける焼け付くような痛みが腕に纏わり付く。 ましろは痛みの方向に視線を彷徨わせると大きく開いたヘカトンマキアの牙が粘性の唾液を絡ませ腕を噛んでいる最中だった。
満身創痍で上体を起こしたましろはたとえその一度きりの行為で死に絶えようとも躊躇せず剣身を思いっきり殴りつけたが、ダメージを負ったのはましろ本人で、殴った手を振りながら苦々しく歯を食い縛っていた。
トルレガの打突をくらって無事でいるのは、間近に迫る戦槌を寸前のところでヘカトンマキアを斜め水平持ちの盾代わりにして、その衝撃を外側へ往なすように逸らしたからだった。 しかし、動体視力をフルにしても殺すことのできなかった力がヘカトンマキアを押し込み、それがそのままましろの腹部に直撃した。 寧ろこの程度のダメージで済んだのを僥倖と呼ばざるを得ない。 もしも判断が一瞬でも遅れていたら、ましろは胴体のない頭部と四肢だけのパーツに成り果てていただろう。
「隙あらば喰うつもりか……」 ましろは唾液混じりの腕を抜き出し、切っ先を地面に突き刺して杖代わりに立ち上がった。 「主人想いのいい武器だ……」
渦を巻く円錐状の濃密な霧を幻出させたピャンの【弾丸】がトルレガ目掛けて突進したが、相手に傷一つ付けられずに弾かれた。
「——起きたか……?」 宙返りで着地したピャンの嗄れた声。
「ああ……。 ピャン、こいつを片付けたら後でちょっと面を貸せ。 三者面談だ」
地面が抉れ、木々が薙ぎ倒された森の一画のその場所には、ピャンとその背後に横たわる角の折れ意識を失ったカノープス、とましろ。 トルレガを挟んで漆黒の大鎌を構える弱腰の凛とその後ろで硬直するタリがあった。 謎の金属生命体の力に成す術も無く絶望を漂わせる空気が辺りに充満していた状況にも拘わらず、楽観的に冗談を言うましろにピャンは思わず笑みを浮かべる。
「片付けたら、か。 随分と余裕じゃの。 カノープスの【
「おかしいな。 鍛冶猫の腕が鳴るわいとかなんとか嘯いていた黒い猫を俺は聞いた気がするし、見覚えもある」
「いやー、それはあのー、あれじゃ、幻覚じゃ。 黒猫は水曜日以外どこにでもおるからの。 主に十字路とかホットスポットじゃ……。 それより傷はどうじゃ?」
「それはどっちの傷だぁ?」 ましろは腹を押さえながらピャンの横に立った。 「本心か皮肉か、答えようによっちゃあ身を以て体感させてやるよ」
「いけるか……? いつかのあの日のように気絶されては困る」
「心配するな、気持ち悪い」 ましろは微笑み諸刃の剣を構える。 「まだちょっと痛むが、あの悪魔の日と違って腹はゆっくり治癒している。 大丈夫だ。 それよりも見ろ、あいつの肩を」
ましろが差すトルレガの肩は五センチ程度の亀裂が入っていた。 ヘカトンマキアの上段切りによって生じた痕である。
「おかしいぞ……、なんで
「——ん? おいおい……。 本気出したつもりなんだがなあ」 背中を向けていたトルレガはましろに気付くと首を曲げた。 「悪いがそろそろ終わりにしたいんだがな……、どうやら邪魔が好きなようだ」
「気になるなら敵さんに訊ねるがよい。 生きて帰れたらのう」
「あ、それ死亡フラグ……」
「どうやらお前が一番厄介そうだからな——」 トルレガは狙いを凛からましろへ攻撃対象を切り替えると断続的な地鳴りを響かせながら駆け出してきた。 「やはりお前から殴殺すべきだ!」
「ピャン、【弾丸】も通用しないトルレガ相手にお前はなにができる」
「
「ああ、そうかい……」 脇構えで疾走したましろは背後のピャンに告げた。 「だったら引っ込んでろ!」
上段から叩き付ける
「おもしろいっ——!」 トルレガは上体を捻り、空手の左フックを叩き付ける。
視界の右隅に迫る大きな拳を回転跳躍して回避。 そのまま縦旋回して再度上段切りを仕掛ける。
「くどいっ!」 巨体を一周旋回し、その遠心力で中空のましろを狙って戦槌を振り上げた。
中空で搗ち合う魔剣と魔塊。 しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐさまましろは反対側に吹き飛ばされて生い茂る緑の樹冠に衝撃を緩和されながら地面に落下する。 ダメージの少ないましろは必死の形相で接近して素早く反撃。 その全てをトルレガは大きな武器で防ぎ、大振りの横薙ぎをましろはバックステップで避けた直後、電気が走ったような痛みが苦しげな表情をつくると、ましろは思わず片膝をついてしまった
「腹、治ってないようだな。 ……お前の厄介な原因は
ぐるんと顔らしき面を向けられた凛は大鎌を構え、強張る顔を引き締めた。 「——凛!」 ましろは踏み出そうにも痛みが走って地面に倒れる。
