第2話 おとなりさんに誘われて


 歩き出したお姉さんたちについていく。

 茶ボブのお姉さん、名前は三池南さん。ミが3つも名前に入ってる。

 黒ロングのお姉さんは瀬戸さん。名前は教えてくれなかった。けど、キクコさんって呼ばれてるのを聞いたから、たぶんそんな感じ。


「私たちはあっちから来たんだ」

 三池さんが指さしたのは私が登ってきたのとは反対側。改めて見ると、私は高塚山とやらに背中を向けて歩いてきてたっぽい。

 枯葉の坂道を降りていく。後ろを歩いてて気づいたけど、瀬戸さんは動きにくそうなロングスカートだった。どうみても山歩きには向いていないと思うんだ。でも優雅さすら漂わせる動きでスルスルと道を下っていく。なんか、見惚れちゃう。


「環ちゃんはなんで部活をサボってたの?」

「ちょっと!」

 瀬戸さんの右手がスパンと三池さんのおでこに当たった。

「繊細な事に土足で踏み込むのはやめなさい。重い問題とか抱えてたらどうするの。制服でこんなとこにいるんだから何かあるに決まってるんだし、そこは穏便に……」

 全部聞こえています。

「あー、はいはい、わかった、わかったから。オブラートね、オブラート。あの透明の紙みたいな。うん、はい、大丈夫だから」

 全部聞こえています。


 くるりと三池さんがこっちを向く。よく回る人だ。

「で、環ちゃんはなんで授業出てないの」

「春休みでしょ」

 瀬戸さんが答えて、私が頷く。


「ではなくて、環ちゃんはあんなとこでなにしてたの」

「寝てたわね」

 瀬戸さんが答えて、私が頷く。


「ではなくて。なんで部活サボってたの?」

「ミナミ、ちょっとおいで」

 瀬戸さんが答えて、三池さんが近寄った。

「イタタタタァ!?」

 瀬戸さんが三池さんの手を取り、おもむろに捻り上げた!

「私が何を言いたいかわかるかしら?」

「ギブ! ギブ!」

 なんか私のせいで三池さんが大変なことに!?


「気を使ってもらわなくても大丈夫ですから。サボってた理由も話しますし!」

「いいのよ気にしなくても。誰にだって話したくないことぐらいあるし、そこに無遠慮に踏みこむ方が悪いんだから。ミナミはもう少し気遣いってものを覚える必要があるのよ」

 聞いてくれない!

 というかたぶんこの人、腕を極めるのが楽しくなってるだけだ!

「私に吹奏楽の才能がなさすぎて、練習するのに疲れただけですから。別に誰が悪いとかじゃないのでっ」

「あー」と「うー」の2種類の返事が重なった。

「ほら、ブレーイクブレーイク……」

 二人の間に入って、瀬戸さんの手を解く。特に力を入れていたわけじゃなかったみたいで、三池さんはすんなりと解放された。


「まあ、気分転換は大切よね」

 瀬戸さんがつぶやく。

「そうです。気分転換は大切です」

 私が頷く。

「うんうん、気分転換は大切だね」

 三池さんが相槌を打った。


 背後から響くプォォーンという間の抜けた音を聞き流しながら、私たちは階段を下る。うっすらと甘くて青臭い香りがする。駆け抜ける車のエンジン音が段々近くなる。

 アスファルトが見えるぐらいに降りてきたとき、瀬戸さんが振り返って教えてくれた。紫色の花はミツバツツジという名前らしい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る