第220話 歓待 -The last piece has arrived-

・1・


 着陸した飛行機が完全に停止し、その扉が開かれると最初に目に飛び込んできたのは、一切の乱れなく左右に整列する何人もの滅魔士たち。


「ようこそ、神凪夜白かんなぎやしろ様。この度は我ら五星教会ペンタグル・チャーチの元へご足労いただき、恐悦至極に存じます」


 そしてその中心でひときわ異彩を放つ丸眼鏡の神父――ジーザス・フォーマルハウトは来訪者一行を出迎えた。


「やぁ、ジーザス君。こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりだね」

「然り。お互い多忙の身。このような機会は滅多にないでしょう。まさしく奇蹟! 我が神が与えたもうた恩寵に感謝をしなければ!」

「アハハ……」


 特有の芝居がかった少々とはとても言えない大袈裟な反応。言葉だけでなく体全体で鬱陶しいほどに喜びを主張するジーザス。

 顔にこそ出さないが、夜白やしろの背中は相手をするのが非常に面倒だと雄弁に語っていた。


「あの博士が気圧されてやがる。まぁ、分かりやすくウゼェから無理もねぇが」

「ちょっとカイン君! 言い方!」


 そんな彼女をやや面白そうに観察するカインをレイナは小声で窘める。


「そして吉野ユウト様。あなたのご来訪もまた、我ら一同歓迎いたしましょう」


 ジーザスは続けてユウトにも深々とお辞儀をする。

 彼らとの関係は数年前に遡る。

 当時、五星教会ペンタグル・チャーチは理を逸脱した力を持つ魔道士ワーロックに対し、その危うさから精鋭たる滅星アステールを監視の任に付かせる決定を下した。

 そもそも魔道士ワーロックの存在自体がごくごく稀で、ましてやそれが複数人確認されるなど異例中の異例。これはそんな中での特例だ。とはいえ得体のしれない組織に露骨に監視され続けるのを良しとしなかった冬馬とうまの交渉により、ユウト達はエクスピア管理下にある場合に限り、その大半を免除される身となった。


「リュゼは、来ていないのか?」


 ユウトは先日再会した自分の監視役についてジーザスに尋ねる。彼は少し口をつぐむと、こう告げた。


「……彼女は現在謹慎中の身ゆえ、滅星アステールの職務から外れています。この場にいないのはそれが理由です」

(やっぱり……)

「ですがお会いになりたいのであれば、彼女の孤児院を尋ねるのがよいでしょう。よければ後ほど場所をお伝えしますが?」

「……」


 ユウトはその提案に小さく頷いた。

 どうやら島内にはいるらしい。

 神凪明羅かんなぎあきらの箱庭でユウトに魔力を返した一件が何かしら彼女の立場を危うくしたのは間違いなさそうだが、今の口ぶりからして少なくとも拘束されているようなことはないようだ。


「ユウト君」

「?」


 立ち話もそこそこに、皆を案内するためジーザスが振り返ったのを見計らって、夜白やしろはユウトの手を引いた。


「さっき光ったクロノスの件だけど、今は黙っていよう」


 そう提案し、彼女はこう続ける。


「君も察しているだろうけど十中八九、彼らも魔遺物レムナントの重要性には感づいていると見ていい。そんな彼らの本拠地での今回の反応だ」


 ユウトを守っていた時のようにクロノス自体に魔力が残っていたわけではない。彼の魔力に呼応したわけでもない。となると考えられるのは――


「この海上都市イストステラには、

「何か……?」

「うん。そしてそれが何にせよ、クロノスを所持する事実が露見すれば、君が何者かに狙われる可能性は極めて高くなる。最悪の場合……」


 夜白やしろはジーザスの背中に視線を移す。


「……わかった」


 クロノスの反応の謎。まだ見ぬ何者かの正体。

 誰が仲間で、誰が敵なのか?

 今はまだ、何も分かっていない。



・2・


「このタイミングでよりにもよってこの場所にクロノスを持ち込んでくるとはねぇ。クク、やるなぁ!」


 遠隔操作の式神から送られてくる念視――そこに写るユウト達の姿を眺めながら、魔人ドルジは手に持ったワインを弄ぶ。


「全く、人の気ぃ引くのが上手いなぁ。こうもブツが揃うと余計に試してみたくなるじゃねぇか」


 そう言って魔人は足元に転がった銀のアタッシュケースを無造作に踏みつけた。


『そのけったいなケース、いったい何ですの?』


 目の前に置かれたパソコン。『Voice only』の文字からは女性のものと思われる加工された音声が聞こえてくる。


「フッ、これか? こいつはどびっきりのオモチャさ」


 世界各地に点在する神凪殺かんなぎあやめの秘密工房。

 彼女の死後、その管理権限は神凪我欲かんなぎがよくによって根こそぎ奪い取られた。

 そんな彼が工房の機能を総動員して作り上げた秘蔵の品とも言うべきもの。それが今、足元に転がっているケースの中身だ。


「俺様の計画とは別モンだが、方法としては悪くない。利用できそうなんでかっぱらってきたわけなんだが……一番重要なパーツが足りなくて持て余してたんだよ」

『ほぉ~ん、それはそれは』


 画面の向こう側の人物もそれを聞いて楽しそうに笑う。


「どうにかしてアレ、奪い取れねぇかなぁ」


 偶然か、必然か。取ってくれと言わんばかりにお膳立てされたこの状況。乗らない手はない。

 問題はアレを吉野ユウトが所持しているということ。

 力を取り戻しただけに留まらず、吉野ユウトは己の魔法をさらに一段階先へ進化させた。少々厄介だ。その上、取り巻きや滅星アステールまで相手にするのはさすがに骨が折れる。


『ほな、ウチのシマ使いましょか?』

「ほぉ、何か良い策でもあんの?」

『なぁに、リュゼたん使えば一発でおびき出せますやろ。あの子の身は今ウチの手の内や』


 程なくして画面が切り替わり、策謀の草案が共有される。


『それにドルジはんは上客やさかい、サービスは当たり前です。お客様は神様、ってな』

「ククク、悪いシスターもいたもんだ」


 ドルジはワインを一気に飲み干す。

 暗い部屋の中で、淡い画面の光が不気味に吊り上げられた彼の口端をうっすら照らし出していた。

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