第216話 異色の組み合わせ -Tea party in my room-

・1・


 今後の方針会議を終え、冬馬とうまは仕事へ、夜白やしろはフランを連れて研究室へ向かった。残されたユウトはとりあえず自室へ戻ることにした。


「いや、当然のように付いてこなくても大丈夫だって」

「目を離すと何をしでかすか分かったものではない……と、刹那せつなさまとアリサさまが強く仰っていたので」


 そんな彼の後ろを影のように付き従う猫耳少女――夜式真紀那やじきまきなはいつもと変わらない落ち着いた声でそう返答した。


「あいつら……」

「……(じー)」

「……」


 普段はとにかく感情の起伏に乏しい彼女だが、今回は目が本気だ。1秒たりとも視界から逃さないという静かな決意を感じる。


「ま、まぁここは本拠地なんだしそんな滅多なことは――」


 そう言いながらユウトが自室の扉を開けると、


「パパなのだー!」

「おぐっ!?」


 急に二本の角がユウトをお出迎え。


「ユウト様……!?」


 腹部にクリーンヒットする角。思わぬ奇襲――もとい歓迎にユウトは喉から変な声を出してしまった。


「や、夜禍ヤカ……ッ!?」

「あらユウト、お邪魔してるわよ」


 自室にはすでに先客がいた。

 神凪明羅かんなぎあきらの箱庭からユウトが連れ帰った煌華コウカを始めとした魔神たちだ。


「カイギ、とやらは終わったでござるか?」

「じゃあボクたちと遊ぼー!」

「アタシはパス。この人間が作った寝床、最高だわー。いい匂いもするし」


 煌華コウカ翠蘭スイラン明娘メイニャン神深シンシン、そして夜禍ヤカ

 彼女たちは皆思い思いにユウトの部屋で寛いでいた。


「……(じー)」


 それ見たことか、とでも言いたげな冷ややかな視線を背後から感じたが、今はそれどころではない。


「みんな、何で……というかどうやって俺の部屋に……?」


 当たり前だが部屋には鍵がかかっていたはず。無論、彼女たちであれば無理やりこじ開けることは容易だろうが、そんなことをした形跡はどこにも見当たらない。


「フフ、私がお通ししました」

「ライラ!?」


 部屋にはさらにもう二人、先客がいた。

 煌華コウカの隣で優雅に紅茶を飲んでいるバベルハイズの王女。ライラエル・クリシュラ・バベルハイズ。そしてその護衛、シーレ・ファルクスだ。


「お通ししましたって……ライラだって鍵は持ってないだろ?」

「あら、私のために開けてくれていたのではないのですか?」

「はい?」


 どうやら最初に彼女がここへ訪れた時にはすでに部屋のロックは解除されていたらしい。ユウト自身の不注意か、あるいはシステムの故障か。


「せっかくここまで来たんですもの。将来の夫がどんな生活をされているのかこの目で見ておこうかと思いまして」


 いずれにしても、たまたまやって来た彼女にとってはとても状況が成立していたようだ。


「私たちも検査が終わって手持ち無沙汰だったところをこの王女様に声をかけられたのよ」

「フフ、なかなか興味深いお話でした。聞けば彼の地で彼女たちに子作りを迫られたとか。困りました……英雄色を好むを否定はしませんが、そういうことはまず私にも相談していただけませんと」

「……(じー)」


 再び突き刺さる背後からの冷たい視線。


「……勘弁してくれ」


 思わずユウトはそう吐露していた。



・2・


「で、何でライラがわざわざこっちに?」


 室内に置かれたテーブルを囲うユウト、ライラ、そして煌華コウカ真紀那まきなはユウトの背後に立ち、夜禍ヤカ煌華コウカの膝の上にちょこんと座っている。ちなみに他の面々はユウトのベッドの上で寛いでいた。


「もちろんベルヴェルークです。件の魔遺物レムナントについて私に一任されていますから。アメリカにも直接出向きましたが、今回は宗像むなかた社長と改めてお話をしてきました」


 バベルハイズ王国が長年保有し続けてきた絶槍ベルヴェルーク。

 しかし魔人を始めとした各勢力が積極的に魔遺物レムナントを狙うようになってきた昨今、王国はその管理をエクスピア社に委ねると決めた。

 異例中の異例ではあるが、この決定は両者の信頼の上に成り立っている。

 だが今回、早々にしてその信頼に重大な問題が発生してしまった。


「長年鎖国状態を維持していた我が国ではありますが、父……ライアン王はあなた方に一定の信頼を置いています。無論、この私もです」


 そう前振りをした上で、ライラは自分の頬に手を当ててこう続けた。


「ですが困りました。此度の件で私たちはあなた方の管理能力を疑わざる負えないのです」

「それは……確かに」


 当然だ。そしてそれこそがこの場に彼女がいる理由だった。

 最終的に取り戻したとはいえ、信じて管理を任せた魔遺物レムナントを呆気なく敵に奪われた。その事実に対してエクスピアは所有者たる彼女たちに説明責任を果たす義務がある。


「~♪」


 のだが、そうは言いつつ何故だか当の本人は怒っているどころかむしろ楽しそうな雰囲気を振り撒いていた。


「そ・こ・で♪ 私とシーレはしばらくこちらに滞在することに決めました」

「ッ!?」

「もちろん監査が目的です。お父様も首を縦に振ってくれましたよ」

((絶対嘘だ……))


 そう確信するユウトと真紀那まきな。二人の脳裏には、その当時のライアン王の苦悩顔がまるで見てきたかのように思い浮かんだ。


「ですのでユウト、エスコートはしっかりとお願いしますね?」

「さっそく目的からズレてないか?」

「フフ、何のことでしょう?」


 文字通り、箱入り娘の王女様は悪戯っぽい笑みを浮かべてちょこっと舌を出していた。


「あら、それなら私たちもお願いしようかしら。せっかく外に出たんだもの。ね、夜禍ヤカ?」

「なのだぁ……」


 煌華コウカがそう言うと、彼女の腕の中でウトウトしている夜禍ヤカは眠そうにそう答える。


「何々? ボクを差し置いて面白い話? ズルーい!」

「えすこーと?」

「なーに翠蘭スイラン、そんなことも知らないの? ププ、ウケる」


 他の魔神たちも煌華コウカの言葉を聞きつけ、続々と駆け寄って来た。


「……」


 そう言えば、彼女たちもある意味では生粋の箱入り娘だった。

 そんな意外な共通点のある彼女たちがこぞって話し始めると、自然と会話の化学反応が起こる。


「まぁ! これは楽しいひとときになりそうですね。ではこういう趣向はいかがでしょう?」

「いいわね。じゃあ私は――」


 王女と魔神。異色の組み合わせの中でとんとん拍子に話が進んでいく。


「ユウト様、お気を確かに」

「ハハ……はぁ……」


 その様をただ眺めながら、どこか諦めた顔のユウトは紅茶の入ったカップの取っ手に指を通すのだった。

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