第十一話 説得
村長の住居から出ると、カノープスが待ち構えていた。
「それで、村長からなんと?」
「
「色違いっていうのはなんだ? 単純に肌の色で優劣が異なるってことか。 それとも生存環境による順応性のある肌ってことなのか? ……擬態、みたいな? それとも兎みたいな生え変わりかなにかか?」
「あたしも詳しくは知らないけど……」 凛は顎に人差し指と親指をあてながら思考に耽る。
「カノープス、【索敵】で力というか、ステータスまでわかったりしないか?」
「無理だろうな。 【索敵】で行えるのはあくまで戦意の有無を明確にするだけだ。 それ以上は経験を重ねた本能的な直感で判断するほかない」
「頭を弄られて本能か……」
「ん、どうした?」
「いや、なんでもない。 それより……」 ましろは紡ぐ言葉を考えた。 「これからどうするか、という問題だ。 あんみつ村の村長の依頼を受けて、
「——あんた、このまま村の人たちが襲われても平気だっていうの?」
凛がいつになく(会って数時間だが)怒りを押し殺したトーンで、真正面からましろに問い質した。 「困ってるのよ?」
「いくら敵が昨日みたいな雑魚だからって、実際のところ何体いるか知ったもんじゃないんだぞ? もしこちらの比を遥かに上回っていた場合、こちらが不利なのは明らかだ。 むざむざ死にに行くような戦いに、お前なにをそんなにムキになる? 昨日今日程度この村の外れにいて、部外者扱いされて。 急に飯を貰ったから一宿一飯の恩誼とかなんとか言っちゃって、恩返しするつもりか? 凛の恩返しか? この村に情はないはずだろう」
「温情じゃなくて人の生き死にの問題でしょう? あの人たちには戦う力がない。 けれど、わたしたちにはそれがある。 見たでしょう? あたしとカノープスの力を。 あんたたちの力だってあんな雑魚どもなんか足許にも及ばなかった。 力の彼我は明らかよ。 それにわたしたちには原理を無視した再生能力がある」 凛はそういうと肩から腕へかけてL字ラインで空へ向けて握り拳をつくった。
「人為を越えた力、それに馬鹿げたスキル、そして並外れた再生能力。 この三つはどれも無制限にあるものじゃない。 延々と走り続けられる人間がいないように、俺たちでさえ限界があるかもしれない。 数で攻められたら、俺たちは疲弊して、敢えなく雑食の奴らの餌になるだけだ。 お前は俺たちには再生能力があるといったが、その能力の再生という境界線はどこからどこまでか説明できるのか?」
「説明って——」
「擦り傷、火傷程度ならすぐさま傷は塞ぐだろう。 打撲、脱臼、骨折だって痛みを伴うが目を疑うような速度で回復するだろう。 俺たちが崖で落ちたときと同様に。 じゃあ切断はどうする?」
「え、切断……?」
「腕を切断したら、傷や骨折みたいに治るのか? 具体的にどうなる。 切ったところからトカゲの尻尾みたいに生えてくるのか。 それとも切断した腕をくっ付ければ治るのか?」 ましろは目を広げて返す言葉を失った凛を無視してその隣にいるカノープスを指差す。 「はい、カノープス君」
「切断の場合の再生方法は二つだ。 まず一つ、これはお前が後者に問うた切断した腕を接続させること。 これにより、細胞組織同士が反応を起こして、ざっと小一時間程度で細胞が再結合しあう。 しかし、これは切断して間もない期間でのみ可能とされる方法であり、この有効期間を越えての再生の場合、もう一つの方法を採る以外術はない。 それは切断した部位という存在をこの世から消すことだ」
「もっと具体的に頼む」 ましろは凛を一瞥しながら訊ねた。 内省するが、今すごく大事なこと言ったぞこの鹿。
「燃やして骨を灰にして粉々に砕くか、家畜か鳥か、モンスターに喰わせて
「切断された腕や足が残った状態で、胴体部分からにょろにょろ生えてくるなんてことはないのか?」 ましろは白鹿が言っていることがよく飲み込めず、抽象的な例えを出した。
「それはない」 カノープスは否定する。 「先ほども言ったように、切断された部位を上から付着させて結合再生をさせるか、物体として無いものと判断されなければ再生は行えない」
「その判定は誰がするんだ? カノープス」 ましろは今一度カノープスに問いかけた。
「それはそんなに重要なのか?」
「はいもう、なんでもありませんよ」 ましろは再び起こった急な立ち眩みに頭を抱える。 「くそっ、この問題に関してもうなにも追及しようなんぞ思わない」
「どうした小僧?」
「どうもこうもない」 ましろは頭を押さえ込みながら半ば落胆の表情でピャンを見つめる。 「気にすんな」
「で、でも」 凛は少し自身を取り戻した顔付きでましろを見つめた。 「これでわかったでしょう。 切断なんて事態、まっぴらごめんだけどこっちは二人、片方がダメでももう片方がどうにかして戦況を切り開く、わたしたちならなんとかできる。 そうでしょう?」
