第226話 楽園という名の監獄 -Cage of weed out-
・1・
「グランギニョル、だと?」
その名を聞いた途端、リュゼの表情はより一層険しくなる。
「フフ、どうやら知っているようだね」
それが当然とでも言うように
「……立場上、知らないわけがないからな」
「いいのかい? 君にはしらばっくれるという選択肢もあるはずだけど」
「つい最近その理由を失った」
彼女は少し咳払いをすると、視線をユウトたちに戻した。
「その前に一つ聞こう。お前たちはこのイストステラを見てどう思った?」
多かれ少なかれ各々思うことはあったのか、彼女のその問いかけを誰も不思議とは捉えなかった。
「とても、良い街だと思います……」
どこか歯切れが悪そうにそう答えたアリサに続き、
良い街……確かに彼女たちの言う通りだ。
まだ観光地を少し回っただけにすぎないが、それでも住民たちの満ち足りた表情、幸せな空気は嘘偽りなく伝わってくる。
だが、それ以上に感じるのはむしろ――
「……綺麗すぎる」
ふと、ユウトは脳裏に浮かんだ言葉を呟く。それはここへ来る前にカインが言っていたことだ。
「フム……綺麗すぎる、か。なるほど、言い得て妙だね」
「うん、私もその言葉が一番しっくりくるかな」
「これだけ多種多様な人間が来る者拒まずで集まって、それでも何一つ悪い側面が見えてこない。そんなことってありえる?」
人間は本質的に善悪を併せ持つ生き物。置かれた境遇がどちらかに傾かせることはあっても、一方のみに傾倒することはない。
悪意を微塵も持たない人間。
確かに聞こえは悪くない。
だがそんな『人間』が本当に存在するのか?
人種も文化も歴史まるで違う。多種多様な色を混ぜたにもかかわらず、出来上がるのが純白なんてことが果たしてあり得るのだろうか?
「管理、されている? 悪意を持つ必要がないように……」
あまりに不自然で、しかし理想的な人のカタチ。
そこに誰かの意志が働いているように思えてならない。
「結論から言えば、アリサ。おおよそお前の推察が正しい」
リュゼはそう言って、組んでいた足を入れ替えた。
「グランギニョルはこの都市の悪性を切り離し、管理する場。猊下が望む『神民』たりえない者たちが流れ着く監獄だ」
・2・
「神民?」
聞き慣れない言葉に首をかしげる一同。
「かつて日本を神の国とし、そこに住まう者をそう呼んだという言い伝えはあるけど、君たちのそれも似たようなものかい?」
「全ては猊下がお決めになることだ。私には何とも言えないな」
「今重要なのはそこではありません。リュゼさん、監獄とはどういう意味ですか?」
アリサはリュゼにそう尋ねる。
確かにどう聞いても不穏なワードだ。魔人ドルジの誘いである以上、罠であることは明白だが、より一層拍車をかけている。
「文字通りの意味だよ。入るのは簡単だが、出るのは難しい。あそこは全ての欲望が肯定される異界だからな」
「異界……」
「言葉の綾だ。これに関しては説明するより実際に見た方が早い。今は忘れろ。それより問題なのはお前たちを呼び出したドルジという魔人だ。そいつは逆五芒星のシンボルをユウトに渡したと言っていたな?」
ユウトは魔人に渡されたシンボルを取り出し、皆に見えるようにテーブルの中央に置く。
「それは招待状だ。それもVIPとしてのな。その筋で売れば数十億はくだらない価値がある」
「……ッ!?」
皆の目の色が一瞬揺らいだ。無理もない。確かに見事な細工ではあるが、それでもそこまでの価値があるとはとても思えない。物としてではなく、それ自体に与えられた記号にこそ価値があるということなのだろう。
「それを所持し、あまつさえ他人に譲渡できる立場。そいつはグランギニョルの相当深いところにいる。おそらく――」
「
誰よりも早くその可能性に感付いたのは
そしてリュゼはその言葉にただ頷く。
「あそこはルクレツィア……
「待ってください。仮にも滅魔士ですよね? 魔人と組むなんて……」
「むしろあの女なら納得だ。ヤツの正義は金。金さえ積めば善行悪行関係なく何でもやらかす。そういう女だ」
アリサのもっともな意見に対し、溜息と共に首を横に振るリュゼ。
「以前言ったはずだ。
「うぅ……本当にそう思えてきたよん」
まだ対面していない
「……それにしても……タイミングが悪い」
「ん? 今何か言った、リュゼ?」
「些事だ。気にするな」
独り小声で何か呟いていたのに気づいた
「とにかくあの場所では目的を見失わないことだ。
・3・
「ここが第五区画」
午前0時。
リュゼの孤児院をあとにしたユウトたちはフランと
「パパよ、行き止まりなのだ」
「ここに来れば分かるって話だったけど……」
見渡す限り暗黒の海。船舶は一つもない。
ここまでは道なりに進んできたが、いよいよここから先は何もない。
「あら、ユウト。こんなところで出会えるなんて運命ですね」
その時、背後から女性の声が聞こえてきた。
「ライラ!?」
「フフ、ごきげんよう」
暗闇から姿を現したのはバベルハイズの第一王女――ライラエル・クリシュラ・バベルハイズ。そして護衛のシーレ・ファルクスだった。
「あ、隊長!」
「……フン」
それに加えてレイナとカインも一緒のようだ。
「カインの用事って彼女たちのことだったのね」
「うん、といってもここに来るのは予想外だったけどね」
もともとの
「何でここに?」
「フフ、親切な老夫婦にこちらをいただきまして」
「「ッ……!?」」
そう言って彼女が取り出したのは、ユウトが渡された物と全く同じ逆五芒星のシンボルだった。
「到着してすぐ、ライラ様が観光したいと仰るので付いて回ってたんですけど……その……そこで急に倒れちゃったご婦人がいて……」
「で、この王女様が例の能力で治したら、一緒にいたオヤジがお礼にって渡してきたもんだ」
レイナとカインはそう付け加える。
「確か数十億の価値、だったよね……?」
「……どんな偶然よ」
幸運体質とでも言うべき彼女の
「フフ、何でもここで面白い催しがあるとか? あなたたちも目的は同じようですね」
「ハハ、君が言うような楽しいものだといいけどね。ほら、迎えが来たみたいだよ」
ユウトたちを除き、誰もいなかったはずの埠頭。
しかし
男はこう言った。
「代表者様は招待状のご提示をお願いします」
ユウトとライラは招待状――逆五芒星のシンボルを黒服の男に見せる。
「……確かに」
男は二人のシンボルを確認すると、改めて深くお辞儀をした。
「ようこそ、グランギニョルへ」
そして天に向かって合図を送ると、突如として暗闇を貫く閃光がユウトたちを明るく照らし出した。
「これより皆様方を全ての罪が赦される楽園へとお連れいたします」
頭上で燦然と輝く光。
その奥から聞こえてきたのはヘリコプター独特の心音をかき乱すような羽音だった。
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