第二十一話 弾丸
苛烈極まる戦闘は凛の予期したとおり、肉薄する。
あんみつ村で突如巻き起こった戦闘によって地は無惨に抉れ、てらてら艶やかに輝く触手の篠突く雨のような乱撃により周囲一帯の地や住居には真っ暗な
アスナとツバキの鮮烈なまでの連撃は、しかし先の見えない疲弊の一途を辿っていた。 このあんみつ村へ到着するまでの間、結局休憩の時間を減らしたまま、ハイネの予想どおり、休むことなく即時戦闘の幕開けとなった。
二人とも一撃一撃の威力は大百足に匹敵する力を持っている。 しかし、それが叶わないのは大百足の夥しいほどの触手が圧倒的な防壁として邪魔をしているからである。
幾ら斬ろうと幾ら折ろうとその俊敏な触手は切断された断面から生え出し、即座に敵目掛けて迎撃する。
しかし、アスナが中盤で炸裂させた「業火斬滅」によって強固な装甲を切り裂いた箇所は未だ
地面を蹴ったのはましろとサラだった。 三つ目の大百足への途上で各々の武器を振り回し、触手を攻撃するアスナとツバキの背を追って疾走する。
「アスナさん! ツバキ!」
サラの大声に、一切無駄のない武闘という乱舞を奏でるアスナとツバキは激戦の最中、眼の端からわずかな一瞥をくれる。 二人の間を通過せんとするサラ。 その手に持つ翡翠色に覆われた三十三の神器のレプリカの一つ——
そのわずかな間隙を縫うようにましろ、サラの順に触手の輪の道をくぐり抜け、執拗に付き纏う触手をましろは
その彼女たちの連携に、息の合ったチームワークに、突然現れた見ず知らずのましろが
アスナとツバキの、風のような流れる援護によって見事作られた血路を見出した二人は突っ込むように走りだした。
止まることを知らない触手。 刀身に大きな亀裂が入った
「———ッ!!」 サラの驚きを洩らす声がかすかに響く。
その間にも触手はあっという間に再生していった。 ましろは闇雲に邁進。 サラはその背中を追うように付き従う。 ましろはサラを守ろうと行く手に迫る触手に頬を切り、皮を擦り切れながら茨の道ならぬ触手の道を搔い潜ってさらに驀進した。
「もうやめて!」 サラの叫声が触手の蠕動音の合間に届く。 「あなたが死んでしまいます!」
「平気平気!」 ましろはサラの悲痛な表情に一瞥もくれずに答える。 「俺は頑丈にできてっから。 多分こんなのでも死なないと思う……多分」
「無理しないで……」
「ここで無理しなくてどこで無理しろっていうんだ。 それにあんたたちがどこの誰かもしらないけれど、あいつを倒してくれるんだろ?」
「もちろんです!」
「当然だ!」 脇を固めるアスナが叫んだ。
「ならよしっ!」 ましろは大きな声で吠えては蜷局を巻いて迫り来る触手を力任せの拳打で叩き伏した。
「サラ!」 アスナが左から触手を薙ぎ払う。
「サラさん!」 ツバキが右から襲いかかる触手を叩き付ける。
「今だ! サラ!!」 触手の塊を掴んで脇に避けて道を作ったましろが叫ぶ。
サラは駆ける。 その先に立つ、天を覆う化物と彼我の間合いが、ついに……肉薄する——。
「「「いっけぇぇええええええ!!」」」
アスナ、ツバキ、ましろの三人の咽喉の奥から溢れる怒号を一身に受けたサラは、自身の持てる最大限の跳躍を以て宙を駆ける。
「ハァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
風に乗るようなサラの大跳躍から繰り出される彼女の一撃必殺——。 三つ目の大百足の、その顔からはみ出さんばかりに三つの瞳が瞠目する。 化物にとって、その瞬間はスローモーションに映って見えた。 振りかぶった全力の一振りが、自身の分厚い装甲にできた傷口を——、アスナの打ち込んだ軌跡をなぞるように——。
「——
『んがぁあああああああああああああああああああああああ!!!!』
撫でるように対象を斬り裂く——颶風裂斬を開いた傷口に当てられた三つ目の大百足は今までにないほどの
「決まった……」 荒い息から零れたかすかな安堵の声のサラはアスナたちの元へ着地するも、地震によって躓きかけたが咄嗟にましろが彼女の腰に手を添え支えた。
サラの白い顔の頬が真っ赤に染め上がった。
「あ、あ、あ、あああ」
一方でましろはそんなサラの恥じらう様子に一瞥もくれずに真剣な顔付きで呟いた。
「いいや……まだ——」
「いっけぇええええええええええええ!!」
三つ目の大百足を挟んだ向こうで一人の女性の声がサラたちを驚かせる。
それは凛が叫んだ全身全霊の
それに応える黒い猫——。
ピャンであった。
ピャンは残った力を使い、体内のグロテスクな肉と緑色の血液が覗ける抉れた傷口に向って突進する。
瀕死の状態の三つ目の大百足は、急進する小動物にほんのわずかな動揺を見せた己自身を恥じた。 そして、その恥辱は暴虐へ早々と転換し、百もあろう膨大な触手が唸りをきかせて襲いかかるその時、瞬時にピャンの周囲を包み込む白い霧が発生しだし、その加速は【弾丸】とは違って視認するのも不可能なほど凄まじい速度で夥しい触手を快刀乱麻と焼尽し、喫驚する化物の開いた傷口のど真ん中に着弾——。
「浅い——」 辛苦を嘗めるようなサラの表情の横で、ましろは思わず鼻で笑う。
「いいや……」
三つ目の大百足が死に物狂いで全身をつかって身動ぎを繰り返す最中、傷口辺りが水風船のように徐々に肥大化しだし、化物の慟哭が波のように徐々に徐々に空を割らんとばかりに発狂した直後——。
絶叫を轟かせながら大きく孕んだ腹部は、その内部で発動された連続の【弾丸】によって耳を劈くような轟然たる爆発音を響かせた。
「……俺たちの勝ちだ」
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