第218話 交わらぬ師弟 -Unforgivable love-

・1・


 次の日――


 ユウト達は再び会議室に集った。

 メンバーは前回の会議に引き続きユウト、冬馬とうま夜白やしろ。それに加え今回はアリサ、刹那せつな燕儀えんぎも参加している。


「というわけで、五星教会ペンタグル・チャーチを探ってみようと思う」

「目的は天上の叡智グリゴリとの繋がり。あるいはそれに類する情報だ」


 冬馬とうま夜白やしろは前回の会議で上がった懸念点をアリサ達に説明しつつ、皆にそう提案した。


五星教会ペンタグル・チャーチ、ね。改めて考えると分からないことが多い集団よね。姉さんは何か知ってる?」

「うーん、御巫みかなぎが日本政府に公認されているのと同じように、五星教会ペンタグル・チャーチは国連に認定された凄腕の魔術師集団ってことくらいかなぁ」


 刹那せつなの質問にそう答える燕儀えんぎ

 独自に体系化された魔術を扱う『滅魔士』と呼ばれる者達。彼らは人に仇なす魔を狩り、世界に安寧をもたらすことを天命としていると聞く。


「私も概ねその理解です。もっとも今は2年前と違い魔獣の発生件数は世界的に見ても減少傾向にあります。旅先で何度か彼らを見かけましたが、今の仕事はもっぱら博愛主義を説きながら行うボランティア活動でした。あとは――」

魔道士ワーロックの監視、だね」


 アリサの言葉に夜白やしろが続いた。


「言うまでもないことだけど、僕とユウト君は彼らの監視対象だ。だからそれぞれに滅星アステールがあてがわれているね」


 リュゼ・アークトゥルスとジーザス・フォーマルハウト。

 五星教会ペンタグル・チャーチが抱える数多の滅魔士の中でも最高峰の地位と実力を持つ者たち。それが滅星アステールだ。


「まぁ監視とは言っても、基本的に二人ともエクスピアうちに属している限りはほとんど不干渉って条件だけどな」

「そうだね。前回あちらさんが動いたのも、私たちがユウト君の所在を見失ったからってリュゼは言ってたし」


 冬馬とうま燕儀えんぎがそう話す中、刹那せつなはユウトの顔をジーっと見つめていた。


「ねぇ、ユウト」

「ん?」

「リュゼと寝たってどういうこと?」

「ブッ!?」


 突然の糾弾に狼狽えるユウト。瞬時に彼は燕儀えんぎの方を見るが、彼女はわざとらしく明後日の方向を向いていた。


「そうですね。聞けば彼女と五分の眷属契約まで結んでいたとか……


 さらにアリサまでジト目で追撃する始末。


「い、いや……それは俺もこの前まで全く知らなかったっていうか……」

「実は告白までされてたんだよねぇ。この前はキスもしてたし」

「あれは……って、姉さん、頼むから火に油を注がないでくれ!」

「ベー、だ」


 しまいには舌を出してそっぽを向く燕儀えんぎ


「ハハ、いい機会だ。この際ここでユウト君の口から彼女との関係を聞いてみるかい?」


 それを面白そうに見守っていた夜白やしろが彼女たちにそう提案した。


「いや、それは本題とは――」

「「「……ッ」」」


 眷属三人の視線がユウトに突き刺さる。


「……はい」


 時すでに遅し。

 もはやYes以外の選択肢はなかった。



・2・


「先に断っておくけど、眷属の件に関しては本当に知らなかったんだ」

「まぁそうだろうね。ましてや五分契約は特別だ。安直な考えでユウト君がそれをするとは思えない」

「……補足どうも」

「ハハ、どういたしまして」


 同じ魔道士ワーロック夜白やしろの言う通り、五分の眷属契約は通常のそれとは明確に意味合いが違う。

 完全に対等な関係。もはや眷属というより分け身に近い。

 自分の力の半分を相手に委ねる行為に他ならないからだ。


「リュゼとは師弟の関係だと思ってる。2年前の俺は魔道士ワーロックとはいえ、魔術や戦い方に関しては素人も同然だった。だからエクスピアを通じて正式に教練の依頼を出してもらったんだ」


 当時のユウトにとって一番の課題。

 それは他を圧倒する魔力を持っていても、それを十全に使いこなす技量がなかったことだった。確かにユウトの魔法――理想写しイデア・トレースは強力な手札と言える。だがこれから自分が相手にするのは、単体でそれに匹敵し得るポテンシャルを持つ伊弉諾いざなぎ伊弉冉いざなみのような魔具アストラ。そしてその使い手たちだ。

