第八話 能力


 夜の帳張りが降りる頃、静まり返った森の中で焚き火の薪が小さく爆ぜた。

 謎の光の人形ひとがたとの遭際そうさい

 そこへ至るまでの悲惨な出来事を耳にし、さらにカノープスとの必然といえる邂逅を聞いたましろの脳内は、凪一つない穏やかな夜の湖畔のような静けさだった。

 この異世界には同じ境遇の47人が飛ばされ、最後の一人になるまで殺し合う。

 そして最後の一人になった者だけが、現実世界に戻れる。

 実にシンプルだ。 ありがちで、退屈そうで、くだらなく、そしてあまりにも理不尽な真実だった。

 「なるほどな」 ましろは口ではそう理解したものの、まったく理解できなかった。 しかし、それを口にしなければ、どことなく、自分が哀れに思えて仕方がなかった。 口にしたところで、身体を覆う憐憫は消えてくれなかったが……。

 「次にカノープス。 あんたの知ってる情報を聞かせてくれ。 あんみつ村でも聞いたが、あんたは鹿であって鹿でないんだろう? そこのところから教えてくれ」

 カノープスは少し離れたところに座る凛を横目に見た。

 凛はこくんと一度だけ頷いた。

 「そうだ。 お前の言うとおり、私は正確には鹿ではない。 お前たちの地球での生命体の外見、骨格、立体動作、関節駆動をコピーし、かつ戦闘に適すよう超然的に精錬された飲食を必要としない個体。 お前たちと共に戦う〈異界獣ペット〉と呼ばれる存在だ」

 「だとすればお前の、その自我はいったいどこからきたものなんだ。 今の話を聞く限り、動物であったお前が改良を加えられた、とは違うんだろう? お前たちはどこからきて、どこで生まれたんだ?」

 「ああ、そうだな」 カノープスは微笑んだような顔付きをすっと戻し、ましろを直視する。 「せっかくの話を台無しにするようで悪いのだがな、それはどの〈異界獣ペット〉に訊ねたところで同様の答えが返ってくるだろう。 私たちはその答えを知る権利がない、と」

 「なんだと?」

 「——知らないんだ。 これまでの私を。 記憶喪失に近い状態だ。 私たちはこの異世界でお前たち〈異邦人ストレンジャー〉と共に戦い、共に死ぬこの争いのためだけに生まれた自立した駒なんだ。 故にそれまでの自分を知ることなど考えたこともない。 この戦いでは無意味だからだ。 私たちはお前たちがここに落とされたと同時にここに生まれ、それぞれの〈異邦人ストレンジャー〉の目の前に現れるのだ」

 「大事な質問にまだ答えていないぞ、カノープス。 お前たちは誰によって生み出された?」

 「ではお前に反問しよう。 

 「……ないに、決まってんでしょう」 背後の樹木に凭れ掛かりながら薄ら星の輝く空を見上げる渇いた凛の声が痛痒のように突き刺さった。 「ましろ、無駄よ。 あたしも同じ質問を最初にしたの。 その時、カノープスは同じ言葉を伝えたわ。 これはもう事実として受け取るしかないのよ」  

 可能性があるとすれば、凛が瑠璃色の膜の外に突如出現した光の人形ひとがたかそれと同種のようなかなり高次な存在に違いない。

 (——高次、だと?)

