第219話 絶海の星 -The last paradise-

・1・


「……出発は明朝のようですね」


 自室で荷造りを始めるユウト。鳶谷御影とびやみかげはそんな彼の背中を眺めながら開けっ放しの扉に寄り掛かっていた。


「あぁ。そっちはあれから体調に問題はないのか? 何かあったら言ってくれよ」

「……えぇ、あなたの眷属にされましたから。復帰にはまだ少し時間が必要ですが、順調に回復していますよ」


 何やら棘のある言い方だが、それすら二人にとっては久々で、心地よい感覚だった。


「ハハ……まぁ元気ならよかった」


 無理やりアリスの眷属にさせられ魔法を発現し、ユウトへの切り札として意図的にそれを暴発させられた御影みかげ

 そんな彼女を救うために、ユウトはその契約を強引に書き換えた。

 暴走の核たるアリスではなく、彼女が心を許すユウトの眷属にする。前例のない出たとこ勝負。荒業中の荒業だったが、それでもあの時はそれしか彼女を救い出す方法を思いつかなかった。


「……本当に行くんですか?」


 御影みかげは静かにユウトに問いかけた。


「あぁ」

「……それは、リュゼさんのためですか?」


 その言葉にユウトの手がピタリと止まった。


「まだそうと決まったわけじゃない……けど、気にしてないと言えば噓になる」

「……彼女はです」


 五星教会ペンタグル・チャーチ天上の叡智グリゴリと繋がっている可能性がある。だから慎重にならなければならない。私情を挟むべきではない。

 御影みかげの言いたいことはよく分かる。むしろ至極まっとうだ。


「今この状況も……あなたを誘い――」

「ありがとな」

「ッ……」


 ユウトはそっと御影みかげの肩に触れ、彼女を優しく抱き寄せた。


「俺の事を心配して言ってくれてるのは分かってる。嫌な役回りさせてごめん」

「……その言い方は、少々ズルいかと」


 先程までとは打って変わって弱弱しい声で御影みかげはユウトの腰に腕を回す。


「……もし、今の彼女が私たちの予想している状況に置かれているなら、それがたとえ火中の栗を拾う行為でも私はあなたを止められません。他でもない私自身があなたに救われた身だから」


 自分ではどうしようもない暗闇のどん底。足搔いても足搔いても沈んでいく。

 それを味わったばかりの御影みかげには、同じ場所に立っている人間を見捨てる事なんてできない。ましてやそれを救い出そうとする人間の腕を掴むことなんて……


「……それでも」


 行かないで欲しい。

 そんな独り言わがまま御影みかげは最後の最後でグッと呑み込んだ。


「今度は大丈夫だ」


 そんな彼女の想いを感じたユウトは自分の胸に手を置き、こう続けた。


「ここにみんなと紡いだ魔法ちからがある。誰が相手だろうと、きっちり全部終わらせて戻ってくるさ」



・2・


「海上都市イストステラ」


 移動中の専用飛行機の中で、神凪夜白かんなぎやしろは目的地の場所を告げた。


「海上、都市?」


 そのワードに思わず眉をしかめるアリサ。


「文字通り、海の上に浮かぶ巨大都市だよ。僕を含め、アリサ君たちには馴染み深い言葉だよね」


 太平洋のど真ん中――キリバス共和国から東へ約1000kmの地点。イースト・フロートが地図から消えた今、現存する第二のメガフロート。

 それがイストステラ。五星教会ペンタグル・チャーチが統治する特別な領域だ。

 今回その地へ向かうのはユウト、カイン、レイナ、真紀那まきなたちヴィジランテのメンバーに加え、神凪夜白かんなぎやしろ遠見とおみアリサ、御巫刹那みかなぎせつな橘燕儀たちばなえんぎ、そしてフランドール・カンパネリアの計9名。

 さらに少し遅れてライラとその護衛シーレも『視察』という名目で現地入りすると聞いている。


「もともと開発自体はイースト・フロートと同時期に当時のエクスピアうちの競合が進めていたみたいだ。けど開発継続が不可能な問題が発覚し、計画は頓挫。残ったメガフロートの下地を彼らが買収して街として完成させたみたいだね」

「そういえば2年前の修行では本島には入らなかったけど、観光地としてかなり有名らしいな」


 夜白やしろの解説にユウトが思い出したように続けた。


「ハハ、みたいだね。初めは入島規制をしていたみたいだけど、10年くらい前からその規制も完全になくなったようだよ」

「国連から国家と同等の自治権を認められていながら、教会が管理するという以外に国としてあるわけでもないためパスポートなしでも入国可能。居住、労働も自由。信徒には教会が支援もするそうです。そのため浮浪者や難民が集まりやすい、ですか」

「それって治安大丈夫なの?」


 アリサの読み上げる資料を横目に、刹那せつなが怪訝そうに質問する。


五星教会ペンタグル・チャーチの庇護下において、大きな事件と呼べるようなものは過去に一度もないそうだよ」

「むしろ今では『海に浮かぶ最後の楽園』なんて呼び名もあるくらい有名なスポットですよ! 憧れのリゾート地!!」


 雑誌から得た知識なのか、レイナは目を輝かせていた。


「カインさんは行ったことありますか?」


 真紀那まきながカインに質問する。


「ねぇな。バベルハイズを出てからそれなりにフラついちゃいたが、大半が戦地でその手の噂は耳にしたことがねぇ」

「私も知ってるのは名前だけで行ったことはないなぁ。そんなイイ所なら一度くらい行っておけばよかったよん」


 どうやら世界各地を渡り歩いてきたカインや燕儀えんぎですら詳しい情報はないようだ。


「ん~? あぁっ! ユウト、見て見て!」


 そんな中、ずっと我関せずで窓の外を眺めていたフランが何かに気付いて立ち上がった。


「ねぇ、海の上にお星さまがあるよ!!」

「ちょっ、フラン引っ張るなって」


 ぐいぐい引っ張られ、窓の外を覗き込むユウト。

 彼女の言う通り、眼下に巨大な星形のメガフロートが見え始めた。


「あれが、イストステラ……」


 イースト・フロートとは別の海上都市。

 活動範囲という意味ではあの御巫みかなぎをも凌ぐ世界でも指折りの魔術師集団――五星教会ペンタグル・チャーチの総本山。


「ッ……!?」


 その時、ユウトは自分の胸ポケットの中で何かがざわつく感覚に襲われた。


(これは……クロノス?)


 夢幻の海上都市の中で出会った不思議な吸血姫カーミラ。

 彼女に託された金の懐中時計――時を司る魔遺物レムナントが淡い光を放っていた。


(反応、してるのか?)


 資格のないユウトにはクロノスの権能を扱うことはできない。だが今までカーミラが最後に込めた『時間』が、彼を害するものから守ってくれたことは何度かあった。

 しかし今回はそういった感じとは違う気がする。


 。あるいは

 まるで息を吹き返した心臓の鼓動が再び時を刻むかのような重く、なおかつ鋭い感覚――


(もうほとんどあの時の力は感じられない。それでも魔遺物レムナントであることには変わりないから念のため持ち歩いていたけど……)

「おっと、そろそろ着陸の時間だ。みんな席について」


 夜白やしろが皆にそう促す中、手の中で仄かに発光するクロノスをユウトは握りしめていた。

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