第210話 日常の先に -Take off to the beyond-

・1・


御影みかげを眷属にするって……マジ?」

「あぁ、これが今できる最善だ」


 ユウトは腕の中でぐったりとしている御影みかげを見つめる。

 今の御影みかげはアリスの眷属。歪な形とはいえ、本来なら十分な魔力供給を受けてしかるべきだ。しかし実際そうなっていないところを見ると、外のアリスに何かあったと見るべきだろう。

 だがそれなら今は絶好のチャンスだ。弱まった魔力パスを閉じ、自分のパスに繋ぎ変える。かなりの荒業だが、成功すれば彼女を助けられるかもしれない。

 何にしても、迷っている時間はなかった。


「……待って」


 しかし、ユウトの手を他でもない御影みかげが止めた。


「……私は、あなたの……眷属には、なりません……」

「おいおい、今はそんな事言ってる場合じゃ――」

「待ってくれ、飛角ひかく


 ユウトは飛角ひかくを手で制し、彼女の言葉を聞いた。


「……私は、ユウトさんの『日常』で、いたい……もし、眷属になったら……あなたが帰る場所になれなくなる、だから……」


 ――帰る場所。

 鳶谷御影とびやみかげは常にそうあることにこだわっていた。

 戦いとは無縁の場所。かつて図書館で会話を楽しんだように、誰もが享受できるはずの何気ない普通の時間を。


「ありがとう」

「……ッ」


 その言葉に一瞬、彼女の体が強張った。


「俺が俺でいられるのは、もしかしなくても御影みかげのおかげだよ。ずっと、君が俺の『日常』を守ってくれてた」


 ここまで、戦いに明け暮れる日々だった。海上都市での激戦を終えても、休む暇なんてほとんどなかった。むしろ、普通の平穏というものからはさらに遠ざかった。一瞬にも感じられる時間の中で、ユウトの中にあるのは常に迷いと、そして冷めやらぬ闘争の熱量だけ。

 それでもユウトにとって戦いが『日常』にならなかったのは、きっと御影みかげのおかげだ。常に彼女という存在が道を違えないように支えてくれたから。

 だから今日まで吉野ユウトは吉野ユウトでいられた。


「大丈夫。俺はどこにも行ったりしないよ」

「……」

「それに一人で守らなくても、俺たちには頼りになる仲間がいる」

「……ですが」


 それは単なる力でしかない。

 力はユウトを繋ぎとめるものではない。むしろその背中を押し、どこか今より遠くへやってしまうかもしれないものだ。


「よくわかんないけど……御影みかげが守りたいもの、私にも何とかできない? あんたは嫌かもしれないけど、一緒に考えるからさ」


 そう言って飛角ひかくは彼女の手を掴む。

 すると御影みかげ飛角ひかく、二人の体が淡く光を灯した。


「これって……」

「……」


 その光はユウトへと流れ、やがて理想写しイデア・トレースの籠手へと収まった。



『Get ready for innovation!!』



 ユウトを想う彼女たちの心が一つとなり、新たな魂奏具アルマ・レムナントが産声を上げた瞬間だ。


「変わらないものなんてきっとない……けどせめて、変わって良かったって思える自分でいたい。だから一緒に行かないか? この先へ」

「……フフ、本当に仕方のない人ですね」

(けど、そんなあなただから私は……)


 観念したように、御影みかげはユウトの手を取る。

 そして――


「羽ばたけ! 天を覆いし万象の守手。紫翠の龍王アルラキス・ウィオラルダ!!」


 血みどろの檻の世界に亀裂が走った。



・2・


『クソが……ッ、テメェどういうつもりだ滅火ほろび!? どこまでも私の邪魔しやがって!!』


 神凪滅火かんなぎほろびの封槍を素手で受け止め、神凪殺かんなぎあやめが吼える。


「始めから予想できたはずだ。私と君の命題は根本的に相容れないと」


 争いを生み出し次へ進む者と争いを根絶しゼロに引き戻す者。

 どちらかが潰えるまで、この闘争に終わりはない。

 どちらかが潰えるまで、この命題は果たされない。


我欲がよくはどうした!? あいつは私たちの衝突を許さないはず……ッ……まさか!?』

「……そのまさかだ」


 滅火ほろびの覚悟の重さにあやめは一瞬怯むが、すぐに口元をほころばせる。


『クク……アハハハハッ! 全く馬鹿な男ね! あんなクズ男に何をくれてやったわけ? まぁいいわ、これで私にも大義名分ができたわけだし……前々からテメェが気に食わなかったんだよ!』

「全く同感だ」

『ッ!?』


 突如、別方向から殺気を感じたあやめ滅火ほろびから距離を取る。


「俺を無視して勝手に盛り上がってんじゃねぇよ」


 カインが銃口を向け、彼女を睨んでいた。


『チッ、ガキが……魔剣機グラディアートルはどうした!?』

「生憎こっちには頼りになる仲間がいるんでな」


 周りを見ると、魔剣機グラディアートルがそこら中で大破している。その数は全能の果実で生み出した個体のおよそ三分の一。刹那せつな燕儀えんぎを始め、魔神たちが鋼鉄の巨人と応戦していた。


「ジョーカーも倒した。残るはテメェ一人だけだ!」

『……ッッ』


 ようやく……ここまで彼女を追い詰めた。

 カインは滅火ほろびの横に並び立つ。


「争いこそが人を淘汰し、進化を促す。可能性を口にしながら、ヤツの兵器は無差別に死を撒き散らす……君の師も、その犠牲者だ」

「……御託はいい。要は神凪絶望かんなぎたつもが横流ししてる兵器の大元があの女ってことだろ? それだけ分かれば十分だ」


 カインは右拳を強く握っていた。

 だが、これは決して怒りによるものではない。

 己の中にあるつけるべきけじめ。その覚悟の表れだ。


「リサの仇、なんて言うつもりはねぇ。ただ……テメェが邪魔だ! 神凪殺かんなぎあやめ!!」

『ハハ! 分かりやすくていいわね!』


 三者が同時に動いた。

 カインが攻め、その合間を縫うように滅火ほろびが追撃する。後手に回ったあやめだが、ベルヴェルークを呼び出し、時をも凍らせる絶氷で周辺を薙いだ。


『Hyper charge!! Dual ... Sinistra Edge!!』

『Messiah ...... Decoding Break』


 しかし二つの熱刃が交差し、これを粉砕する。

 止まっていた時が動き出すように、一気に戦況が傾いた。


『く……っ』

『Destroy!! All eliminate』


 すかさず地面に封槍を突き刺す滅火ほろび。直後、無数の光槍が剣山のように隆起し、あやめの体を突き上げる。

 カインは銃剣のトリガーを引き、そしてさらにその上まで飛び上がった。


『Awakening mode』


 全ての魔力が右腕の一点に注ぎ込まれる。

 彼の神喰デウス・イーターに獰猛な赤い光が宿った。


「これで終いだ!!」


 逃げ場のない空中。

 今にも張り裂けそうな右腕を叩きつけるように思いっきり振り下ろすカイン。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 全てを、この一撃に!


『クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』


 神をも喰らう暴食の怪腕。

 次の瞬間、その狂爪が外神の鎧を容赦なく、そして徹底的に――噛み砕いた。

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