第三十五話 巨体


 鋼のように硬く澄んだ音が森然たる地に響き合う。 女と男。 凛と瓜生、二人の〈異邦人ストレンジャー〉の命を賭けた戦いは互いに引かず劣らずの熾烈な猛攻といえた。

 通常の武器による〈異邦人ストレンジャー〉の外傷は程度こそあれその再生速度はピアスの穴の傷が塞がるよりも速い。 これに魔法の付加が備わっていた場合、元素魔法・精神魔法の各特徴における付随効能によって火傷、凍傷、飢餓、麻痺、眩暈、睡眠、盲目のほか膂力、脚力、耐久力、思考関連の反応速度を低下させるなど様々な二次的影響を起こすが、いずれも長時間〈異邦人ストレンジャー〉を苦しめうる効果はない。 種明かしは出来ないが、大掴みにいうとそれほど〈異邦人ストレンジャー〉の再生速度がずば抜けているということだ。 しかしこれに例外が存在する。 それが〈異邦人ストレンジャー〉一人ひとりに与えられた武器、凛でいうところの漆黒の大鎌、瓜生でいう黄色い戦斧せんぷである。 決して折れる事のない強い芯金、決して刃毀れする事も切れ味も損なう事のない刃といった、あらかじめ魔法的付加の備わったその武器には相手の再生速度を遅滞させる【同族嫌悪】という能力が。 同族——、即ち〈異邦人ストレンジャー〉による対〈異邦人ストレンジャー〉である。

 それを身を以て痛感する二人の顔に焦燥と苛立ち、混乱といった感情が渦巻く。

 刃と刃の鍔迫り合い、一糸乱れぬ実践剣劇の嵐。 衝突による反動で退き合う二人は息を切って反目し合う。

 「いいねえいいねえ、生きてるって感じだ!」 瓜生は顔の下を歪ませた。 「この世界に来て、いや……、生まれて初めて生き甲斐を感じた。 楽しいなあリン! あの光の化物も言ってたよなあ? “苦しみ悩み倦ねるこそ生の本質”って。 まさにこれだ! 俺は今、生を実感している!」

 「おめでとう。 だったらあたしから一つ付け加えてあげるよ……。 死の実感ってやつを」 疲弊を押し殺し冷ややかな声で疾走する凛の放った鋭い一撃が瓜生の胸許を斬りつけた。

 「グッ——!」 その俊敏な歩行に遅れをとった瓜生は胸許の傷口の流血を押さえる。 「なにしてやがんだバリー!? てめえの爪はお飾りか!!」

 「逃げ足の速い鹿だ。 そちらこそそんな小娘にいつまで手を拱いている」

 「仲のいいことだ」 皮肉を言うカノープスはヒットアンドアウェーのプレイスタイルでじりじりバリーを追いつめていた。 小石を投げるような気の遠くなるような戦法で、何度かバリーの反撃によりその総身に切り傷をつくり、その龍の爪のような両角を削り取っても、それが勝ちに繋がる決め手であれば、諦めない。 それがカノープスのやり方だった。

 「子鹿の分際でこの俺様に皮肉を抜かすか」

 「……あと三回か?」 皺を刻ませ睨みつけるバリーを無視して訊ねる。

 「……なんの話だ」 動きを止めたバリーはじっとカノープスを見入った。

 「わかるだろう? 【硬化ハード】の残数さ」

 「馬鹿を言え。 それは貴様の方だろう」

 「……二回か?」

 「くどいっ!!」 叩き付けるような斬撃を繰り出すバリーの鋭い爪を死に物狂いで回避するカノープス。 「それは貴様の方だろう子鹿!」

 「そうか一回か……」

 じっと見つめる視線に、無言による鋭い眼光で返すバリーを見たカノープスは悟った目を浮かばせ、その表情を凛に向けた。 凛はそれを一瞥しただけでなにも返事をせず、ただ口許に小さな笑みを浮かべていた。

 「ちぃぃ……。 図体だけの薄鈍がぁ!」

 「カノープス!!」 凛が距離を空けて後退するとカノープスもバリーから距離を置いて膝を折り曲げ身を屈めた。

 「チンタラすんなバリー! 確実に防げぇ!」 凛の言動とカノープスの行動で全てを理解した瓜生は罵声をバリーに向けながら叫んだ。 「次はヘマすんな! あいつの発動と同時にこっちも発動するんだ!」

