第214話 偶然という名の必然 -Things take place as if it were predetermined-

・1・


「フランちゃん、大丈夫かな?」


 ユウト達がいる会議室の外では、レイナとカイン、そして真紀那まきなが待機していた。


「さぁな、まぁなるようにしかならねぇだろ」

「それはそうだけど……」

「……」


 ユウトが神凪明羅かんなぎあきらの箱庭から連れて帰ってきたフランと魔神たち。今まさにその処遇が扉の向こうで話し合われている。

 彼らが出てくるのを待っていた3人だが、おもむろにカインが腰を上げた。


「どこへ行くんですか?」

「……あいつを待つのに3人もいらねぇだろ」


 カインはそう言うと、会議室の扉を背にして歩き始めた……のだが、


「あだっ!?」


 曲がり角で誰かにぶつかり、その誰かは素っ頓狂な声を上げた。


「いたた……って何だあんたか」

「おい、人様の顔見て何だとは何だ」


 ぶつかったのは九条秤くじょうはかりだった。アメリカではカイン達のバックアップでめざましい活躍をし、加えて彼が伊弉冉いざなみの真魔装を獲得するのに大いに貢献した御巫みかなぎの魔術師だ。


「うっさいわねぇ、こっちは傷心中なのよ……空気読め、空気」

「……」


 一番読まないテメェに言われたくない、というような表情で返すカイン。


はかりさん、何かあったんですか?」

「何かあったじゃないわよ。おおありよ! あーもう、何なのよあの明娘メイニャンとかいうなんちゃってメイド娘!」


 はかりはイライラするように頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにする。

 明娘メイニャンはユウトが連れてきた魔神の一人だ。

 なんちゃってメイド娘とは言葉の通りで、彼女は何故かメイド服を着ている。ちなみに他の魔神たちも彼女に負けず劣らずの奇抜ファッションを好んでいた。


明娘メイニャンさんがどうかされたのですか?」


 はかりは据わった目で質問をした真紀那まきなの両肩をガシッと掴む。そのあまりの形相に驚いた彼女は思わず猫耳と尻尾をピンッとはっていた。


「私の十数年に及ぶ錬金術の研究……それをあの女、指先一つでやってのけたのよ!!」

「「「……」」」


 一同、沈黙。

 彼女は小さく溜息を吐き、こう続けた。


「……はぁ、例えばよレイナ」

「は、はい!」

「あんたが死ぬ気で一日かけてやった仕事を、隣で1秒で片付けられたらどう思う?」

「え、あぁ……す、すごいなぁって……」

「そうそう凄いのよ……って違ぁぁぁぁう!!」


 相当きているのか、珍しく乗りツッコミするはかり


「悔しいでしょ!! ムカつくでしょ!! 私の努力何なのよって思うでしょ!!」


 錬金術は失われた魔術体系の一つ。

 平たく言えば物質を原子レベルまで分解し、別の物質に作り変える魔術だ。土くれを黄金に変えるように、分解の具合次第で全く性質の異なる結果を導き出すそれは、魔術でありながら無から有を生み出す魔法に最も近い術式と言われていたらしい。

 はかりはその失われた魔術を研究し続け、ついにその一部を現代に蘇らせた功労者なのだ。その努力が並々ならぬものであることは言うまでもない。

 しかし明娘メイニャンが宿す麒麟きりん――変異した赤い雷はそれを一瞬で為し遂げてしまったのだ。


「アプローチが違う。あれはそもそも錬金術じゃない。だから比べる事自体がおかしな話……でも、結果が同じでしかも精度負けてると……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 一人でぶつぶつ言いながら、はかりは唸るように頭を抱えていた。


「確か、魔具アストラを取り込んだ魔獣の変異種って話だったな」

「えぇ、そうよ。御影みかげがまだ病み上がりだから私が身体検査やったけど、まぁふざけた体してたわ。特にあの角の生えたガキンチョ……あれは生き物っていうより精霊に近い何かね」

