第二十六話 質疑


 朝露の葉が滴る霧がかった朝。


 瞼を開けたましろは辺りを見回していると、藁の敷いた即席蒲団で眠るサラとその腰の辺りで一緒に眠る黒猫のピャン。 そして傍でカノープスを枕代わりに寝ている凛の顔が正面から見えていた。


 凛は昨朝も見かけた変な癖、『高速瞬き』を繰り返し、ましろを驚かせた。


 「——キモ」


 「ん……、なぁにぃ〜?」 凛はましろの声に目覚め瞼を擦りながらむくりと上体だけ起こした。 「あれ? ここはどこぉ?」


 「異世界だよ、凛」 カノープスは寝起きだというのにいつもどおりのジェントル声で律儀に答える。 「ここはあんみつ村さ」


 「ちょうどいい。 全員起きたな」


 「ふぇ? ピャンはまだ寝ているよぉ〜」


 「ん?」 ましろはサラの上で寝ている黒い猫を一瞥し、昨晩のやりとりを思い返した。 「あぁ、こいつはいいんだ、いまはな。 それより、これから都市部へ向おうと思うけど、どうだろう」


 「どうした、随分性急だな?」 カノープスは何度か首を振りながら体を起こす。 「まだ陽も上りかけているというのに。 急ぎの用か?」


 「用というほどではないんだけど、昨日の晩飯のときに言ったけど、早いとこ醜悪な小人ゴブリンの耳を換金したいし、正直、俺たちみたいな素性のはっきりしない身分があの修道士たちと長時間いるのは避けたい。 特に——」 ましろはすやすや寝ているサラの横顔を一瞥する。 「特に聡しそうなハイネさんには。 まだ異世界生活だっていうのに早くもこの世界の宗教組織から目を付けられたらこの先行動するにも色々厄介だろうからな」


 ましろの説明を聞いていたカノープスは、次いで凛の方へ首を向けた。 凛も相棒のカノープスへ首を向け、鏡合わせのように首を傾げた。


 「あのー、どうでもいいことかも知れないけど、ましろあんた今三日目って言ったわよね?」


 「そうだけど……。 ん? あ、凛って零日目とカウントする派? いや違うだろ? 零日なんて日あるか? この世界に着いた日から一日目っていうのが普通だろう」

 「いえ、そうじゃなく……」 凛は困惑顔でカノープスに救いの目を向ける。 「カノープスも言ってやってよ」


 「ましろよ。 私たちもお前たちと同じ日数のカウントを行っている。 それを含めて答えるが、私たちが異世界へ落とされたのは、今朝でだ」


 「んー、ん?」 たまらずましろは首を傾げた。 (……なに言ってるんだ?)


 「えっとね、今日が三日目ってことは、わたしたちが初めて会った日が開始一日目だってことよね? それはおかしいわ。 だってあの日がわたしがこの世界へ来た三日目なんだから……。 あんた二日間も寝てたの?」


 「まあ確かに寝てたといえば寝てたけど」 祠で寝ていたということはなぜか本人の意思ではないものの決して他者には知られたくないので、それとなく話を逸らす。 「そういえば、凛、お前寝てる時、瞼が高速でぴくぴく動いてたぞ。 あれはなにか? 癖なのか?」


 「え、なにそれ! わたし、そんなの知らない」 凛は頭を横に振りながら必死に否定する。 「お母さんもそんなこと言ってなかったし!」

 「凛ママも我が子愛しさに無意識に起こす娘の行動を止めようとはしなかったんだろうな。 ま、諌めたところで癖っていうのは直るものでもなさそうだしな」


 「ち、違うもん!」

 「どんな凛も私にとって凛であることに変わりはないぞ」

 カノープスが相変わらずの耽溺ぶりで凛の『高速瞬き』を肯定に掛かる。

 「だからっ! 違うってばぁー!!」


 霧がかった馬小屋から喚声が響くと、ずっと眠っていたピャンがぴくんと頭を起こす。


 「——ふぁあ? なんじゃ……朝からやかましい……」



                  ●



 それから二時間も経たぬころ、輝くような檸檬髪に目を奪われる同色の持ち主のサラは村長の家の扉を開けた。


 「——ハイネさん! 大変です! マシロさんたちがいません!」


 目が覚めると、一緒に寝ていたはずのましろたちの姿がどこを捜しても見つからなかった彼女は、自身が属す聖統救済教団—クロノスのリーダー、長い銀髪を腰あたりまで伸ばした先輩女性修道士——ハイネのいる居間へ急いだ。