 「轍は踏まない!」 バリーはじっとカノープスだけに意識を集中した。 虎視眈眈と発動の機会を窺っていた。 「……子鹿めが……」

 その時、再び素早い脚運びで駆ける凛が今度はバリーに迫っていった。

 目の端でそれを捉えたバリーは瞠目しながらもすぐに視線をカノープスに修整した。

 「カノープス!!」 凛が叫ぶ。

 バリーが気を引き締めて身を固めた。

 しかし凛は脚を止めずにさらに接近する。

 不吉な予感を察知した瓜生は苛立ちを覚えて疾駆した。 一度見ただけでもカノープスの【突進ラッシュ】は驚異といえる。 その射程範囲はやや広く、攻撃対象であるバリーに接近するということは、つまりカノープスによる攻撃はブラフであり、凛による直接攻撃そのものが狙いであると踏んだ瓜生は眉を顰めながら嘲笑い、握った戦斧に力を込めて少女の背中目掛けて投擲した。

 「——お前なら、そうくると思った……」 背中を向けた状態で身を屈めた凛は耳許で風を切る音が聞こえた瞬間、瓜生へ向って猛ダッシュした。

 「お、おまっ——」 驚愕した瓜生は急いで手を目の前に伸ばし意識を集中させる。 遠くに見える黄色い戦斧の表面から燐光が煌めき武器全体が空中で粒子となって霧散霧消されるや否や瓜生の手に舞い戻って——、「——ぎゃあぁぁあああ!!」

 漆黒の大鎌が瓜生の腸を切り裂いた。

 「瓜生——!?」

 「カノープス!!」

 凛の叫び声で亮然と我に帰ったバリーであったが、時すでに遅しとはまさにその瞬間だった。 視線を戻すのと同時に激しい轟音が間近で聞こえたバリーは眼前で土煙を排する白い鹿と目が合った。

 「——余所見厳禁だ……」

 バリーはその言葉が耳を伝って認識できたのか、そういうであろうと錯覚したのかは判然としない。 スローモーションのうちに聞こえたその科白を咀嚼する速度を上回るスピードで【突進ラッシュ】による超刺突を無様に喰らった熊のバリーは衝撃波によって樹木を薙ぎ倒し後方へ吹き飛んだ。

 「——く、く、くそがぁあああ……」 己の腹部から迸る流血と固形のナニカを押さえ激痛に悶える瓜生を殺意のこもった眼差しを対象に向ける。 「ガキが……覚悟、しやがれ……」

 大鎌にこびり付いた艶光りの液体を血振りした凛は優然とした態度で致命傷を負った瓜生を見下した。

 「確かにあたしはガキだ。 けどあんた以上のガキに馬鹿にされるほど愚かではないし、弱くもない。 これがあんたの限界だ。 人を使って解決しようとしたばかりにあんたはあんた自身の力をふるわず表面的な能力だけに溺れていた。 あたしはそんな人間を知っている。 そんな人間をこの手で倒したから知っている」

 「——くっ、バ、バリー……、バリィィィィー!!」 腹部の再生が間に合わないことに焦燥を覚える瓜生。 冷静さを欠いた血走った眼、食い縛った血泡混じりの歯を晒して怒鳴りつける。

 「——ウッ、ヌゥゥゥ……」 土煙を上げる重積された樹木の残骸から満身創痍で抜け出したバリーは大きく抉られた腹部の傷に眉根に深い皺を刻ませ総身を踊る痛疼つうとうに高圧的な戦意は打ち拉がれ、激しい息遣いを繰り返す大きな体躯はいくらかこじんまりして見えた。 「腹が……、腹がぁ……」

 「ちきしょう、ちきしょう……。 殺してやる……、殺してやる」 戦斧の刃先をだらりと垂らし、肩を揺らして息を切る〈異邦人ストレンジャー〉の瓜生。 奇しくも相棒である〈異界獣ペット〉のバリーと裂創の箇所、荒げた息が一致していた。