 ましろの頭の中に一つの光の矢が差した。 それは一つの帰結であり、同時に思考の放棄である。 愚劣極まりない唾棄すべき存在の抱く痛々しい妄想の類いである。

 「——神、か?」

 ましろはあまりにも馬鹿馬鹿しい想像を否定してほしくて火を囲う者に是非を問いたかった。 しかし、口を開いた凛の口からは是認し難い言葉が返ってきた。

 「あたしもそう思う。 ほら、こういう異世界物語で現世から転生されるに際して神様が介在するでしょう。 多分それだよ。 あの神々しい姿を眼の前で視たものなら、あれを神と言うよ。 こんなファンタジーみたいなおかしなこと、神様しかできないでしょう? 考えてもみなさい、人の技術で異世界に飛ばすなんてこと、できると思わないしょう? タイムマシンだって先の話なのに」

 夜空に鏤められた星々はどれも美しく煌々としていた。 虚空に映える星一つひとつが非現実であるとは到底思えぬほどリアルであった。 草の匂いも、鳥の鳴き声に風の音、壜に触れた感触も、水面に叩き付けられた痛みも、今なお考えるという思考そのものも、紛れもなく現実の枠の中での出来事だと認識できる。

 「——参ったなこりゃ。 まるで迷子だな……」

 「え? なんか言った?」

 「いや」 ましろは首を振った。 「そういえば、凛が言っていた〈異界獣ペット〉のスキルがなんとかっていうのはなんなんだ? 確か最初にあったとき、攻撃系がどうとかも言っていたが」

 「ああ、それね」 凛は宙を見上げてそこに書かれた透明の文字を音読するように説明を始めた。

 共通スキルというのは〈異界獣ペット〉全てが持つ能力を指す。 どれも直接的に他者へ危害を加えられる効果はないものの、使い方次第で〈異邦人ストレンジャー〉同士の今後を含めた戦況が変わるとされる。 能力の内訳は精神労力である。 各共通スキルはどれも微々たるものしか能力をすり減らさないそうだが、一部大きく消費するものがあるという。 

 【翻訳】

 異世界の言語は地球のどの人種、どの部族の言語ともされていない。 異世界で生活する以上、その国々の者との交流が少なからず必要とされる。 この効果はすぐ傍に〈異界獣ペット〉を侍らせておくだけで、この世界の者と言葉の壁など気にせず悠々と会話を可能とする能力である。

 でなければ物一つ買う事ができず、生き残りどころではすまないと凛は言っていたが、それは少し違うと名無しは内心否定していた。 場合によっては、この異世界の者を利用して戦闘を優位にさせるというのが可能ではないのだろうか。 「言葉」という前提条件なくして交渉とはいえない。 さらに母国語で話せるのであればなお交渉に有利に働く。 人は、自分と共通する者があれば親近感を抱き、開襟を開き変えてしまうものだ。 もちろん、これはどの種族にも当然言えたことだが……。 しかし、それを正して凛に説いてやる義理は微塵もないので、そのまま黙って先を促した。

 【索敵】

 これは周囲の〈異界獣ペット〉、戦意のあるものを自動的に感知できる能力である。

 【会得】

 これを聞いたときは少なからず驚いた。 戦いに勝利した〈異界獣ペット〉が敗北した〈異界獣ペット〉の持つ固有スキルを稀に得ることができる。 固有スキルがなにかわからないが、確実に戦闘において有利に働く手段に違いない。 つまり、生き残るためには数が減るまで戦闘を避け続けるだけでは脆弱なままで勝率は上がらず、より多くの戦闘で勝利を築き上げた者が、それだけ〈異界獣ペット〉に多くの固有スキルを得させることができ、戦闘を優位に運ばせることができるというわけだ。 ここに率先的に戦闘に参加させたい意図を感じた。

 【結界】

 これは〈異界獣ペット〉が精神労力を継続的に大量消費させて放つ能力で、【結界】内にいるだけで周囲のものはその存在を知覚、認識できない。

 【探知】

 これは魔力感知のような能力で、【結界】同様、継続的に大量の精神労力を必要とされる。 【探知】を発動させた場合、周囲に不可視の大きなドーム上の空間を形成することができる。 その空間に触れさえすれば〈異界獣ペット〉が張った【結界】を判別できる、対結界用スキルといえよう。 平時であれば知覚できない【結界】も、この【探知】を発動させた場合、逆に居場所を露呈させることが起こりうるわけだ。

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