 「ああ……、そう」 背凭れに躯を預けていたハイネは微睡んだ瞳でサラを数秒見つめた後、瞼を閉じた。


 「ああそうって、先輩、それでいいんですか? もしかしたら、モンスターに襲われたのかもしれないんですよ? 心配に思わないんですか?」


 「あのマシロ野蛮人に限ってそんなことないと思いますが……。 しかし惜しかったですね」 ハイネは背後の村長の寝室の扉の前で腰を下ろしたまま眠っている小豆色の髪と同色の双眼の修道士、アスナへ視線を向けた。 「アスナ、貴女はどう思いますか?」


 「……気になることだが」 アスナは薄く目を開けて答える。 「今はカイムなる悪魔の方が重要案件だ。 正直言ってしまうと、懸念材料が減って助かっている」


 「懸念材料? アスナさん、それってどういう意味ですか?」


 「そのままの意味だよ、サラ」 アスナはおもむろに立ち上がり、ハイネの正面に座る。 「不確かな身分の彼らと一緒に行動するのはリスクがある。 彼らは確かに強い。 それに彼、マシロといったか? あの大百足の化物の、黒い鞭のような手を彼は素手で引き千切った。 よく思い返してみろ。 私たちはハイネの補助魔法を使っていたが、マシロはなにも掛かってない状態であの火事場の馬鹿力並みの腕力を有していた。 相棒のリンという子自身も、そして彼女の持つ武器も他のそれとは異質な空気を放っていた。 私たちの持つ三十三の神器のレプリカに似ているようで別種の強力な武器をだ。 黒い猫ちゃんも大百足の硬い外骨格を貫通させる威力を持つ。 あの白い鹿の能力は結局のところ不明のままだったが、もしかしたら同様の能力を持っていたのかもしれない。 ハイネ、お前も不審に思っているんだろう? 彼らは身辺を隠したがっていた。 悪人ではなさそうだったからこちらも深く追求できなかったが。 できることならば、目の前でまざまざと見せつけられたマシロの力の根源はなんであるかを解明したかった」


 「力の、根源……? どうしてマシロさんだけなんですか?」


 「アスナも仰ったように、マシロ野蛮人はあなたやツバキと同じ若さで武器を使わず、一切補助魔法を掛けずにあの硬い触手を無理矢理引き千切っただけでなく、私たちの動作に追いついていた」 サラの疑問をハイネが説く。 「ということはですよ? 人並みはずれた身体能力——ともすれば異能を秘めているということと相違ないと私は愚考します。 人である彼のその異能が、果たしてどこから生まれ秀でたのか、遺伝性であるのか、はたまた後天性の働きであるか……、それが神の授け賜った寵愛の象徴であるのか、もしそうだとしたのなら我々〈聖統救済教団〉、いいえ……、人間世界を揺るがす問題であり、逆にもしそれが神とは相反する悪魔の力であるのなら、〈クロノス〉が救済する事態に発展します」


 「そ、そんな! マシロさんが悪魔の手先だなんて……」


 「だがサラ、お前はそのマシロと一緒に白玉の森でカイムという……、あぁー悪魔だけど世界の観察者だったか? それと遭遇したんだろう? それは本当に偶然なのだろうか? 結局カイムが森へ来た真意は不明のままだったが、たとえばマシロという気配を感じ取ったカイムが気散じに森へ訪れたのかもしれない」


 「で、ですが……、なにも証明できるものが……」


 「いや、サラ、なにも彼を、彼らを糾弾しようとするわけではない。 これはただの憶測に過ぎない会話だよ。 だが、ハイネの言うとおり、彼らの異能さは目を見張るものであると同時に警戒するに越したことはないと言いたかったんだ。 サラ、キミは森で醜悪な小人ゴブリンをギルドで換金するよう助言したんだろう? だとしたら、彼らは今後冒険者として生計を立てていくつもりなのだろうから、いつかまた都市内で再会することになるかもしれない。 彼らを見極めるのは、その時からでも遅くはない」