 「人生の幕引きの言葉はそれでいいの……?」 鋭利な刃を揺らめかす凛は内心勝利を確信していた。 誰の目にもそう映って見えた。 相棒のカノープスも、隅でなりゆきを傍観するタリも、そして対戦する瓜生とバリーでさえも。

 しかし、突然盛り上がった粘土質の硬い土壌が宙に浮かび、意思をもったように急速に一箇所へと集結し出すと、それどころではなくなった。 なぜなら瓜生やバリーを見ても凛同様呆然とした顔でその光景に目を奪われていたからだ。 もちろんタリでもなかった。 つまり、ここにいる者以外のなにかがこの戦闘に介在してきた証明となる。

 凛たちが見つめる集塊しゅうかいの土は見る見るその体積を肥大化し、五メートルを越える楕円形までに大きくなるとその動きを止めた。 数秒後、土塊に大きな亀裂が生じると宙に浮かんだ物体から分厚い二本足が飛び出した。

 大鎌を構え警戒を強める凛、身を引き締めるカノープスの二人を前に、さらに土塊から現れた太い足を一回りも大きい腕が続けざまに飛び出してきた。 宙に漂う足を着地すると両腕を内側から外側へ引き締め巨躯に纏わり付いた土塊を所構わず弾き飛ばした。 放射される夥しい数の土の塊を腕で防御しながらその腕の間隙から盗み見た像に言葉を失った。

 土埃をあげた中心に聳り立つソレは全長五メートルを優に越える至極しごく色の巨体で、下半身から上半身にかけて徐々にオーバーハングするアンバランスな体型をしていた。 金属に似た切子細工の人の形をしたソレは外部感覚器官どころか表情筋のようなものは備わっていなかったため、一目でソレの内部を読み取ることは困難を極めるが厳然と無言で崛起くっきするその姿は見る者を怯え竦み上がらせるほど圧倒的存在感を放っている。

 「なっ——」 

 「なんなんだよこれはっ!?」 凛の言下に言い終えぬうちに瓜生が困惑と焦燥にまみれた顔で凛と巨体のソレを交互に見合う。 「どうなってる!」

 金属のソレは外面的に視覚めいたものを備え付けていないが、周囲の凛やカノープスたちを一順に見合わす素振りをすると血反吐を垂涎する瓜生に再度視線的意識を集中したらしく、ぬらりと巨木の腕を瓜生に伸ばしてきた。 鳩尾に氷が流れ落ちるような感覚に取り憑かれた瓜生は脱力しかけた右手にあらん限りの力を込めて視界を圧迫させる至極色の掌に斬りつけた。 鉄と鉄とが鏗然こうぜんと砕ける音が反響するが、痛覚などないのか金属のソレは攻撃を受け、亀裂を入れられたのにも構わず傷だらけの瓜生を鷲掴むと腕を持ち上げて宙ぶらりんにさせた。 巨躯の瓜生を遥かに上回る至極色の拳の上で言葉にならない罵声をあげながら足をばたつかせる姿は見るも無様な醜態を曝していた。

 (なにをするつもり……)

 助けるべきか、凛は迷った。 至極色のソレが果たして味方か敵か判別しにくい以上、敵である瓜生を救うか黙殺するかどうするか躊躇いを覚えた時ソレは驚くべき行動を起こした。

 手首の軸を旋回させ瓜生の頭部をソレの頭部にあわせるや否や、躊躇いさえ感じさせない機械的動作で自分の顔面目掛けて勢いよく瓜生の頭部を叩き付けた。

 軽快な軽い破裂音を響かせた真っ赤な脳漿と桃色の頭蓋が張り付くソレの頭部前面は雲間に煌めく太陽の光を照り返し、てらてら輝いていた。

 その光景を思わず見ていた凛は、後悔よりも先に口許に手をあて嘔吐えずいた。 指先が氷のように冷たくなり、頭に微量の電気が走ったような痺れが駆け巡り、躯中を戦慄かせる。

 至極色の握り拳から閃光が放たれると天空に向って七色の弓なりの放物線が遥か彼方に向って伸び、遅れて丸みを帯びた皓然と輝く蒼白い繊毛の綿が虹色の放物線の橋を滑らかになぞるように遠退いていった。

