第222話 汚れ無き聖都 -Perfect imperfection-

・1・


「やぁ、ユウト君。早いね」

「おはようございます」


 一夜明け、少し早めに目が覚めたユウトはホテルのベランダで静かな朝日を眺めていた。するとそこに夜白やしろ真紀那まきながやって来た。


「おはよう。昨日の件をいろいろ考えてたら目が覚めてな」


 昨日の件――ジーザス・フォーマルハウトが突然持ち掛けた大裂目オーバークラックの封鎖のことだ。

 本来であれば、あの巨大な裂け目ゲートはそのままを維持するべきもののはずだ。何せあれがあの場所にあるからこそ、世界中で無作為に発生していた裂け目ゲートが現れなくなったのだから。

 にもかかわらず、彼はそれを閉じようとしている。


「ふむ、まぁ分かってはいたことだけど、彼らも一枚岩ではないようだね」

「そうだな。それに全部同意するわけじゃないけど、あの人が言ってることにも一理はある」


 ジーザス曰く、現状維持はかなりの難題らしい。

 大裂目オーバークラックはすでに限界ギリギリの全開状態。しかしながら観測班の情報では軽微ではあるものの、確実に拡大を続けているらしい。

 つまり、これから何十年か先、あるいはそう遠くない未来、このイストステラには本当の限界が訪れる。その時になって、大裂目オーバークラックが海上都市を呑み込んでしまうのか? あるいは裂け目の向こう側から未知の脅威が現れるのか? どちらにせよ今まさに相応の対策を迫られているのだ。

 この危機的状況化でジーザスの目的には二つの意味がある。それはリスク分散とその対処による二次効果だ。

 詰まるところ、世界中に散った裂け目ゲートを神殿などで今より安全に管理し、なおかつその地を起点に五星教会ペンタグル・チャーチのさらなる影響力拡大にも繋げること。要は打算ありきなのだ。


「まぁ、今は彼なりの正義ということで納得するしかないね」

「実際、あの裂け目を閉じることは可能なのですか?」


 真紀那まきなは小さく首を傾げ、二人に質問する。


「無理だとは思わないよ。ただ中途半端なやり方ではすぐにまた開いてしまうだろうね。あの大裂目オーバークラックを形成する莫大なエネルギー。その大元を閉じない限りは」

「大元……」


 おそらくそれは地球全体を血管のように巡る『霊脈』と呼ばれるものだ。果たしてそんなものに安易に干渉してもいいものだろうか?


「あ、ユウト君。おはよーん!」


 その時、ベランダに燕儀えんぎが現れる。彼女は何故かバスローブを纏っていた。


「おはよう、燕儀えんぎ姉さん。って、その恰好は……?」

「ん? あぁこれね。フフ、じゃーん!」


 突然、燕儀えんぎはユウトの目の前でバスローブを全開にしてみせる。


「ッ!?」


 とはいえもちろん裸というわけではなく、彼女はしっかりと下に水着を着こんでいた。上は赤を基調とした動きやすそうなビキニスタイル。下はタイサイドビキニと呼ばれる左右を紐で結ぶタイプのパンツ。さらにその上にファスナーを全開にした極めて丈の短いジーンズをはいている。


「どうどう? 水着、新調したんだよ?」


 燕儀えんぎは両手を広げ、クルクルと左右に踊るように回りながらこれでもかと自分の水着姿をユウトに見せつける。


「え、あぁ……似合ってる、すごく(……びっくりした)」

「イェーイ、ありがと♪」

「姉さん、どこ? ……ッ!?」


 そうこうしているうちに刹那せつなもベランダへやって来た。

 彼女はユウトがいる事に気が付くと、サッと部屋の中に体を隠し、そっと顔だけ覗かせる。


「おはよう、刹那せつな

「……おはよ」

「刹ちゃんも可愛い水着見せてあげなって。ホラホラ、そのおっぱいは何のために付いてるの? はいユウト君、ちゅーもーくッ!」

「ちょっ、姉さん……ッ!?」


 燕儀えんぎに強引に引っ張り出され、刹那せつなは恥ずかしそうに腕を組みながらユウトの前に立つ。


「……あんまり、ジロジロ見ないで……」

「ご、ごめん……」


 彼女もまた水着姿だった。純白のビキニに水色のパレオを巻きつけたシンプルな構成。しかしそれだけに刹那せつなのスタイルの良さがこれ以上なく際立っていた。


「水着、良いと思う」

「ッ……ありがと」


 互いに少し頬を赤くし、目線を逸らす二人。

 そんな様子を燕儀えんぎは口元に手を当て、ニヤニヤしながら眺めていた。

 

