第221話 大裂目 -Over crack-

・1・


「ところで俺たちはどこへ向かってるんだ?」


 挨拶を交わし、五星教会ペンタグル・チャーチの護送車に乗り込んだユウト達一行。だがまだその行き先については告げられていなかった。


「入国手続きとかも、まだですよね?」


 ユウトの問いに続けてレイナも首を傾げている。


「ご心配なく。すでに手続きは完了しております」


 光の反射で眼鏡をキラリと光らせたジーザスはそう答えた。


「ハハ、さしずめ魔術による広範囲感知システム、といったところかな? 僕たちがこの地に足を踏み入れた時点で何か動いた感覚はあったからね」

「然り。それはこの人工島を流れる霊脈をベースとした大規模結界魔術。あなた方の魔力を記録しています。手続きの一環とお考え下さい」


 どうやら夜白やしろは気付いていたようだ。無論、ユウトも同様だ。

 結界魔術といっても、外部からの干渉を防ぐようなものではない。むしろその効果は内側へと限定しており、結界内の全ての人間の魔力をパターンとして記録・管理する術式らしい。

 ジーザスによると、その気になれば誰がいつどこにいたのかなど大まかな情報を得ることも可能らしく、都市の治安維持にも大いに活用されている魔術だそうだ。


「そして吉野様の質問に対する回答ですが、現在我々は教会本部へ向かっています」

「それは君たちが崇拝する猊下とやらに会わせていただけるという意味かな?」


 夜白やしろの質問にジーザスは申し訳なさそうに首を横に振った。


「残念ながら……猊下はお忙しく、此度のあなた方への応対は全て私に一任されております。もし面会をご希望であれば私から打診はできますが?」

「いや、いいんだ。けどそうなると、何かがそこにあるということなのかな?」


 今度は首を縦に振るジーザス。


「然り。これよりあなた方にお見せするのは、このイストステラがこの場所にある理由にして、我ら教会が管理する特級秘匿事項」


 彼は人差し指を唇の前に立て、こう告げた。


「魔獣出づる次元の裂け目」

「……ッ、待ってください。それって!?」


 これまで黙っていたアリサは何か思い当たったようだ。


「そう、あなた方の言葉でいうなら『裂け目ゲート』、と呼ばれるものです」



・2・


 裂け目ゲート

 それはユウト達が海上都市イースト・フロートにいたころ大量に発生していた異次元の通り穴。異なる次元といってもそれがどこかは定かではなく、今も謎は多いまま。当時はそこから魔獣と呼ばれる凶悪な生物が何度も押し寄せてきて、彼らはルーンの腕輪による魔法で対抗していた。


夢幻都市イースト・フロートにいたあなた方にはもはや説明は不要でしょう」

裂け目ゲート……最近は報告ないわよね?」


 刹那せつなの言う通りだ。

 伊弉冉いざなみの夢幻が覚めた後も、ごく小さな裂け目ゲートは世界各地で数件確認されており、その近辺で魔獣による被害も報告されている。だがここ数年はそれもほぼ皆無といった状況だった。