 拳の下からある物が重い音を立てて落下した。 それは窪地から現れた瓜生が持っていた木の箱であった。

 カノープスが膝を折って縮こまる凛の許へ駆け寄ると、薄い刃物で背中を斬りつけられた時のように蒼褪めた表情で相棒を見つめ、悪寒戦慄にがちがちと歯を鳴らせながら震えていた。

 「カ、カノープス……」

 掻き消えるような凛の子供の声音にカノープスは心を打ち付けられる気持ちになった。

 「凛、逃げよう。 なにか危険な気配がする」

 凛が言葉を紡ぎ返そうと震える薄紫色の唇を開きかけた時、鼻でわらう低音声が否応無しに耳に入った。

 「あぁいや……。 別にこうしなければいけない理由はないんだ。 理由はないが俺の部族間での解決方法というのが互いの頭突き合いでな。 変だろう?」 緩やかな、少し気怠そうな口調でソレは話を続ける。 「だが躯に染み込んだ癖ってものは早早離れていくものではない。 俺の部族は争いごとが好きでなあ。 平穏から程遠い生き物たちだったんだ。 だから平和が大っ嫌いで大っ嫌いで、殺す部族がいないときはなにかといちゃもんをつけてこうして相手の頭蓋を砕いたものだ。 もうやらないから、安心しろ」

 「お前は、誰だ……」 凛は怯えた表情でなんとか紡ぎ出した言葉をソレは鷹揚に頷いた。

 「トルレガ……。 それがいまの名だ」 トルレガは顔面にぶちまけられた脳漿と頭蓋骨の一部を五本の指でぞんざいに振り払う。 「〈解放者リベレータ〉の一本指。 お前たち〈異邦人ストレンジャー〉を殴殺する者……。 自己紹介はこれぐらいでいいかな」

 「あ……、え……?」 愕然する凛の前にカノープスが立ち塞がった。

 「凛!! 逃げるぞ! 全速力で逃げればまだ間に合う!」

 「そうだな、確かに間に合う。 足はかなり遅い方だ。 この巨体のせいで速く走る事ができないからな」 トルレガは舌打ちをするような音を立てて額の箇所に手をあてて頭を振った。 物事に固執しない、飄然とした態度が窺えるが、それはほんの断片に過ぎないことは初見の殺伐とした悪印象を一目見ただけでわかる。 「ああくそ……。 言わなくても良いのに言ってしまう。 これも悪癖だ」

 「凛、急いで乗るんだ!」

 「カノープス……。 タリも……」

 カノープスは凛の視線の先にいる瞠目したタリと目が合った。

 「わかった。 わかったからとにかく乗るんだ!」 凛を背中に乗せたカノープスは急いでタリの許へ駆け込んだ。 「乗るんだタリ!」

 「どうして俺の名を——」

 「そんなことはどうだっていいんだ!」 怒号に似た切迫の声をあげるカノープスは凛の後ろにタリを乗せさせ、がむしゃらに走った。

 蓊然おうぜんとする深い森を切り裂くようにカノープスは疾走する。 二人合わせて大人一人分を背負うカノープスであるが、その程度であれば従来のスピードが落ちることはないため、全速力で走り抜けることが出来る。 背中から伝わる焦燥や困惑、恐怖といった負の感情。 それが直接入り込んでくるように感じると遅蒔きに発露する冷たい感情。 彼女たちと同じくカノープスも恐れを抱いていた。



                  ●



 火から闇の七属性魔法ないし生命体を除く物体を任意の場所へ非連続的に飛び越える上位魔法【転送トランスポート】。 有機無機関係なく適当な場所へ非連続的に飛び越える上位魔法【無作為転送アトランダム・トランスポート】。 複数存在する空間瞬移魔法の中でも発動者自らも対象となる【瞬間移動テレポーテーション】を使用したと断じる確固たる理由はトルレガ自身が口にした〈異邦人ストレンジャー〉である。 トルレガは任意の場所、つまり〈異邦人ストレンジャー〉のいる場所へ飛んだ。 謎の女店主がましろに説いたように物体が別の場所へ瞬時に移動するということはすでに構築された物体の構造を物質に無理矢理変換させ、分子レベルにまで分解して移動後、今度は逆に物体の構造を再構築する。 発動者のいるA地点からB地点へ空間瞬移した場合、各地点の空間を強制的に置き換えられるため、たとえなにもないB地点でも真空でない限り、A地点同様、分解、再構築が行われる。 通常、魔法は発動時に魔力を消費するが、空間瞬移魔法は分解から再構築時に個体の修復作業分としての魔力を追加消費するため膨大な魔力が発動者(単体・複数問わず)必要とされる。 さらに超位・上位例外なく起こる一連の流れを終えた直後、飛ばされた物体に大きな悪影響を与える。 女店主が言ったのは一瞬とはいえ分子レベルにまで分解した構造を再度構築する際タンパク質の高次構造が失われる事。 一目見ただけで外見はなんの変化もないが、徐々に内部から崩壊をはじめ水疱すいほうのようなものが浮きはじめ、そこから四肢の麻痺、場合によっては内臓の融解、最悪死に至る。