「まだ意味が判っていないのか?」 ましろはもう一度凛を見つめた。 「俺たちどちらか一人が敵の巣に捉われた場合、敵は迷わず俺たちを喰う。 その時、その再生過程を目にしたあいつらの瞳にはなにが宿ると思う? 自動補填の利く食材が眼の前に現れたことだ。 腹が減ったら四肢を切って、再生したらまた四肢を切る。 これの繰り返しだ。 これを繰り返している限り、俺たちはおそらく死を跨ぐことはない。 そして凛、こんなこというのも吐き気がするが、あいつらの目にはお前が雌であるということを忘れないでほしい。 俺はお前のそんな姿絶対見たくはない」
「——あんた、わたしのこと心配して」
凛は、口をぽかんと開けて呆けていた。
この女は阿呆だ。
ましろは怒りとそれを上塗りするほどの悲しみで地面に崩れ落ちたくなった。
現実味のある可能性を指摘しているのに関わらず、くだらない視点に目敏く反応し、間違った方向へ困惑を浮かべている。
違う。 そんなんじゃないんだ。
頼むから従ってほしいとましろは内心で懇願する。
こんなところで死んだら誰がこの先俺の肉の盾になる。
「心配はさておいて、村の命かお前の命かでいえば、いまはお前の命の方を俺は優先する。 この異世界で依然右も左もわからない不利な状況下ではやっぱりお前との同盟は俺にとって千に一つの僥倖だった。 それをむざむざ逃したくはない。 お前だってそうだろう? この戦いにおいて同盟がどれほど大きなアドバンテージを
凛はじっと足許を見下ろして考えこんでいた。 もっと考えろ、とましろは思った。 考えれば考えるほど咀嚼反芻という言葉の渦に巻き込まれ思考は停滞する。 説き伏せられた方は流れに従う。 その方が楽だからだ。 考えずに行動できることは安易で気楽で、そして苦悩せずして責任の重圧さも感じることはない。
すると雲の切れ間から太陽が強い光を差して姿を見せた。 その光の矢はましろの眼の前で答えを導こうと懸命に糸口を見つける凛を偶然照らした。 それは手で翳すほどの眩しい後光を放ち、そしてそれさえ霞んでしまえるほど、正面を向いた凛の表情は優しさと決然とした覚悟に充ち満ちていた。
「……それでも、やっぱり助けたい……かな。 わたしは」
「死ぬかもしれないぞ」 ましろは手を翳したままさらに問うた。 「相手の数は不明なんだぞ?」
「うん。 でもそれでも決めた。 この力でなにかできるならそれをしてあげたい」
「お前は阿呆だ。 垣根無しの偽善者だ」
「偽善者だよ。 ヒトと
「お、お前、なに言ってんだよ」 ましろは予想外の展開に喫驚した顔を浮かべた。 「なおさら無理だ。 村長は大群を見たって言ってたんだぞ? 十や二十じゃない。 その十倍って言ってたんだ。 お前だけじゃあ……、カノープスが加わったって無事じゃ済まないかもしれないぞ。 やめておけ、無駄死にするだけだ」
「わたしは一人でも行くつもりだよ」 凛は所存のほぞを固めた顔付きで冷静に言い張った。 「無駄死にかもしれない。 でもやっぱり手を差し伸べてあげたい。 じゃなきゃこの村の人たちが死んじゃうから。 そんな後悔を引き摺ったままなら、あたしは死ぬに死にきれないよ。 わたしは、わたしは死ぬときはああすれば良かったって後悔しないで死にたい」
それは元いた世界の凛の人生を思っての科白なのだろうか。 おそらくそうだろうとましろは思った。
自分はどうなんだろうと自問する。
ましろには死んだ記憶がない。 気付いたらここにいた。 だから凛のような後悔を抱くことない。
しかしと立ち止まる。
凛が死んだら後悔すると思った。
いままでと違って、先ほど後光を差した凛の決然とした表情はましろの心のなにかを揺さぶらせた。
なんだか、かっこいいと思った。
かっこいいじゃないかと不覚にも感心してしまうほど眩しかったのだ。
そして救えない、ど阿呆であることに変わりなかった。
こういう場合なんていうんだろうとましろは考えた。
そう、同病相憐むというんだった。
「どうやらこの勝負。 凛の勝ちのようじゃな」 ピャンはこれ以上ないほど耽溺したように微笑んでいる。 「諦めろ。 女が男に勝てると思っとったのか? いつの時代も女に勝る者はないんじゃよ」
「さすが凛。 素晴らしい我がパートナーだ」 カノープスは忠愛の証のように
「おいそれは痴漢だぞ」 ましろは冷静なつっこみをする一方でカノープスの頭を撫でてはしゃぐ少女の姿を見つめた。
「ありがとう。 カノープス。 それとごめんね。 わたしの我が儘で。 同盟、だめになっちゃって」
「なにをいうんだ。 凛が決めたのならそれで構わない。 私は凛の意見を尊重する。 なに大丈夫さ。
「どうする、小僧。 破棄するか?」 ピャンは名無しに聴こえる声量で訊ねた。 「やるならこやつらが|醜悪な小人と遣り合う隙を突くが」
「いいや」 ましろは首を振った。 「完敗だ」
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