第十二話 作戦

 

 一行は一晩過ごした白玉の森の手前の馬小屋にある、切り株で拵えたイスに座りながら作戦会議を開いた。


 「はい。 というわけで、いまある武器、スキル、情報その他諸々をお互い包み隠さず共有したいわけなんだが」 ましろは凛に向き合う。 「そういえば、光の人形ひとがたから渡された四つの道具のうち、水瓶とマッチはわかったが、残りの黄色いブロックってやつと、白い眼鏡に関してはまだ聞いていなかったけれど、どんな効果があるんだ?」


 「あー、それなんだけど」 凛はこめかみをぽりぽりかきながら視線を逸らし、気まずいように口を開いた。 「それは他の二つと同じ非戦闘アイテムでして」

 「それで?」

 「白い眼鏡はこの世界の国ごとに異なる文字言語をレンズ越しに日本語変換させる機能があって、黄色いブロックは……その……」

 「例え戦闘向けじゃなくてもなにかしら使い道があるかもしれない。 どんな効果があるんだ?」


 凛はしばらくしてから、はふぅと溜め息をついてから指先を宙に向けて差し出した。

 指先のなにもない空間が微細な歪みをきたし、ずいっと指を入れた。 それから水瓶と、例の黄色いブロックを取り出した。 十五センチ程度ある長方形のブロックには点線のような切れ込みがあり、凛はその線に沿って軽快な音とともにブロックを折った。 手の平に充分収まる一センチ程度になったブロックに、凛は水瓶の口から零れる水をブロックに注いだ。

 すると、ブロックからシューシューと音を鳴らしながら煙があがり、固形物だったそれが見る見るうちに膨張し、丸みを帯びてきた。 外枠が徐々に裏返って滑らかな素材に代わり、一周する頃には収まりきれないほど大きな、人の頭分ほどあるロールパンのような物体になった。


 「凛さん」

 「なんでしょう、ましろさん」

 「これはなんですか?」

 「これは非常食です」 凛はそれを千切って口に放り込むとはむはむ咀嚼した。 「このとおり食べられます」

 「なぜ昨夜食べなかったのでしょうか?」

 「さあなぜでしょう?」 凛は逃げ場を失ったぎこちない笑みで必死にその場を取り繕うとした。


 ましろとその猫と折半では倍の日数で消耗される恐れがあったから、なんて口を開いた時にはどんな仕打ちが行われるか、それは当の本人が一番理解しているところであった。


 まあ今はよそう。 今は、とましろは溜め息をついたところで、カノープスがなにかに反応し、背後の森を睨んだ。


 「どうしたの、敵っ?」 凛は切り株から立ち上がり、見えない空間の歪みに手を差し込み、反るように真後ろの森の奥をじっと睨む。


 「いや、多分大丈夫だ」 ましろ気の抜けた声に、二人が顔を見合わすと、白玉の森から小さな動物が姿を現した。 「どうだった」


 それはましろ頼まれて偵察していた黒い猫、ピャンであった。



                  ●



 再び全員が座し、作戦会議となった。


 「ま、それは置いといて」 ましろに内緒で黄色いブロックの効果を黙っていた凛に対し、後でなにかしら制裁を下すと胸に誓い、話を戻す。 「本当に使えないアイテムであったことが確認できただけで、現実味が深まったわけだが。 問題は改善されていない。 どうするかだ。 凛、お前の武器はあの大鎌だけか? その他に魔法的な能力だったり、アイテムだったり使えないのか?」


 「あの武器だけよ。 魔法に関しては前も言ったけど、わたしたちにはそういった力は始めから備わっていないと思う。 もしかしたら〈異界獣ペット〉みたいに敵を倒し続けると稀に覚えるスキルと近似したものが得られるかもしれないけど、これはあくまでわたしの想像だし、そういった情報を既知した〈異界獣ペット〉であるカノープスが、知らないと言っている以上、それが答えって意味だし、つまりは得られない可能性の方が高いと思うの。 アイテムはこの正解では存在するらしいの。 とことんファンタジーに忠実よね。 でも今のわたしたちは身体能力が並外れていることを除いて、所持金もアイテムゼロの初期状態のままよ」


 「カノープス、お前の固有スキルは【突進ラッシュ】以外ないのか?」

 「残念ながら。 あれが今ある唯一の私の切り札だ」

 「例えば連続で何回あれが使える?」

 「試したことがないが。 三度が限界だろう。 誤摩化せて四度。 しかし、威力も距離も範囲も命中もことごとくなくなるだろうし、その後行動不能になる。 できればこれは避けたい」

 「ってことは、三度が限界か」 ましろは再び隣のピャンを見下ろした。 「あれは……、昨日の夜見せた【弾丸】は何度使える?」

 「状況次第じゃな。 六発使えれば上上と思ってくれればよい」

 「威力に差はあるが【弾丸】も充分有効な力だ」 とましろ。


 「ところで、ピャンにさっきなにを頼んでいたの?」 凛が残りの非常食を食べ終えるとましろに訊ねた。 「もしかして今話している醜悪な小人ゴブリンの偵察?」

 「他になにがある?」 ましろは目を薄めて凛を見た。 「カノープスみたいな大型と違ってうちの〈異界獣ペット〉は小回りがきくからな。 最大限利用させてもらった。 それで、ピャン、話が一段落済んだところで、相手の数、武器、ここまでの距離、あと色、可能な範囲でいいから教えてくれ」


 「そうじゃのう」 ピャンは宙を見ながら尻尾を何度か振っていた。 「ええっと、敵の数は百体程度じゃな」


 「え……」 凛の渇いた声がピャンの会話に入り交じって聴こえた。


 頭の中でその単位を予測していないわけではなかったが、しかしいよいよそれが現実的数字となって帯びてくると、的中したことより、その圧倒的数の暴力の恐ろしさが遥かに凌いで、一瞬頭が真っ白になった。


 「武器はひとまず置いといて、先に肌の色を話しておこう。 全体でいうと昨晩儂らが遭遇した黄土色のものが七割程度、そして、赤色をしたものと淡い緑色をしたものが一割程度ずつおった。 黄土色は昨晩同様の棍棒と無手。 赤色はみな棍棒を持っとって、淡い緑色の方は弓矢ともっと大きな棍棒を持っておった」


 「——あれ、残りの一割は? ピャン、数え間違えてるよ?」


 凛の指摘にピャンは首を振った。


 「焦らず聞けて小娘よ。 この残り一割がおそらく今のお主たちでは少々手こずるじゃろうと儂は判断する。 なに、一対一の勝負ではお主たちは負けんよ。  しかし、数の暴力という言葉があるからの。 奴らはごく少数であったが、他の色どもを完全に指揮していた。 つまり同種族間での圧倒敵強者たちじゃ。 色は淡い灰色に濃紺の斑模様。 筋肉の張りも図体も他と比べ頭一個分抜けておった。 しかも、武器はそれぞれ異なり、鉄球や斧、メイスのようなものと大型の剣を持ってたやつもおった。 大方ヒトから奪ったか、死体から拾ったかのどちらかであるが……。 武器を持つ、許されるということからしてこやつらが上位種であると推測もできる。 それと……、ここまでの距離じゃが、進んでおる。 進軍しておるよ」


 「……どこに?」 カノープスがわかりきった答えを訊ねてきた。


 ピャンはカノープスに悪に馴染んだ魔的な笑みを浮かべた。


 「ここじゃよ。 あんみつ村じゃ」

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