 この重篤な問題はしかし、すぐさま解決の光に導かれることとなった。 それは他国教で大災害時のみ使用を許されたとされる召喚術式に際し、地に刻む魔方陣を転移式に応用させることであった。 これにより、空間瞬移魔法を使う者は事前の策としてA地点B地点に転移式魔方陣を描き敷くことで被害を大幅に抑えられ、さらに魔道具マジックアイテムを用いることでより被害を軽減することができた。 魔力が、というより魔方陣が空間瞬移魔法にはなによりも重要なのだ。

 トルレガという◯◯色金ヒヒイロカネの金属生命体が突然土塊の中から現れた。 この事から上位魔法である【瞬間移動テレポーテーション】であることは疑いようがない。

 しかし、出現した場所には魔方陣が描かれていなかった。 隠蔽や隠密、潜入時よく用いられる方法の一つに仲間内にしかわからないようマークをつける場合がある。 一見ただの壁にしか見えないがそこに真新しい小さな傷や斑点、記号めいたものをつけた箇所に下位魔法【明白リベアル】を発動すると、壁から同じく下位魔法【不可視の指インビジブル・インデックスフィンガ】によって隠されたマークが浮き出てくる。 スパイなどでよく使われる透明インクと紫外線ライトの魔法版である。 しかし、トルレガ出現時、凛たちは気付かなかったが、その場に【不可視の指インビジブル・インデックスフィンガ】は描かれていなかった。 答えは単純で、トルレガは魔方陣も魔道具マジックアイテムも使わずに魔力のみで余所から単体で飛んできたのだ。 そしてトルレガはこの【瞬間移動テレポーテーション】による大きな対価はない。 その答えも単純で、ソレが耐久に優れた超高純高硬度の◯◯色金ヒヒイロカネであれば分解されることも欠ける事もない。 躯を維持したまま飛んできたのだ。 

 しかし、それほど超常的な存在であるにも拘わらず、



                  ●



 乱立した木々に囲まれた蓊然の地を疾駆するカノープスと彼に乗る角を握った凛と彼女の躯に手を回すタリ。

 「お前たち何者なんだ! あいつはなんなんだ!」

 「あたしたちはカジャさんの依頼であなたを迎えにきたの。 あいつに関してはあたしたちが知りたいよ!」

 「カジャ様が!?」

 「お父さんも心配してる——ってちょっと! どこ触っているのよ!!」

 「触っていない! ふざけている場合かっ!」

 「あたしの躯がふざけてるってどういう意味よ!?」

 「そんなこと言ってないだろう!」

 「二人とも、頼むから暴れないでくれっ!」

 つい先ほどまで慄然と強張っていた凛は少し緊張が解けたようで初対面のタリに文句を浴びせている様子を聞いてカノープスはほっと胸を撫で下ろすと、思考は別に傾いた。 ——トルレガである。

 「カノープス、なんであいつのことを知っているの?」

 「わからない、いやあり得ない!」 安堵が消えたことによって沸き上がる疑問を凛が代弁すると、カノープスは思わず呷然と否定した。 「私たちの事を知っているのは〈異邦人ストレンジャー〉と〈異界獣ペット〉、そしてあの光の人形ひとがたしかいない。 いないはずなんだ! なのにどうして……」

 「だとしたら直接あいつに訊いた方が……」 鳴動する地を躯で感じた凛はタリ越しの背後を振り返ると、凝然と目を見張った。 「カノープス、もっと急いで! あいつが来た!」

