第209話 表と裏 -Black vs White-
・1・
「ッ……!!」
重なり、連なる残影――光と同等の速さを得たレイナを捕らえようとする者の目では、まるで彼女が分身したかのような信じ難い光景を目の当たりにすることになる。
「子供騙しだ!」
だが所詮は見せかけ。恐れることはない。本物はただ一人のみなのだから。
そう確信したジョーカーはネヴァンの毒爪を全身から生やし、散弾のように無差別に撒き散らした。
一発でもかすればその時点で終わりの即死級の神経毒。射出された爪は次々と残像を貫く――はずだった。
「何……ッ!?」
しかしその予想は外れた。
爪は残像に触れた瞬間、そこを通過するのではなく、弾いたのだ。
「ただの残像じゃない……風か!」
光が作り出した写し身。実体がない以上本来は質量を持たないはずだが、レイナのそれは少し勝手が違う。
虚像は光と、そして彼女本来の力――風の魔力によって形成されていたのだ。それも今までのような荒れ狂う嵐ではない。血液のように循環する緻密に織り込まれた風の流れ。結果、光は形を、風圧は質量を生み出し、虚像は実像に化ける。
「はぁッ!!」
すかさず残像たちによる波状攻撃が始まった。
「あと二つ!」
ロキ、そしてジャバウォック。
「チッ……そう簡単にやられるかっての!」
観察はもう十分だ。そう判断したジョーカーは堕天ロキの権能を発動させる。すると彼の鎧が形状変化を始め、レイナの魔装スレイプニールと同じになった。
「……ッ!?」
「付き合ってやる。お得意のスピード勝負にな」
次の瞬間、ジョーカーもまた彼女と同じ光速の境地へと至った。
文字通り、目にも留まらぬ速さ。常人には視覚で捉えることができないスレイプニール同士の激突は、絶えず続く破裂音でのみ感じ取れた。
「ハッ、カイン君ならともかく、小娘一人で俺をどうにかできると本気で思ってるのか!?」
「思ってる! 私だって……ヴィジランテの一員なんだから!!」
攻守入り乱れる斬撃の応戦。魔装により全身が武器になったからこそ、その応酬は留まることを知らない。もはや防御すら捨て、互いに互いの鎧を削いでいく。その結果――
「これで!!」
一手、ジョーカーが勝った。
しかし、
「ッ……」
勝ちを確信した一撃を叩き込むまさに直前で、ジョーカーの動きが急に鈍る。
(な……に……ッ)
視界が黒く染まっていく。意識が――
「欲張りすぎたね」
ブラックアウト。
文字通り視界を真っ暗にし、意識さえも奪うその症状は、主にパイロットなどに見られる高Gによる脳への血液供給不足によるもの。特に光と同等の速度ともなれば、例え耐Gスーツがあったとしても、訓練を受けていない人間にとっては致命的だ。
(こいつ……最初からこれを狙って……)
「私がスレイプニールと積み重ねてきた時間は……あなたなんかに真似できないよ!!」
次の瞬間、ついに決定的な一撃が炸裂する。
・2・
「う……っ」
永い眠りから覚めたような、重くのしかかる倦怠感。
トミタケはそれを感じながらもゆっくりと起き上がった。
「ここ、は……」
一面真っ白な虚無の世界。
壁と床の境界線も分からないほどに距離感がまったく掴めない異質な空間だ。
「よう、ようやくお目覚めか?」
「ッ……テメェは……ッ」
黒く反転した世界。
白とは相容れないその場所には
「しくじったぜ……どうやら状況はお前にとって有利に運んだらしい」
「は? どういう意味だよ?」
「分からないならそのまま眠ってろ!」
「おわっ!?」
急に殴りかかってきたジョーカー。それに対しトミタケはへっぴり腰で奇蹟的に避ける。
「チッ、忌々しい主人公体質が……ッ」
同時に彼は目が覚めたかのように状況を理解し始めた。
ここは二分された精神世界。黒はジョーカー、そして白はトミタケの領域だ。
今までトミタケは黒の世界に引きずり込まれていた。だが今は違う。ちゃんと白の世界に立っている。それはつまり、ジョーカーの中でトミタケが相応の力を取り戻した事を意味する。
「ここは元々俺の
「その点についてはその通りとしか言えねぇよ。ただ……」
「ん?」
トミタケは強く拳を握りしめ、こう返した。
「俺は俺の手で、大切な人達をこれ以上傷つけたくない。だからお前に抗うんだ!」
「フン、まるで主人公みたいな物言いだな。だがその願いは叶わない!」
「ッ……!?」
直後、黒の世界の進行が始まった。
白を貪り、二分された世界の均衡が崩れていく。
「どこまで行ってもお前は俺の付属品なんだよ! 付属品は付属品らしく道具に徹してろ!」
「付属品なんかじゃない! 俺は……俺でいたいんだ!!」
「できないね! お前は俺だからな! 他者を欺き、平気で人を利用し、殺す……それがジョーカーのあるべき姿! お前の本質は変わらない!!」
「違う!!」
せめぎ合う黒と白。
トミタケは白で押し戻すようにそう叫んだ。だがそれでもオリジナルであるジョーカーには一歩勢い及ばない。
「フッ、ほら見ろ。所詮お前なんか――」
その時、トミタケの手の中で何かが光り輝いた。
「これは……」
それは本の形をした力の象徴。
「……ジャバウォック」
この精神世界においては『核』とも呼べるものが今、彼の手の中にある。
「ハッ、その本でどうしようって言うんだ? 使い慣れていないお前では碌なものは――」
「イメージするのは……俺自身だ」
「ッ!?」
魔本からリオの声が語り掛けてきた気がする。その声が、どうすればこの逆境を乗り切れるのか教えてくれた。
創り出すのは自分自身。体の奪い合いで勝てないのなら、自分の体を作ればいい。己を最も理解しているのは己自身だから。
それさえあれば、ジャバウォックは発動できる。
「ジャバウォック! 一回限りの奇跡を俺に見せてくれ!!」
トミタケの声に応え、魔本は創造する。
光指す道――
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