トルレガはましろの相手を辞めて再び凛に向って襲いかかった。
「動くな。 痛みは一瞬だ」 トルレガは凛へ向って豪然と戦槌を振り下ろす。 「死んでもお断り!」 凛は軽快な動作で剛撃を避けた。
「死んでも、か……。 それは皮肉か?」 トルレガは嘲笑を押し殺す声をあげかけたが、ふくらはぎの外側がいつの間にか欠けたことですぐさま巨躯を硬直させた。 「——なっ!?」
驚愕の声をあげるトルレガを余所に凛は斬りかかる。
「——ふんっ!」 払拭しない疑問を抱えたままトルレガは襲いかかる凛ごと戦槌で薙ぎ払おうとする。
凛は大きく飛び跳ねトルレガの後ろへ着地した直後、今度は左腕に十センチの亀裂が入った。
「……どうなっている。 武器に接触した感覚はないのに傷を付けられただと? 魔法は使えないはず……」 トルレガは凛の全身を俯瞰して、右手の人差し指に嵌めた
「それを教えたら見逃してくれるの?」
「ああまあ、それは……」 トルレガは微笑した。 「無理な相談だな」
「はぁあ……。 でしょうねっ——!」 溜め息混じりに凛は地面に大鎌の切っ先を突き刺しながら走った。
「——ああそういうことか」 その不思議な動作になにか気付いたトルレガは巨躯とは思えぬ動きで走り、地面を戦槌で抉り正面の凛へ向けて放った。
土塊の流弾を斬撃で破壊するも、防ぎきれなかった一個の塊が凛の肩に当たった。
「ぐっ——」
距離をとって横に移動したトルレガは神妙な声で問い質した。
「……影、だな?」
凝然と目を見張る凛を俯瞰して得心したトルレガは、背後に影を移そうと凛を警戒して横歩きに歩を進める。
「ねえ、さっきからなにをそんなに急いでいるの?」
「……急ぐ?」 凛の確信めいた言葉にトルレガは思わずその巨体から伸びる足を止めた。 「俺が、か?」
「気のせいだったかしら?」 肩を押さえ苦い表情を浮かべる凛は話を続ける。 「さっきつい口走っていたけれど、いったいなにが限界なの? この状況、圧倒的といっていいほどあんたの優勢に違いないというのになにか別の事に差し迫られている雰囲気に見える。 口調は穏やかだけど、時間的猶予に追われているのがバレバレなのよ」
「まあ百歩譲って姫様の言うとおりだったとして、それでも殴殺するには充分すぎる時間だ……。 ただ嬉しくてなあ。 久しぶりに人に会えて……。 ふざけ過ぎた」 後半の科白は表情の無い金属生命体のトルレガの感慨と哀愁の混じった声であった。 しかし、感情を切り捨てるように素早い切り替えで武器を構え、その手に力を込めた。 「だが、これは遵守すべき盟約だ。 最大の一撃の下に、安らかにしてやろう」
「——貴様がの」
「ん?」
トルレガの背後で呟かれた科白は濃密な円錐形の白い霧を幻出させた【弾丸】内のピャンだった。
「無駄だとわかって突っ走る。 そういうの、嫌いではないが……、それでも無駄だ」
「……あ、ああ、しくじった……。 白い霧に隠れて、潜んでいたとは……」
ヘカトンマキアを力任せに抜き出したましろは足を蹌踉めかせて尻餅をついた。 その彼の頭の上にはピャンがのっかった。
「——正確には儂の尻尾に掴まって、じゃがの」
剣身の隙間に覗く白い牙から胴間声の不気味な微笑が聞こえた。 その牙には
「お前……。 好き嫌いないんだな……」
貫通された腹部を押さえるトルレガは、覚束無い足運びで距離をとるように後退した。 ましろたちは解きかけた緊張を引き締めた。
「名前をまだ訊いていなかったな……。 姫様」
「……凛」
「リン。 凛々しいのリンか?」
彼女は無言で頷いた。
「マシロはどう書く?」
「平仮名のままだ」
「そうか……。 マシロにリン。 会えて楽しかったよ」 別れの科白を語りだすトルレガの足許から突如閃光が放たれると、地表に青い魔方陣が表れた。 その陣のなかには燦燦と光を反射する燐光が浮き上がっていた。
「逃げるのか」 地面に切っ先を突き刺すましろはトルレガに訊ねた。
「お互いその方がいいだろう?」
「待て、お前には訊きたいことが——」
「またな。 次に会うその時まで、少しは強くなってくれないと、俺も本気が出せないんでな」
ましろの呼び止めも虚しく、トルレガの足許の魔方陣の光量が目を覆うほど目映く
「なんだったんだ、いったい……」
トルレガがいた場所を呆然と見つめる疲れきった表情のましろの許へ駆け込む凛とタリ。 凛はすぐ傍にいるカノープスの様子を見ようと膝を折った。
「カノープス、無事?」
「……ああ、大丈夫だ」 カノープスは無理に明るく微笑んだ。 「心配をかけて申し訳ない」
