第224話 虎穴 -Prepare for the game-

・1・


「それで、まんまと相手の挑発に乗ったと?」

「…………はい」


 仁王立ちで腕を組むアリサの前で正座させられるユウト。


「まぁいいじゃない。黙って一人で行かずにこうして報連相するようになっただけマシってもんでしょ?」


 テーブルに膝を付き、青いトロピカルジュースをストローでかき混ぜながら刹那せつなはユウトを擁護する。


「……はぁ……そうですね。そうですけど……」


 アリサは額を押さえながらもそれには同意した。

 そもそも別に怒っているわけではない。怒りがあるとすれば、どちらかというとその矛先は自分自身だ。何せ特に警戒すべき敵の一人である魔人ドルジの接触に彼女たちは気付けなかったのだから。


「で、どうするのよ?」

「それはもちろん――」


 ――もちろん行く。

 ユウトがそう言おうとした矢先、アリサはグイッと彼に詰め寄った。


「いや、でも――」

「でもじゃありません」

「……は、はい」


 しまいには胸ぐらを掴み始めたので、ユウトはとりあえず彼女を落ち着かせるためにそれ以上の反論を諦めて両手を上げる。するとアリサも自分が少し熱くなっていることに気付いたようで、さっとユウトから距離を取った。


「……すみません。けどあまりにも分からないことが多すぎるこの状況でユウトさんを罠だと分かっている場所に行かせるのは……」


 焦る気持ちは分かる。

 アリサにとってもドルジは因縁深い相手。いや、ある意味では最も彼に翻弄された人間の一人と言っても過言ではない。そんな敵を前に彼女がいつも以上にユウトの身を案じるのは当然だ。


「僕もアリサ君の意見には概ね同意だね。そもそも僕たちはその『グランギニョル』とやらが何かさえ分かっていない。件の魔人の狡猾さを考えるとノープランで正面から挑むのはナンセンスだ」

「……分かってる」

「でも、困ったことに行かないと何も始まらないのも確かなんだ」

「ッ……」


 夜白やしろの言葉にアリサは眉をひそめた。しかし彼女はやれやれといった感じにその視線をスルリとかわす。


「思い出してごらん。僕たちの目的は五星教会ペンタグル・チャーチ天上の叡智グリゴリの繋がりの有無を明らかにすることだったよね? 昨日のジーザス君の件も気がかりではあるけど、他に手がかりがあるなら今は目を向けるべきだ」


 他の手がかり――魔人ドルジというキーマンの存在だ。


「今までの報告からドルジが天上の叡智グリゴリ、あるいはその構成員数名と協力関係に近い間柄であることはある程度予想がつく。そんな彼がこの島で僕たちの前に現れ、わざわざ第五区画を指定した」


 それが何を示すかは明白だ。


「教会側の協力者、ね……」


 言いたいことはあるかもしれないが、刹那せつな夜白やしろの意見に反論する様子はない。


「無論、空振りの可能性もある。協力者でも僕たちが考えるものとは違うかもしれない。何よりアリサ君の懸念ももっともだ。考えるまでもなく絶対罠だからね」


 だが飛び込まなくては情報は得られない。このままではどのみち立往生だ。


「だからまずは『グランギニョル』の正体を突き止めるところから始めてみようか。幸い、約束の時間までまだ猶予はあることだしね」


 それさえ分かれば、少なくとも無策で敵地に飛び込むなんてことはなくなるはず。

 さりげなく夜白やしろがウインクしたので、アリサも小さく頷き返す。

 皆も彼女の提案に賛成した。



・2・


 ――2時間後。


「市内をレイナさんと回りましたが、グランギニョルに関する有力な情報はありませんでした」

「ネットや観光マップ、案内所にも情報はゼロです」


 さっそく真紀那まきなとレイナは聞き込みの成果を報告する。


「私も第五区画にサクッと潜入してみたけど、それっぽい施設はなかったよん」

「一般的な施設じゃねぇのは確かみてぇだな」

「他には?」

「「「……」」」


 燕儀えんぎとカインも付け加えるが、それ以上はこれといったものが出てこない。


「ハハ、早くも手詰まりみたいだね」


 誰も『グランギニョル』について知らない。

 現地人や観光客以外なら、教会関係者に直接尋ねるという手もあるが、そもそもここまで来ると情報自体が秘匿されている可能性が高い。知っていたとしても素直に話してはくれないだろう。それどころか下手をすれば変な誤解を招きかねない。


「縛って吐かせますか?」

「マキにゃん怖ッ!?」


 無表情でそんな提案をする真紀那まきなに隣のレイナは戦慄する。


「そういうのは普通最後の手段よ……って、アリサ?」

「ッ!? いえ、別に……分かっていますとも」

「あんたもたまにどうしようもく思考が脳筋になるわよね……」


 刹那せつなは呆れたようにため息を吐く。神妙な顔をしていると思ったら、どうやらアリサも真紀那まきなと同じことを考えていたようだ。

 もちろん彼女たちが言うような強硬手段も手ではあるが、その場合は相手が確実に情報を持っていることが大前提だ。軽率に動けば状況はさらにややこしくなる。


「ふむ。条件は絞られてくるね。教会の関係者。かつ内部に精通していて、何より僕たちがある程度信用をおける人間……」

「そんな都合のいい――」

「一人、いる」


 ふと、ユウトが呟いた。


「ん? ん~、ハッ!? ユウト君、それってまさか……」


 該当する人物に真っ先に思い当たった燕儀えんぎがユウトを見つめると、彼はゆっくりと頷いた。


「リュゼだ」

「はぁ……やっぱり……」


 リュゼ・アークトゥルス。

 つい最近まで教会内でもトップに位置する五人衆――滅星アステールに名を連ねていた滅魔士。ユウトの件で失脚したとはいえ、彼女以上に条件に当てはまる人間はいない。それにジーザスの言葉が正しいなら、彼女はまだ自身が経営する孤児院にいるはずだ。今からでも会いに行くのはそう難しい話ではない。


「う~ん、確かに条件には当てはまるけど、素直に話してくれるか怪しいもんだよ……」

「とにかく行ってみよう。リュゼの安否確認もここに来る目的の一つだったろ?」

「~~ッ、了解……」


 思うところはありつつも、燕儀えんぎは諦めたようにガクッとうなだれる。


「えっーと、孤児院の住所は……第二区画の……あった。ここから都市の反対側ですね。トロリーを使えば30分くらいで着くと思います」


 レイナは観光マップを確認しながら皆にそう伝えた。


「あ、フラン君はパスで。あとカイン君もね」

「あ? 何で俺まで?」


 夜白やしろに急に呼び止められ、訝しむカイン。


「怖がらなくてもいいよ。用があるのは僕じゃない」

「誰が怖がってるだ?」

「そういえばフランが見当たらないわね。夜白やしろ、あんたの仕業?」


 刹那せつなが怪しむような目でそう尋ねると、彼女はコクッと素直に頷いた。


「うん。彼女には今探しものの手伝いをしてもらってるんだ。そろそろ見つかると思うんだけど」


 夜白やしろがそう言ったまさにその時、彼女の携帯端末が鳴り始めた。

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