「不自然なほどにね。もっとも裂け目ゲートに関してはそもそも謎が多い。そういうものだと割り切るしかなかった」


 地下へと向かう狭い通路。ジーザスの後ろを歩く夜白やしろは振り返ることなくそう言った。


「到着しました。ここより先は他言無用でお願いします」


 そう言って彼は重い鋼の扉をゆっくりと開いた。

 そこには――


「「「ッ!?」」」


 皆、言葉を失う。

 ユウト達の目の前には、地下とは思えない広大な鉄の空間が広がっていた。

 全長およそ500m。東京ドームが3~4個は入りそうな広さだ。

 下は大穴。十分な光が届いていないのか暗くて底はよく見えない。


「わぉ、ひろーい!」

「ちょっ、大人しくしててください!」


 非現実的な空間に興奮して危なっかしいフランをアリサが後ろから制止する。


「お気を付けください。壁の外は深海ですので」


 ジーザスの言う通り、今いるこの場所は島の中心。その下に広がる海を円柱状にくり抜くように建設されたのがこの巨大空間の正体なのだろう。


「あれです」


 橋を渡り大穴のほぼ中心まで移動して、彼は遥か下を指さした。


「あれが……」


 目を凝らすと、それはようやく視認できる。

 暗い暗い穴の底。深淵のその先で、大口は開いていた。


「待って、おかしくない?」

「えぇ……いくら何でも……」


 刹那せつなも、アリサも、言葉を詰まらせる。


「……


 その理由をユウトが呟いた。


「巨大な、裂け目ゲート……」


 深い場所にあってもなお不自然なほど強すぎる存在感を見せるそれは、過去確認された中でも間違いなく最大サイズの裂け目ゲート――


「我々は『大裂目オーバークラック』と呼んでいます」

大裂目オーバークラック……」

「確かに……こいつは桁違いだな」

「……ッ」


 ユウト達先輩組はもちろん、レイナやカイン、真紀那まきなたちからも緊張が言葉尻から伝わってきた。


「あくまで結果論ですが、世界中から裂け目ゲートの発生報告が潰えたのはアレが原因だと我々は考えています。裂け目ゲートを開くための何らかのエネルギー。その全てがあの場所に集中しているのではないか、と」

「なるほど。確かにそれは一理あるね」

「博士、どういう意味?」


 小さく頷いている夜白やしろ燕儀えんぎが尋ねた。


「知っての通り、あれは一種のワームホールだ。位相幾何学上では実現し得るいかなる時間、空間、場所をも繋げるトンネル。だが残念ながら人類にはまだそれを実現する術がない」


 彼女は両手の人差し指を始点と終点に見立てて移動させ、ワームホールの原理を簡単に表現しながらこう続ける。


「とまぁ、仕組みはともかく、その実現にはまず間違いなく莫大なエネルギーを必要とするはずなんだ。それこそ神様の奇跡クラスのね」


 夜白やしろはカインに視線を移した。確かに彼が持つ伊弉冉いざなみの権能を使えば似たようなことは可能だろう。逆に言えば、魔遺物レムナントを使わなければ実現不可能な『未知』である。


「要は俺たちには想像もつかないような超自然的なエネルギーが働いてやがる。そう言いてぇのか?」

「うん。科学者としては何とも不本意極まりない話だけどね。何ならそれ自体は地球そのものを術者とした特大魔術とも言えるかもしれない。ま、とにかくそのエネルギーの観点でものを考えると、裂け目ゲートには必ずどこか限界が存在するはずなんだ」


 異なる空間を捻じ曲げ、強引に繋げてしまうほどの馬鹿げたエネルギー。それが何の縛りもなく無尽蔵とはとても考えづらい。

 となるとこの地球上で一度に発生する裂け目ゲートの数、あるいはその規模には上限があるのではないかと考え着く。

 眼下で大口を開ける大裂目オーバークラックがそのリソースの限界点だとするならば、他の場所で裂け目ゲートが発生しない理由にも納得はいく。


「まぁ、あくまでジーザス君の話を踏まえた上での都合のいい推論止まりだけどね」

「然り。偶然開いた世界最大の裂け目ゲート。ここを絶対防衛ラインとし、守護することこそがイストステラの役目に他ならない」


 ジーザスは胸に手を置き、祈るように天を仰ぎ見る。


「魔獣は、いったいどれくらい発生するんですか?」

「毎日。その数は大小問わず、少なく見ても200は超えるでしょう。ですがご安心を。先程申しましたようにここは我々の絶対防衛ライン。日夜彼らが駆逐に努めております」


 アリサの質問にジーザスは下を指さして答えた。

 よく見ると円柱状の壁に沿って教会の滅魔士たちが控えていた。それも10や20ではない。軽く100人は超える規模の大隊だ。有事の際の魔術による狙撃。複数人で構築する障壁魔術など。おそらく下から壁をよじ登って来る魔獣を彼らが地の利を活かして効率よく狩っているのだろう。


「それで、そろそろあれを俺たちに見せた本当の理由を伺ってもいいですか?」


 ユウトはジーザスに問う。

 ここに大裂目オーバークラックが存在し、今も彼らが人類の盾として尽力していることは理解した。

 けれどそれだけではないような気がする。何となく、べっとりと張り付くような嫌な感覚が背筋をなぞっていた。


「実にシンプルな話ですよ」


 その理由はすぐに分かる。彼が質問にこう答えたからだ。


「私は探し求めているのです。の大穴をそのすべを。ぜひともその実現のために魔道士ワーロックの力を貸していただきたいのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る