 地を揺らす元凶がカノープスを腕を振って追走している。 障害物の樹木を避けながら逃走するカノープスと違い、トルレガは剛胆にも眼前に立ち塞がる障害をタックルして木々を薙ぎ倒しながら真っ直ぐ追いかけてきた。

 「——精精頑張れ。 死に物狂いでなあ」 トルレガは抑揚のない声で漫然と叫んだ。 「だができればその少年をどかしてもらえると助かるんだがなあ」

 「狙いはこの人なの?」

 「違う」 トルレガは凛の疑問を退屈そうな声で否定する。 「俺たちの狙いはあくまでお前だ。 無関係の者は屠りたくない」

 「——だとさ」 タリは首を傾けて凛に言う。

 「ちょ、あ、あんた命の恩人を見捨てる気!? 助けた恩をアレするっていうの!?」

 「違う——、俺がいてはあんたたち逃げるだけで手一杯だろう。 重荷を減らそうって言っているんだ」

 「ふっざけるんじゃないわよ!」 凛は背中越しに怒鳴りつけたが内容は本心がありありとぶちまけられていた。 「見てわからない? あいつどう見てもヤバ過ぎでしょ! あんたがいたらあいつは襲ってこないのよ! 死ねばもろとも、ゴー・トゥー・ヘルよ!」

 「ああ……なんて人だ……」 タリは呆然とした顔で空を見上げてから背後をチラと見た途端叫んだ。 「カノープスさんっ、右右っ!!」

 声音から反射的に言うとおり右へ跳ねた直後、大きな樹木が三人のすぐ左の地面に空を切る音を立てて落下した。 

 「約定は違えたくないが場合によっては仕方ない」 トルレガは走りながら樹木を根こそぎ抜き取った。 「残念だよ……。 本当に残念だよ」

 「え……」 凛はトルレガの言葉に目を見張る。

 「凛、私の角で向きを指示してくれ!」

 「わ、わかったわ」

 投擲される自然の武器を背後へ頭を曲げる凛は木片や土が飛び交う戦地を右へ左へ両角をハンドルのように動かし必死に回避していたが、背後から肩の動きを堂々と見せた結果、囮の樹木を回避する際その肩の傾きと同時にもう片方に握った樹木を投げつけた。

 「あっ——」 タリが小さな声を上げた。 視界に迫る大きな樹の樹皮がはっきりと見えるほど肉薄した瞬間、凛の喜びを洩らした声が耳に届いた。

 「——ましろ……」

 目前に迫った樹木が瀑声する白い閃光とともに真っ二つに切断された。

 両断された樹木が転がる傍に着地する黒髪の少年に気付いたトルレガはその足を止めた。

 少年の手には、中華包丁を長く伸ばしたような禍々しい紫色の諸刃の大剣グレートソードが握り締められていた。 全長百十四センチ、刃幅十四センチ、厚さ一,二センチのチェーンソーに似た刃先には断続的な紫色の棘が尖鋭に突き出ており、刃渡り八十五センチの切っ先から柄元までを中心に黄色い太線が刻まれている。 剣身には小さな窪みが点在し、三十四センチの鍔の裏——切っ先のある方——には牙のようなものが生えている。 二十三センチの柄丈は黒い蛇のような細く薄いうねりが巻き付いている。

 「これはこれは……」 トルレガは喜びを噛み殺すような声音でましろを見遣った。 「姫を守る騎士様のご登場だ」

 「騎士なんて大層な者じゃない。 ましろだ」

 「……ん? ああ、名前か……。 トルレガだ」 出し抜けに手を深々と地面に突き刺し金属音がわずかに響くと抜き出した手にはトルレガと同じ金属で持ち手から先端にかけて太い戦槌せんついを握り締めていた。 土を横振りに払うと至極色の塊をましろへ向けた。 「〈解放者リベレータ〉の一本指にして己の全てを賭けて一切の蓮を叩き殺す者。 鮮血に充ち満ちた蠱毒の壷に揺蕩う瑞光ずいこうの蓮を零す者。 果たすべき盟約を遵守するため、明目張胆めいもくちょうたんと〈異邦人ストレンジャー〉を殴殺する」

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