 「サラ、貴女を大百足の触手から守った以上、今のところ実害はないと思います」 ハイネは心ない目でサラを見つめる。 「今のところは……、ね?」


 「とにかく、今はこの村で発覚したモンスターの肉の問題が他の村々でも秘密裏に行われていないか調査の範囲を広げ、且つその発起者であるカイムというふざけた野郎を急ぎ見つけることが先決だ」


 「こら、アスナ。 感情が昂って『野郎』だなんて汚い言葉が出てますよ」


 「おっと、すまない。 つい怒りに我を忘れかけた」 アスナは額に手を軽く当ててサラにウインクをした。 「今のは聴かなかったことにしてくれ」


 話が一段落済んだところで、タイミング良くドアが開いた。


 「ただいま戻りましたぁ。 あれー? みなさんそんな恐い顔してどうしたんですかぁ?」


 「あ、ううん。 なんでもないの。 モンスターの肉をどう阻止しようかってお話をしていたのよ」 サラはこれ以上ましろの印象に疑義を突つかれないよう別の話題を振って誤摩化した。


 「ああ、それですかぁ〜。 あのー、それよりとても根本的なことを尋ねてしまうんですけど、いいですか?」


 「なに? ツバキ?」


 「はい。 あのー、そもそもどうしてモンスターの肉を食べてはならないんでしょう?」


 「というと?」 アスナが逆に尋ねる。


 「たしかに醜悪な小人ゴブリンの肉を食すことには激しい抵抗を覚えます。 元々醜悪な小人ゴブリンという種族が不衛生なモンスターであることはほとんどのヒトが知っていることですし、それと同じくらいモンスターの肉が臭くて不味いことは私たちが生まれるずっと前から世界の常識といわれています。 これは昨日の村長との話を蒸し返しますが、例のカイムという悪魔が村長に教えた保存方法を利用すれば、抵抗はあるかもしれませんが、それでも貧困に喘ぐ皆さんの懐とお腹を満たせるんじゃないでしょうか」


 「サラ、貴女はどう思う? ツバキの考えについて」 ハイネはツバキの挙げた疑問に回答する前に、サラの答えを求めた。 ハイネはこういった突然のフリを自分よりも下の修道士に行う癖がある。 それはいじわるでもなんでもなく、ただ単に個人個人の考え方を尊重したい、理解したい表れであるが、聖統救済教団の教え、信仰をきちんと遵守した考えであるかが最重要であり、それとは異なる思考、思想を抱いていた場合、厳格なる再教育を行うのが真意であるが、それを知らない差された本人は教鞭に立つ先生に不意に問題を答えろと迫られているも同義である。


 「はい。 その……、誠に恐縮なのですが、私もツバキとほぼ同様の考えを抱いていました」


 「——ほぼ、と言うと?」 アスナもハイネ側に回ってサラの考えを深く追求する。 といっても、ハイネほど指摘に意味を求めるタイプでもない彼女が関心を抱いたのは、純粋にほぼ、とまるでそこについて尋ねてくださいと言いたげな彼女自身とその持論に興味を持っただけに過ぎない。