「心配して当たり前でしょう? 仲間なんだから」 凛は目を濡らしてカノープスを撫でながらましろの方を向いた。 「あいつら、あたしたちのこと知ってた……。 どうなってるんだろう、この戦い。 あたしたち……どうすれば……」
「変わらないよ、凛」 ましろは剣をついて立ち上がる。 「生き残るために俺たちは戦い続けるだけだ。 立ちはだかる敵は倒す。 二人いたからあいつを追い返すことができたように。 まあ、なんとかなる」
「楽観的ね……」 凛は呆れたように微笑する。 「でもそうね……。 やるしかないのよね」
「大変だけどね」 ましろは口の端を曲げる。 「俺たちならなんとかなるできるさ」
●
ましろたちが、〈
「——予想どおり、ここにも〈
『——やっぱりな……。 これで出現条件がおおよそわかってきた。 あいつらは〈
「——問題ない。 先ほど佐久間たちが回収を終えて退避している」
『——セロはきちんと【結界】張ってるだろうな? 佐久間のやつ、そういうところ抜けてるからなあ』
「——問題ない。 今回はまともな方だ。 〈
『——よし……。 それで?』
「——案の定〈
『——そいつは傑作だ。 ぜひ見てみたかった。 それで? 男、女、そして猫はどうだ』
「——全員生きている。 まず女はなにかしらの
『——それはおかしい。
「——そのとおりだ。 嘘じゃない。 だが現に猫は……、あの当時以上の力を使わなかった。 あれ程の強敵を相手にしてもだ」
『——……なにが狙いだあの猫。 くそっ、気味が悪い……。 それで?』
固有スキル【
『——どうしたラムダ?』
「——……いや、以上だ」
『——……引き続き監視をしろ』
●
「——どしたぁ?」 なんの変哲もない、どこにでもいるような古いチェニックを着て、腰には国で支給された剣を佩いている。 それ以外の武装は見当たらない。
「なんでもないのである!」 真下から聞こえる声に返答した大男は凸レンズの箇所に大きな眼球が嵌め込まれた単眼鏡の
「いやどっちだよ。 お前さんがそんなに満足しきってるなんて珍しいな。 んでも急に呼び出してなにかと思ったらストーカーをストーカーさせられるとは思わなかったよ」
「そんなつもりはなかったが豈図らんやである!」 大男は優に二十メートルはある樹木の天辺から真下に飛び降りた。
「豈図らんやである! じゃねえよって。 こっちは仕事休んでわざわざ第五エリアまで来たんだぞ? そろそろ俺をここに寄越した理由を教えてくれないか。 バードウォッチングなんて言ったらその蔦みたいなカツラで鳥の巣作ってやるからな。 鳥は喰うもんだ!」
「そう怒るのはよくないのである! 鳥だって生きているのである。 そして命は育むものである」
「おいオルドゴ、もうやめとけその口癖ぇ、うざったくて仕方ない。 ってか血に混じったこの臭い……薬草だな? ここまで臭ってるぞ。 頼むからとっとと脱いでくれよぉ」
「脱いでくれなど! シンウェル、森のなかとはいえ言葉は慎重に選ぶのである! 心の準備の準備の準備が——」
「なぁ頼む、頼むから元の姿に戻ってくれ。 じゃなきゃ頭にきてお前の額に剣ぶっ刺すしそうだ」
「ふぅん。 仕方がないのである。 これを持つのである」 オルドゴは〈ステアホリック〉をシンウェルに投げた。
「ちなみにオルドゴさんよ、ここへ来る途中スキヤキで三人の冒険者の頭や腹を叩き潰された死体をたまたま発見したんだけど……」 シンウェルはオルドゴの足許でふにゃふにゃになったヒトの皮に紛れて輝く白い花の首飾り、五等級の
「そんな瑣末なことはどうでもいい」 髪は首元までの黄金色、妙な口癖もなくなり声音も異なる、オルドゴ本来の冷え冷えとした声。 「とてもおもしろいものを見つけたんだ。 子供には勿体ないほど素晴らしい武器、化物じみた凶器それに聖獣、そして魔獣を……。 いや子供そのものにさえ価値がある」
「……ヤルかい?」 シンウェルは腰に佩いた
「いや、子供たちはいいとして、獣類を御すのにはいろいろ手回しが必要だ。 きちんと調査もしたいし、諸々の準備が終わってから行動に移そう」
「まあ相変わらず慎重なお前さんらしい」 剣から離して腕を組むシンウェルは鼻で息を吐く。 「それで、俺はなにをすればいい」
「俺の部下で彼らを監視する。 あんたの部下もぜひ手伝ってほしいけど、決して手を出させないよう伝えておいてくれ。 内密にね」
「〈ノックドックス〉には内緒でか?」
「当然」 オルドゴは冷笑した。 「俺たちは組織であって仲間じゃない。 他人であって家族じゃない。 詰まるところ、家族だって一番血の濃い他人なんだから。 目の前の宝を、俺たちで独占しようじゃないか」
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