第212話 終わり、そして始まる物語 -End or Next-
・1・
「う……」
目を瞑っていても、瞼にかすかに感じる光。
それは止まっていたトミタケ・ヒューガの時間が動き出す合図。
「ん……ふ……」
「んぐ……ッ!?」
最初に感じたのは唇に触れる柔らかな感触。そして上にのしかかる心地よい重みだった。
「んぅ……ん? あ、起きた」
「ちょ……ちょちょ、何……え?」
「……ごちそうさまでした」
文字通りの目覚めのキスに戸惑うトミタケ。そのお相手――リオは何でもないように彼が起きた事を確認すると、ゆっくり上体を起こした。
「リオ、大人になっちゃって……お姉さんちょっと複雑……」
「これくらい普通」
およよ、とわざとらしいシーマの言葉を彼女は軽くいなす。
「え、えぇ……どういう状況?」
そこまで言葉が出て、トミタケは彼の
「そうか……上手くいったのか」
「ったく……イヤになるよ」
ふと、同じ声が重なった。
「……ジョーカー」
「よう、ご都合主義の主人公崩れ」
目の前には――自分がいた。
「とことん世界に嫌われてるのかねぇ。最後の最後でお飾りで作られただけの副人格に体をかっ攫われるなんてな」
「何を……」
そこまで声が出かけて、咄嗟にトミタケは自分の体を確かめる。
ちゃんとした体。虚像ではなく実体。
詰まるところ、彼の体は彼が願ったジャバウォックで創造された肉体ではなかった。
「まぁ、受け入れるしかないか。ジャバウォックの権能は空想の具象化。だからより強い
「……」
今やジョーカーは物語となった。
虚構と現実の逆転。
それが最後の最後にジャバウォックが定めた配役だ。
「俺は――」
「おっとよせよ。自分に憐れまれるなんて冗談じゃない。お前は黙って自分のご都合体質に感謝してろ。それができないなら今すぐジャバウォックをよこせ。お前を存在ごと抹消してやる」
「……」
「ねぇ、一つ聞かせてよ」
トミタケの横でシーマはジョーカーに話しかけた。
「何?」
「どうしてアヤメさんに従ってたの? 私らと違ってずっと闇にいたあんたならあの人の本性は当然知ってたでしょ?」
何だそんな事か、とでも言うように彼は小さく溜息を吐いた。
「逆に聞くが道具が主人を選べるか? 確かに最悪の主人ではあったが、俺にとってはちょうどいい理由だったってだけだ」
「理由?」
「俺には生きる理由も死ぬ理由もない。ただ、そこにあるモノでしかない。空っぽな俺が動くためには何かしらの理由付けが必要だ。その点、あの人は分かりやすい」
邪魔者を消せ。そのための牙であれ。
万人を騙せ。そのための道化であれ。
役割を与えられ、それを全うする。
これほどまでに単純明快で、己を満たすものは他にない。
「寂しいヤツ」
「そうか? 俺には余計なことを考える必要がない極めて合理的かつ理想的な生き方に見えるね」
「人間って、その余計なことに価値を見出す生き物なの。誰かを憎んだり、誰かに恋したり……そんな無駄がどうしようもなく羨ましかったから、あんたはトミーを最後まで消さなかったんでしょ? 腐っても自分だから」
「おい、誰が腐ってるだ」
それが唯一、ジョーカーに許された『無駄なこと』だから。
「……」
「俺、お前が主人公の物語を書くよ」
「は?」
唐突にトミタケが口にした宣言に、ジョーカーは思わず首を傾げた。
「勘違いすんなよ、俺はお前を許しちゃいない。だから俺の主人公体質をお前には嫌でも味わってもらう。フッ、きっと無駄なんて泣き言、言ってられなくなるぜ?」
「……ッ」
言葉は、なかった。
必要ない。それはこれから先の物語が紡ぐものだ。
「だから今は大人しくしてろ……俺」
トミタケは最後にそう呟き、
世界に愛されなかった男の物語はここで終わる。そして――
・2・
「あっちも
カインは糸が切れたようにドサッとその場に腰を落ち着けた。
「うん、隊長も戻ってきたし、
にこやかな笑顔で振り返ったレイナの目に映ったのは、
***
「ッ……いきなり何を!?」
全体重を乗せた
「……助けに来てくれたことには感謝します。ただ、それとこれとは別問題です」
「へ?」
「……私が
「………………はッ!?」
確かにそんなことを……言った。
咄嗟に
「い、いや……それはほら、言葉の綾っていうか。えー……」
「……」
どうやって謝るべきか、それを考えていたユウトの頬にポタっと何かが零れ落ちる。
「え……」
「ぐすっ……」
涙だ。
「悪い……助けに来るのが遅くなって」
「……フフ、相変わらず絶妙に外れてますね。でも、いいです」
ユウトの手を取り、
「はーい、イチャイチャタイム終了っと。次は私の番♪」
「……は? 何を言ってるんですか、この無能は」
「む、無能!?」
「……当然です。元はと言えばあなたがちゃんと私の護衛をしていればこんな事にはならなかったはずです」
「うぐ……こいつ痛い所を……つーか、痴話喧嘩して勝手に帰った
「痴話……ッ」
互いに胸倉を掴んでギャーギャー言う二人。
「ユウト~♡」
そんな時、背後からフランが勢いよく飛びついてきた。両足を首元に巻きつけ、彼女は肩車の要領でユウトに乗っかかる。
「フラン!?」
「僕も
まるで懐いた犬のように頬をすり寄せるフラン。
そんな光景をやはり二人は冷めた目で見ていた。
「分かってる……説明する。こうなったのにはちゃんと事情があるから!」
「ほほう」
「……私を無理やり眷属に加えたことといい、どんな釈明をするのか楽しみですね」
「う……ッ」
有事だったとはいえ、その点についてはユウトは彼女の意志を無視したことになる。
けどこれでようやく……
「フフ」
「アハハハハ」
ようやく、元の鞘に戻ることができた。
あの時、バベルハイズで別れた時からそう時間は経っていないのに、とてもとても長い道のりだったように感じる。
改めて、ユウトはこの何でもない時間が自分にとってかけがえのないものだと噛みしめた。
「――ッ!?」
だからこそ、それは彼にとってとてつもない衝撃だった。
「ユウト?」
「……何で……ッ」
忘れられない――忘れてはいけないもう一つの大切な日常。
「…………
それが唐突に、彼の目の前に現れたから。
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