第十八話 嘘真


 「あっ、ピャン、お前どこ行ってた? ちょっとだけ大変だったんだぞ?」

 「ちょっとだけなら大変じゃないだろうが」 ピャンは呆れ返った表情を小さな顔に湛えながら、のこのことましろたちの元へ戻っていった。 「それで、なにがどうなった?」


 「醜悪な小人ゴブリン森の狂狼フォレストウルフが争っている真っ只中に」 大きな鎌を杖のようについた凛が疲弊した顔でましろを指差す。 「麻衣子って〈異邦人ストレンジャー〉をそこへ突っ込ませてその人が気絶した隙に……、倒したの」

 「凛がな」 ましろは親指で本人を指した。 「そうそう、その時、不思議なことが起こったんだ」

 「それなら儂の方からも見えた。 虹の架橋じゃろう? そして蒼白い綿のような麻衣子の魂」

 「お前からも見えたか」 凛の隣のカノープスが間を置いて、はたとピャンを二度見した。 「あれを魂と認識できたと言うことは、まさかお前……」

 「然り」 ピャンは頷いた。 「記憶が戻ったようだ」

 「おお、まじか なんかちょっとセンチメンタル」

 「というのも」 ピャンはましろを尻目に話を続ける。 「ここを抜けた理由というのがこの先の気配を感じ取ったからでの、それを頼りに進んでみれば案の定、麻衣子の仲間、というか妹の瑠璃子がおってな。 姉妹揃って〈異邦人ストレンジャー〉だったんじゃが、その〈異界獣ペット〉を喰ったときにどうやら記憶が戻ったようじゃ」


 「お前、喰ったのか!?」

 「敵意があったのでな」

 「驚いた。 意外にピャンってすごいのね。 単独でやっつけるなんて」

 「〈異邦人ストレンジャー〉もやっつけたのか?」

 「いいや、そこまではできなかった。  しかし、致命傷は与えた」

 「ところで、〈異界獣ペット〉はなんだったの?」

 「ん? というと?」 ピャンは目を薄める。

 「だから、なんの動物だったの?」


 「ああ、そういうことか、なんじゃなんじゃ、そんなことならもっと明瞭にいってくれんとわからんのじゃよ」 ピャンは目を泳がせながら空を仰ぎ、「あれじゃの、あの、ううう、兎じゃ!」


 「そんなことはどうでもいいんだ。 カノープス、その場合、〈異界獣ペット〉を失った〈異邦人ストレンジャー〉はどうなるんだ?」


 「どうもしないさ。 〈異邦人ストレンジャー〉は別の〈異界獣ペット〉と再登録しない限り単独での行動となる。 消滅することはない。 命を共有しているわけではないから、片方が死んでも当然もう片方は生きている。 一見支障がないように思えるが、一番の問題が〈異界獣ペット〉に本来備わるスキルの一つ、【翻訳】だ。 言語が通じない以上、この世界では酷く過酷な生活を強いることになるだろう。 さっきも言ったが、〈異邦人ストレンジャー〉と〈異界獣ペット〉、どちらか片方を失っても、もう片方は生存可能。 もちろんこの47人の闘争には参加する権利が残されている。 しかし、その片割れとは別の〈異邦人ストレンジャー〉とその相棒の〈異界獣ペット〉が残った場合、その時点で後者がこの戦いの勝者として選ばれる」


 「一組揃ってないといけないのか」

 「そうだ」 カノープスはましろを見つめ頷く。 「そのため凛やましろたち〈異邦人ストレンジャー〉は〈異界獣ペット〉を失くしてはならないというわけだ」

 「今の説明だと、一次的に抜けても失格扱いにはならないということか?」

 カノープスは無言で頷く。

 「それで、姉の〈異界獣ペット〉はどこへいった?」 ピャンは辺りを見回す。 「逃げたのか?」


 「お前がそっちで兎を喰ってる時に、こっちで鹿が蜥蜴を喰ってたよ」 ましろはカノープスを一瞥した。 「最初はお前が来るまで待っておくつもりだったんだが、あの蜥蜴、放っておいたらなにをしでかすかわからないからな。 怪しい懸念は早いとこ摘んでおこうと仕方なくカノープスに譲ってやった。 けどまあ、そっちでお前も喰ってたんならちょうど良かったな」