 「それは、世間の耳にその方法が届き、モンスターの肉を食しても可能であると知れ渡れば、食に飢えた人々、特に農民の方々は考えもなしに近隣の生息地へ駆けることが予想されます。 ですが実際のところ、そのモンスターに出会ったところで、戦闘経験の浅い、武器を農具に頼っているだけの方が果たして無傷で肉を手に入れられるでしょうか? 哀しいことですが現実的に考えて帰らぬ人となることが大いに予想されます。 つまり、素人がモンスターの肉目当てにモンスター退治を行う危険性を未然に阻止するため、延いては余計な死者を増やさないための予防策として、モンスターを食す事を禁止しているのでは、と思ったんです。 ですが、万が一行われたとしてもこれは一時的で、しかも一部の人間の行動に過ぎません。 そもそも冒険者上がりなどにモンスターの死体を持ってこさせるよりも、正規の冒険者ギルドに鹿などの一定数の野生動物の狩猟を依頼すればそれだけ安価に済むはずだからです。 世間もモンスターの恐ろしさ、力の差を身を以て知ればそのような暴挙に出ることを辞め、すぐさま沈静化するでしょう。 ですがこの村のように、野生動物が少ない場合、村長と同じようにならず物の冒険者上がりやそれに類似する者に内々で依頼してモンスターの肉を手に入れる可能性があります。 事実、村長はそれを実行しようとしていた。 もしこれが市場を通して広まり続ければ、村は栄え、お金の循環の巡りによって経済が良くなり格差の拡大は防がれ住み良い国になるかもしれません。 闇に生きるならず者の冒険者上がりもさぞ潤うことでしょう。 光が眩しくなると同時に闇もその範囲を広げるということです。 ここで問題になるのが、正規である冒険者ギルド組合です。 おそらく闇に依頼する者は安価な下級モンスターばかりを依頼するでしょう。 そうすると正規のギルドに本来依頼されるであろう下級モンスターの討伐はそちらの方に回り、通常の依頼数は減り、残る依頼は薬草回収や中級以上のモンスターばかりになります。 薬草依頼は、モンスターと違って季節や時期に比例してその依頼数は決して高頻度であるわけではありません。 この時点でビギナーレベルの冒険者は仕事がなくなります。 これは想像ですが、もしそ正規の方々が闇の向こうへ移ってしまったら、闇は一層濃くなります。 これが続けば懐の潤ったどこかの誰かが中級モンスター、上級モンスターの味を求めてしまうかもしれません。 そうすると、正規の冒険者はその数をどんどん減らさなくてはいけない状態になります。 闇がまた濃くなり、冒険者が半分が別の職業に移るか、闇の向こう側に移るかもしれません。 冒険者ギルドもこの事態を黙って見過ごすことはしません。 組合として国に抗議し、闇がやっているやり方を正規も公認してしまおうとするかもしれません。 なにが正しく、なにが間違いなのか、善悪の境界線が非常に曖昧になり、道徳や倫理観が麻痺するかもしれません。 それが光が闇に覆われることのように思えるのです」


 「それで……」 アスナは眉を顰めて尋ねた。 「それでその結果どうなるんだ、サラ」


 「わかりません」 サラは首を振った。 「ですが、なにかを行うことはそれとは別のなにかから目を反らすことだと思います。 私は、もしかしたらこれがきっかけで犯罪が発生する可能性が日常的に高くなり、私たち、いえ、国が防ぎきれないレベルにまで発展するのではないか……、と」


 「なるほど。 サラ、頭を撫でてあげましょう」


 「あ、いいえ、結構です。 ハイネさん」


 「あらそう? 他の子たちは喜んでこうべを使わすのに」


 「……それは一定の女性陣だけがハイネさんに抱く白い花症候群であって、私は至って正常です……」


 「——なにか言ったかしら、サラ?」


 「いいえ、なんでもありません、ハイネさん」 サラはぎこちなく微笑む。 「ハイネさんやアスナさんはどうお考えなのですか?」

 

 ハイネとアスナは互いの顔を見合い、アスナが瞼を閉じたままこくりと頷いた。


 「ツバキの考えもは一理あると思います。 そして、サラの考えも半分……の半分は正しいでしょう。 起こり得ないとは言い切れません。 ここあんみつ村はまだ穏やかな方ですが、まだ未開拓の地など都市部からかなり外れた、一般教養や常識がまだきちんと構築されていない旧態依然とした辺疆な地域では、今もなおモンスターの肉を一般食料として扱っている民族がいると耳にしました。 ですが、モンスターの中には人が分解できない物質——毒が含まれており、それが原因で寿命を縮めたり、最悪死ぬ者もいるのです」


