第215話 魔犬たちの分岐点 -Stay with you-

・1・


 ——神和重工かむわじゅうこう組の待機室。


「あ、カインじゃん」


 扉を開けて一番に元社員のシーマ・サンライトがカインたちに駆け寄ってきた。


「なになに? 私に会いに来てくれたとか?」


 絶妙な上目遣い。あざとすぎる表情や仕草。

 並の男ならそれだけでコロッと落ちてしまいそうな理想的な一挙手一投足は、全てが計算され尽くされたスパイの常套手段。


「別に。暇なんで様子を見に来ただけだ」


 しかしはなからそれを見抜いているカインは軽く受け流す。


「ブ〜、そこは嘘でも私にっていいなさいよぉ。そんなんじゃモテないぞ?」

「大きなお世話だ」

「メアリーちゃんの様子はどうですか?」


 彼に続いて入室したレイナは奥の部屋に視線を送っていた。


「うん、おかげさまで安定してるよ。さっき一回目を覚ましたけど、今はまた眠ってる。体力が戻るまでまだ時間がいるみたい」


 メアリー・K・スターライト。

 今は無き魔犬部隊メイガスハウンドのリーダーにして、碧眼の魔道士ワーロックと呼ばれていた少女だ。

 先の戦いで秘匿されていた主人格であるアリスと共に肉体が消失した彼女だが、今はこうしてベッドの上ですやすやと眠りについている。


「真面目な話、メアリーを助けることができたのは君たちのおかげ。本当に感謝してるの」


 シーマは愛おしい我が子のようにメアリーの頬に触れながら、感謝の言葉を口にした。


「礼なら代えの体を提供したうちの博士に言ってやれ」


 伊弉冉いざなみの力で暴走するアリスからメアリーの魂を分離したあと、大きな問題が残った。それは魂を宿す器だ。元の肉体を失った以上、もはや完全に元通りにとはいかない。かと言って人の体一式を代替なんてそう簡単にできるものではない。

 しかしそこで夜白やしろが提案したのが、神凪明羅かんなぎあきらの素体の再利用することだった。

 カインたちがアメリカで戦っている最中、エクスピア本陣に刺客として放たれたアルラトゥというメイド。その正体は受肉した魔具アストラ。本来は物言わぬ武具でしかない彼女は複製された明羅あきらの肉体を依代とし、叡神グノーシスと呼ばれる新たな存在へと変質していた。

 その彼女を倒し手に入れた神さえ宿す万能の入れ物であれば、メアリーの魂を定着できるのではないか? と、そう考えたのだ。

 結果は見ての通り。メアリーの魂は一切の拒絶を示すことなく定着に成功した。しかも姿形まで完璧に元の彼女を再現して。


「まぁ、魔道士ワーロックの力まで元通りってわけにはいかなかったがな」

「ううん、いいの。元々この子には荷が重すぎる力だったから。いっつも擦り切れるまで戦って、戦って、戦って……誰にとっても畏怖の対象でい続けないといけないなんてまともじゃない。それが分かってて私を含めた全てがメアリーにそれを求めてた。求めざる負えなかった。でもこれでやっと……この子は普通を生きられる」

「シーマさん……」

「……」


 人とは違う異質な力を持ってしまったがために人生を狂わされた経験はカインにも覚えがある。この右腕がなければと——それこそ数えるのも馬鹿らしくなるほど己の運命を呪った。