 力任せが通じないことはもう海上都市で嫌というほど味わった。だからこそユウトに必要だったのは勝つためのプロの視点だった。


「言うまでもなく向こうは御巫みかなぎに並ぶ魔術のスペシャリストだ。それに魔道士ワーロックを半ば危険視して接触してきた教会の認識を変えるチャンスとも考えた。だから俺もその話に乗ったってわけさ」


 ユウトの説明に冬馬とうまがそう付け加えた。

 技術の習得とあらぬ疑いの払拭。この二つを同時に解決できるまさに一石二鳥の提案。とはいえ彼の交渉力がなければこの話は実現しなかっただろう。


「で、その……告白の件だけど、確かにそういうことは……あった」

「「「ッ!?」」」


 戦術指南を受けるにあたり、ユウトはリュゼと教会が管理する無人島で生活をすることになった。

 期間は3か月。その間にユウトは彼女から魔術に関する基礎知識全般。加えて魔法に頼らない戦い方を徹底的に学んだ。そんなふうに毎日リュゼの手ほどきを受け、寝食を共にする中で、自然と彼女との距離は近くなっていった。

 そして最終日も近いある日、彼女に呼び出されたのだ。


「な、何て言われたの……?」

「さすがにそれはプライベートなことだから俺の口からは言えない。けど、まぁ……告白はされた」


 当時の事を思い出したのか、少し照れ臭そうに語るユウト。


「けど、きっぱり断ったんだよね?」


 本人の口からそう聞いた燕儀えんぎがそう尋ねると、ユウトはコクっと頷く。


「正直意外だったんだよね。てっきり相手を傷つけないようにやんわりはぐらかすと思ってたもん」

伊紗那いさなのことがあるし、まだそういうことは腰を据えて考えられないってのもあったけど、一番の理由は……孤児院かな」

「孤児院?」


 アリサは小さく首を傾げる。


「話を聞いただけだけど、リュゼは小さな孤児院を経営してるんだ」


 滅魔士の仕事には必ずと言っていいほどに『死』が付きまとう。

 突如現れた魔獣に。あるいは魔術に魅入られた愚か者に。弱者が命を奪われることは少なくない。リュゼはそうした大切な人を奪われ、残された者たちに分け隔てなく手を差し伸べていたそうだ。


「大抵は安全に住める場所を斡旋したり、どこか信頼のおける養護施設に預けるみたいだけど、中には特殊な事情で受け入れが困難な子がいるらしい。そういう子たちはリュゼが直接引き取っているらしい」

「あの生臭なまぐさシスターがそんなことを……」


 どうやら刹那せつなたちには意外な話だったようだ。

 彼女たちが知るリュゼは『神はそんな細かいことまで見はしない』とか都合のいいことを言って全てを拳で解決する横暴なイメージが圧倒的に強いらしい。


「彼女の事情は理解しましたが、それがどうして告白を断る一番の理由になるんですか?」


 アリサはユウトの説明を噛み砕いた上で、そう質問した。


燕儀えんぎ姉さんなら分かると思うけど、孤児院の経営は本当に大変なんだ。ましてや個人経営ともなれば時間や資金がどれだけあっても足らないはずだ」

「そうだね。私たちがいた孤児院も久遠くおんさまの後ろ盾あってこそだったし……あぁ、なるほど」


 そこで初めて燕儀えんぎはユウトの真意に気付いた様子を見せる。


「リュゼが孤児院を維持できるのは彼女が滅星アステールという特別な立場にいるからだ。その権限で教会の資金も人材もある程度は自由に工面できるからな」

「けどもしそのリュゼがユウト君に篭絡されたと教会が判断すれば……」

「あいつの立場が危うくなる」


 ポツリと呟いた刹那せつなにユウトは小さく頷いた。


「ふむ。実際、その疑いはあったと思うよ。真実か否かはさておいてね。なんせ大きな組織だ。彼女を蹴落としてその座に着きたいと企む人間がいても何らおかしくない。だからこそ彼女はユウト君の力の半分を奪い、封印するという分かりやすい絵でその嫌疑を捻じ伏せた、とか」


 あくまで僕の想像だけど、と付け加えて夜白やしろはそう言った。


「ちょっと待ってください! それが本当なら今の彼女は……ッ」


 思わず椅子から立ち上がり、前のめりになるアリサ。

 仮に夜白やしろの言葉が真実だった場合、ユウトに力を返した時点でリュゼは――


「事と次第によっては相当マズい立場になっているだろうね」

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