 一行のいる場所にはモンスターの死骸や、その一部、肉片が辺りに散らばっていた。 一時は一行と交戦していた醜悪な小人ゴブリンたちであったが、ましろが命からがら誘き寄せた森の狂狼フォレストウルフの群れをぶつけさせ、混戦状態に陥らせた結果、モンスター種族同士で争いが始まり、最終的に残ったモンスターを倒すという結末を迎えた。


 「しかし、おぞましいな惨状じゃの、ここは。 死屍累々、屍山血河の有様じゃ。 遠くの方まで血の匂いがぷんぷん届いておったわい」


 「ほとんど多種族同士で殺し合いをしてくれたお陰で、俺たちはなんとか無事だったがな。 一息ついたら村に戻って報告でもしておこう。」


 一行が疲れた足で村へ向う途上、ピャンが思い出したように呟く。

 「そういえば、兎を喰った時に当の本人から聞いたんじゃがの、あやつらは醜悪な小人ゴブリンを操ってはいたが、元々奴らはあんみつ村へ向っていたらしい」


 「ああ、なんだ。 俺ら目当てかとてっきり……」


 「まあ、それはいいんじゃが、どうも不思議というかなんというか……。 カノープス、お前、あの村でモンスターの反応を感じたか? 村の中で、じゃよ?」


 「それはない」 カノープスは即座に首を振った。 「常時発動は負担があるが、村へ入る際と、定時的に【索敵】を使って探索を行った」


 「いなかったじゃろう?」


 カノープスは頷く。


 「儂もそうじゃ。 能力だけに頼らず、匂いや音といった感覚を鋭敏に研ぎ澄ませて抜かりなく警戒をしていた。 だがカノープスのいうとおり、村の中にはモンスターの『モ』の字もいなかった。 というのにじゃよ? その兎の〈異界獣ペット〉が固有スキル【魅力チャーム】を使って操っていた醜悪な小人ゴブリンたちが片言の言語で言うにはあんみつ村にやつらの稚児がいるといっていたようなんじゃ」


 「それは本当に不思議な話だ」 カノープスは足を止めた。 「モンスターの中には知性があるものに限って虚偽を語る狡知に長けたものもいるそうだが、当の〈ゴブリン〉《あいつら》はそこまでの知性はないはずだ。 嘘をつけない、そもそもつく以前に嘘という意味自体知らないある意味純粋な生き物なはず。 その兎の〈異界獣ペット〉の虚言なのでは?」


 「そう思うのも無理はないのじゃがな、しかし、それこそ嘘をついたところでなんのメリットもないはずなんじゃよ。 もう少しまともな嘘をつくじゃろう?」


 ピャンの問いに全員が頷く。 今では全員あんみつ村へ向う足を止め、怪訝な顔付きを浮かべている。


 「いや、まあもしかしたらその嘘には余程穴の大きな深意があったのかもしれんがの。 儂にはどうも……皆目検討つかんのじゃよ」

 「確かにピャンの言ってることには一理あるな。 その兎はどんな情況でそんな話をしだしたんだ?」


 「その妹と兎は戦闘力が低くての、奇襲を仕掛けた儂一人でもどうにかなったんじゃ。 戦況的に不利と危懼きくした兎は、すでにこの村にいた凛たちを倒そうとしていたところにちょうど良く醜悪な小人ゴブリンの一団が向っていたのでこれ幸いと利用したと吐きおった。 命欲しさに儂に今回の騒動を説明した——情報を売った、というわけじゃよ」


 「だとしたら、なおさらおかしいわ」 凛は首を傾げて腕を組む。 「やっぱり稚児については上手い下手以前に嘘をつく意味が思い付かない。 でも……、本当だとしたらもっとおかしい。 醜悪な小人ゴブリンの言っていることが真実だと仮定してあんみつ村に稚児がいたとして、どうしてカノープスたちが感知できないの? 感知できない……あ、【結界】——?」


 「ピャン」 ましろがピャンの方へ首を曲げた瞬間、ピャンは数拍置いてから首を振った。


 「【探知】を使って検査してみたが、なにも感じなかった」


 「じゃあ、そもそもあんみつ村に稚児がいること自体勘違いってことかぁ」


 「ん……」 ピャンがぴくんと頭を上げて、一点の方向を見つめた。 あんみつ村の方向だった。 「今【索敵】をかけたが……、なにかおるぞ?」


 「醜悪な小人ゴブリンか?」


 「いいや、これは……」 ましろの問いにピャンは目を薄める。 「これは……」

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