 だが、そんな今のカインに残る感情は決して後悔や憎悪だけではない。


「どんなに荷が重くても、こいつは後悔しないさ。少なくともお前らみてぇな仲間に恵まれてんだからな」

「うっ……なかなかにイケメンな返しにお姉さんちょ〜っとドキッとしちゃってるかも……」

「アホぬかせ。そんなタマじゃねぇだろ」

「…………嘘じゃないんだけどなぁ」


 カインに背を向けながら、仄かに頬を赤く染めたシーマは誰にも聞こえないようにそう呟いた。


「あれ? そういえばトミタケさんとリオちゃんは?」


 ふと、レイナは部屋にいない二人について言及した。


「ん? あぁ、二人なら今デート中だよ」

「え、でもまだ外出許可は——」

「う~ん。まぁ、デートの形も人それぞれだから」



・2・


「トミタケ、回復。大至急」

「待て待て! そもそもなんで後衛が前に出てんだよ!?」

「気分?」

「気分で作戦無視しないでもらえます!? ってあああ!!」


 あっという間に赤い体力ゲージがごっそり削り取られ、二人の画面には『GAME OVER』の文字が浮かび上がる。


「はぁ……この死にゲー、相変わらず容赦ねぇな」

「フフ、楽しいね」

「そりゃようござんしたね」


 適当な共有スペースを見つけ、超絶難易度で有名なゲームを二人で始めて早数時間。さすがに疲れがきたトミタケはゲーム機を傍らに置いてソファーに体重を預けた。


「お昼寝? じゃあ私も」

「あのリオさん……これはその、近すぎやしませんかね?」

「ここが私の定位置スナイピングポイント

「命狙われてる!?」


 当然のように隣を陣取ったリオ。彼女はトミタケの腕にギュッとしがみつくとスリスリと頬を寄せて甘えてきた。普段の彼女からは想像もできない珍しすぎる光景だ。


「そういえばお父さんのこと……残念だったな」


 B-Rabbitの処刑人ヘッズマン——彼がリオの実の父親だということは、全てが終わった後にシーマの口から告げられた。そしてその彼はもう、この世にいないということも。


「……」


 リオは黙ってポケットから彼が使っていた魔具アストラウルを取り出した。


「正直、どうすればいいのかわからない……顔だって思い出せないし」


 まだ物心もついていないほど幼い頃に人身売買系の組織に攫われたリオが父親の顔を覚えていないのも無理はない。考えてみれば彼女は家族と過ごす時間より、悪人に虐げられた時間の方が遥かに長いのだ。


「あ……」


 トミタケは黙ってリオの体を抱き寄せる。


「守ってやる、なんてかっこいいことは今の俺じゃ言えないけど、せめてこうしてお父さんの代わりに一緒にいてやれることはできるから」

「……うん」


 そんな彼の思いに応えるようにリオは握る手を強くした。


「トミタケこそ、大丈夫?」

「ん? あぁ、ジョーカーのことなら問題ない。少なくとも今はな」


 分離したメアリーと違い、ジョーカーの人格は今もトミタケの中にある。ジャバウォックの所有権を奪い取ったことで今はトミタケが優位に立っているという状況だ。しかし何かのきっかけで彼が再び表に出てくる可能性がゼロとは言い切れないのもまた事実。


「ジャバウォックはエクスピアに預けてある。あれを使わない限り滅多なことは起きないさ」


 そもそもジョーカーとは違い、トミタケは戦闘に関してはドが付く素人だ。実際、所有権を得たとはいえ、あの魔本で彼ほど緻密な創造物を生み出すことはできなかった。トミタケがエクスピアに預ける判断を下したのはそういう事情もあった。


「今まで通り、俺は裏方に徹するつもりだよ。あいつとの約束を果たすためにも、俺はまず今をまっとうに生きなきゃだからな」

「さすがは国家を転覆させたテロリスト界のスーパースター。言う事が違う」

「やーめーてー!! 俺じゃないけど事実俺だからもう立派な黒歴史なんだよそれ!!」


 実際、傍から見ればどの面下げて言ってんだテメェと言われても仕方がない。唯一不幸中の幸いは彼がジョーカーとして行動する際、常に兎の面をして素顔を隠していたことだ。そのおかげで世間では『トミタケ=ジョーカー』という認知はされていない。

 彼がこんな事態を予測していたとは思えないが……これも主人公体質故のやけに都合の良い偶然なのだろうか?


「そんなことよりリオはどうするんだこれから? 言っとくけど、もう無理して戦う必要はないんだぞ? ほら、あの社長も言ってたろ?」


 魔具使いアストラホルダーは確かに貴重な戦力だ。その上リオのように複数を扱えるとなると特に。だが宗像冬馬むなかたとうまは自分達に戦いを強制してはいない。ここに来て最初に彼と話をした時、全て本人の意思に委ねると言っていた。


「うーん、メアリー次第かな」

「……だよなぁ、予想はしてたけど」


 リオも、シーマも、メアリーに救われた経緯がある。彼女たちがまるで家族のようにメアリーに親愛を注ぐ様をトミタケはずっとこの目で見てきた。だからこそこの回答は真っ先に予想できた。


「メアリーが普通に生きたいって言ったら、私はそれを支える。でももし……まだ戦うって決めたなら、私はそれに付いていく。シーマもきっとそう言うと思う」


 それが彼女の――彼女たちの揺るがぬ意志だった。


「だって私たちの隊長はメアリーだけだから」

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