第222話 汚れ無き聖都 -Perfect imperfection-
・1・
「やぁ、ユウト君。早いね」
「おはようございます」
一夜明け、少し早めに目が覚めたユウトはホテルのベランダで静かな朝日を眺めていた。するとそこに
「おはよう。昨日の件をいろいろ考えてたら目が覚めてな」
昨日の件――ジーザス・フォーマルハウトが突然持ち掛けた
本来であれば、あの巨大な
にもかかわらず、彼はそれを閉じようとしている。
「ふむ、まぁ分かってはいたことだけど、彼らも一枚岩ではないようだね」
「そうだな。それに全部同意するわけじゃないけど、あの人が言ってることにも一理はある」
ジーザス曰く、現状維持はかなりの難題らしい。
つまり、これから何十年か先、あるいはそう遠くない未来、このイストステラには本当の限界が訪れる。その時になって、
この危機的状況化でジーザスの目的には二つの意味がある。それはリスク分散とその対処による二次効果だ。
詰まるところ、世界中に散った
「まぁ、今は彼なりの正義ということで納得するしかないね」
「実際、あの裂け目を閉じることは可能なのですか?」
「無理だとは思わないよ。ただ中途半端なやり方ではすぐにまた開いてしまうだろうね。あの
「大元……」
おそらくそれは地球全体を血管のように巡る『霊脈』と呼ばれるものだ。果たしてそんなものに安易に干渉してもいいものだろうか?
「あ、ユウト君。おはよーん!」
その時、ベランダに
「おはよう、
「ん? あぁこれね。フフ、じゃーん!」
突然、
「ッ!?」
とはいえもちろん裸というわけではなく、彼女はしっかりと下に水着を着こんでいた。上は赤を基調とした動きやすそうなビキニスタイル。下はタイサイドビキニと呼ばれる左右を紐で結ぶタイプのパンツ。さらにその上にファスナーを全開にした極めて丈の短いジーンズをはいている。
「どうどう? 水着、新調したんだよ?」
「え、あぁ……似合ってる、すごく(……びっくりした)」
「イェーイ、ありがと♪」
「姉さん、どこ? ……ッ!?」
そうこうしているうちに
彼女はユウトがいる事に気が付くと、サッと部屋の中に体を隠し、そっと顔だけ覗かせる。
「おはよう、
「……おはよ」
「刹ちゃんも可愛い水着見せてあげなって。ホラホラ、そのおっぱいは何のために付いてるの? はいユウト君、ちゅーもーくッ!」
「ちょっ、姉さん……ッ!?」
「……あんまり、ジロジロ見ないで……」
「ご、ごめん……」
彼女もまた水着姿だった。純白のビキニに水色のパレオを巻きつけたシンプルな構成。しかしそれだけに
「水着、良いと思う」
「ッ……ありがと」
互いに少し頬を赤くし、目線を逸らす二人。
そんな様子を
「ところで今日は何でまた水着なんだ?」
「何でって……ユウト君、ここはリゾート地だよん? 遊んでなんぼじゃん!! にゃッ!?」
「観光って所はその通りだけど、メインは情報収集よ。さすがにいつもの格好だと変に目立つから、私たちも観光客として動こうって話ね」
「なるほど」
「だから……あんたも付いてきたかったらさっさと着替えなさい」
そう言い残すと、
「あ、あぁ……分かっ――って、ちょっと待て!!」
「……何でしょうか?」
急に目の前で服を脱ぎ始めた
「水着に着替えるのは分かってる。けど恥ずかしげもなく俺の目の前で着替えるのは無しだ」
「……?」
男一人に半裸の猫耳少女。
とりあえずこの状況を誰かに見られる前に、危険域ギリギリまで捲り上げられた彼女の上着を元に戻そうと手を伸ばしたその時だった。
「……ユウトさん」
時すでに遅しとばかりに部屋の中から冷たい声が彼に突き刺さる。
「ハッ……!?」
恐る恐る振り向くと、アリサがこちらを人でも殺しそうな目で睨みつけていた。
・2・
「ったく、朝っぱらから騒がしいと思ったらそういうオチかよ」
「……悪い」
フランに協力をお願いしたいことがある
ホテルの朝食までおよそ45分弱。
残ったユウトとカインはとりあえずビーチにほど近い休憩所でドリンクを注文していた。
「朝食を済ませたら孤児院に行ってくる」
「例のシスターが経営してるっつーあれか。あの
事の原因が自分にある以上、ユウトは彼女のために最大限できることをするつもりでいた。
「せめて
「分かった。ところでカインはどうするんだ? ここに来て早々何か気になってるみたいだけど」
ユウトにそう言われ、少し驚いた表情を見せるカイン。
どうやら彼は昨晩、一人で夜の街を一通り散策していたらしい。
それを踏まえた上でこう答えた。
「いや、大したことじゃねぇが……やけに治安が良いのがやっぱり気になってな。というより、お綺麗すぎる」
闇営業、抗争、違法ドラッグなど。
そういったどこにでもある闇の部分が全く垣間見えない。不自然なほどに。
「どいつもこいつも幸せそうに笑ってやがる。まるで悩みなんて一つもありませんって顔でな」
「……」
このイストステラはその性質上、様々な国から多種多様な人間が制限なく流れ込む。いくら
「聞いてた話通りなら、ここは脛に傷を持つヤツらにとってまさに楽園みてぇなところだ。そういう連中が自然と作り上げる
特に
「ハハ、さすが経験者」
「茶化すな。まぁ、俺はその線で切り口を探すつもりだ。ついでに化けの皮を引っ剝がしてやるよ」
カインは不敵に笑う。
その時――
「おうおう相変わらずイキってるねぇ小僧」
背後から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「「ッ!?」」
ユウト達が座る後ろの席。そこにただ一人――テーブルに我が物顔で足を乗せた横柄な男が座っていた。
「お前……ッ」
「ドルジ!」
魔人ドルジ。
魔人特有の灰色の肌は今は鳴りを潜め、見てくれは一般人とそう変わらないが、それでもその顔だけは見間違えるはずがない。
「ようガキども、人生最後のバカンスは楽しんでるかい?」
そんな男は今、ユウト達を前に一人悠々と寛いでいる。
まるで真っ白な紙に一滴だけ垂らした墨のように、徐々にその場を侵食しながら。
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