第227話 欲望を乗せた船 -Grand Guignol-
・1・
護送用のヘリで運ばれること30分。
虚無の暗海を渡り終えた先、目的の場所を最初に視界に捉えたのは
「ねぇ、あれ……」
皆は座席から立ち上がり、彼女のもとに集まる。
窓から見えるその姿を確かめるために。
「……島?」
それは海に浮かぶもう一つの鉄の孤島。
逆巻く暗雲を内側から貫く眩耀がその存在を徐々に露わにしていく。
「いや、違う」
そう、正確には島ではない。
目を凝らすと分かる。陸だと思っていたその場所は船の甲板だ。それも超ド級の巨大客船。全長400mは優に超える五隻の船が放射状の星を形作るように海の上に浮かんでいた。
「この辺りはいくつもの速い海流に挟まれているみたいだ。船ではまともに渡れないだろうね。見たところあの場所が唯一の安全地帯と言ったところかな」
端末内の地図を使って周囲の情報を探知した
彼女の言う通り、船をひっくり返しかねないほどの荒波で周りを囲まれているにもかかわらず、その中心だけはまるで別世界のような静けさがある。出発地点が港だというのに移動手段に船が選ばれなかったのも納得だ。
『ご搭乗誠にありがとうございます。当機はまもなくグランギニョルに着陸いたします。座席に戻り、シートベルトを腰の低い位置でしっかりとおしめください』
機内アナウンスに促され、皆はそれぞれの席へと戻る。
そしてしばらくの後、内臓を持ち上げられるような浮遊感を感じ始め、ユウトたちを乗せた機体はゆっくりと降下を始めた。
・2・
着陸後、エントランスに移動するユウトたち一行。
着いて早々、携帯など外部への通信手段は全て預けることを求められたのでそれに応じる。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「どっちも願い下げだよ」
ユウトとは違い、カインは少々楽しそうだ。
「この扉の先がグランギニョルとなります」
黒服の男がそう言い、鉄の扉を指し示す。かなり堅牢な作りではあるものの、別段おかしな点は見られない。取っ手はなく、どうやら先程エントランスで発行されたIDカードをかざすことで開くようだ。
「じゃあ……行くぞ」
代表としてユウトが前に出た。彼が自分のIDカードを扉にかざすと、表面に一瞬光が走り、鉄扉はゆっくりと横へスライドを始める。
最初に視界に飛び込んできたのは眩い閃光だった。
「「ッ……!?」」
夜の闇を消し飛ばす極彩色の輝き。
「これはまた、随分と賑やかな場所だね」
「うぅ……ギラギラで目が痛いのだ」
それだけではない。空気も明らかにガラッと変わった。
世界各地の美食を集めた高級レストランに、ありとあらゆる需要を満たすショップの数々。上層には豪華絢爛なホテルや劇場が建ち並び、下層にはルーレットを始めとした各種ギャンブルに加え、キャバクラや遊郭などプレイスポットにいたるまで。
巨大すぎる船上にはおよそ人の欲を満たすためのありとあらゆる娯楽がギラギラと獰猛な輝きを放ちながら所狭しと建ち並んでいた。
「船の上に、街……?」
「その通り! ようこそグランギニョルへ!」
豪勢な景色に圧倒される一同の前に別の黒服が数名が現れ、整列する。
「ここは
先頭の黒服の大仰な、しかし洗練された一挙手一投足。その所作に合わせ夜空に豪華な花火が打ち上がった。
「吉野ユウト様、並びにご随伴の皆様方。この度のご来訪を我ら一同、心より歓迎いたします」
まるで全てがショーの一環であるかのように、流れる音楽と光のアンサンブルが船上のテンションをさらに一段階跳ね上げる。
「初めに皆様、ご自身のIDカードに表示された金額をご確認ください」
「えっと……この数字かな? 一、十、百、千――1000万!?」
自分のIDカードに記載された額を見て、レイナは思わず跳び上がった。
「VIPの皆様には各々少額ではありますが、1000万円を支給しております。グランギニョル内での飲む打つ買うはもちろん、換金所にてお好きな通貨で現金化も可能です。ご自由にご活用ください」
「随分と至れり尽くせりじゃねぇか。お前らのボスは何考えてやがる?」
「当方からの心ばかりの気持ち、そうお考えいただければ」
「……」
懐疑的なカインの視線にも慣れているのか、黒服の男は一切反応を示さなかった。
「フン、まぁそういうことなら遠慮なく――」
「ちょっとカイン君……どこ行く気?」
迷わず下層に続く階段へ向かうカインの肩をレイナがガッシリと掴んで止める。
「何って、あそ――情報収集だよ」
「今遊ぶって言いかけたよね!? エッ、エッチなお店はダメだよ!!」
おそらく下に行けば行くほど限りなくグレーなお店が集中している。慣れているのか、独特なその空気を感じ取ったカインの順応は誰よりも早かった。
「私たちも少し回ってみましょうか。シーレ、上にある劇場なんて面白そうですよ?」
「私はレストランがいい。お腹すいた」
ユウトたちとは違い観光気分で訪れたライラとシーレも上層を目指し始めた。
「僕らも上に行くかい? ご丁寧に部屋も取ってくれているみたいだ。ほら、IDカードに部屋番号が書いてある」
「……」
『グランギニョルはこの都市の悪性を切り離し、管理する場。猊下が望む『神民』たりえない者たちが流れ着く監獄だ』
監獄――彼女は確かにそう言った。
けど実際にこの目で見て、今はまだそこまでとは思えない。確かに本島とは趣が180度違う。あちらが万人が求める幸福を体現した社会だとすれば、こっちは大金と欲望が渦巻く大人向けのアミューズメント施設といった感じだ。
「リュゼさんの言葉が気になりますか?」
立ち止まるユウトに気付いたアリサがクイッと彼の腕を引いた。
「あぁ」
「……私もです」
彼女も同じことを考えていたらしい。
「ここが『監獄』なら、ここにいる人たちはみんな囚人ってことになるよな」
「えぇ、ですが誰もそんな風には――」
「ほう……よもやこのような場所で再会するとは」
その瞬間、二人の背筋が凍り付いた。
「「ッ!?」」
まるで見えない刃物が喉元をかすめた後のような、瞬間的に、極限まで高まる緊張と肌を焦がすような熱。次の瞬間には思考を無視して体が勝手に武器を取り、身構えてしまうほどにそれは鮮烈で重たい感覚だった。
「ホッホッホ、これは失敬。少々驚かせてしまったようだ」
そうして一度、体の芯に刻み込まれた殺意という名の道標は、己の眼球を嫌でも声の主に釘付けにする。
「しかし私は実に運が良い。やはりあてもなく散歩はしてみるものだ。思わぬ機会に恵まれる」
「ここで、現れますか……ッ」
この場所を指定したドルジと同じ魔人一派に属し、神喰らいの魔剣
「……シャルバ」
「さて、吉野ユウトとその従者よ。どうかこの老いぼれに一席設けさせていただけますかな?」
優雅に紅茶を楽しんでいた彼は、ユウトたちに正面の空席を勧めた。
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