 「それが……、正解ですか?」


 「いいえ、可能性の問題です」 ハイネは首を振る。 「一番倫理観の最悪なパターンがあります。 今のはモンスターを狩ること、狩猟を基本とした生活をしている民族のごく一部の例を挙げたに過ぎません。 それとは逆に、狩猟を軸とした生活スタイルではなく、田畑の作物の収益が大半を占める狩猟経験のないこの村、あんみつ村のようなところでそのような禁忌の知識が与えられた場合、どのようなリスクが生じるであろうと予測されますか? 村長の話を聴いた限りでは、モンスターの重量に対して調合する量をきちんと調整すれば、そのモンスター特有の臭みがなくなると伝導師なる人物から教わったようですが、先述したとおりこの村は狩猟を不得意とし、近隣の白玉の森へ赴いたところで、その狩猟範囲は隅の隅程度が限界でしょう。 現に、金策をしてまで討伐率の高い醜悪な小人ゴブリンの肉を得ようとはぐれの冒険者を雇う始末ですからね。 これがはぐれ冒険者に払った金額とモンスターの肉を売った金額の比率が村側にとって良ければ、長期的見通しで余裕も生まれるものでしょうが、もしそれが叶わなかった場合……、モンスターの肉を手に入られなかった場合、村はなにを考えるでしょう。 貧困に喘ぐ村が死に絶える様を拱手傍観きょうしゅぼうかんと見過ごせる村長などそう多くはありません。 であれば死に物狂いで村を救おうと、なにかを犠牲にしてでも生き延びようと考えるものがいるかもしれません。 これは別に村長に限ったことだけでなく、飢餓状態に陥れば、生存本能が死を回避しようと脳にきっとそう呼びかけるでしょう。 そこに世間一般の常識や善悪などが介在する余地などありません。 餓死するか否かの瀬戸際ですから。 そこまで、脳が正常に判断できないほどにまで腹を空かせた場合、そこに浮かび上がる調合法を用いて身近に迫る飢えを凌ぐ方法は、身近にあるもので窮余一策きゅうよいっさくせざるを得ません」


 「……身近にある、もの?」

 サラは胡乱な眼差しを村長の住居のそこかしこに視線を移しながらハイネの言わんとする答えを模索していたが、結局のところ、まったくわからなかった、という目をハイネに送る。


 「それはね——」 ハイネはそう言うと正対するサラを指差した。 「ヒトの肉を売り、それをヒトが食べることよ」


 サラの中で数秒理解の時間が止まっていた。 静かであり、息の詰まる鉛のような苦悶の空気。


 「え——。 そ、そん——、な。 蛮族めいた風習が、この村のような場所でも発生しうると仰るのですか。 あり得ません!」 サラは髪を大きく翻しながら否定にかかる。 「あってはならない愚行です!」


 「サラ、これはあくまでただの想像です。 もしそれが起こってしまうようであれば、その村は危険区域に指定されます。 カイムが行おうとしているのは、そういう可能性を生み出しているのです。 仮にもしかしたら、もしかしたらその者は貧困に喘ぐ村々の民を救おうと禁忌に手を出し、調合法を編み出したのか、どこかの民族秘伝の技術であるその調合法を用いて救おうとしたのか、それは不明ですが。 しかし噂は初め、小さい細波のような感知もしない程度の微弱な戯言がどんどん広がってしまえば、それはいずれ腹をすかせた人の倫理を飲み込むほどの大波となるかもしれません。 もし、カイムの考えが、人を救いたいからという純粋な考えから間違った手段を講じているのではなく、ただ人が人を殺し、人が人を食すという地獄絵図の狂乱劇を眺めていたいからという欲求のためだけに行動したいがために村々を点々としながら吹聴しているのだとしたら……」


 「そういったモンスターを喰らう異常な生活が定着すればそれは普段の日常として受け入れられてしまう。 やがて国も考えを改めなくてはならない……。 カイムが行おうとしているのは、それが狙いなのか」


 「そ、そんな……」


 「サラ、落ち着きなさい。 これはすべて単なる妄想よ」 ハイネは先ほどと打って変わって一部の仲間内にしか見せない穏やかな表情で告げた。 「あくまで考えうる最悪な情況を想定した話なのです。 ですからこういった自体を未然に防ぐためにも私たちは秘密裏にこれの対処を——最善を尽くさなければならないのです。 今日中にも応援が到着するはずですから、この村のことはその方々に任せて私たちは至急本部へ戻って総大司教様、中央司祭様にお伝えしなければなりません」

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