「あぁ、隊長のこと『パパ』って呼んでた子ですね……」

「……」


 気のせいか、レイナと真紀那まきなの空気が一瞬だけ凍り付く。


「フン」

「ちょっと、どこ行く気よ?」


 そそくさとその場を立ち去ろうとするカインをはかりが引き留めた。


「シーマ達のところだ。連中の様子でも見に行ってくる。ここにいると延々と愚痴を聞かされそうなんでな」

「あ、なら私も行くよ。マキにゃん、ここよろしくね」

「はい」


 そうしてカインとレイナは神和重工かむわじゅうこう組が待機する部屋へと向かい始めた。



・2・


「黒い神凪かんなぎって……冬馬とうま、何の話だよ?」

「……」


 ユウトの問いに冬馬とうまはだんまりとしていた。


「君の悪い癖だよ冬馬とうま。僕が言うのも何だけど、そうやって一人で抱え続けた結果、どうなるか分からない君じゃないだろう?」

「……はぁ、分かった。話す」


 二人に問い詰められた冬馬とうまは諦めたように上着を脱いだ。


「ッ……!?」


 あるはずのものが無くなっていた。


冬馬とうま……何があった?」

「見ての通りだ。完治してる」


 ワイズマン研究の副作用。その影響で彼の体に入った亀裂きずが綺麗さっぱり無くなっていたのだ。


「あいつは……アートマンは、俺の亀裂きず伊紗那いさなを目覚めさせると言った。

「アートマン……それが黒い神凪かんなぎの名か。けれど無償とは随分気前がいいね」


 それはユウトも同感だ。普通に考えて絶対に何か企みがあると見るべきだろう。


「ファンなんだと、俺たち3人の」

「「ファン?」」


 ユウトと夜白やしろは揃って首を傾げる。


「どこまで本気かは知らねぇが、少なくとも俺と会ったあの時点でのヤツの目的はたった一つだった。俺とユウト、そして伊紗那いさなが正常に動ける状態であること。それだけだ」

「その結果、彼女は全能の果実を口にし、全盛期の力を取り戻した」


 夜白やしろはそう呟き、考え込むように指を顎に当てた。


「正直、選択肢はなかった。あのまま眠り続けていたら伊紗那いさなはもう戻れないところまで来ていた。こういう結果になるとは思ってもみなかったが、それでも俺はこの選択が間違いだとは思わない」


 ユウトを見る冬馬とうまの目は本気だった。海上都市で最後に戦ったあの時と同じ。心の底では本当は間違いだと理解していても、それが唯一の最適解だと信じて疑わない。そんな覚悟の目だ。


「……」


 実際、手段はどうあれ、ユウトだって伊紗那いさなが目覚めてくれたことは嬉しい。伊弉冉いざなみの悪夢から抜け出して今まで。彼はそのために奔走してきたのだから。

 問題はそれが正攻法で為し遂げられたものではないということ。


「となるとユウト君が魔道士ワーロックの力を取り戻したのも偶然じゃなさそうだね」

「偶然じゃ、ない……」


 黒い神凪かんなぎ――アートマンの目的は彼のお気に入りである3人が万全の状態で盤面にいること。だとするならば力を失っていたユウトも救済対象のはずだ。


「ユウト君、君が力を取り戻したきっかけは知らぬ間に君の眷属になっていたリュゼ・アークトゥルスだったという話だよね? 五星教会ペンタグル・チャーチの」

「あ、あぁ」


 そこから先はユウトにも容易に想像できた。

 つまり――


五星教会ペンタグル・チャーチ神凪かんなぎが繋がっている?」

「あるいは彼が五星教会ペンタグル・チャーチに何らかの干渉をしたか」


 いずれにしても、確かめなければならないことができた。


冬馬とうま

「あぁ、分かってる。見世物になるのは俺だってごめんだ」


 悪行の限りを尽くした神凪殺かんなぎあやめを倒したのも束の間、どうやら『次』が顔を覗かせてきたようだ。

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