「ところで今日は何でまた水着なんだ?」

「何でって……ユウト君、ここはリゾート地だよん? 遊んでなんぼじゃん!! にゃッ!?」


 燕儀えんぎはぐいぐいとユウトに迫る。そんな彼女の首根っこを掴み、刹那せつなはこう付け足した。


「観光って所はその通りだけど、メインは情報収集よ。さすがにいつもの格好だと変に目立つから、私たちも観光客として動こうって話ね」

「なるほど」

「だから……あんたも付いてきたかったらさっさと着替えなさい」


 そう言い残すと、刹那せつな燕儀えんぎを引き連れ、そそくさと部屋の中へ戻っていった。


「あ、あぁ……分かっ――って、ちょっと待て!!」

「……何でしょうか?」


 急に目の前で服を脱ぎ始めた真紀那まきなをユウトは全力で止める。


「水着に着替えるのは分かってる。けど恥ずかしげもなく俺の目の前で着替えるのは無しだ」

「……?」


 男一人に半裸の猫耳少女。

 とりあえずこの状況を誰かに見られる前に、危険域ギリギリまで捲り上げられた彼女の上着を元に戻そうと手を伸ばしたその時だった。


「……ユウトさん」


 時すでに遅しとばかりに部屋の中から冷たい声が彼に突き刺さる。


「ハッ……!?」


 恐る恐る振り向くと、アリサがこちらを人でも殺しそうな目で睨みつけていた。



・2・


「ったく、朝っぱらから騒がしいと思ったらそういうオチかよ」

「……悪い」


 フランに協力をお願いしたいことがある夜白やしろをホテルに残し、その他のメンバーはビーチへと移動していた。早朝だというのに浜辺には思った以上に水着姿の観光客や現地人が多く、やはり刹那せつなたちが言うように着替えておいて正解だったようだ。

 ホテルの朝食までおよそ45分弱。燕儀えんぎは女性陣を強引に引き連れ、楽しそうに海で水遊びを始める。

 残ったユウトとカインはとりあえずビーチにほど近い休憩所でドリンクを注文していた。


「朝食を済ませたら孤児院に行ってくる」

「例のシスターが経営してるっつーあれか。あの眼鏡神父ジーザスの話じゃ今もいるみてぇだが」


 滅星アステールを解任されただけならまだしも、それによってどんな悪影響があるのかに関しては本人に聞いてみないと分からない。

 事の原因が自分にある以上、ユウトは彼女のために最大限できることをするつもりでいた。


「せめてチビ猫まきなは連れてけよ。あとのメンツは……まぁ放っておいても問題ねぇだろ」

「分かった。ところでカインはどうするんだ? ここに来て早々何か気になってるみたいだけど」


 ユウトにそう言われ、少し驚いた表情を見せるカイン。

 どうやら彼は昨晩、一人で夜の街を一通り散策していたらしい。

 それを踏まえた上でこう答えた。


「いや、大したことじゃねぇが……やけに治安が良いのがやっぱり気になってな。というより、


 闇営業、抗争、違法ドラッグなど。

 そういったどこにでもある闇の部分が全く垣間見えない。不自然なほどに。


「どいつもこいつも幸せそうに笑ってやがる。まるで悩みなんて一つもありませんって顔でな」

「……」


 このイストステラはその性質上、様々な国から多種多様な人間が制限なく流れ込む。いくら五星教会ペンタグル・チャーチが統治しているとはいえ、その全てが真っ当とはとても思えない。


「聞いてた話通りなら、ここは脛に傷を持つヤツらにとってまさに楽園みてぇなところだ。そういう連中が自然と作り上げる掃き溜めコミュニティにこそ価値ある情報は集まるってもんだが……」


 特に神凪かんなぎ方面の情報は表ではなくむしろ裏でこそ真価を発揮する。となれば必然的にそこに行き着くはずと考えるのが妥当だろう。


「ハハ、さすが経験者」

「茶化すな。まぁ、俺はその線で切り口を探すつもりだ。ついでに化けの皮を引っ剝がしてやるよ」


 カインは不敵に笑う。

 その時――



「おうおう相変わらずイキってるねぇ小僧」



 背後から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。


「「ッ!?」」


 ユウト達が座る後ろの席。そこにただ一人――テーブルに我が物顔で足を乗せた横柄な男が座っていた。


「お前……ッ」

「ドルジ!」


 魔人ドルジ。

 伊弉冉いざなみの夢幻の中でカインが戦った魔人にして、かつて存在した海上都市イースト・フロートの真の黒幕としてユウトにとっても因縁深い敵。

 魔人特有の灰色の肌は今は鳴りを潜め、見てくれは一般人とそう変わらないが、それでもその顔だけは見間違えるはずがない。


「ようガキども、人生最後のバカンスは楽しんでるかい?」


 そんな男は今、ユウト達を前に一人悠々と寛いでいる。

 まるで真っ白な紙に一滴だけ垂らした墨のように、徐々にその場を侵食しながら。

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