行間7-1 -集う滅星-

・1・


「おもてを上げなさい」


 その声に反応し、幾重もの魔術で拘束された修道女はゆっくりと顔を上げ、その金の髪を靡かせる。


「……」


 あくまで気丈に。あくまで気高く。

 滅魔士。その最上位に位置する滅星アステールが一人――リュゼ・アークトゥルスは銀の炎に照らし出される同士たちを見上げた。


「フン、随分なお出迎えじゃないか」

罪人つみびとは口を慎みなさい。我らが神の御前です」


 そう言ったのは同じく滅星アステール――第4滅星テタトス・アステールのジーザス・フォーマルハウト。


罪人つみびと? フン、笑わせるな。そう言うお前こそ神凪夜白かんなぎやしろに見向きもされていないではないか」

「その言葉、認めましょう。ですがそれでもあなたほど愚かではない。よもや僥倖にも只人に戻った吉野ユウトを再び魔のものへ引き吊り込むなど」

「まぁまぁ、そないなしょーもないこと言うなって、ジーザスの旦那。モテへんよ?」

「然り。不肖このジーザス――」

「あー、そのくだりはもうえぇって。聞きすぎて面白みに欠けるわ」

「……」


 心なしかどこか落ち込んでいるようにも見えるジーザス。そんな彼を言葉巧みに弄り倒す切れ長の目の修道女。

 彼女の名はルクレツィア・ベラトリクス。

 第5滅星ペンプトス・アステールを任された滅魔士だ。

 ルクレツィアはリュゼの前に屈み込み、彼女の綺麗な頬にそっと触れる。


「ま、ジーザスの旦那が言うてることはごもっともや。リュゼ、あんたほどの人間があんな青臭い坊主にほだされるなんてなぁ。鋼の聖女さまも意外と乙女やっちゅーことやね」

「何の話だ?」

「隠してもバレバレやで。あんさん、吉野ユウトに惚れとるやろ? それも自分の使命を放り出すくらいにはゾッコンや」

「……」


 ルクレツィアは楽しそうな笑みを浮かべながら、リュゼを下卑た視線で舐め回す。


「……下種が」

「ハイッ! リュゼたんの罵倒いただきましたー!」


 一通り楽しみ終わって満足したのか、彼女はピョンピョンと逃げるように跳ねながら退散していく。


「最後はお前か?」


 第3滅星トリトス・アステール――ゼラート・アルデバラン。

 色物揃いのメンツの中で一際普通……故に異彩を放つ男。


「リュゼ君、僕は非常に残念だよ。敬虔深い君がまさか僕たちを裏切るような真似をするなんて」

「裏切る? ハッ、笑わせるな。確かに魔道士ワーロックの力は世界のバランスを崩しかねない脅威だ。力に溺れ、私利私欲に走るならなおさらだ。だからこそ我らが目を光らせている。だが少なくともここにいる誰もあの男を危険視していなかったはずだ。むしろ友好的ですらあった。それを今になって手のひら返しするお前たちの方こそ怪しいものだがな」


 焦っている。いや、違う。


(ユウトに魔力を返したことを言及されるのは覚悟していた。だが妙だ……)


 まるでユウトに悪逆非道な魔王を見るかのような視線。

 何がそこまで吉野ユウトの評価を変えたのか?

 リュゼは彼らを観察しながら思考を巡らせる。


(ルクレツィアはともかく、あの頭の固いジーザスまで丸め込むとなると、いよいよもってこの男が怪しいものだが)


 良くも悪くも平凡を絵に描いたような人間。それがゼラートに対するリュゼの評価だった。

 もちろん戦闘特化の滅星アステールである以上、その実力は折り紙付きだ。だが彼が前線で戦う姿をリュゼは見たことがない。やっていることといえば面倒な祭事の取り仕切りばかり。本来ならこの場で唯一格上であるリュゼの仕事なのだが、まぁそれは今は置いておこう。


「単に私を陥れたい。そんな風に見えないのが逆に気持ちが悪いな」

「もちろん、そんな気持ちはないからね。当然さ。それに全ては我らの神が決断することだよ。さぁ猊下! お言葉を!」


 リュゼはゼラートが見つめる先。奥にある玉座に視線を移した。

 カーテンで遮られ、その存在は影でしか視認できないが、確かにそこにいる。


 第1プロータを冠するただ一人の滅星アステール

 神無きこの世界で、全ての信徒が神と崇める我らが君主。


「リュゼ」

「……ッ」


 名を呼ばれ、リュゼは全身の筋肉が独りでに強張るのを感じた。

 何をされたわけでもない。降り注ぐ重圧の如き言の葉は、それだけで魔術にも匹敵する。ただそれだけのこと。


「そなたに判決ジャッジを言い渡す」

「……」


 まるでそれ自体が刑の執行であるかのように、彼の言葉は鋼の聖女の精神をじわりじわりと押し潰していく。

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