第225話 零れ落ちる砂 -There are no absolutes in this world-
・1・
「ここか……」
携帯端末のナビゲーションを頼りに、ユウトたちはリュゼが運営する孤児院へと足を運んでいた。同行者はアリサ、
「アハハ!」
「キャハハ!」
鉄柵を開き敷地内に入ると、5~6歳と思しき子供たちが無邪気に遊んでいた。
「意外と普通ですね」
「そうだね。てっきりもっと宗教色が強いと思ってたよん」
規律を重んじ、信仰に
「……」
別に危険というわけではないが、彼らの中には妙な気配を持つ子も数人混じっていた。そういえばここで預かっている子供たちは滅魔士の仕事で関わりを持ち、その中でもかなり特殊な事情を持つ子供たちだと、以前リュゼが言っていたのをユウトは思い出す。
「ようこそいらっしゃいました。吉野ユウト様。そしてお連れの方々も」
子供たちと遊んでいた初老のシスターがユウトたちに気付き、ゆっくりとこちらへやって来た。
「あなたは?」
「シスターのチーダと申します。この孤児院で微力ながらリュゼ様のお手伝いをさせていただいております」
丁寧なあいさつに釣られてユウトたちも深々とお辞儀で返すと、各々軽く自己紹介を済ませて礼拝堂の中へ通される。
「ユウト君も気付いたかい?」
「あぁ」
奥へと進む途中でふと、
まだ違和感と呼べるほどのものではないが、ここに来るまでにシスター・チーダ以外の職員を誰一人見ていないことが少し気掛かりだった。
「あなた方が来訪されることはジーザス様より聞き及んでいました。見ての通り、ここ最近は少々立て込んでおりまして……若い方が喜ぶようなおもてなしはできないかもしれませんが」
「いえ、お気になさらず」
ユウトたちの視線に気付いたシスター・チーダはそう言って小さく笑う。その表情は気のせいではなく、かなり疲れているように見えた。
「こちらがリュゼ様の執務室です」
シスター・チーダはそう言うと、コンコンとドアをノックする。
「入れ」
扉の奥からリュゼの声が聞こえてきた。ユウトは小さく深呼吸して、ゆっくりとその扉を開けた。
「フッ、久しぶり……というほどでもないか。元気そうで何よりだ」
「リュゼ……」
彼女は珍しく眼鏡をかけ、机の上の書類にペンを走らせていた。どうやら何かの契約書の内容を確認し、それに次々とサインをしていたようだ。
「お久しぶりです。リュゼさん」
ユウトに続き何度か面識のあるアリサも執務室に足を踏み入れる。
「アリサも来たのか。おや? よく見ればその他もゾロゾロと――」
「誰がその他よ、誰が!」
「チーダ、悪いが彼らに何か飲み物を」
「かしこまりました」
チーダはリュゼの言葉に軽く会釈で返すと、彼女の集中力を削がないように僅かな音も出さずに部屋を出て行く。
「すまないが適当に座って少し待っていてくれ。今日中に片づけなければならない書類があるのでな」
一向に書類仕事の手が止まらない彼女がそう言うので、ユウトたちは彼女の仕事机の正面、木製テーブルを挟んで向かい合うように配置されたソファに腰を下ろした。
・2・
――それから一時間後。
「ふむ、こんなものか」
ようやく手を止めたリュゼは席を立つと、両腕を天井に向かって伸ばし軽く背伸びをする。
「やっと、ね……」
「全ッ然少しじゃないし……」
待ちくたびれて軽く姿勢を崩していた
「待たせてしまってすまない。なにぶん方々に迷惑をかけてしまっていてな。この上私がボトルネックになってさらに迷惑をかけたとあっては申し訳が立たない」
「何か、あったのですか?」
「フッ、大したことじゃないさ。もうじきここの経営者が入れ替わる。それだけよ」
「「「!?」」」
孤児院の経営者が変わる。
何事もないように言うが、それはつまり現経営者であるリュゼがその職を辞するということだ。
「そんなに状況が悪いのかい?」
「かなりの数のスポンサーが離れてしまったからな。それなりにやりくりはしているが、あと一年もしない内にうちは出涸らしになる」
「俺のせい、か?」
ずっと黙っていたユウトがようやく口を開けた。
真っすぐ。真剣な眼差しで彼はリュゼを見つめている。
スポンサーがいなくなったのはまず間違いなく彼女が
「……はぁ……そうだな、お前のせいだ。負い目に思うなら責任取って私と式でも挙げてもらおうか」
「それは暴論では!?」
「ダ、ダメに決まってるでしょ!?」
思わず身を乗り出すアリサと
「何故だ? 結婚式ともなれば関係者からご祝儀をたんまりと頂戴できるだろう? 合法的に」
「うわー……聖職者がそれ言っちゃうかぁ……」
もちろん本気で言ってるわけではない……とは思う。これはただ単に、彼女が意図的にユウトを遠ざけるための方便なのだろう。
「まぁとにかく、私と挙式をする気概がないなら気にするな。そもそもこれは私の問題だ」
「でも……ッ」
何か言おうとしたユウトをリュゼは片手で制した。
そしてその手をゆっくりと下ろし、カップの取っ手に指をかけると、チーダの淹れた紅茶を飲み干す。
「そんなことより、お前たちは私に何か聞きたいことがあってここを訪れたのだろう? さっさと用件を言え」
「さすが、話が早くて助かるよ」
「
「ユウト君、いい加減君も学ぶべきだ。世の中には『できること』と『できないこと』があるんだよ。それがたとえ君でも、もちろん僕でもね」
「ッ……それは……」
そんなことはもちろん分かっている。十分すぎるほどに。
全てを超越し得る、有り余るほど絶大な力を持っていると謳われても。
なおも思い通りにいかない『自分』という存在が何よりの生き証人なのだから。
「極端な話、資金援助なら
「ノーコメントだ」
探りを入れる
「となると、君が抱える問題の根本はおそらく金銭じゃないね?」
「ノーコメント」
「「「……」」」
一同が黙り込む中、
「まぁ何にせよ、今の僕たちに彼女を救えるカードはない。他でもない彼女がこうして事情を話したがらない以上、僕はそう判断するよ」
皆はもちろん、取り付く島もない彼女の言葉にただ圧倒され続けるユウト。
それでも――
「それでも俺は――」
「その上で! これ以上この件で何か話すことがあるのなら喜んで聞こうじゃないか?」
「……ッ」
どれだけ思考を巡らせても、何も言い返せない。
この手でどれだけ救いたいと願っても、指先から砂のように零れ落ちていく。幾度となく味わった身を切り裂くような最低最悪の感覚。幸か不幸か、それを味わう度にユウトの中で激情は鎮火され、やがて冷静さを取り戻した。
「……わかったよ」
今はまだ、交わらない。
今はただ、彼女を背にして歩み続けるしか道はなかった。
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